クレムノスの殺戮者   作:同乗者

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文字数が予想より増えている事に恐怖を感じつつも3話目です。
感想よろしくお願いします。


密会

 

 ポネウスがトリスビアスの護衛についてから早くも一週間が過ぎており、ポネウスは報告の為にコデクスの部屋を訪ねていた。

 だが、何かしら問題でもあったのかポネウスの表情は暗かった。

 コデクスはその表情に嫌な予感を覚えた。

 既にトリスビアスに何かあったのではないかと。

 

「ポネウス殿、何か問題でもありましたか?

 もしや、既に刺客が?」

 

 コデクスは眉を顰めながらポネウスから話を聞こうとする。

 すると、ポネウスは答える為にコデクスの顔を正面から見つめ、答える。

 

 

 

 

 

 「疲れた」

 

 「......はい?」

 

 ポネウスは憔悴した様子で言葉を絞り出した。

 

* * *

 

 

「疲れたって言っても、身体の方は全然大丈夫なんだよ。

 ただ、精神の方が割とキツくてな....」

 

「精神というと、何か嫌なことでも?」

 

「嫌なことって訳じゃないんだけどさ、やっぱり護衛ってのがどうにも難しくてなぁ」

 

 ポネウスにとって護衛というのは苦手意識も相まって普段よりも一層疲れが溜まりやすい仕事だった。

 それに加えて、周囲の警戒に護衛対象の動向、四六時中一切気が緩めない状況でそれを為すというのは、自身が想像していたよりも大きい負担がかかっていたのだ。

 

「まぁ原因はそれだけじゃないんだけど....」

 

「というと?」

 

「あ〜ほら、俺ってコデクスさんの立場を利用して聖女様の護衛についたわけだろ?

 だから、周りの奴らからの疑うような視線が多くてな。

 今まで監視することはあっても逆はなかったからさ、どうにも気疲れが溜まっちまってな」

 

 「成程、やはりそうなりますか」

 

 周囲の反応は予想の範囲内だった。

 元々トリスビアスの元で働いていた者からすれば、急にヤヌサポリスの出身ではない人物が、司祭の権力を使って聖女の護衛についたのだ。

 警戒しない方がおかしいだろう。

 

「あとは〜あれだな

 

 

 

 

 

聖女様を狙う一派が絡んできた」

 

「!想定より早かったですな。

 ですが争い事が起きたという報告は聞いておりませんが、刺客が送られたわけではなかったのですが?」

 

「ダムナティオ、だったか。

 そいつの使者を名乗る奴が話しかけてきた。

 何でも近々俺と直接話したい事があるんだとよ」

 

「ダムナティオ....いきなり奴が出てきますか....。

 それも、直接とは...」

 

 コデクスは苦虫を噛み潰したかのように顔を顰める。

 ダムナティオは現在のヤヌサポリスで最も権力を握っている司祭で、先代の聖女、メルテス殺害の主犯の疑いがある人物だ。

 そんな人物が無理矢理護衛につかせたとは言え、何を思ってわざわざ直接会おうと思ったのか。

 

「....なぁ、ダムナティオを殺したら状況は良くならないのか?

 話を聞く限りじゃ、そいつが主犯格なんだろ?」

 

「それで済むのならそうするのですが、奴を殺しただけでは状況は好転しないでしょう。

 奴には多くの手駒や協力者がいる。

 本人を殺したところで、次は取り巻きが同じことを繰り返すだけですから。

 もしかするとより悪い状況になってしまうかもしれません」

 

「そう簡単には行かないかぁ」

 

 ポネウスは肩を落とすが、予想は出来ていた。

 なにせ、目の前に居る人物の鬼気迫る様子を見てしまえば、殺すことで解決するのなら自爆覚悟で突っ込んでいく姿を容易に想像できてしまったからだ。

 まぁ、そんな余分な思考は置いといてポネウスは報告を続ける。

 

「あとダムナティオが配備した護衛たちなんだが、もう暫くは動く様子は無さそうだった。

 特段聖女様の行動を止めるような事も無かったし、聖女様の護衛に配備したのも念のためってのが理由っぽいな」

 

「ふむ、暫くはトリスビアス様に被害が及ぶことはありませんか。

 それなら一息はつけそうですな」

 

 コデクスは机に置いてある紅茶を一口飲み、息を吐く。

 ポネウスはその疲労を感じさせる所作を見て、この司祭も自分の知らない所で、自分では出来ないことで戦っていたのだと感じる。

 それと同時に、この司祭がどれほどあの聖女を守りたいのかもありありと感じられた。

 

「ところでポネウス殿、話は変わりますが、トリスビアス様とは上手くやれていますかな?」

 

「あぁ、割と良い関係は築けてると思うよ。

 最近は、俺が行ったことのある都市国家だったり、旅の途中で見た風景の話をよくしてるよ。

 まぁ、都市国家の方は遠征で行った時の話だから、喋れる内容が殆ど無いんだけどさ」

 

「トリスビアス様は儀式以外でヤヌサポリスから出たことはありませんから、余計に外の話は新鮮なのでしょうな」

 

 《門と道》のタイタンを信仰するヤヌサポリスの聖女が旅もできず、自由に出歩く事もできない。

 そんな環境にポネウスは、酷く胸が詰まる感覚を覚えた。

 

「そういえば、初めて護衛についた日から聖女様に話を結構聞かれたんだけど、普通急に護衛についた奴の事は警戒しないか?

 聖女様って警戒心が薄いとか、そんな事無いよな?」

 

「そのようなことはありませんよ。

 初日から貴方に親しかったのは、恐らく私が事前に貴方のことを話していたからでしょうね

 『貴方様の周囲に不審な者がいるので、私の権限を使って護衛を送ります』と。

 他にも、ポネウス殿の出身や、経歴も伝えていますよ」

 

「....そういう事は俺にも言ってくれないか?

 聖女様にクレムノス出身ってバレないようにしてたんだけど」

 

「話す時間が無かったもので」

 

 サラッと自身の話を暴露していた事に苦言を溢すが、コデクスは気にした風もなく空になった茶器に新しい紅茶を入れている。

 クレムノスの元兵士が言えたことではないだろうがこの司祭、徐々に遠慮というものが無くなってきてはいないだろうか?

 ポネウスは遠慮が完全に無くなった時、この司祭が自分にどんな無茶振りをするのかを考えると背筋に寒気が走る。

 

「さて、もうそろそろ時間だから行ってくるよ」

 

「えぇ、変わらずトリスビアス様のことをよろしくお願いします」

 

「応とも、全力でこなしてくるさ」

 

 ポネウスはそう言って、コデクスの部屋を出ていく。

 コデクスはそれを見送り、呟く。

 

「私は、ダムナティオが何を思って彼と会おうとしているのか探ってみましょうか」

 

 コデクスもまた、自分に出来る手を打つ為に動き出す

 

 

* * *

 

 

 ポネウスはここ数日で見慣れた廊下を歩きながら、周囲の様子を観察する。

 書類を持って忙しなく移動する者や、飾られている調度品などを掃除している者に廊下を巡回している警備兵、果てには自分の事を物陰に隠れながら監視してくる者まで居る。

 とりあえず監視してくる者には軽く殺気を向けておくとして、やはり運命の三相殿には人が多い。

 この人の量だと逃げるだけでも難しいものがあるだろう。

 そんな事を考えながら、また別のことも考えてしまう。

 自分が護衛している聖女様は、自身の環境に不満は無いのだろうか。

 護衛についてから色々と彼女とは話をしたが、一度でも不満を言ったことはなかった。

 時折り顔を曇らせることはあっても、笑顔で周囲の者と接している時間の方がよっぽど多い。

 まだ彼女と接するように一週間程度しか経っていないが、もしも彼女に何か望みでもあればポネウスはそれを叶えてやりたいとすら思っていた。

 

「人望ってやつかね」

 

 そんな今まで思った事も無かったことを考えていた自分に苦笑しつつ、彼女の人望を少々恐ろしく感じてしまう。

 そんな益体もない事を考えながら歩いていると、目的地に着いた。

 部屋に入る前に警備兵に睨まれるが、笑いながら挨拶して素通りする。

 余計に視線が厳しくなった気もするが気にしない。

 部屋の中に入ると、綺麗な赤色の長髪が目に入る。

 それに一瞬目を奪われるが、気を持ち直しそれの持ち主に声をかける。

 

「ただいま戻りました、聖女様」

 

 畏まりながら挨拶をすると、彼女は何か可笑しいのか少しだけ笑いながらこちらに顔を向ける。

 

 「えぇ、お帰りなさい」

 

 そう言って笑った彼女の顔を見て、コデクスが守りたがる気持ちが少しだけわかった気がした。

 

* * *

 

「....今の挨拶、変なところありましたか?」

 

 挨拶をしてから、クスクスと笑っているトリスビアスを見てポネウスは思わず尋ねる。

 

「変というより、無理してるのが分かりやすかったからつい、ね」

 

「無理、ですか?」

 

「えぇ、だって普段はそんなしゃべり方じゃないでしょう?」

 

「それは、まぁ、そうですね」

 

 図星だった。ポネウスは普段から敬語をあまり使わない上に礼儀作法に関しても、護衛につくと決まってからコデクスに即興で叩き込まれた最低限のものしかない。

 トリスビアスの言い分に関して、ぐうの音すら出なかった。

 

「無理して丁寧な言葉を使わなくてもいいのよ?」

 

「それは有難いですけど、人の目もあるのでこのままでやっていきますよ。

 ところで、今日はどうする予定で?」

 

「今日はタイタンへの祈言と、近々ある儀式の準備をやる予定よ。

 時間が余れば、街の方に行ってみようかと思うわ」

 

「了解しました。

 こちらも準備を進めます」

 

 ポネウスはそう言って、得物の調子の確認や他の護衛への伝達を済ませる。

 トリスビアスの方も準備が終わったようでこちらの様子を伺っていた。

 

「準備が終わりました。いつでも出発できます」

 

「えぇ、じゃあ行きましょうか」

 

 そういって、トリスビアスは歩き出す。

 それに付いていくために、ポネウスもまた歩いていった。

 

* * *

 

 時刻は夜、トリスビアスはその日にやるべき事を終わらせて自室に戻っており、その側には一週間ほど前に新しく護衛につくようになった青年、ポネウスが居た。

 

「さぁ、今日も貴方の話を聞かせてもらえるかしら?」

 

「こんな状況がバレたら互いに大目玉だろうに、随分と楽しそうですね」

 

 本来なら一介の護衛の立場にある者が、聖女の自室に密かに入り込んでいるなど司祭たちが見れば摘発からの処刑台直行間違いなしだ。

 そんな状況でもトリスビアスは楽しそうにポネウスを見ており、ポネウスは呆れた様子でトリスビアスを見ている。 

 

「大丈夫よ、人払いは済ましてるし、何より貴方なら人が居ても気づけるでしょう?」

 

「そりゃ気づけはしますけどねぇ....」

 

「あと、周りに人は居ないんだからその喋り方はやめてもいいんじゃない?」

 

「...わかったよ。

 これで良いか?聖女サマ?」

 

 いつもの呼び方とは違うどこか拗ねたようにも感じる言い方と、自然な喋り方。

 あの喋り方はよっぽど無理をしていたのだとトリスビアスは確信する。

 

「えぇ、貴方もそっちの方が楽でしょう」

 

「そりゃな、ていうか俺の話ってそんなに楽しいのか?」

 

「勿論楽しいわよ。

 私は普段ヤヌサポリスの外へは出れないし、聖女としての責務がある。

 それを投げ出して自由に旅なんてできないもの。

 だから貴方の話は初めて知る事だらけでとても楽しいの」

 

 そういうトリスビアスの表情にはまだ年若いというのに、「ヤヌサポリスの聖女」としての自覚が色濃く現れていた。

 その在り方は称賛されるべき事で、きっと正しいものなのだろう。

 だから、ポネウスは頭に浮かんだ疑問を口には出さずに心のうちにしまっておく。

 

「楽しいんなら良いんだけどさ。

 で、今日はどんな話を聞きたいんだ?」

 

「そうね、貴方の故郷の話とかはどうかしら」

 

「....俺が故郷の話避けてるの気づいて言ってるよな?

 というか、俺の故郷がクレムノスって知ってるんだろ」

 

「えぇ、コデクス様から聴いていたから。

 気を悪くしたのならごめんなさい」

 

 自分が避けていた故郷の話を振られて、自然と語気が強くなる。

 その喋り方に気分を害したと思ったのか、トリスビアスの顔は先ほどよりも暗くなり、影がかかったように見えた。

 その顔を見てポネウスは何故か嫌悪感を感じていた。

 彼女にそのような顔をさせるのか、と。

 そう感じたポネウスは、咄嗟に取り繕うように話を続ける。

 

「別に気にしちゃいないさ。

 ただ、クレムノスって血生臭い話ばっかりだし、出来れば聞かない方がいいんじゃないか?」

 

「貴方の故郷について訊いたのは、別に面白い話が聴きたかったからじゃないの」

 

「ん?じゃあなんで....」

 

 ポネウスはトリスビアスが行ったことに疑問符を浮かべる。

 楽しい話を聞こうとしたのではないのなら、一体何を聞こうとしたのか。

 

「あ〜じゃあ文化の話とか、どんな目的で戦争を起こしてるとか、そういうものが聞きたかったのか?」

 

「いいえ、私は貴方の故郷だから聞きたかったの」

 

 ポネウスは自身の耳を疑った。

 自分の故郷だから聞きたかった?一瞬冗談かと思ってトリスビアスの顔を見ると、真剣な表情でポネウスを見ていた。

  とても冗談を言っているようには見えない。

 尚更、理由がわからなくなる。

 

「え〜とイマイチどういう事か分からないんだけど....」

 

「....私も、自分が危険な状況に居るのは知っている。

 以前から務めていた護衛が急にいなくなったと思ったら、見かけた事のない人が急に護衛についていたし。

 それが何回も繰り返せば嫌でも気づくわ。

 顔馴染みの護衛たちも今となっては片手で足りる数ぐらいに減ってしまって、とても不安だったの。

 そんな時に、貴方が来てくれた」

 

 ポネウスは目の前の彼女が、自身が危険な状況に居た事を知らないものだと思っていた。

 彼女は自分の身が危険だというのに、不安を表に出さず普段通りに過ごしていたというのなら、その胆力には驚きを隠せない。

 そんなポネウスの驚きを気にせず、トリスビアスは独白を続ける。

 

「コデクス様は以前、私のママの助祭を務めていた信頼出来る方なの。

 そんな方が信頼できるって言って、貴方を連れてきた。

 そして貴方は誰よりも近くで、私を守ってくれた。

 だから私は、この一週間安心して過ごせたの。

 だから私は、貴方の事を知りたいの。

 コデクス様から聴いた話だけではなくて、貴方自身の口から貴方の事を聞きたいの。

 駄目.....かしら」

 

「....わかった。

 俺の話なんかでいいなら、聖女様が満足するまで話すよ」

 

 ポネウスの返事を聴いて、トリスビアスの顔はパァっと音が鳴ったかのように明るくなっていた。

 ポネウスは、彼女から思っていた以上の信頼を向けられていたことに若干動揺するが、それは表に出さないように努める。

 彼女が自分を信頼してくれるのなら、その信頼を疑うような真似をしたくなかったからだ。

 それに、彼女の明るい顔を見られたのだ。

 その顔はきっと、自分の過去よりも貴重なものだと思いながら、ポネウスは満足したように息を吐く。

 その時、ポネウスの頭に一つ思い浮かんだ事があった。

 それを実行する為に、トリスビアスの前に人差し指を立てて、提案する。

 

「ただし、一つだけ条件がある」

 

「条件?」

 

「あぁ、俺の話が終わったら、次は聖女様の話を聞かせてもらってもいいか?」

 

「それは構わないのだけど....どうして私の事を?」

 

「俺もアンタの事を知りたくなったからだよ。

 アンタが今までどんな事をしていたのか、どんな事が好きなのか、どんな事をされたら嬉しいのか。

 何でもいいから聞きたいんだ。

 例えば、前に言ってた発明品?ってのも気になるし」

 

「........」

 

 トリスビアスは呆けたようにポネウスを見る。

 その表情を見て何か失言でもしたかと焦ったが、トリスビアスの顔はほころんでいく。

 

「えぇ、それじゃあお互いに気が済むまでお話ししましょう?」

 

「あぁ、そうだな。

 じゃあ俺からだけど....何から話そうか?」

 

「そうね、じゃあ......」

 

 花が咲いたような笑顔を浮かべるトリスビアス。

 それに釣られるようにポネウスにも笑みが浮かぶ。

 互いが互いを知るための密会は夜更けまで続いた。

 

 

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