花咲翁は出ませんでした
遂に始まった火を追う旅。
タイタンを狩り、火種を奪い救世を成し遂げる。
栄光、野望、誇り、信条。
理由はどうあれカイザーの宣言に集った黄金裔は皆凄まじい実力を有し、あらゆる都市国家を制圧出来るほどだった。
そんな軍勢が最初に目指したのは神語の樹庭。
《理性》のタイタンであるサーシスを信仰する学術都市だ。
その都市国家で俺たちは《理性》と《浪漫》の火種を奪う....そのつもりだったのだがーーー。
「.......」
「師範、苛立つのは分かりますけど殺意を振り撒くのはやめてください。
軍の皆さんが怯えてしまいます」
「今の彼に言っても無駄だろう。
それよりもワタシは金のマスも怒ると思っていたのだが意外にも冷静だな」
「ここまで怒りを露わにする師範を見たら落ち着いてしまったんですよ。
ですが私も怒っていないわけではないですからね」
「分かっているとも。
運命卿の姉妹の一人が樹庭に囚われているのだから金色のカジキも、金のマスも穏やかではいられないだろう」
セイレンスの言う通り、今樹庭にはトリノンが捕えられてしまっているのだ。
事の発端は樹庭に使者を送った事だ。
最初に送った使者は火を追う軍の参謀であり、樹庭の牽石学派の賢人でもあるアポロニウスだった。
だが彼は三ヶ月経っても音沙汰がなく、カイザーは二回目の使者にクレムノス出身の吟遊詩人ヴァージニアとトリノンを送ったのだ。
....だが結果は彼女たちも囚われることになってしまった。
トリビーたちが言うには三人とも無事だが、樹庭の賢人たちがカイザーの暴政に人質を使って対抗しようとしているらしい。
こんな事になるならあの時無理矢理にでもトリノンについて行けば良かったと今更ながら後悔する。
「師範が着いて行っていたら今頃樹庭の賢人たちは皆タナトスの元に向かっていた事でしょうね。
その点で言えば彼らも運が良かったようです」
「サラッと考えてる事見透かすの辞めてくれないかライア。
ていうか幾らなんでも皆殺しはしねぇよ、せいぜい半殺しってところだ」
「キミの半殺しほど信用ならないものは無いな。
まぁ今はカイザーが直々に樹庭に向かったんだからワタシたちは吉報を待つとしよう」
「....オマエは気楽そうで良いなセイレンス」
「金色のカジキが気にしすぎなだけだと思うぞ。
運命卿が三人とも無事だと言っていたのだろう?
今ワタシたちに出来るのは到来する波を待つ事だけだ」
そう言ってセイレンスは目を閉じて近くの木に寄りかかる。
...確かに彼女の言う通り、樹庭に向かったケリュドラが戻ってくるまで俺たちに出来ることはない。
それは分かっていても待つだけ、というのはもどかしいものだ。
「やる事ないし見回り行ってくる。
身体動かしてないと気が滅入っちまう」
「でしたら私も同行しましょう。
今の師範を一人にするのは不安ですし」
「そうか、キミたち二人なら伏兵が居ても心配ないな。
気をつけて行ってくるといい」
セイレンスに見送られて俺とライアは陣の周りを見て回る。
今回の遠征では樹庭に到着する前にラードーンやドロスといった都市国家が行手を阻んできた。
ラードーンはクレムノスほどではないが、軍事面で力を発揮している都市国家だが....正直そこ迄の脅威ではない。
問題はドロスの方だ。
ドロスは《詭術》のタイタン、ザグレウスを信仰する都市国家でそこに住む者は兎に角厄介な事この上ない。
盗賊や詐欺師といった他人を騙す事を得意とする上に奴らは特に身が軽い。
いつの間にか陣に入られて何か仕掛けられる、なんて可能性も十分にあるほどだ。
「本当にドロス人には手を焼かされる....」
「師範はドロス人相手だといつものように行きませんね。
騙されて、盗まれて、掻き回されてと酷い目に遭ってばかりですし」
「.....アイツらすばしっこいせいで追いつけないんだよ。
力勝負なら兎も角速さ比べは苦手だってのに...」
本当にドロス人には良い思い出がない。
そんな今までの経験がドロスに対する警戒度を上昇させていた。
「師範は騙されやすいんですよ。
命の危機には敏感なのに、それ以外の事となると鈍すぎるので少しは気を付けてください。
...でも詐欺の類にも敏感に反応する師範はどこか違和感がありますね。
やっぱり師範は今のままでいいと思います」
「お前は俺にどうなってほしいわけ?」
注意されたかと思えば勝手に違和感を持たれて勝手に今のままでいいと判定されてしまった。
思わずツッコんでしまったがライアは気にした風もなく歩き続ける。
「ですが少し意外でした。
師範なら師匠の傍に居ると思ってましたし、それも師匠の一人が囚われている現状なら尚更」
「そりゃ傍に居られるんなら俺もそうしたさ。
...でもカイザーもアポロ二ウスもいない今、軍の管理をしてるのはトリビーたちだ。
俺は管理の類は出来ないし、居ても邪魔になるだけだしな」
口惜しいことだが、兵の統率程度なら兎も角軍全体の管理となると俺の手には余るのが現実だ。
食料の備蓄や確保、負傷した兵士の治療とその者への補填、周囲の都市国家への警戒。
その他数えるのも億劫な量の業務の数々、そんなものにド素人が手を出したらどうなってしまうかなんて火を見るよりも明らかだ。
「そういうライアは俺と居ていいのか?
お前なら管理の類でもこなせるだろ」
「えぇ、私も最初はそのつもりだったのですが...師匠やカイザーから『今は休め』と言われてしまったので師匠のお手伝いは出来ないんです。
行ったところで追い返されてしまうでしょうし」
そういうライアは残念そうな表情を見せる。
だが、トリビーたちやカイザーが『休め』と言った意図は理解できる。
この後に彼女に待つものを考えればその指示は妥当なものだ。
「...迷いは無いんだな?」
「えぇ勿論です。
長年、この時の為に動いてきましたから。
樹庭が解放されれば私は《浪漫》の神権を受け継ぐ事が出来る...。
代償に何を支払うことになっても後悔はありません」
ライアの言葉は力強く、明確な覚悟が感じられた。
子供の頃からの成長を感じ、思わず目頭が熱くなる。
きっと彼女ならば《浪漫》の試練も問題は無いだろう。
「...師範、一つお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」
「ん?別に構わねぇよ。
何が聞きたいんだ?」
「師範は、《紛争》の神権を継がないのですか?」
「....」
ライアからの問いかけ、それはいつか聞かれることだとは思っていた。
だからこそ返答も既に用意してある。
その質問をしたのがライアだったのは...少し意外だったが。
「継ぐつもりはない。
俺は《紛争》が掲げてるものとは相性が悪いし、ニカドリーが暗黒の潮を止められなくなった時には爺になってるだろうからな。
なんにせよ俺に《紛争》は継げねぇよ」
「...師範なら《紛争》と相性が悪かったとしても、老いたとしても継げるのではないですか?」
「難しいだろうな。
タイタンの試練は老いて弱くなった奴がこなせるものじゃない」
「そう...ですか...」
俺の返答を聞いたライアは声を暗くして頷く。
..今まで《紛争》を継ぐ事を考えなかったわけじゃない。
だが、どれだけ考えても《紛争》を継いだ方がいい理由が思い当たらなかった。
思い当たらなかった以上、俺は継がない方がいいのだろう。
だがーー。
「でも...もしも適任者が何百年たっても出てこなかったら、無理を通してでも継いでみるさ。
それまで俺が生きてたらの話だけどな」
「....!
..縁起が悪いことを言わないでください、師範には生きていてもらわないと困ります」
「困るって...。
神権もそうだけど、どういうつもりだったんだ?」
「師匠の話を聞く限りでは半神は不老になるのでしょう?
なら師範も受け継げば..救世を為すその時まで生きていられると思ったんです」
「いやいやいや、寿命じゃなくても誰かに殺されるってことがあるだろ。
俺は別に負けないわけじゃねぇよ?
...いや負けるつもりはないけどな」
「師範が...負ける?」
何故か俺の発言に首をかしげるライア。
その反応を見る限り、まるで俺が負けることを考えていなかったような...。
「ライア...お前...」
「そんな目で見ないでください。
師範が負けている姿が想像出来なかったのですから仕方ないでしょう。
兎に角、師範は救世の時までしっかり生きてください
いつか救世のその先で見てもらいたいものがありますから」
そう言って誰もが見惚れるであろう笑顔を見せるライア。
負けられない理由が、一つ増えてしまったなと自嘲する。
...結局何を見せたいのかは教えてくれなかったけど。
* * *
師範との見回りから数時間後、樹庭がカイザーが同行させた精鋭たちにより解放されたと報せが届いた。
師匠や牽石卿、吟風卿も自由の身となり捕らえていた賢人たちは捕縛され投獄されることになった。
その折、師範が凄まじい形相で賢人たちを睨み震え上がらせていたがそういった行動をするから悪評が消えないのだと思う。
怯える賢人たちの反応を見て私も胸がスッとしたので止めなかったが。
「金織卿、準備はいいな?
これより後は後戻りはできないぞ」
「覚悟の上です。
さぁ始めましょう」
私は今、樹庭にある火種を保管している場所にいる。
カイザーが私に最後の確認をするが、既に準備は終えている。
あとは私が火を追う旅の大きな一歩を踏み出すだけとなった。
「ライアちゃん頑張ってね!」
「ライア、気負わずにやってこい」
背後にいる師匠と師範から声がかけられる。
その声に心配といった感情は無く、私への信頼が込められているのを感じる。
胸が温くなり、力が湧いてきた。
私は火種の下に向かう前に、二人の方へ振り返る。
私の目は二人の姿を映すことはないが、それでも構わない。
師匠と師範に最大限の親愛を籠めて、一言だけ伝える。
「行ってきます」
二人に伝えて、私は火種の元へ歩き出す。
そのまま暫く歩き続けていると、ふと違和感が身体を襲う。
先ほどまで背後から感じていた視線はなくなり、周囲に感じられる気配が消え去っていた。
「これは...」
突然の環境の変化に動揺する。
もしやこれが火種の影響なのかと思った次の瞬間。
突如として目の前に気配が現れた。
重々しいような、軽やかなような。
大きいような、小さいような。
そんな矛盾する気配の持ち主が私の周囲を移動している。
どこかその動きは私を観察しているような意図が感じられた。
蝶を思わせるその動きを感じ、私はその正体に気づく。
「あなたがモネータですね?
ではこれがあなたの試練ですか」
「......」
私の問いに《浪漫》のタイタンは答えない。
先ほどまでと同じように私の周囲を飛び回るだけ。
一体何を考えているのかも分からない今、私に出来ることは己の意思を伝える事だけだろう。
「私の名はアグライア。
オクヘイマの仕立て屋として、あなたの司祭として、あなたの火種を頂戴しに参りました」
「.....」
再度伝えた言葉にもモネータが言葉を返すことはない。
だが先ほどとは違い、モネータの動きは徐々に遅くなっていく。
何かを考えているかのようにヒラヒラと飛び続けている。
そのままゆっくりと、モネータの気配は私の正面で止まった。
「我が火種を受け継ぎ、汝は何を為す」
今までの沈黙を破り、モネータは問いを発する。
その声は滑らかで、聞くだけで美しいと誰もが思うほどだった。
美声は聞く者の意識を蕩かせて、思考を奪おうとしてくる。
完全に思考が奪われる前に意識を持ち直してモネータの問いに返事を返す。
「救世を。
暗黒の潮の脅威に晒されているオンパロスに救いを齎すために」
「何故、救世を為そうとする」
「救世の先で最も美しい作品を作り出すため、そして大切な方々に、その作品を見てもらうために」
「救世の果てに、汝の命は無いとしてもか」
「覚悟の上です。
己の命であろうと、救世のためならば喜んで差し出しましょう」
モネータとの問答は流れる様に続いていく。
私は己の心に従って、答えを返す。
己の答えに一切の迷いを抱くことなく、真っ直ぐに。
「代償に汝の人間性を失うことになってもか。
何かを美しいと感じる心すら失うとしてもか」
「....えぇ、構いません。
私は己の使命を果たすのみです」
例え、いつの日か大切な人を大切だと思えなくなったとしても。
私は救世の先にある、最も美しい光景を作り上げるのだ。
「『汝は最後のバニオを眩い黄金の中で浴びることになるだろう』
この予言を胸に抱き、汝は己の信じる《浪漫》へ走り続けるがいい」
モネータが私に予言を授けると、目の前に暖かなものが現れたのを感じる。
私はそれに本能的に手を伸ばす。
そしてそれに触れた瞬間、光を映すことのない両目にある景色が映りこむ。
黄金のような、眩く美しいその景色。
それこそが、己の目指すモノであると心に刻みつけていると先ほどまで正面にいた筈のモネータの気配は消え去っていた。
その代わりに馴染み深い気配が現れるのを感じて振り返る。
「師匠、師範、ただいま戻りました。
《浪漫》の火種はしっかりと受け継ぎましたよ」
「お疲れ様、ライアちゃん」
「頑張ったな、ライア」
温かな声に迎えられ、私は声の元に速足で向かう。
今まで幾度も感じてきたその温もりを忘れないように、手放さないように。
途方もない時が経っても忘れないために己の師を抱きしめる。
こうして私はオンパロスで二人目の半神となった。