クレムノスの殺戮者   作:同乗者

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ちょっと詰め込み過ぎたかな感を感じる27話目です。
皆さんはチケットの貯蔵は十分ですか?
自分は微妙です、すり抜けたら終わる....。



評価、お気に入り、コメント、ここすき等々励みになりますのでよければお願いします!


《法》

 

 

 運命の三相殿に侵入する抜け道を使い、神殿内のとある部屋に着いた俺はまさかの人物と再会した。

 その人物、コデクスさんは俺を見て驚愕の色に顔を染める。

 俺の方ももう会うことはないと思っていた相手に会えたことに驚いているが、それ以上に喜びが勝っているのが現状だ。

 だが、そこに割って入る者が現れる。

 先ほどまでコデクスさんと共にいた衛兵、彼らが部屋から聞こえた俺の声を不審に思い押し入ってきた。

 

「!貴様、侵入─────」

 

 当然衛兵である彼らの視界に俺が写れば、他の衛兵に伝えるために声を上げるだろう。

 その声を衛兵たちが聞き取ってしまえば、最早ここの抜け道は使えなくなる。

 それを阻止しようと駆けだそうとした瞬間、俺の横を一迅の風が通り抜けた。

 風はこちらを見る衛兵たちを一瞬で気絶させると、部屋の中に引きずり込む。

 そして半目でこちらを睨みながら、怒りを含んだ声を俺に向けてきた。

 

「ポネウス兄さん、あんまり勝手な真似しないでよね!

 今だってあたしが居なかったら折角の計画がパァになってたんだから!」

 

「あ~すまん、サフェル。

 今の礼はオクヘイマに戻ったらちゃんとするよ」

 

「今の言葉忘れないでよ?

 はぁ~...それで、そのお爺さん誰なのさ。

 ポネウス兄さんの知り合いみたいだけど」

 

 持前の神速を活かして衛兵を制圧したサフェルは俺に向けていた視線を今度はコデクスさんに向ける。

 その視線には強い疑念が込められており、彼が何か下手な真似をすれば今さっきの衛兵と同じようにするという意思がありありと感じられた。

 それを感じ取ったのか、コデクスさんは何とか気持ちを持ち直しサフェルに向き直った。

 

「私の名はコデクス。

 ヤヌサポリスの司祭であり、ポネウス殿とは旧知の間柄なのですよ」

 

「ふーん....そうなのポネウス兄さん?」

 

「あぁ本当だよ。

 俺がトリビーたちと出会うきっかけになった人だ」

 

「へぇ...この人が。

 でもさ、ポネウス兄さんたちが来てるってことぐらい知ってたんじゃないの?

 もしそうなら何で今まで何もしてこなかったのさ」

 

 サフェルが発した疑問、それは俺も感じたものだ。

 俺たちがヤヌサポリスに来てからというもの、コデクスさんからの接触は一度たりとも無かった。

 彼の性格を考えれば、トリビーたちの為なら多少の無茶ぐらいなら通すことを俺は知っている。

 だからこそ、何の接触も無かった理由は俺も聞いておきたい。

 

「確かにオクヘイマの僭主率いる軍団がヤヌサポリスに《法》の火種を奪いに来た、ということは知っていました。

 そしてその軍団の中にトリスビアス様やポネウス殿が居ることも、当然知っておりました。

 ですが今の私には昔のような実権は無く、このような密室に押し込められているのです。

 故に外のあなた方と連絡も取れずにいたのですよ」

 

「実権を無くした?

それって────」

 

「三百年前、トリスビアス様がヤーヌス様の火種を盗み逃亡した事件。

 それには知っての通りポネウス殿も関わっている。

 私がトリスビアス様の護衛に着けた者が、そのような重大な一件に関わっている...或いは首謀したのです。

 当然、私も散々疑われましたとも。

 その結果、私が有していた実権や私兵は悉く没収されたということです」

 

 ...要は俺のせいってことか。

 あの時の事を後悔しているわけではないが迷惑をかけていたことに対する申し訳なさはある。

 その気まずさから頭に手をやるが、未だ気にかかる事は俺にもあった。

 

「それについては迷惑かけちまって申し訳ないんだけど...よく命取られなかったな。

 俺が言えたことじゃないけど火種とか色々没収とかで済まされるとは思えないんだけど」

 

「あぁそれは私の運が良かった、というしかありませんな

 まず火種が盗まれてから私がすぐに処刑されれば、運命の三相殿の司祭が盗難に加担したことになりますから。

 外聞を保つためにもすぐには殺されなかったのです」

 

「じゃあその後は何で殺されなかったのさ。

 司祭のお爺ちゃんの言い分ならその後暗殺なりされてもおかしくなかったでしょ」

 

「えぇ、貴女が言うようにほとぼりが収まれば私は殺される手はずだったのでしょう。

 ですが程なく黄金戦争が始まった影響でヤヌサポリスも立ち位置が不安定になっていたのです。

 そんな状況で昔から司祭として勤めてきた者を殺すほどの余裕は彼らには無かったのですよ」

 

 コデクスさんの話を聞いて納得がいった。

 確かに彼の話の通りならば運がよかったという他ないだろう。

 だが話を聞くにつれて、抱えていた申し訳なさが増大していく。

 その様子を察したのか、コデクスさんが俺に向き直る。

 

「ポネウス殿、確かに当時は色々と巻き込まれこそしましたが貴方の事を恨んだりはしていませんよ」

 

「いやでもなぁ───」

 

「あの時、ポネウス殿を頼った私の選択は間違っていませんでした。

 貴方は私の頼み通り、トリスビアス様を今まで守り続けてくださった。

 その事に感謝こそすれ、怒りや恨みなど抱くことはありません。

 ...まぁ流石に火種を盗んだと聞いたときは驚きましたがね」

 

「...そうかい」

 

 俺の心情を読んだかのようにコデクスさんは言葉を紡ぐ。

 そこまで言われてしまえば、俺がこれ以上申し訳なさを感じるのも違うだろう。

 そう思って、気づかないうちに逸らしていた視線をしっかりと目の前の老人の顔に向ける。

 

「また会えて本当に良かったよコデクスさん」

 

「えぇ、私も同じ気持ちですよ」

 

 昔に比べてすっかり皺が増えた顔を歪めて、コデクスさんは笑みを浮かべる。

 その笑顔が三百年前に見たものと比べても、一切の変わりはなかった。

 そのまま今までの話をしたいところだったのだが、そうもいかない。

 この後の事を考えるのならば急いで皆を連れてくる必要がある。

 名残惜しいが一度戻ろうとすると────

 

「あ~ポネウス兄さんはここに居なよ。

 皆ならあたしが呼んでくるからさ」

 

「それは助かるけど...いいのか?」

 

「いいのいいの。

 抜け道は通れるようになってるし、さっき気絶させた奴らがあたしたちが居ない間に起きたら大変じゃん。

 それじゃ、また後でね~」

 

「おいサフェ...行っちまった」

 

 呼び止めようとした俺の声を聞くことなくサフェルは抜け道の中に潜っていく。

 彼女の足ならばそう時間をかけることなく皆をここに連れてくるだろう。

 短い時間ではあるが、折角の彼女の厚意を受けとって置くことにした。

 

「...もしよろしければ彼女が戻ってくるまで今までの話をしてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「あぁ、俺もそうしたいと思ってたんだよ。

 それじゃあ何から話そうかね.....」

 

「出来ればトリスビアス様の近況から教えていただけますか?

 私としてもやはりあの方の事が気になってしまうので」

 

「応、じゃあそうしよう。

 え~と、まずは小さくなってだな...」

 

「小さく?」

 

「ちょっと増えたりもしたけど...元気でやってるよ!」

 

「あの...本当にあの方は息災なのですか?」

 

 

* * *

 

 

 コデクスさんに今までの事を話すのはとても楽しかった。

 だが、楽しい時間は時間は瞬く間に過ぎていく。

 俺たちが話していると、抜け道に繋がる扉が開かれケリュドラ率いる面々が部屋の中に入ってくる。

 セイレンスとライア、ラビエヌスやセネカといった見慣れた者たちの中で、コデクスさんの視線がそのうちの一人に集まった。

 

「おぉぉ...ポネウス殿の話を聞いたときは半信半疑でしたが、まさかそのようなお姿になっているとは...。

 ..いえ、今言うべきはこのようなことではありませんな。

 お久しぶりです、トリスビアス様」

 

「...お久しぶりです、コデクス様。

 私も再び貴方に会えたこと、とても嬉しく思うわ」

 

 

 トリビーを前にして感慨深そうに跪くコデクスさん。

 先ほどトリビーたちの現状を話した時もそうだが、やはり信じ切ってはいなかったようで今再びショックを受けているようだ。

 ...まぁ気持ちは分かる、俺だって初めてトリビー、トリアン、トリノンを見たときは思考を放棄したのだから。

 懐かしい記憶を思い出しているとトリビーとコデクスさん、二人の会話に割り込む者が居た。

 我らが暴君、ケリュドラである。

 

「ヤヌサポリスの司祭、コデクスと言ったな。

 お前は僕たちに協力する気はあるのか?」

 

「...お初にお目にかかります、カイザー殿。

 その質問は、私に貴女方をタレンタム様の所まで案内するという意図でよろしいでしょうか」

 

「そうだ。

 拒否しても構わないが、その場合そこに転がっている衛兵たちと同じように動けなくなってもらう」

 

「私としては協力を断る理由はありませんよ。

 トリスビアス様...トリビー様のお力になれるのなら、喜んで」

 

 ケリュドラの問いから一瞬空気が張りつめたが、コデクスさんの返事でそれも解消される。

 荒事にならなかったことに一息ついている間にも二人の話はとんとん拍子に続いていく。

 

「生憎ですが、ここからタレンタム様がおられる部屋までの抜け道の類はありません。

 その上、現在その部屋の周囲には多くの司祭たちが居るのでどうしても邂逅は避けられないでしょうな」

 

「それでも構わん。

 今更降伏勧告を撥ね退けるような愚者に気をつかうつもりもない」

 

「承知しました。

 では、皆さん私に着いてきてください」

 

 そう言って俺たちは部屋を出て、三相殿の中を進んでいく。

 その道中は意外にも、衛兵や司祭といった者たちに鉢合わせることはなかった。

 いやに静かな廊下を暫くの間歩いていると、大きく荘厳な扉が目に入る。

 恐らくあれがタレンタムの居る場所へと続く扉なのだろう。

 ...だが、ここに来てどうしても無視できない問題が浮上する。

 

「...誰もいないな」

 

「おかしいですね、普段なら少なくとも十数人は居る筈なのですが...」

 

「罠だろうな。

 構うことはない、進むぞ」

 

 広間に到達こそしたが、人の気配はなく姿も見えない。

 誰がどう見ても罠でしかないがケリュドラが止まるはずもなく、俺たち一行は扉の前まで進む。

 そして扉の正面まで到達すると、案の定足音が殺到してきた。

 周囲を取り囲む数多くの衛兵たち、その目には明確な敵意が含まれている。

 まぁそこは問題ではない、いつもの事だ。

 しかし一つだけいつもとは違う、見過ごせないモノが存在していた。

 

「おい、何でアイツらが...ニカドリーの眷属がここに居る!」

 

 冷たい彫像の身体。

 敵の命を狩りとらんとする得物。

 命の気配を感じさせない彼らが、ヤヌサポリスの衛兵たちと並んでこちらを睨みつけていた。

 

「大方司祭の誰かが引き入れたのだろうな。

 それにクレムノス側にも僕たちの邪魔をしたい者がいるのだろう」

 

「だからって普通眷属を渡さねぇだろ...。

 オーリパンの奴この事知ってんのか?」

 

「別にあの王が知っていようがいまいがどちらでも構わん。

 それよりも巡剣卿、先日の指示を忘れていないだろうな」

 

「戦いは控えろ、戦ったとしても長引かせるなだろ?

 ちゃんと憶えてるよ」

 

 先日のケラウトルスとの決闘の最中に起きた急激な殺意。

 それをケリュドラに報告した際に取り決めた決まりを復唱する。

 まずは戦い自体を控える事、もう一つは戦闘を長引かせない事。

 どちらも殺意の発生を抑えるというより、発生させないことを重視した対策だった。

 それ故に、俺は目の前の衛兵や眷属たちを前にして両剣を構え警戒をするに留める。

 だが警戒を続けこそするが、一向に彼らが向かってくる様子はない。

 まるで誰かの指示を待っているかのような────

 

「僕たちから手を出すのを待っているのだろうな」

 

「俺たちから?

 何だってそんな面倒なこと.....」

 

「僕たちが武力で三相殿に侵攻をしなかった理由を忘れたか?

 奴らにとっては僕たちが武力で無理矢理火種を奪った、という筋書きが好ましいのだろう。

 その方が周辺の都市国家との軋轢が生まれやすくなるからな」

 

「なぁカイザー、その理屈だと《法》の火種を奪われるのが織り込み済みみたいに聞こえるんだけど。

 流石にヤヌサポリスの司祭がそんな事考えるとは思えないぞ」

 

「では司祭、貴様はどう思う?

 長年ここで多くの者を見てきて、タイタンを軽く扱うような者に心当たりはあるか?」

 

 ケリュドラの問いに今までに見たことが無いほど顔を顰めるコデクスさん。

 それは思い当たる者を探しているというより、既に当たりがついているようだった。

 その人物の事を口にするのが余程嫌なのか唸り声を上げるが、ケリュドラの催促する目線に気づいたのか重々しく口を開く。

 

「.....恐らく《紛争》の眷属を神殿内に引き込めるほどの権力を持っている者は一人だけ。

 その者はダムナティオという名の司祭です」

 

「っ!」

 

「トリビー、大丈夫か?」

 

「う、うん...何でもないよ。

 ...大丈夫だから」

 

 コデクスさんが上げた名前を聞いた途端、トリビーが顔を強張らせる。

 それを心配して声をかけるがどう見ても無理をしているのが明白だ。

 多分そうなった原因はダムナティオ、という名前なのだろうが...俺にも何故か聞き覚えがある。

 三百年前の記憶を掘り返しながらその名前を探して....一つ、嫌な記憶を掘り起こした。

 

(トリビーたちの母親を殺した主犯か!!)

 

 三百年前にコデクスさんから警戒する相手として教えられた名前。

 当時は奴の部下からの接触こそあったが、本人とは会ったことはない。

 だが、今になって奴の影が現れるとは思いつきもしなかった。

 それを実感すると沸々と腹の底から怒りが湧き上がってくる。

 トリビーたちを幽閉し自由を奪い、母親を殺しておいてまだ悠々と命を繋いでいると思うと────

 

「ポネウス、あたちたちなら本当に大丈夫だから。

 そんなに怒っちゃダメだよ」

 

「っ...応」

 

 怒りに飲まれかけていた頭が、トリビーの呼びかけである程度引き戻される。

 彼女の顔には俺に対する気まずさもあるが、それ以上に動揺が強く見られた。

 そんな状態の彼女に気を遣わせてしまったことに情けなさを感じていると、ふと先ほど衛兵たちが通ってきた通路から近づく気配を感じる。

 その気配の持ち主は暗い通路から少しづつその姿を現していく。

 白色に染まった髪に、皺が刻まれた顔。

 老いによって細くなったであろう身体には豪奢な服に袖を通している。

 特に目を引くのはその人物の態度そのものだろう。

 尊大、この言葉が人の形をとって生きているようだった。

 

「ふん、やはり裏切ったなコデクス。

 しかしこれでようやく目障りな老いぼれを消せるというものだ」

 

「ダムナティオ...!

 貴様のこのことよく姿を現せたものだな!」

 

「なに、ようやくオクヘイマの僭主と交渉をするのに適した場が整ったのだ。

 私がここに来るのも当然のことだろう。

 ...だが、まさか火種を盗み逃げ出した聖女も居るとは思わなかったがな?」

 

「....」

 

 尊大な態度を取る老人、ダムナティオの視線がトリビーに向けられるとトリビーは思わず身体を強張らせてしまう。

 それを見たダムナティオの顔が愉快そうに歪むのを見て、俺はトリビーを庇うように前に出る。

 

「その底意地の悪い目をトリビーに向けないでもらおうか」

 

「お前は.....あぁ、そこの元聖女に加担したクレムノス人か。

 まったく、神聖な神殿に不届き者がここまで存在するとは嘆かわしいことだ」

 

「どの口が言ってやがる。

 お前が今までやってきたこと、少しは考えろよ」

 

「ハッ、野蛮極まった殺戮者がこの私に今までしてきたことを思い返せと宣うか。

 しかし生憎だが私は今まで司祭としてヤヌサポリスの繁栄に努めてきただけだ。

 悔いるような事など思いつきもしないな」

 

「......お前!」

 

 ダムナティオの態度が、言動が、すべての要素が俺の神経を逆撫でしてくる。

 そのせいか声が震え、両剣を持つ手には自然と力が入っていく。

 だが、ダムナティオは俺の怒りを察したのか俺が動きを見せる前に口を開いた。

 

「随分と私に怒りを向けているようだが、お前も人の事は言える立場ではあるまい」

 

「あ?何を言って「黄金戦争」っ!」

 

「お前たちが神殺しの神託を吹聴して周ったせいで数えきれないほどの人間が命を落としているのだぞ?

 いや、お前に至ってはそれ以前に大勢殺していたな。

 果たしてそのようなお前に、私を責める権利があると思っているのか?」

 

「...それは俺がこれからも抱えてく罪で、責任だ。

 自分の罪も自覚してないお前にどうこう言われる筋合いはねぇよ」

 

「野蛮なクレムノス人が罪、責任だと?

 笑わせてくれるものだな」

 

 俺の怒りを躱すように黄金戦争の件を引き出してくるダムナティオ。

 それに対して言い返しはするがダムナティオは様子は変わらない。

 寧ろより深い嘲笑を顔に浮かばせている。

 

「殺戮を尊び、栄光とするクレムノス人が罪悪感など感じるはずがあるまい。

 そのような虚偽を宣うとは《紛争》から《詭術》に鞍替でもしたか?」

 

「随分と口が回るなクソ司祭。

 いい加減その軽い口を閉じたらどうだ」

 

「お前のような野蛮人にはまともな話すら出来ないのか。

 やはり殺戮者などと呼ばれる者には碌な知恵も無いようだ「それ以上喋らないで」....なに?」

 

「聞こえなかっかしら、喋らないでって言ったの。

 それ以上、ポネウスへの暴言を許す気はないわ」

 

「トリビー...」

 

 度重なる俺への暴言。

 それを突然遮ったのはトリビーだった。

 先ほどまでの緊張していた様子は無く、いつもの舌足らずな話し方も鳴りを潜めている。

 その言動や、彼女が発する雰囲気は千人に分かたれる前のトリスビアスを想起させた。

 周囲に居る者たちも普段とは違う様子に驚きを隠せていない。

 ダムナティオもまたその様子に少なからず動揺を見せるが、すぐに気を持ち直す。

 

「これは失礼しましたな元聖女殿。

 故郷も、そこに住む者たちでさえ見捨てた貴女でも同輩の侮辱を見過ごすことは許せないようだ。

 まったくお優しいことで」

 

「どれだけ侮辱を重ねても無駄よ。

 私はママを殺して、ポネウスも馬鹿にする貴方とお喋りをする気は無いの。

 それよりも貴方は、カイザーの事を気にした方がいいんじゃないかしら」

 

「運命卿の言う通りだな。

 交渉に来たと言っておいて、僕を無視して運命卿や巡剣卿への侮辱に没頭するとはいい度胸をしているものだ。

 なぁ、そうは思わないか剣旗卿?」

 

「あの司祭は運命卿たちと顔馴染みだったようだし多少話に興じるのも仕方のないことだろう。

 ...まぁ聞いていて余り気分のいいものではなかったが」

 

「っ....申し訳ありませんケリュドラ殿」

 

 意識を俺からトリビーに移してもなお侮辱を続けるダムナティオ。

 だがトリビーに言われるまでケリュドラに気が回っていなかったのかようやく彼女の方に視線が向く。

 その視線の先に居たケリュドラはダムナティオを責めることもしないが、不機嫌であることを隠そうともしない。

 それどころか彼女に話を振られたセイレンスでさえ、普段は見せないほどの冷たい視線をダムナティオに向けていた。

 

「それで、貴様は何の用だ。

 僕相手に交渉を持ちかけるということは、さぞかし価値のある話なのだろうな」

 

「えぇ、決して損はさせませんとも。

 互いの利益の為に是非ともお聞きくだされば」

 

「御託は結構、早く話せ」

 

「...はい。

 私としてはケリュドラ殿が《法》の火種を継いでも構わないと思っています。

 その際何かしら用意が必要ならば喜んで準備させましょう」

 

「ほう、自分たちが信仰するタイタンが殺されようというのにそれを拒絶するどころか手伝おうとするとはな。

 ではお前はその見返りに何を求める気だ?」

 

 ケリュドラの問いにダムナティオは笑みを浮かばせる。

 貼り付けたような、違和感のある笑み。

 その裏側にある欲望を隠そうともせずに言葉を紡ぐ。

 

「私が求めることは単純なことです。

 貴方が《法》の権能を継いだとしても、ヤヌサポリスの運営には関与しないでいただきたい」

 

「?...コデクスさん、アレってどういう?」

 

「既存の権力を保持したいのでしょう。

 カイザー殿が《法》の権能を受け継いだとなれば、ヤヌサポリスの政治に介入することも十分考えられます。

 そうなってしまえば奴の立場も怪しくなる...それを防ぎたいのでしょうな」

 

 ダムナティオの要求の意図が分からない俺にコデクスさんが捕捉する。

 確かにダムナティオにとって今まで好き勝手やれていた場所が奪われそうなのだ。

 こうして自ら交渉に乗り出すのにも頷ける。

 

「僕がその要求を断わったらお前はどうする?

 そこの衛兵や眷属でも差し向けてみるか?」 

 

「それは貴女次第です。

 ですが神殿内で武力を振るうのはそちらにとっても得策ではないでしょう。

 どうかより利益のある選択をなさりますようお願いします」

 

「.........」

 

 ダムナティオの話を聞いて、俺にも理解できた。

 これは交渉というより脅迫に近いものだ。

 わざわざ俺たちが三相殿の中に入るのを待ってから交渉を始めたことも、こうしてニカドリーの眷属を使ってまで俺たちを囲い込んでいるのも全てこの脅迫の為だろう。

 大方ケリュドラが奴の交渉を断わったとしたら、まず間違いなく衛兵たちをけしかけてくる。

 当然俺たちはそれに対して抵抗しなければならないが、そうしてしまえば後は奴が周辺の都市国家に俺たちが神殿内で暴れ火種を奪い取ったと流せばいい。

 それを防ぐためにはダムナティオとの交渉を受け入れる必要がある。

 

(コイツ...正気か?)

 

 だが理解できたからと言って納得は出来ていない。

 自分の権力を守るために、神ですら売り渡そうとするダムナティオの神経が知れない。

 権力に対する異常なまでの執着、それがダムナティオの正体だった。

 

「さて、そろそろ答えを頂けますかな?」

 

(カイザー、どうす...っ!!)

 

 ケリュドラからの返答を催促するダムナティオ。

 俺はそれを聞いて、視線を後ろに居るケリュドラへと向ける。

 その瞬間、彼女の目を見て心胆が震えたのを感じた。

 ケリュドラの目は、冷たかった。

 とても人を見るような目ではない、完全に冷え切った目。

 怒気とも言えない重圧を纏いながら、ケリュドラはダムナティオを見ていた。

 

「....貴様、僕がどうしてヤヌサポリスに対して武力制圧をしなかったか分かるか?」

 

「周辺の都市国家の反発を招くから、でしょう?

 そうなってしまえば火を追う旅に支障をきたす可能性がありますから」

 

「その通りだ。

 ...だが、それだけではない」

 

「.....何ですと?」

 

「もう一つの理由はお前たちヤヌサポリスの司祭への敬意故だ。

 お前たちは長年タイタンからの神託を受け取り、民に伝えてきた。

 僕はその役割に敬意を持ったが故に今回、武力を控えるように指示を出していたのだ。

 ──だが、その敬意も無駄だったようだな。

 その司祭自身が信仰するタイタンを交渉の材料程度にしか見ていないのだから」

 

「し、しかし断るというのならこちらも衛兵たちを使うしかありませんぞ」

 

 ダムナティオの顔色が青ざめていく。

 ケリュドラの様子と言葉から己が墓穴を掘ったことを自覚したのだろう。

 それでも奴は変わらず脅迫を続ける...だが、ケリュドラは全く怯んだ様子もない。

 

「周辺都市国家からの反発なんぞ大した問題ではない。

 僕の覇道の邪魔をするのなら例外なく除くまでだ。

 さぁ剣旗卿、先ほどから取り囲む雑兵を片付けよ」

 

「了解した」

 

 ケリュドラの指示で泳ぐようにセイレンスが衛兵や眷属に切りかかる。

 当然彼らに彼女の剣が防げるわけも無く瞬く間に数を減らしていく。

 ダムナティオはそれを見て苦い表情をしながら後退っていくが、それをケリュドラは見逃さない。

 

「巡剣卿、あの者を捕らえよ。

 手段は問わん」

 

「良いのか?」

 

「構わん、どうせ叩けば埃が出る。

 それに、奴のような者は僕が裁く。

 それまでに逃げられても困るからな」

 

「そうかい、分かったよ。

 ────ありがとな」

 

「気にするな。

 僕としても奴の言葉は不愉快だっただけだ」

 

 短く礼を言ってから、俺は後退るダムナティオに向かって歩いていく。

 奴も俺に気づいたのか咄嗟に振り返って逃げ出そうとするが、奴の足元に向かって両剣を投げつけて逃走を阻止する。

 突然目の前に投げつけられた両剣にダムナティオが驚いている間に俺は奴の服の襟を掴んで持ち上げた。

 持ち上げられた奴の顔には先ほどまで見せなかった恐怖の表情が貼り付けられ、揺れる目で俺を見ている。

 

「その手を放せ殺戮者!

 わ、私をどうするつもりだ!?」

 

「そんなに怯えなくても今までやってきたことに悔いは無いんだろ?

 ならさっきみたいに堂々としてればいいさ」

 

「っ.....!」

 

 声を震わせながらの問いに対する俺の返事に顔を引き攣らせるダムナティオ。

 後はこれ以上下手な事を口にする前に気絶させるだけなのだが────一つだけ目の前で怯える司祭に聞かなければいけない事がある。

 

「おい、一つ答えてもらうぞ」

 

「な、何を────」

 

「トリビーたちに、何か言うことは本当に無いのか?」

 

「....ありはしない、あるものか。

 母子揃ってこの私に歯向かうような不届き者に言う事など──!「あぁもういいよ」グォッ....」

 

「....聞くんじゃなかった」

 

 この状況になってまで一切の反省を見せないダムナティオ。

 その頑なさに呆れながら奴の腹に拳をめり込ませる。

 苦し気な声を漏らしながらダムナティオの身体から力が抜けていく。

 そのまま気絶したことを確認すると、俺は奴を床に投げ捨てる。

 ここまでしても尚、俺の気分が晴れる事はない。

 トリビーたちへの謝罪を引き出せなかったことが思っていたよりも心に重くのしかかる。

 思わずため息を吐きながら気絶したダムナティオを見降ろしていると、突然手に暖かい感触が重なった。

 反射的にそちらの方向を見ると、俺と同じようにダムナティオを見降ろすトリビーが俺の手に自らの手を合わせていた。

 彼女は俺の方に目を向けない。

 合わせている手にはどこか気まずさが含まれている。

 それでもトリビーはその様子を見せずに口を開く。

 

「ありがとね、ポネウス」

 

 俺はトリビーに礼を言われるようなことは出来ていない。

 彼女も暗い感情を振り払えては居ないだろう。

 それでも、彼女がそう言うのなら俺は────

 

「どういたしまして、トリビー」

 

 この言葉をもって、過去への一区切りとしたのだった。

 

 

* * *

 

 

「では行ってくるが、くれぐれも誰も近づけるなよ」

 

「承知しましたカイザー!

 この断鋒卿、虫一匹通しはしません!」

 

「断鋒卿、少しは静かにしてちょうだい。

 その大声で他の司祭とか衛兵に気づかれたらどうするの」

 

「頑張ってねカイザー!

 あたちたち皆応援ちてるから!」

 

「ま、カイザーなら心配しなくても大丈夫だろ。

 所でサフェル何処行った?

 さっきから見かけないけど」

 

「セファリアなら神殿内の宝物でも探しに行ったのでしょう。

 あぁそういえばカイザー、どうかご武運を」

 

 タレンタムが鎮座している場所に続く扉の前で僕は周囲の者たちを見渡す。

 彼らの様子は様々だが、皆の目には期待の色が込められている。

 ならばその期待に応える事もカイザーとしての役割だろう。

 そう考え扉に向き直ろうとした時、僕の剣旗と目が合う。

 

「僕が戻ったら今まで以上に盛大な宴を開くとしよう。

 楽しみにしておけ、剣旗卿」

 

「あぁそれは楽しみだ。

 カイザー、その時は共にメーレを酌み交わすとしよう」

 

「ほどほどにな。

 それで足りないのなら巡剣卿を誘え。

 奴なら最後まで剣旗卿との飲み比べに付き合うだろうからな」

 

 背後から聞こえてくる怒声を無視しつつ扉を開き、歩を進める。

 少しの間部屋の中を進むと背後の扉が閉じる音が響く。

 すると先ほどまで荘厳な空気が流れていた部屋に異変が生じる。

 何処からか現れた霧が部屋の中を満たしていく。

 その霧は前後左右が分からないほどに濃く、僕の行く手を阻む。

 ──いや、この霧は行く手というより退却の道を阻んでいるというべきか。

 

「構わん、元より退却の選択肢などありはしない」

 

 尚も濃くなり続ける霧が完全に僕の視界を覆う。

 すると何処からかジョーリア討伐の際にも感じた気配、神気が現れるのを感じる。

 神気の下を探ろうとするが、視界は依然として霧に覆われている上に神気が僕の感覚を襲う。

 徐々に麻痺していく感覚に喝を入れて意識を保っていると、荘厳な声が部屋の中に響く。

 

『汝、我が天秤の前で何を求める』

 

「──タレンタムか。

 僕は火追いを先導するカイザー、ケリュドラ。

 貴様の火種を受け取りに来た」

 

『──火種。

 ならば私は汝の覚悟を問う』

 

 タレンタムがそう言うと、僕の目の前に天秤が現れる。

 片方の皿には《法》の火種が、もう一つの皿には何も乗っていなかった。

 当然天秤は火種の方に傾いている。

 それを見て、タレンタムの意図を僕は察した。

 

『我が火種を、《法》の権能を望む者。

 望みを叶えたくば、代価を支払い天秤を釣り合わせよ』

 

「成程、《法》のタイタンらしい測り方だ。

 だが少々拍子抜けだな、もう少し難題が課されると思っていたのだがな」

 

 僕はそう言って傾いた天秤を見つめながらタレンタムの言葉を反芻する。

 火種と釣り合う代価、それは考える必要のないことだ。

 何故ならそのようなモノ、最初から決まっている。

 

「僕が差し出すモノはただ一つ、僕自身だ」

 

『────』

 

「数多の黄金裔を率い、火追いの道を突き進む。

 タイタンを屠り、立ちはだかる者たちを悉くひき潰す。

 これまでも、これからも僕の覇道は止まることはない。

 ならば、火種に釣り合うものはオンパロス中を探しても僕意外に居ないだろう?」

 

『────』

 

 タレンタムは僕が出した答えに何も言うことはない。

 それも当然のこと、タレンタムはあくまで二つのものを測り結果を出すタイタン。

 そこにタレンタム自身の意思はない、正しく公正の天秤の名に相応しい。

 だが、タレンタムが何も言うことが無かったとしても何も乗っていない皿は徐々に下がり始める。

 目には見えないが、その皿には僕の未来が乗っているのだろう。

 ならば僕が何かを想う必要も無い、ただ天秤が釣り合うのを待つだけだった。

 短いような、長いような時間が経過する。

 そして、天秤の皿は────

 

『公正な天秤は、見事に釣り合った。

 汝には我が火種を受け継ぐ資格があると認めよう』

 

「分かり切った結末だったな、僕意外に《法》の火種を継げる者など存在しないだろう。

 それで?まだお前には僕に伝えることがあるのではないか?」

 

『───『汝は天と地を分かつ海で征服を果たし、潮騒の中で眠るだろう』』

 

「それが僕の予言か。

 心に留めておくとしよう」

 

 タレンタムが発した予言、それを胸に刻みつつ僕は火種に手を伸ばす。

 火種は僕の手に触れた途端に粒子となって僕の身体の内に入り込んでいく。

 それと同時に周囲の霧は晴れていき、タレンタムの気配も消える。

 しかし、僕の頭はそれどころでは無かった。

 

「────どういう事だ」

 

 火種を取り込んだ瞬間に、僕が為さなければならない試練が脳裏をよぎる。

 それは僕にとっても、予想外と言っていいものだった。

 質の悪い試練だとため息をつきながら、僕は霧が晴れた部屋の外へと向かう。

 

「僕は、決して止まらない」

 

 そう己の覚悟を口にして、僕は新たな征途へと歩みを進めた。

 

 

* * *

 

 

「ではここでお別れですな、ポネウス殿」

 

「...あぁそうだな」

 

 ケリュドラが《法》の火種を継いでから暫く経った後、俺たちはヤヌサポリスを離れようとしていた。

 しかし、俺には未だ懸念が残っていた。

 

「なぁコデクスさん、アンタも俺たちと一緒にオクヘイマに来た方がいいんじゃないか?

 正直言ってここに残るのは危ないだろ」

 

「確かに、依然としてダムナティオたちの妨害はあるでしょう。

 私の身も、安全とは言い難い」

 

 ダムナティオやその一派は現在三相殿内の自室で軟禁状態、そのうちケリュドラからの沙汰が下されるだろう。

 しかし奴らも伊達に数百年ヤヌサポリスを牛耳っていたわけではない。

 本人たちを捕らえていようとその部下たちが依然として動ける以上、身の安全が保障されたわけではなかった。

 しかし、コデクスさんの意思は固いようで俺の誘いに首を横に振る。

 

「これからヤヌサポリスは大きな転機を迎えるでしょう。

 そうなればまず間違いなく混乱は発生します。

 ならばこの老骨でも、役に立てることはあるはずですから」

 

「...そっか。

 じゃあ、しょうがないか」

 

「安心してください、私も死ぬ気はありませんよ。

 いざとなれば抜け道を使ってでも生き延びましょう」

 

「なぁ、コデクスさん。

 前から思ってたんだけど何でアンタそんなに抜け道に詳しいんだ?

 俺たちが通ってきた抜け道についても知ってたよな」

 

「あぁ、それは三相殿の中にある抜け道の大半は私が作ったものですから。

 いざという時に抜け道の場所を忘れてしまっては意味がないでしょう?」

 

 あぁ、と納得の声が漏れる。

 トリビーたちが居た部屋の抜け道もこの人が作っていたことを思い出した。

 納得と同時に少しばかりの呆れも感じてしまったのはコデクスさんには内緒だ。

 

「所でポネウス殿、私は今回のヤヌサポリスでの一件が全て終わった後は司祭を引退しようと考えているのです」

 

「え、そうなのか?

 じゃあその後は何をするつもりなんだ?」

 

「その後は──出来ればもう一度トリスビアス様やポネウス殿とお話をしたいのです。

 まだまだ聞きたいことが山ほどありますから」

 

「!なら、その時はオクヘイマに来てくれ!

 俺とトリビーたちで精一杯もてなすからさ」

 

「えぇ、楽しみにしておきます。

 ですからトリスビアス様とは早めに関係の修復をお願いしますね」

 

「ぐっ...気付いてたのか...」

 

 暗に俺とトリビーたちの喧嘩を見透かされていることを伝えられて言葉を詰まらせてしまう。

 そんな俺を見るコデクスさんは呆れたような声音で話を続ける。

 

「三百年経っても、貴方の分かりやすさは変わりませんね。

 ...ポネウス殿、最後に一つお願いしたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

「ん?俺に出来ることなら何でもいいけど────」

 

「どうか、これから先もトリスビアス様をよろしくお願いいたします」

 

「.....」

 

 コデクスさんはいつかと同じように深く頭を下げて、いつかと同じことを頼んで来る。

 昔は彼に頼み込まれた末に俺も了承した頼み事だったが、今は少しだけ違う。

 

「頼まれなくてもトリビーたちは俺が守るさ。

 まぁ相変わらず守るのは苦手だけど...俺の命をかけてでも成し遂げるよ」

 

 俺の返答に安心したように顔を綻ばせるコデクスさん。

 そのまま俺たちは別れてそれぞれやるべき事を為す為に動き出す。

 そして、今の俺がやるべき事は────

 

「そうだ、出発までは時間もあるしあそこ行ってみるか。

 まだ残ってるといいんだけど」

 

 トリビーたちとの仲直り、その目的の為俺はある場所へと歩を進めた。

 

 

* * *

 

 

 俺が目的の場所に着いてから何時間が経っただろうか。

 忙しなく手を動かしていたからか、時間がどれだけ経っているのかイマイチ分からない。

 しかしその成果もあってか、何とか目当てのものは作れた。

 後はこれを持ってトリビーたちと話に「ポネウス、見つけた!!」

 

「!!?ってトリビーか。

 え、何でここに?」

 

「何でって、もうすぐ出発なのにポネウスが戻って来なかったから探ちに来たんだよ。

 なんとなくこの辺りに居そうな気がちて急いで来てみたら...花畑で何やってたの?」

 

「あ~それは...今は気にしないでくれ。

 っていうかもう出発の時間だったのか、ちょっと没頭しすぎたな」

 

「そうだよ、ライアちゃんも心配ちてたんだから。

 さ、早く戻ろ?」

 

「トリビー!ちょっと待ってくれないか!」

 

「...どうちたの?」

 

 早くも話を終えて、皆の所に戻ろうとするトリビーを呼び止める。

 トリビーも俺が何故呼び止めたのかを察したのか気まずそうな表所を見せるが、今更気まずさを感じただけでは止まれない。

 俺はトリビーに目線を合わせて話を切り出した。

 

「この前の話の続きをしたいんだ。

 いつまでもなぁなぁで済ませていい話じゃないだろ?」

 

「それは...そうだね。

 でもポネウスの考えは変わってないでちょ」

 

「あぁ、俺はトリビーたちを傷つけるぐらいなら軍から...というかオクヘイマから離れた方がいいと思ってる。

 火を追う旅に関しては連絡をくれればいつでも駆けつけるし、トリビーたちも今までみたいに守るつもりだ」

 

 トリビーの言葉に俺は誤魔化すことなく正直に伝える。

 だが、それを聞いたトリビーの顔はやはり怒りを示した。

 覚悟はしていたが、その顔を見るのは心が痛むのを感じる。

 

「やっぱりそう思うんだね。

 でもあたちたちの意見も変わらないよ。

 ポネウスには皆の所から離れてほちくない」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり危険だろう。

 俺を抑えられる奴らが少ない以上、下手な選択は出来ねぇよ」

 

「...ねぇ、ポネウス。

 ポネウスは本当はどう思ってるの?」

 

 俺とトリビーの言い合いが続くと、彼女は俺に質問を投げかける。

 本当はどう思っているか、その質問の意図が掴めずにいると再度トリビーが口を開く。

 

「さっきからポネウスは『離れた方がいい』とか、『下手な選択は出来ない』とかそんなのばっかり!

 あたちたちは,ポネウスがどう思ってるのか聞きたいの!

 あたちたちから離れたいのか、離れたくないのか...どっち?」

 

「それは....」

 

 ...その質問は少しズルいのではないだろうか。

 そんなの答えなんて考えるまでもない。

 

「そんなの....離れたくないに決まってるだろ!

 俺にとって、トリビーたちが居る場所が俺の居場所だ!

 でも、その居場所を自分で壊すかもしれないんだぞ!?

 もしそんなことになったら俺は、俺を絶対に許せない」

 

「ポネウス、さっきから何で壊すって決まってるみたいに話すの?」

 

「それは────」

 

「皆がポネウスより弱いから?

 セイレンスお姉ちゃんかライアちゃんちか止められないから?

 皆、ポネウスが殺ちちゃうかもって思うから?

 そんな理由ならあたちたち、言わなきゃいけない事があるの」

 

 そう言ってトリビーは飛んで、俺の顔に両手を添える。

 まるで俺が目を逸らすのを許さないように、その青い目で俺を直視した。

 そのまま彼女は力強い声で俺に語りかける。 

 

「いい?ポネウス。

 皆、貴方が心配ちてるみたいに弱くなんてない。

 もちそう思ってるなら、今まで戦ってきた皆を馬鹿にちてるのと変わらないよ」

 

「.......」

 

「それに前言い合った時、ポネウスは自分を止めるのは皆の邪魔になるって言ったけどそれも間違ってるよ。

 あたちたちもライアちゃんもセイレンスお姉ちゃんも、皆邪魔なんて絶対に思わない。

 皆にとって、ポネウスも大切な人なんだってことを忘れないで」

 

 何も、言い返せなかった。

 その言葉の重みが、目の前の真剣な表情から痛いほど伝わってきたからだろう。

 ....本当に、トリビーには敵わない。

 

「ポネウス、だから頑張ってあたちたちの事を信じて。

 あたちたちは貴方が思うほど弱くないち、貴方の事を大切に思ってるんだって。

 あたちたちからのお願い、聞いてくれる?」

 

「...それ、ズルくないか?

 俺がトリビーたちのお願いを断わるの苦手なの知ってるだろ」

 

「うん、ズルいかもね。

 でもあたちたちもポネウスと一緒に居たいから、ちょっとのズルくらいならいいでちょ?」

 

「...そうだな、そう言われちゃ断れないよな」

 

「安心ちて、もちポネウス暴れちゃっても皆でボコボコにちちゃうんだから!」

 

「ハハッ、それは頼もしいな」

 

 こうして、俺はトリビーたちに言い負かされてしまった。

 正直言って俺が彼女に口で勝てる気はしない以上、こうなる気も薄々していたのだがこうも完璧に言い負かされと清々しさが勝ってくる。

 暫くの間、互いに先ほどまでの言い合いの時とは真逆の様子で笑いあう。

 それからトリビーが笑顔を残したまま口を開いた。

 

「それじゃあもうそろそろ戻ろっか。

 じゃないとカイザーが怒っちゃう」

 

「そうだなってそうだ忘れるところだった」

 

「?ポネウス、どうちたの?」

 

「いや、さっきまでコレを作っててさ仲直りの印ってことで受けとってくれると嬉しいんだけど....どうだ?」

 

「これって、花冠?」

 

 俺がトリビーに見せたのは今いる花畑の花を使って作った花冠だった。

 トリビーがそれを見て目を丸くしているのを見て、俺は説明を続けることにする。

 

「昔、俺がお前に花冠を送ったのは憶えてるか?」

 

「うん、憶えてるよ。

 本当に嬉ちかったから。

 でも、何で────」

 

「さっきも言ったけど仲直りの印だよ。

 今回の件も色々困らせちまったし....その詫び。

 あ、物で釣ろうとかそんなのは考えてないからな!?」

 

「言わなくても分かってるよ。

 ──ねぇ、その花冠ポネウスが被せてくれる?」

 

「俺が?別に構わないけど....」

 

「うん、お願い」

 

 俺はトリビーが少しだけ下げた頭に花冠が落ちないように慎重に被せる。

 彼女はその間何も言わずに、被せ終わるのを待ってからゆっくりと顔を上げた。

 

「....どうかな、似合ってる?」

 

「───あぁ、言葉に出来ないくらい似合ってる」

 

 俺の噓偽りない感想を聞いて、花が咲くような笑みを浮かべるトリビー。

 そんな彼女に見惚れながら、俺は自然とトリビーの手を取っていた。

 

「じゃあトリビー、一緒に帰ろう」

 

「そうだね、帰ろっか。

 ってそんなに花冠作ってたの!?」

 

「応、トリアンとトリノンたちの分もちゃんと作ったからな。

 まぁ時間はかかったけど」

 

 俺が片手いっぱいに抱える花冠を見ながら笑うトリビー。

 俺もその笑いに釣られながら速足で俺たちは花畑から離れていく。

 その後は出発に遅れた俺にケリュドラからのお説教もあったのだが、割愛する。

 こうして《法》の火種の回収は色々な問題を起こしながらも、一段落を迎えた。

 

 

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