銀狼と緋英...石足りるかなぁ....
ジョーリアとの一戦から早いことに一ヶ月が過ぎた。
各地の都市国家はジョーリアが引き起こした地響きによる被害...その復興を行っているのが現状だ。
勿論それはオクヘイマも無関係ではない。
特にジョーリアの死後に起きた地響きは、短いながらも大きな傷跡を街に残していた。
だが何事にも例外はあるもので、クレムノスだけが地響きの被害から逃れていたのだ。
クレムノスは空に浮かぶ要塞を根城にすることで、オンパロスの各地に遠征を行っているのだが...今回は空中に居たことが功を奏したらしい。
ならば、多くの都市国家が気にするのはクレムノスの目標だろう。
一体どの都市国家を《紛争》の矛が貫くのかを注目していた。
そして、大半の者たちはその狙いがオクヘイマであると予想している。
五十年前のトレートス平原での決戦、そこで結ばされた和平条約。
それらの事柄から、オクヘイマに《紛争》の魔の手が伸びるのは明白だと思われた。
──思われたのだが、予想は大きく外れることになる。
何故かクレムノスはオクヘイマに攻め入るどころか、何処の都市国家にも攻めることは無かったのだ。
その結果は多くの都市国家を驚愕に染めることになった...当然俺もだが。
「クレムノスには振り回されっぱなしだな、本当に。
ってか一体何を考えてんだか...いや何も考えてないとかか?」
「流石にそれは無いと思うけど...不思議なのはそうだね。
あたちたちが見てきたクレムノスはもっと乱暴だったち」
俺とトリビーは市街地の復興を手伝いながら、クレムノスについて頭を悩ませる。
クレムノスは何を考えているのか、はたまた何も考えていないのか。
そのどれもが否定できずにいるのが現状だ。
そうして二人して腕を組んで唸っていると、背後から鈴を転がすような声に呼ばれる。
「お~い二人とも、何考えてんのか知らないけどさぁ..もうそろそろ手動かしてくんない?」
「ん?あぁ悪いなサフェル」
「ごめんねフェルちゃん。
ちょっと考え事ちちゃってた」
「まぁ別に良いけどさ。
...ねぇ、二人が考えてるのってクレムノスのこと?」
「応、今回のクレムノスの動きが全く解せないんだよ。
今までなら絶対にもう攻め込みに来てるだろうし」
「ふ~~ん。
....もしかしたらあたし、理由知ってるかも」
「マジで!?」
サフェルから出た予想外の発言に思わず声を上げてしまう。
まさかの人物から出てきたまさかの話。
俺とトリビーはどこか得意げなサフェルの話の続きを待つ。
「なんでもこの前クレムノスの王様が変わったみたいなんだよね。
その新しい王様が色々改革してるって噂だよ、風習とか考え方とかさ」
「クレムノスの新しい王?
...その噂眉唾なんじゃないか」
「なにさその反応!
折角あたしが教えてあげたってのに!」
「フェルちゃん、落ち着いて落ち着いて。
ポネウスも、フェルちゃんが教えてくれたんだからまずはお礼でちょ?」
「いやだってなぁ...クレムノスの王って言えば一番クレムノス人らしいクレムノス人だぞ?
ただでさえあの阿保みたいな風習があるってのに正直信じられないっていうか...」
「阿保みたいな風習って...それ、どういうものなの?」
「先代の王を殺した奴が次の王って風習だよ。
クレムノスは今までそうやって王位を繋いできたんだよ」
「えぇ...何それ。
そんな方法で皆納得するわけ?」
「するんだよ、クレムノス人は。
より強い存在が上に行く...分かりやすいだろ」
俺が話した内容に、サフェルは何とも言えない微妙な表情を浮かべる。
まぁその気持ちも分かる。
俺もクレムノスに居た当時こそ疑問に思わなかったが、今ではいくら何でも安直過ぎると思う。
その上、カイザーを見てると余計にそう思ってしまう。
統治の才能は関係なしにただ強くあればいい.....それでよく今まで都市国家の形を保ってこれたものだと思わず感心してしまうほどだ。
寧ろその極まった安直さがあったからこそ、都市国家として成り立っているのだろうか。
そしてサフェルが言った新しい王、その人物も王位についているという事は先代の王を殺したという事。
そんな人物が改革をしているとは到底信じられなかったのだ。
「そんなわけで、正直その噂を信じていいのか分からないんだよ。
まぁ、クレムノスが策を練っているとかよりかは信じられるけどな」
「う~ん、でも今考えられるのってそれぐらいだよね。
フェルちゃんはその新ちい王様の名前って知ってる?
もちかちたらポネウスみたいに変わったクレムノス人かもちれないち...そんな人なら名前はもう広まってるんじゃないかな」
「名前...名前かぁ~。
ん~何ていったかなぁ...オリなんとかって感じだった気がするんだけど~。
あー!思い出せない!」
何とか新しいクレムノス王の名前をひねり出そうとするサフェルだが、中々出てきそうにもない。
名前の一部だけは出かかっているようだが、彼女が思い出すまで一体どれだけ時間がかかることだろう。
ここは一旦諦めるしかないかと思った次の瞬間、またもや背後から声がかけられる。
「オーリパン、ですよセファリア」
「そうそうその名前!
って裁縫女!?何でここに居るの!?」
「ここに街の復興を手伝わずに談笑に興じる方々が居たので来ただけですよ。
所で、皆揃って何故クレムノスの新王について話していたのですか?」
首を傾げながら問うライア。
そんな彼女に話の経緯を伝えると合点がいったように声を出す。
「成程、そういう事でしたか。
でしたらセファリアの話は間違ってはいませんよ、確かにオーリパン王がクレムノスの改革を進めているという話が出ています。
まぁ戦略方針から変えているようなのであまり外部に話が広まっていないのでしょうね」
「!ほらね、あたしが言ったことが正しかったじゃん!
ほらほら、ポネウス兄さんはあたしに言う事あるんじゃないの?」
「おぉ、急に勢い良くなったな...。
ま、確かに悪いのは俺だし...悪かったなサフェル、詫びは市場の魚でいいか?」
「残念ながらただの魚じゃあたしは満足しないよ?
市場でも一番大きくて~一番おいしいやつじゃなきゃ」
「欲張りな泥棒猫め。
しょうがないから後で買いに行くか!」
「...師範、あまりセファリアを甘やかさないでください。
それに夕飯前に間食を取るのは良くないでしょう」
サフェルのおねだりを聞いているとライアが苦言を呈してきた。
その内容はサフェルの為を想ってのモノなのは分かる。
分かるのだがーー。
「そう言うけどなぁライア、お前も昔は鍛錬の後に間食買ってただろ?
それに俺とかトリビーたちに隠れて夜食も食べてたよな」
「し、師範!!
そういうことはセファリアの前では内密にーー」
「な~んだ、裁縫女だって人のこと言えないじゃん。
ならあたしだって魚食べていいじゃんか!」
「...いえ、いいですかセファリア。
確かに私は間食をとっていましたがアレは必要なものであってーー」
俺の指摘に動揺を隠せていないライアにその隙を見逃さずに果敢に攻め込むサフェル。
二人がわちゃわちゃと言い合ってるのを横目に、先ほどのライアの証言を思い出して思わず息を吐く。
「....やっぱりポネウスは気になっちゃう?
クレムノスの事とか、新しい王様の事とか」
「そう...だな。
クレムノスに居た期間なんて二十年かそこらぐらいしか無いけど.....うん、気にはなるな。
どれだけ離れても、もう戻る気が無くても俺の生まれ故郷なのは変わらないし」
トリビーの言う通りだ、俺は確かにクレムノスの事を気にしている。
本来なら俺がクレムノスの動向について考える必要なんてありはしない、それはケリュドラやアポロニウスなどの智者の役割だ。
だというのに、クレムノスが関わってくるとどうしても意識が逸れてしまう。
やはり完全に己には関係のないものだと切り捨てることは不可能なのかもしれない。
「そういうトリビーはどうなんだ?
次の目的地ヤヌサポリスだろ」
「...あたちたちは気にちてないよ。
あたちたちがヤヌサポリスから居なくなっても次の聖女は選ばれる。
司祭たちの操り人形になって...自分の意思すら縛られて...その一生を陰謀と暗躍に捧げられる...。
あたちたちは火を追う旅を優先して、彼女たちの犠牲から目を逸らしてきた...そんなあたちたちにヤヌサポリスを気にする資格なんてないんだから」
「....それは...」
トリビーの話を聞いて俺も納得がいく。
心優しい彼女たちが故郷を気にしない事に違和感があった。
その原因が己の自責からくるものであったのなら、誰であってもその罪悪感を消すことは出来ないだろう。
....心底悔しいが、俺でも不可能なのは分かっている。
だからこそ、言うべきことも分かっている。
「トリビー、お前たちがそれを罪だって思うんなら否定はしない。
でも、罪だって言うんなら俺にも背負わせろよ?
それは俺も背負わなきゃいけないモノなんだから」
「大丈夫、分かってるよ。
前にポネウスが言ってくれたこと、ちゃんと覚えてるから。
あたちたちの弱さも、脆さもポネウスに隠す気はないよ」
「そっか....。
まぁ、それなら良いんだけどさ。
思う存分、頼りにしてくれ」
「うん、頼りにしてるからね」
少しだけ心配をしていたが、どうやら杞憂だったようだ。
いつかの約束の再確認を済ませた俺たちは、ライアとサフェルの方に向き直る。
どうやら俺たちの話も終わったように、二人の舌戦も一旦の終わりを迎えたようだ。
「いいですかセファリア、この話は復興作業が一段落ついてから再度するとしましょう。
金糸で見張っていますからサボったり抜け出すのも禁止ですよ」
「はーい、分かったよ。
でも、あたしは諦めないからね!
絶対にポネウス兄さんに高級魚買ってもらうんだから」
「はぁ...本当に頑固な子猫ですね。
先ほどから見物に徹している師匠も師範も、しっかり働いてもらいますよ。
特に師範には大きい作業を割り振りますので覚悟をしておいてください」
「おいおい、さっきの意趣返しのつもりか?
俺、一応まだ本調子じゃないんだけど」
「ですからリハビリ代わりに励んでください。
しっかりと働けば、身体の動かし方も思い出すでしょう」
「...なんか言いくるめ方カイザーに似てきてないか?」
「う~ん、確かにそうかも...。
それじゃあこれ以上ライアちゃんに怒られないうちにあたちたちも作業始めよっか!」
トリビーの一声と同時に俺たちは各自の作業に向かっていく。
サフェルは資材の運搬へ向かい、トリビーは各所への連絡に赴く。
ライアはその場で金糸を張り巡らせて現場の監督、俺は積みあがっている資材の方へと向かう。
その最中に、ライアから声がかけられた。
「そういえば師範、私の屋敷に師範宛の荷物が届いていましたよ」
「荷物?
俺は何も頼んだ覚えは無いんだけどな...。
誰からの送られてきたかは分かるか?」
「えぇ、中身も含めて把握しています。
...ですが、それは内緒にしておきましょう」
「え~~教えてくれたっていいだろ、減るもんじゃないんだから」
「それこそ、先ほどの仕返しだと思ってください。
さ、急いで作業に戻ってくださいよ師範。
でないといつまで経っても荷物を確認できませんよ?」
「何年経ってもそういう所は変わらないよなぁお前。
だけどそれならやる気も湧くってもんだ。
よーし!さっさと終わらせるか!」
ライアから知らされた謎の荷物。
その正体に胸を膨らませながら、俺は再度作業へと向かった。
* * *
作業を始めてから数時間が経った後、ようやく俺とトリビーは帰路についていた。
普段なら大したこともない作業も、身体が本調子ではない現在では中々の重労働として俺を苛んでいる。
そうして疲労困憊になった俺とトリビーはゆっくりと歩いていた。
「あ~本っ当に疲れた...。
幾らなんでも作業量おかしくないか?
今日だけで数えきれないぐらい資材運んだぞ」
「あたちたちも...ずっと飛びっぱなちだと流石に疲れちゃった。
でも本当にライアちゃんとフェルちゃん置いてきちゃって良かったのかな?」
「別に大丈夫だろ。
作業が終わった途端に数時間前の言い争い再開してんだから。
あの調子ならまだまだ体力は有り余ってるって」
ライアとサフェルは今でも自らの主張を通さんと言葉の刃を交えている。
二人の言葉での戦いがどのような決着を迎えるかは俺も気になるところだーー気になるのだが、今はそれよりも休息の方が優先順位が高くなっていた。
どんな決着を迎えたのかは、二人が帰ってきてから聞くことにする。
そんな風に頭でライアとサフェルの舌戦を思い浮かびながら屋敷の扉を通ると、ふとライアから言われていた荷物について思い出す。
余りの作業量に頭からすっぽ抜けていたようだ。
「そういえば荷物があるんだった、それだけ確認して休むか」
「ポネウス宛の荷物なんて珍しいね、誰が送ってきたのかな?」
「さぁ?
俺にはさっぱり分からないな。
そんなに親交のある奴なんて大して居ないし、本当に誰が送ってきたのやらーーーって荷物ってこれか。
...思ってたよりデカいな」
トリビーと話しながら部屋へと向かうとテーブルの上にある荷物を見つける。
その荷物は俺の創造よりも大きく、テーブルを優にはみ出すほどの大きさだった。
俺とトリビーは荷物に近づき、包みを取っていく。
そして完全に包みが剥がれると、ゆっくりと荷物の蓋を取り外す。
その中に入っていたモノを見て、俺とトリビーは目を大きく見開いた。
「これって、両剣....だよな?」
「うん、あたちたちにもそう見えるけど...」
「俺宛てってことは、新しい得物なんだろうけど...何でわざわざ届け物で?」
荷物の正体、それは俺の新しい得物だった。
長い柄の両端に付いた刃に、中央部分についている滑り止め。
一切の装飾も無く、ただただ敵の命を奪うことに特化した形状。
そのどれを見ても、かなりの腕を持つ鍛冶師の仕事だとわかる程だ。
だからこそ、残る問題はただ一つ。
この両剣を一体誰が送ってきたのか、だ。
「この武器、誰がくれたんだろ...カイザーからは何も言われてないの?」
「何も言われてないな。
というか新しい得物はオクヘイマで作るもんだと思ってたし。
ライアは何で送り主が分かったんだか...」
「う~ん、ポネウスが分からないなら誰が...あれ?
ポネウス、箱の中にまだ何か入ってない?」
「え?
あ、本当だ...これって...!
ハッ、そういうことかよアイツ!」
トリビーが箱の隅にあった何かを見つける。
それは紫色でそこそこの大きさのものだった。
一瞬それが何なのか見当もつかずに首をかしげながら、手を伸ばす。
その物体は固く、滑らかでまるで何かの鱗のようだった。
そう、鱗だ。
正体不明の物体の正体が分かった瞬間、思わず笑いが腹の底から溢れてきた。
突如笑い出した俺に、トリビーは驚きながら問いかける。
「急に笑いだちてどうちたの?
ポネウスが持ってるそれが原因なんだよね」
「あぁ、これは大地獣の鱗だ」
「大地獣の..ってことはもちかちて!!」
「トリビーの予想通りだろうよ。
本っっっっ当に素直じゃねぇなぁ!アイツ!」
トリビーも、紫色の物体の正体を知ると送り主が誰か分かったようだ。
一か月前、何の挨拶もなくいつの間にか何処かへ旅立っていたあの騎士団。
そして、その首領を務めていた山の民の姿を思い浮かべながら両剣を手に取った。
「礼も言われたくないからって手が込みすぎだろ。
けど、これで俺の道を進める。
お前も...頑張れよ」
これから彼に出会うことがあるかは分からない。
それでも今できる最大限の鼓舞を、大地の何処かで戦い続ける者に向ける
互いに、自らの道を全うすることを願って。