アッハとアキヴィリとナヌークの三角関係...そういうのもあるのか...
サフェルがライアの屋敷に移り住んでから早くも数週間がたった。
彼女はフラッと何処かへと行ったかと思えば、宝物を何処からか持ち帰ってくる。
一体何をしているのか不安に思うのは当然の事だろう。
だが、そこで何をしているのか聞いたのが悪かったのだろうか。
俺は今サフェルに連れられてオクヘイマ外の大きな屋敷の前にいる。
その屋敷はライアの屋敷よりかは小さいが、それでも大きい方に入るだろう。
そんな屋敷で一体何をするのか、答えは明白だった。
「トリビーたちに顔向け出来ん...」
「も~、ポネウス兄さんが何をしてるのかって聞いて来たんじゃん。
だからわざわざあたしの仕事場に連れてきてあげたってのにそんな暗い顔しちゃってさ」
「仕事場って...やるのは盗みだよな?」
「盗み?違う違う!!
ここの屋敷の持ち主はあくどい噂が多いんだよね~。
こっそり私兵を増やして反逆を狙ってるとか、他の都市国家にオクヘイマの重要情報を横流ししてるとかさ。
そんな屋敷の奥深くにしまわれちゃってる宝物を救い出すだけだよ!
つまり今からやるのは~...そう!救助、救助ってわけ!」
「物は言いようだな」
サフェルの言葉には熱が籠り、人を扇動する力が感じられた。
その内容が欲に塗れたものでなければ、俺も乗せられてしまっただろう。
思わず呆れの視線を向けてしまうが、その視線を感じたのかサフェルは拗ねたように頬を膨らませる。
「む~、そんなに嫌なら今から帰ればいいんじゃないの?
仕事はあたし一人でも問題ないし」
「そんなに拗ねるなよ...。
ここまで来たんだから最後まで付き合うっての」
盗みには忌避感はあるが、サフェルをこの場に一人置いていく事を考えれば飲み込むことは容易だ。
問題があるとすれば屋敷の住人に俺たちの正体がバレることだが...要は捕まったりしなければいいだけ。
いざとなれば警備の人間も目撃者も気絶させてしまえば何の問題も起きないというものだ。
そんな風に自分を納得させて、俺とサフェルは屋敷の中に忍び込む。
屋敷の中には警備の人間が複数見受けられるが、サフェルは小さい身体を活かして物陰に隠れてスイスイと進んでいく。
俺はそうも行かないので警備の隙を見て、出来る限り音を殺しながら移動する。
そんな俺の様子を見てサフェルは意外そうな顔をして話しかけてきた。
「ポネウス兄さんって結構隠れながら進むの上手いんだね。
もっと音を立てて警備に気づかれると思ってたのに」
「おい、警備に気づかれるって思ってたんなら何で俺を同行させたんだよ」
「そりゃ気づかれて追われてる間にあたしが宝物を取ってこようと思ってたからだよ。
きっとポネウス兄さんなら派手に騒ぎを起こしてくれるって信じてるからさ」
「サフェルお前...」
「まぁまぁ実際は見つかってないんだからいいじゃん。
それよりもさ、何でそんなに隠れながら進むの上手いの?
ポネウス兄さんってクレムノス出身でしょ、クレムノス人って隠れたりするの苦手なイメージあるんだけど」
「あぁそれなら昔トリビーたちの部屋に忍びこんでたからだろうな。
あの時も警備とか厳重だったからなぁ....おい、なんだその目は」
俺はサフェルの質問に答えたというのに彼女は何とも言えない微妙な表情を見せる。
サフェルは何を言うべきか言葉を選んでいるようだが...彼女が何を言おうとしているのは予想がつく。
だからこそ俺は先手を打つべきだろう。
「...別に勝手に忍び込んでたわけじゃないからな?
トリビーたちも同意してたからな?」
「...そこは...まぁ、別に疑ってないけどさ。
ポネウス兄さんがそういう事する印象ないし。
....ポネウス兄さんってトリビー姉さんたちと一緒に旅に出たんだよね?」
「あぁそうだぞ。
何か気になる事でもあったか?」
「うん。
ポネウス兄さんは何でトリビー姉さんに着いてったの?
タイタンの火種を奪うなんて、辛いことばっかなの目にみえてるじゃん。
やっぱり救世なんて大層なことのため?」
俺がトリビーに、トリスビアスに着いていった理由、随分と昔の事を聞くものだ。
だが聞かれた以上は噓偽りなく俺の本音を話すべきだろう。
あの時の気持ちを誤魔化したくないし。
「...当時は、そこまで救世について気にしてなかったよ。
あの時はただトリビーの..トリスビアスの力になりたかったんだ。
自分の自由も無いってのに、それでもオンパロスを想って動こうとするアイツの力になりたかったんだよ」
「...その時からトリビー姉さんにぞっこんだったんだ」
「そうだな。
トリスビアスの覚悟を見て、聞いてるうちに自然とそう思う様になってたんだよ。
...今思うと初めてトリスビアスを見た時から惹かれてたのかもな。
じゃなきゃ、あの時の俺が一個人に入れ込む理由もないし。
そういえばあの時ーーー」
「ハイハイ、惚気話はそこまでにしといて。
ようやく目的地に着いたんだから」
「目的地って...この部屋がか?」
話を遮られたと思えば、サフェルは目の前の大きな扉の前に立ち止まる。
その扉は周囲の部屋のモノとは雰囲気からして異様なものを発していた。
彼女が言っていた宝物がこの扉の先にあるというのも納得できてしまうほどだ。
「それじゃあ今からあたしがこの部屋に入ってお宝を取ってくるから、ポネウス兄さんは見張りをお願いね。
何かあったら扉を叩いてくれればいいからさ」
「応、って鍵はどうす...いつの間に開けた?」
「秘密~、それじゃ任せたよ」
いつの間にか扉の鍵を開けて部屋の中に入っていくサフェル。
俺は頼まれた通りに部屋の前で近づいてくる気配がないかを探る。
その最中にも部屋の中からは微かな音が聞こえてくるが、この調子なら警備にも気づかれることは無いだろう。
そう思っていたのだが、サフェルは中々部屋から出てこない。
何かあったのかと心配になるが今も変わらず音は聞こえてくる。
今は彼女を待つだけ...なのだが少し面倒な事になりそうだ。
「...近づいてきてるな」
先ほどから感じている気配がこちらに近づいてきたのだ。
警備に見つかってしまえばすぐに仲間を呼ばれてしまうだろう。
そう判断した俺は、部屋の扉を叩く。
だが、サフェルは尚も出てこない。
そのまま気配もドンドン近づいてくる。
そしてーー。
「お待たせ~。
いや~思ってた以上に宝物ため込んでてさ、詰め込むのに時間かかっちゃったよ」
「やっと出てきたか。
今すぐここから離れるぞ、もうすぐそこまで警備が「お前たちそこで何をしている!!」来てるから...。
遅かったみたいだな」
「盗人だ!!
宝物庫に盗人が出たぞ!!」
「やば、ポネウス兄さん急ぐよ!」
「結局こうなるのかよ!
荷物は俺が持つから急げ!」
サフェルが抱えていた宝物を抱えて、一目散に逃げだす俺たち。
当然屋敷中の警備たちは俺たちを捉えようと続々と集まってくる。
俺はサフェルの先導のもとそんな警備たちを躱し、気絶させ、搔い潜って俺たちは屋敷の塀にまでたどり着いた。
だがその塀はとても高くよじ登ろうにも取っ掛かりがない。
どれだけ身軽な者であろうと、この塀を乗り越えるのは至難の業だろう。
「なら壊せばいいだけだけどーーなぁっ!!」
俺は塀目掛けて全力で拳を振り抜く。
塀はその衝撃に耐えられず、人一人優に通れる程の大きな風穴を開けることになった。
「うわぁ...凄い馬鹿力...。
クレムノス人って皆こうなの?」
「俺以外はそこまで居ねぇよ。
んなことより早く行くぞ!」
「ちょっとは居るんだ...」
どこか引き気味な声を出すサフェルと風穴を通り抜けて屋敷から離れる。
そのまま都市国家の外に向かって走り続けていると、背後から聞こえていた警備たちの声がドンドン遠ざかっていく。
そして都市国家の外まで逃げ切ると、ようやく俺たちは一息つくことができた。
「流石に疲れたな..。
毎回こんなことやってんのか?」
「いつもはもっと静かにやってるって。
今日みたいなことは滅多にないよ」
滅多にない、サフェルはそう言うが彼女の落ち着きようから特段珍しい事でもないのが分かる。
まぁ誰かに見つかったとしても、彼女一人なら例の神速で簡単に逃げられるのだろう。
つまり今回の件で俺は足手まといだったわけで...何とも情けない姿を晒すものだ。
そうして自分を自嘲していると、サフェルはニマニマと揶揄うように下から覗き込んでくる。
「それで?
初めての盗みはどんな気分だった?
刺激的だった?癖になっちゃった?」
「癖になんてならねぇよ。
心臓に悪いし、戦場に出た方が大分マシだっての」
「ふ~ん.....そっか。
ま、そうだよね」
「...サフェル?」
盗みの感想、それを答えるとサフェルの様子は一変した。
声の調子が下がり視線も下がっている。
先ほどとはかけ離れた様子をサフェルは見せていた。
「...ねぇ、ポネウス兄さんは盗みはやっぱり嫌い?」
「..そりゃあな。
俺自身今まで何度かやられてるし、いい印象はねぇよ」
「ハハッ、そりゃそうだよね。
盗んで騙して嘘ついて、そんなの誰でも嫌に決まってる」
「......」
「ライアはさ、あたしの事を信頼してくれてる。
嘘ばっかり吐くあたしを立派な人間になれるって言ってくれた。
..でもあたしが出来るのは皆が嫌がるようなことばっかり!
ライアみたいに綺麗な布は織れないしトリビー姉さんみたいに物知りじゃない...セイレンスお姉ちゃんみたいに歌えないしポネウス兄さんみたいに強くもない...。
あたしには、どうすればライアの信頼に応えられるのか分からないよ...」
堰を切ったようにサフェルは心情を吐露する。
その心からの叫びは彼女が今まで生きてきた証だった。
人から盗み、人を騙し、人に嘘を吐く。
そうやって生きてきた、そうすることでしか生きられなかった。
そんな人生を歩んできたサフェルが『ライアの信頼に応えたい』と願ったのだ。
ならば、伝えなければならない。
トリビーたちのようにはいかないだろうが、俺にもサフェルに伝えられることはあるはずだ。
「確かにサフェルが出来ることは善いことじゃないさ。
盗みも悪いことには変わらない。
それはどうやっても変えられない事実だ」
「......」
「でもな、悪いことでも誰かの役に立てることもあるんだよ。
何せ俺がそうなんだからな」
「え?
ポネウス兄さんが悪いことって...そんな事してないでしょ?」
「いいやしてるさ。
さっきサフェルは俺を強いって言ってくれたけど...ちょっと違うんだよ。
俺はただ、殺すのが巧いだけだ」
俺の言葉にサフェルは首を傾げる。
彼女の顔にはあからさまな疑問の色が浮かんでおり、話を掴めていないようだ。
「戦うことは悪じゃない。
どんな事でも自分の意思を貫くのには必要なことだからな。
守ることも悪じゃない。
命を守ることが悪いことの訳がないからな。
...でも、殺すことは悪なんだよ。
命も未来も全て奪う行為だ。
どんな理由があってもその行為は悪であることは変わらない」
「で、でもポネウス兄さんはトリビー姉さんたちを守ってきたんでしょ?
それなら悪いことだけしてたわけじゃーー」
「そうじゃないんだよ。
俺がしてきたのはトリビーたちに危害が及ぶ前に、危害を加えようとする奴を殺すこと。
要は、殺される前に殺したってだけなんだよ」
そうだ、俺は今までトリビーたちを守ろうとしてきた。
だが俺が出来たのは結局のところ殺しだけ。
もしも俺が守ることが出来ていたのなら、トリビーたち姉妹が十数人まで減っている訳がない。
「だから俺もサフェルと変わらないんだよ。
俺もお前もどっちも悪いことしか出来ない。
寧ろ未来があるお前の方が万倍マシだ」
「..でも悪いことには変わりないんでしょ?
それじゃあライアには....」
「話は終わってないぞ。
いいか?俺は今まで数え切れないほど命を奪ってきた。
俺を恨んでる奴もちょっと探せばすぐに見つかるだろうな。
ーーでも、そんな俺でも誰かを助けることは出来たんだよ。
誰かの命を奪うのと同時に、誰かを助けることは出来てたんだ」
「....」
「それで殺した事実が消えるわけじゃない。
でも悪いことだったとしても、善いことが出来ないわけじゃないんだよ。
サフェルだってそうだろ?
今まで盗ってきた宝物だって、誰かに配ってるし」
「な、何で知ってるのさ!!?
裁縫女にもトリビー姉さんにも誰にも言ってないのに!!」
「いやだって、結構宝物持ち帰ってるのに気づいたら無くなってるし。
換金してたとしても一人で管理できる量じゃないだろうし。
何より『貧しい人たちに無償で金を配る義賊がいる』って噂になってるし」
「ーーー!!!」
サフェルは声にもならない声を上げて悶えている。
そんなに自分がやってたことを誰かに知られたくなかったのだろうか。
それならもっと上手く隠せばいいものを、絶対トリビーたちとライアにもバレてるぞ。
「兎に角、サフェルも誰かの為になる事はとっくに出来てるんだよ。
胸を張って生きたって構わないんだから、自分を下にするよな事は程々にしておけ」
「ーーー」
きっと、これだけではサフェルに染み付いた自己嫌悪は晴れないだろう。
それは時間をかけてゆっくりと解消していくものだ。
ならば俺はその手伝いをするだけだ。
「...ありがとう、ポネウス兄さん」
「応、どういたしまして」
目の前の少女の成長を楽しみに、俺たちは帰路につく。
オクヘイマに戻るのはそこそこかかるだろうが...トリビーたちが起きる時間には間に合うはずだ。
出来れば今夜の出来事がバレることなく終わることを心の底から願った。
「ポネウスもフェルちゃんもおかえり。
じゃあ何処で何をちてたか教えてくれる?」
願いは叶わなかった。
屋敷に入ると既にそこにはトリビーが待ち構えていたのだ。
腕を組んで仁王立ちをする彼女は傍から見れば小さい子供が偉ぶってるだけに見えるだろう。
だがそれと対面する俺はそうもいかない既にトリビーが出す圧に気おされてしまっている。
...しかし、しかしだ。
俺にはまだ助かる道がある。
その為には俺の隣に居る少女に頼ることになるだろう。
「...サフェル...弁明手伝ってもらうぞ。
俺の命はお前の手に...いや口にかかってるからな」
「どんだけ切羽詰まってるのさ...。
まぁいいよ、さっきのお礼も兼ねてあたしも全力で手伝ってあげる」
そう、きっとサフェルの口の巧さならトリビーの追求を逃れることも可能だろう。
トリビーも長年生きてきて口論は得意な方だ。
だが、話を煙に巻くという点ではサフェルには遠く及ばないだろう。
俺は勝ちを確信して笑みを浮かべる。
ーーだが、次の瞬間その確信は容易く崩れることになった。
「二人が何処に行っていたのか、私も気になりますね。
是非、私にも教えていただけますかセファリア?」
「ゲッ!裁縫女!!」
「疚しいことがなければ正直に話せばいいのですよ?
ですがもし、虚言を並べるのであれば...私の金糸が教えてくれるでしょうね」
終わった。
突如として現れたライア。
その顔には誰もが見惚れるであろう笑みが浮かんでいる。
だが俺とサフェルには、その笑みが獲物を前にした獅子にしか見えなかった。
「では全て教えてもらいましょうか。
師範も、セファリアも正直に話すように」
背筋が凍り、身体が思うように動かない。
というか身体に金糸が巻き付いて言外に逃がさないと告げてくる。
結局、俺もサフェルも説教からは逃げられなかった。