クレムノスの殺戮者   作:同乗者

30 / 30
思ってたより時間がかかった30話です。

緋英は160連、餅は70連で二枚引きだったので勝ちです。


お気に入り、ここすき、評価、どれもありがとうございます!


嫌な予感

 

 

 良く晴れた昼下がり、教官としての仕事も無い今日は屋敷で得物の手入れに励んでいた。

 鼻歌まじりに持ち手や刃の部分を磨いていると、何処からか足音が聞こえてくる。

 俺がそれに気づいて間もなく、部屋の扉が開き足音の主が飛び込んできた。

 

「ポネウス、ちょっといい!?」

 

「別に全然構わないけど...そんなに焦ってどうかしたのか?」

 

「多分見た方が早いと思うから付いてきて!」

 

 息を荒くして部屋に入ってきたトリビーの様子に俺は首を傾げる。

 その焦りようは滅多に見るものではない。

 一体何があったのかと少し身構えていると、トリビーが俺の手を取って先導する。

 俺もそれに抵抗することなく彼女の後に続いていると、何やら難しい顔をしているライアが目に入った。

 どうやら何かを見ているようだが、近づく俺たちに気づいたのか視線を上げる。

 

「師範も来ましたか。

 ではこれに目を通してみてください」

 

「これって...出征名簿か?

 別に変な所なんて無い...ん?」

 

 ライアから手渡された出征名簿に目を通す。

 セイレンス、ラビエヌス、セネカ、アポロ二ウス、ヴァージニア。

 見慣れた名前が続く中、ふと違和感を覚える。

 名簿を最後まで見てから何度も繰り返して見直す。

 結果、俺が感じた違和感は確かな形となって表れた。

 

「....ちょっとカイザーの所に行ってくる。

 ライア、この名簿借りてくぞ!」

 

「師範?少し待って.....あぁもう行ってしまいましたか。

 師匠、師範の事をお願いします」

 

「うん!任せてライアちゃん!

 ...あたちたちも名簿の事は聞きたかったちね」

 

 名簿片手に屋敷から飛び出した俺は全速力でケリュドラの下へと向かう。

 この時間ならケリュドラが居る場所は執務室以外にありえない。

 そう踏んだが故の足取りに迷いは無く、ただ真っ直ぐに走っていく。

 結果、大した時間をかけることなく執務室の前に着いた俺は走ってきた勢いのまま扉を開け放つ。

 

「カイザー!!居るな!?」

 

「...巡剣卿、お前は大人しく扉を開けることも出来ないのか?

 元からお前に繊細さは期待していないが、間違えて切られたとしても文句は言えないぞ」

 

 突然入ってきた俺にケリュドラは酷く冷たい声音で答える。

 しかし、彼女の視線は俺に向くことはなく手元にある書類に向けられたまま。

 まるで居ないもののような扱いに思わず眉を顰めると、ケリュドラの傍に控えていたセイレンスが口を開いた。

 

「ワタシが見る限り随分と急いで来たようだが何かあったのか?

 それとヒレに持っているそれは────」

 

「あぁ、俺がここに来た理由はこれだよ。

 カイザー、答えてもらうぞ」

 

「ふん、出征名簿か。

 何か異論でもあったか?」

 

「あるに決まってんだろ!!」

 

 俺はケリュドラが目を通していた書類の上に出征名簿を叩きつける。

 そうすると彼女は不機嫌そうに眉を顰めるが、すぐに名簿をどかして書類に再度目を向けた。

 そのまま白々しく異論があるか?などと言うケリュドラに声を荒げて問いかける。

 

「どうして名簿にトリビーたちとライア、それと俺の名前が無い!!」

 

「そんな事か、それの何が不満だ。

 次の戦地スティコシアは暗黒の潮に飲まれた地、今ままで以上に危険な場所に運命卿と金織卿を連れて行かずに済むのだぞ。

 お前にとっても心労が減るだろう?」

 

「それは俺を連れて行かない理由にはならないだろ。

 寧ろ激戦地だって言うんなら、尚更俺を連れていくべきだ。

 カイザー、正直に答えてくれ」

 

 俺の頼みにケリュドラは大きく溜息を吐く。

 そのままようやく視線を上げると、頬杖をついてこちらを見た。

 彼女の視線には声と同じように冷たく、こちらの背筋を震わせる。

 ケリュドラはその目を俺に向けながら、重々しく口を開く。

 

「先ほども言ったが《海洋》のタイタンを狩るのは難業になる。

 そのような戦いに神託を抱える運命卿たちを連れていくのは避けたい。

 だが、近頃粛清者共の動きも活発になってきている。

 お前をオクヘイマに残すのは僕たちが居ない間、運命卿たちに万が一の事がないようにする為────これで満足か?」

 

「....俺を連れて行かない理由は、一旦置いておく。

 次は、コイツらが名簿に載ってる理由は答えられるか?」

 

「.......」

 

 俺は名簿の一部分を指さし、ケリュドラに問いかける。

 しかし彼女は答えることなく、ただ億劫そうに視線を手元の書類に戻した。

 そんなケリュドラの様子を不思議に思ったのか、セイレンスは俺が指をさしている部分に視線を向ける。

 彼女の視界に映ったのは何の変哲もない幾つかの名前。

 そのどれもに見覚えがなく、セイレンスは首を傾げる。

 

「金色のカジキ、この魚たちは何者だ?

 ワタシには見覚えがない」

 

「セイレンスは見覚えがなくて当然だ。

 コイツらはつい最近まで俺の下で鍛錬を積んでた連中....要は新兵だ」

 

「新兵だと?

 カイザー、それは...」

 

 セイレンスも俺が言いたいことに気づいたのかケリュドラの様子を伺うが、ケリュドラの様子に一切の変化は見られない。

 何も言うことなく書類を見続けるケリュドラに痺れを切らした俺は、彼女の返答を待つことなく言葉を続ける。

 

「コイツらはオクヘイマの衛兵を務めるぐらいの実力はある。

 けど火を追う旅に連れて行って戦力になれるほどの経験は積めていない。

 連れて行った所で大した戦力にはなれないだろ」

 

「......」

 

「俺が居ない分の戦力補充、なんて言い訳は通用しねぇぞ。

 アイツらが束になってかかってきても俺には勝てない。

 カイザーだってそれぐらい分かってるだろ?

 何だってアイツを連れて行こうとする、神殺しは数が居ればいいってもんじゃ「それは見当違いな意見だぞ、巡剣卿」は?」

 

「確かに《紛争》や《大地》といったタイタンとの戦いに雑兵が居たところで戦況が変わることはない。

 だが、次の戦場は別だ。

 数は多ければ多いほどいい」

 

「....カイザー....お前、何を考えている?」

 

 数が多ければ多いほどいい。

 ケリュドラはそう宣うが、俺はその意図を理解できない。

 ──いや、それだけではない。

 今までの彼女は策を練ることを楽しみにしていた。

 いつもなら悪魔のような笑みを浮かべていたにも関わらず、今はその表情に何も浮かばせることが無い。

 そんなケリュドラを見ていると、今まで見てきた彼女が本当の性格だったのかすら分からなくなってくる。

 困惑が頭を埋めていく中、背後の扉が開く音が部屋に響く。

 反射的に振り向くと、そこには扉に手をかけているトリビーが居た。

 

「トリビー、来てたのか!?」

 

「ポネウスが先走りち過ぎなの!

 ごめんねカイザー、急に押ちかけちゃって」

 

「来るのが遅いぞ運命卿。

 そのせいでわざわざ僕が巡剣卿の相手をすることになった」

 

 俺への苦情をつらつらと述べるケリュドラ。

 トリビーはそれに苦笑しつつケリュドラの前へと歩いていくと、トリビーの雰囲気が先ほどまでのものから変化する。

 彼女が部屋に入ってきた際に弛緩した空気は先ほどのような緊張を思い出す。

 

「あたちたちも名簿の事は聞きたかったんだけど、多分殆どポネウスが聞いちゃったと思うんだ。

 だから最後に一つだけ聞かせて」

 

「....言ってみろ」

 

「次の遠征、カイザーは大丈夫だと思ってるの?」

 

 ともすれば侮辱ともとられかねない発言だが、ケリュドラは感情の起伏を見せない。

 しかし彼女の目はトリビーを真っ直ぐ見据え、外れることもない。

 その場の注意がケリュドラに向けられる中、先ほどよりも温度を感じさせる声音で言葉を紡ぎ始めた。

 

「運命卿たちを遠征から外すことも、新兵たちを連れていくことも全て次の遠征を成功させるためのもの。

 だからこそ、僕はその問いに肯定の意を返すだけだ」

 

「────そっか。

 .....これで聞きたいことは聞けたち、あたちたちはもう行くね。

 ほらポネウスも早く行こ!これ以上はカイザーの邪魔になっちゃう」

 

「え?ちょ、あんまり押さないでくれトリビー!俺はまだ聞きたいことが....あぁもう!カイザー!その言葉信じるからな!!」

 

 トリビーに背を押されながら、為すすべなく部屋から出される。

 最後に捨て台詞のようなものを言ったはいいが、ケリュドラに届いたかは疑わしい。

 ただ扉が閉まる直前、ケリュドラの目に影がかかった気がした。

 

 

* * *

 

 

「ポネウス、今日はどうちたの?

 いつもよりずっと強引だったよ」

 

「...まぁそうだな、俺もそう思う。

 ただ何というか....嫌な予感がするんだ」

 

「嫌な予感?

 それって────」

 

「分からない、ただそう感じるって話だ。

 カイザーを信じられないってわけでも、信じてないわけでもない。

 だっていうのに今回の事を見過ごしたら、何か取り返しのつかない事が起きる気がするんだ」

 

 トリビーに語った通り、俺は今どうしようもなく嫌な気配に襲われている。

 先が見えない暗闇の只中に居るような、身体に無数の刃が突きつけられているような──そんな感覚。

 それを不安に感じていると、俺の感情を察したのかトリビーが手を伸ばし俺の手とつないでくる。

 

「きっと大丈夫だよ、カイザーたちを信じよう。

 今までも皆が力を合わせれば、どんな問題だって乗り越えてこれたでちょ?」

 

「....そうだな、きっと大丈夫。

 きっと、大丈夫な筈だ」

 

 自分に言い聞かせるように大丈夫だと繰り返す。

 それでも依然として不安は残ったままだが、少しは気分もマシにはなった。

 そのまま二人で歩いていると、何処からか喧騒が聞こえてくる。

 ────さっきまでとはまた違った嫌な予感が、胸の内で広がり始めた。

 本音を言うのならばこのまま屋敷に戻りたいのだが、もしも何かしらの事件だった場合は放って置くことも出来ない。

 ...いや、聞こえてくる声からして十中八九アイツらが原因なのは間違いないのだが。

 

「今日こそ我慢ならん!

 カイザーを侮辱するその口、二度と開けないようにしてやる!

 覚悟は出来ているだろうな、冬霖卿!」

 

「珍しく気が合うわね断鋒卿。

 あたしも貴方の喧しい口を閉じたくってたまらないの。

 さぁ、どこからでもかかってきなさい」

 

「ほらやっぱりー」

 

 喧騒の中心に着いた俺たちはよく見知った二人を見かけた。

 ラビエヌスとセネカ、この二人はいつものように喧嘩を続けている。

 そんな二人を見た俺の身体を倦怠感が遅い、気力が瞬く間に無くなっていく。

 

「えっと...ポネウス、お願いできる?」

 

「...........はぁぁぁぁぁ────。

 分かった、行ってくる。

 ....はぁぁぁぁぁぁ────」

 

 トリビーから暗に止めてくるように言われた俺は嫌々二人の下へと近寄っていく。

 ため息が止まらない中、俺が近づいてもラビエヌスたちは変わらず声を荒げて言い合いを続けている。

 ここで声をかければ流石に注意は俺にも向くだろうが、そうしてしまえば以前の焼き増しになりかねない。

 そんなのはまっぴらごめんだ。

 故に声をかけるという選択肢は最初から捨てていた。

 今は両手の拳を固め、振り上げる。

 狙いは当然、当人たちの頭頂部。

 

「だから貴様はいつもいつも───ガァッ!?」

 

「貴方に言われたくなんて────グッ!?」

 

 拳を振り上げても気づかない二人の頭目掛けて拳を振り下ろす。

 中々いい所に入ったのかラビエヌスとセネカは頭を抱えて蹲る。

 それでも流石は歴戦の戦士といったところか、二人揃ってよろよろと立ち上がっていく。

 そのまま自分たちを殴った下手人を探そうと視線を動かすと、二人の視界に心底嫌そうな顔をしている俺が映った。

 

「どうせ言っても止まらないから殴ったけど....何か文句はあるか?」

 

「....無い」

 

「....無いわ」

 

 二人も以前の件を覚えているのか、渋々の様子を見せながらも文句などは口にはしない。

 こうも潔く収まってくれるのなら喧嘩も程々にして欲しいものだが、最近はもう諦めている。

 最早ラビエヌスたちの喧嘩は二人特有のコミュニケーションだと思う事にした、思わなきゃ止めるのが億劫で仕方ない。

 

「で、今日の喧嘩の原因は何だ?

 まぁさっきの言い振りからしてまたカイザーの事だろうけど」

 

「それは────そう言えば巡剣卿や運命卿にも関係のあることだったわね」

 

「あたちたちに関係のある事?

 それってもちかちて名簿の事?」

 

「運命卿の言う通りだ。

 カイザーが直々にお考えになった出征名簿を、あろうことか冬霖卿が侮辱したのだ。

 カイザーの臣下として見過ごせるわけがないだろう」

 

「だからそうやって考え無しに物を言うのを止めない。

 そもそもあのカイザーが巡剣卿たちを遠征から外して戦力を削るわけがない。

 絶対に何か企んでいるに決まってるわ」

 

「その考えがそもそもの間違いなのだ。

 カイザーの深いお考えが我らに理解できるはずがないだろう」

 

「はぁ...貴方と話しても時間の無駄ね。

 これならヴァージニアちゃんとアポロ二ウスの所に行けばよかった」

 

「何だと貴様!?」

 

「あーもう二人とも落ち着いて!

 ポネウスもそんな遠い目ちてないで止めるの手伝って!」

 

 再び喧嘩を始めようとする二人を見て、自然と目線が何処か遠い場所に向けられる。

 何とかトリビーの声で正気を取り戻し、再度拳で目の前の友人の頭を叩く。

 呻き声を上げる二人を横目に先ほどのケリュドラとの話をすることにした。

 

「カイザーにも何か考えはあるみたいだったし、一旦不満とかは飲み込むことにした。

 結局その考えは教えてくれなかったけどな。

 ま、カイザーの事だから最後には上手くいくだろ」

 

「聞いたか?冬霖卿。

 やはりカイザーには考えがあるのだ!

 私たちはただカイザーの剣として最後まで戦うのみだ!」

 

「....あたしは自分の耳でカイザーから聞かない限り納得は出来ないわ。

 教えてくれた巡剣卿たちには悪いけどね」

 

「別にそんな事気にしねぇよ。

 俺たちも自分で聞きたかったからカイザーの所に行ったわけだしな。

 ──あーでもお前らにとっては俺が着いていかない方が良い事もあるか」

 

「良い事?

 そんな事あるか?」

 

 俺の言葉を聞いて頭に疑問符を浮かべるラビエヌスとセネカ。

 そんな二人に出来る限りの挑発の意を込めて笑みを浮かべながら、確実に効くであろう言葉を口にする。

 

「俺が居ない方がお前らだって武功、立てやすいだろ?

 良い機会なんじゃないか」

 

「────」

 

「────」

 

 瞬間、場の空気が一気に変質した。

 緩みは消え、張り詰められて悲鳴を上げる。

 そうなった原因はラビエヌスとセネカ、この二人の怒気が俺に集中しているからだろう。

 周囲に俺たち以外の人間が居ないことも幸いして騒ぎにこそならなかったが、一触即発という言葉が最も相応しい状況だ。

 

「不服だって言うんなら今から手合わせでもするか?

 少なくとも喧嘩を続けるだけの気力は残ってるだろ」

 

「──言ってくれるな巡剣卿。

 その挑発、受けてたってやろうではないか!

 冬霖卿!貴様はどうする!?」

 

「当然あたしも断鋒卿と同じ意見よ。

 こうも挑発されて黙っている気はないもの。

 その余裕、徹底的に打ち崩してやるわ」

 

「ハッ、良い啖呵じゃねぇの!

 じゃ、とっとと訓練場にでも行くとしようかね!」

 

 俺の挑発をラビエヌスは荒々しく、セネカは冷徹に受け取った。

 そうして二人並んで勢い荒んで訓練場に向かうのを後ろから追っていると、トリビーが声を小さくして呼びかけてくる。

 

「さっきの挑発、わざとだよね。

 どうちて急にあんな事言ったの?」

 

「んーまぁあの二人を放っといて後々喧嘩されるのも困るからな。

 それなら俺が相手になって鍛錬の相手にでもなった方が良いだろ?

 後は...二人が気負ってたみたいだったから、かね」

 

 先ほどの挑発、その意図をトリビーに話すと彼女は首を傾げる。

 まぁセネカは兎も角、パッと見ではラビエヌスはそんな様子は見えなかったのは確かだ。

 気負っていると感じたのも俺自身の直感が理由の大半だった。

 だが、例え直感という曖昧な理由であったとしてもそう感じたのなら俺がすべきことも決まっている。

 

「アイツらが気負ってる原因が俺たちの事なら尚更、助けになりたかったんだよ。

 一人の戦士として、年長者として、友人として...あの二人の気を晴らす為に何か出来たらなって思ったんだ。

 それで思いついたのが、鍛錬ってこと。 

 挑発は....ま、そうした方がアイツらも乗るだろうし躊躇いとかも無くなるだろ?」

 

「あはは....確かにそうだね。

 じゃああたちたちは精一杯応援するね!」

 

「お、じゃあよろしく頼む。

 トリビーの応援があれば百人力だ」

 

「ちょっと巡剣卿!

 いつまで運命卿とくっついてるの!

 もう訓練場に着いたんだから早く構えなさい!」

 

「さぁ巡剣卿も冬霖卿も何処からでもかかってこい!

 特に巡剣卿!貴様には先ほどの言葉を撤回してもらうぞ!」

 

「撤回するかどうかはお前ら次第だろ。

 ──さぁ!思う存分やりあおうか!!」

 

 そうして訓練場で三つ巴の戦いが巻き起こる。

 各々の全力をぶつけ合った結果、訓練場を犠牲にすることでラビエヌスとセネカの感情は少しだけ晴れたたようだった。

 

 

* * *

 

 

 出征名簿の一件から暫くたったある日、俺はとある人物に誘われて酒場に来ていた。

 ゆっくりとメーレを飲む俺に対して、隣に座る人物は滝のような勢いでメーレが入った器を呷っていく。

 俺がその様子を若干引き気味で見ていると、件の人物はメーレを飲み切ったようで小さく息を吐いた。

 そして何処か座った目をしながら、こちらを見てきた。

 

「巡剣卿、私はこれ以上どうすればいいんでしょうか。

 アポロ二ウスへの詩が纏まらなくって...もう....もう....」

 

「詩の話をされても俺は何も言えないぞ。

 後、その目止めてくれ。

 ちょっと怖い」

 

 光を宿していないその目に若干の恐れを抱いていると、隣に座っていた人物であるヴァージニアは再び自らの器にメーレを注いでいく。

 もう何杯目かも分からない程に飲んでいるが、彼女はセイレンスに次ぐ酒豪。

 ヤケ酒であるにも関わらず、完全に酔えていないのは今の彼女にとっては不幸な出来事か。

 本当ならば俺が止めるべきなのだろうが、ヴァージニアの悩みの原因が原因であるため余り強く止めることも出来ないのが現状だ。

 ならば彼女の悩みであるアポロ二ウスへの詩について、俺も何か意見を出すしかないのだろう。

 

「あ~詩が纏まらないって言葉が思いつかないって事か?

 それなら俺よかトリビーたちかライアにでも聞いた方が良いんじゃ────」

 

「いえそうではなくって....寧ろ言葉は湯水のように湧くのですが、それらの言葉を上手く纏めることが出来ないんです。

 それにこういった事は巡剣卿が適任だと思ったので...ご迷惑でしたか?」

 

「いやそれは別に構わないんだけど....。

 ...本当に俺適任かねぇ?」

 

 ヴァージニアが俺を呼んだ理由もハッキリしたが、それにはイマイチ首を傾げる他ない。

 今までに詩なんて詠んだ事なんてない俺が、ヴァージニアに何か助言が出来る光景が想像できなかった。

 それでも頼られた以上は仕方ない、メーレを飲みながら纏める方法を考える。

 

「纏める...纏める....。

 ....いっその事思いつく言葉全部詩に入れてみたらどうだ?」

 

「全部...ですか?

 う~んそうしてしまうと少し長くなりすぎるかも...でもそこから少しづつ抜いていけば丁度良くなるかな...」

 

 俺の提案にブツブツと何かを呟くヴァージニア。

 割と雑な考えだったと思うのだが、彼女にとっては何かしら思いつく事でもあったのだろう。

 考え込んでいるヴァージニアを傍目に追加のメーレを注文していると、酒場の扉が音を立てて開く。

 それ自体は別に気にするような事ではないのだが、入ってきた人物が見慣れた相手...しかもたった今話題に上がっていた存在であれば話は別だ。

 

「おやヴァージニアにポネウスも居たのか。

 珍しい組み合わせだね」

 

「ようアポロニウス、今日はヴァージニアに頼まれごとがあってな。

 なぁ、ヴァージニア.....ヴァージニア?」

 

「....随分と集中しているね」

 

「呼んでも気づかないって相当だな...。

 まぁいいや、お前も早く座っとけ。

 酒飲みに来たんだろ?」

 

「確かにそうだね、それじゃあお邪魔させてもらうよ」

 

 酒が回っていたせいか集中したまま戻ってこないヴァージニア。

 そんな彼女の事は一旦置いておいて、隣の席にアポロ二ウスを招いた俺は彼の分のメーレを注文する。

 それから間を置くことなく席に届いたメーレを飲むアポロ二ウスに先ほどから気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「にしてもあのアポロ二ウスが一人で酒場なんて珍しいな。

 こんな事今まで滅多に無かったろ」

 

「私だって偶には一人で飲むさ。

 それにスティコシアへの遠征も近づいてきている以上、中々休みが取れないんだよ。

 だからせめてもの気晴らし、というわけだ」

 

「俺にも手伝える事があったら言ってくれよ。

 遠征の準備は元々手伝ってるし、今の仕事量なら少しぐらいやる事が増えても問題ないからな」

 

「そうかい?

 なら、一つ頼みたい事があるんだ」

 

「応、ドンドン言ってくれ。

 で、その頼み事って何だ?」

 

「カイザー用の大地獣の用意が中々進まなくってね。

 君にはその選定を手伝ってもらいたいんだ」

 

「.....なぁ、やっぱり断ってもいいか?」

 

「ハハハ、ついさっき言ったことを撤回するのは無しだよ。

 諦めて大地獣を選びに行ってくれ」

 

 聞くだけで面倒臭い仕事に首を突っ込んでしまったことを自覚して大きくため息を吐く。

 そんな俺を見て笑うアポロ二ウスを軽く睨みながらメーレを流し込む。

 そうしていると、アポロ二ウスは何かを思い出したかのように話し始めた。

 

「そういえば最近粛清者たちの動きはどうだい?

 カイザーからは奴らが活発になり始めている、と聞いていたんだけど粛清者の対処をよく担っている君の意見を聞きたいんだ」

 

「そう、だなぁ....。

 確かにここ最近何回か襲撃を受けることはあった────けど活発になってるか、って聞かれると怪しいな」

 

「ふむ...というと?」

 

「元々襲撃を受ける事自体はあったし回数もそれなりだった。

 今は同じ状況ってだけで前より頻度が多くなったりとかはしてないんだよ。

 それにライアの金糸にも探ってもらったんだけど粛清者たちの首領、カイニスの奴も目立った動きはしてなかった。

 お前らが遠征に出るのを待ってるのかもしれないけど...やっぱり違和感はあるんだよなぁ」

 

 話しながら思い返すのは粛清者の首領であり、元老院としてオクヘイマの政治に関わっているカイニスという人物だった。

 ソイツの黄金裔への恨みは他の粛清者よりも相当根深い。

 度々俺たちへの襲撃を差し向けているのも奴の仕業だろう。

 だがカイニスの動きに目立ったものは無く、活発化しているという話にも首を傾げる他ない。

 

「金織卿の金糸にも引っかからないのは確かに気になるね。

 少し私の方でも調べておくよ」

 

「応、頼むわ」

 

 何とも言えない違和感の対処を簡潔なやり取りで済ませる。

 傍目から見れば雑とも取られてしまうようなものだったが、俺とアポロ二ウスは互いに気にした風も無い。

 最早勝手知ったるやり取りをしていると、ずっと考え込んでいたヴァージニアがようやく集中状態から戻ってきたようだった。

 

「す、すみません巡剣卿、没頭しすぎてしまいました。

 でもお陰様でってア、アポロ二ウス!?

 い、いつの間にここに!?」

 

「つい先ほど、丁度ヴァージニアが考え込んでいた時だよ」

 

「巡剣卿!!

 ま、まさか今日の用件を話したりとかは────」

 

「してねぇよ。

 お前俺の事なんだと思ってんだ」

 

 何とも失礼な疑いをかけてくるヴァージニアに即座に反論を返す。

 まるで人が他人の秘密をベラベラと喋るような奴だと思われるのは心外だ。

 そうして返された返事を聞いて少しは落ち着いたヴァージニアとそんな彼女を眺めるアポロ二ウスを他所に俺は席から立ちあがった。

 

「おや、もう行くのかい?」

 

「も、もしかしてさっきの質問が気に障ってしまいましたか!?」

 

「そういうんじゃねぇよ。

 ただ結構酒飲んだからな、これ以上は明日の仕事に影響が出ちまう。

 そうなったらトリビーたちの雷が落ちるんでね、ここいらでお暇させてもらうわ。

 後は二人でゆっくり過ごしてくれ」

 

「そうか...残念だけど仕方ないね。

 また今度、飲みに行くとしよう」

 

「きょ、今日はありがとうございました!

 このお礼はすぐにでもお返ししますね」

 

 そう言ってアポロ二ウスとヴァージニアに手を振りながら酒場から出る。

 酒場の外は昼間のように明るいが、時間としてはかなり遅い方だ。

 故にあまり人が居ない通りを、屋敷に向かってゆっくりと歩いていく。

 ────すると何処からか小さくはあるが、聞き慣れた音が耳に響いてきた。

 屋敷へと戻ろうとしていた足は自然と、俺が気づかない内に音の方へと誘われるように動いてしまう。

 そして暫くの間音を頼りに歩いていると、気付けばオクヘイマの市街地から大きく離れた場所へと出ていた。

 そこは黎明のミハニの効果範囲外、先ほどまでの明るさはなく目の前には暗闇に満ちている。

 しかし、微かに届く光によってかなりの大きさを持つ湖が広がっていることは理解出来た。

 俺の視線は湖に────というより音の発生源である水面の上に立つ人影に向けられる。

 

「♪~~~」

 

 水面を滑り、バイオリンを弾き、歌を響かせる。

 湖面に波紋を立てながら舞うその人影に、俺の視線は集中していた。

 暫くの間何も口に出せないまま人影を見ていると、当人が俺に気づいたのか舞いを止めこちらに近づいてくる。

 

「まさかキミがここに来るとはな。

 間違った海流に飲まれでもしたのか?」

 

「ただ聞き覚えのある音が聞こえたから来ただけだよ。

 相変わらず綺麗な演奏だな」

 

「キミの言葉は飾り気がないな。

 ワタシにとってはそちらの方が好ましいが」

 

 一人で演奏会をしていたセイレンス。

 俺が彼女に素直な感想を伝えると、セイレンスは小さく微笑む。

 だがその笑みは長持ちせず、表情を想い詰めるようなものへと変えた。

 

「?セイレンス、急に暗い顔なんかしてどうした?

 ...もしかして俺来ない方が良かったか」

 

「いやそんな事はない。

 ただ....金色のカジキ、キミはカイザーの判断に納得しているのか?」

 

「あぁ、遠征の件か...」

 

 セイレンスが顔を曇らせた理由、それは以前俺がケリュドラに出征名簿について問いただした時の事だった。

 思い返すとあの場所にはセイレンスも同席していた。

 彼女の様子を見る限り、その時のケリュドラの言動に思う所でもあったのだろう。

 

「別に納得したわけじゃねぇよ。

 まだ不安な部分もあるし嫌な予感も消えてない。

 でもカイザー本人が次の遠征は大丈夫って言ったんだから、俺はそれを信じるだけだ」

 

「...そうか、キミらしい考え方だな」

 

「そう言うお前はどうなんだ。

 わざわざそんな事聞くってことは、お前も納得出来てないように聞こえるぞ」

 

「....」

 

 俺の指摘にセイレンスは口を閉ざし、何も言わない。

 その態度そのものが彼女の答えだった。

 

「...セイレンス、一つ頼んでもいいか?」

 

「ん?ワタシは構わないが一体何を────」

 

「俺たちが居ない間、皆の事をよろしく頼む。

 ラビエヌスも、セネカも、ヴァージニアも、アポロ二ウスも...必要無いとは思うけど一応カイザーも。

 全員、お前なら守れるだろ?」

 

 セイレンスへの信頼を籠めた言葉は、彼女の表情を驚きのそれへと変える。

 しかし間もなく彼女は小さく息を吐いて声を漏らす。

 その表情は先ほどまでの曇ったものとは見違えていた。

 

「随分と信頼してくれるな。

 ワタシが皆を守れないということは考えないのか?」

 

「前にお前に言われた事を返すけど、お前の実力は俺が一番理解してる。

 どれだけ一緒に戦ってきたと思ってんだ」

 

「そこまで言ってくれるのならワタシも応えないわけにはいかないな。

 あぁ、皆の事は任せてくれ」

 

「応、頼んだ」

 

 笑みを浮かべて頼みを受け入れるセイレンスに、俺も笑顔をもって応える。

 きっと彼女ならば、俺の頼みを成し遂げてくれるだろう。

 そう思っていると、突然セイレンスがこちらに揶揄うような視線を向けてくる。

 

「あぁそうだ、キミの頼み事を聞くのならワタシの頼みも聞いてもらおうか」

 

「ん?...まぁそりゃそうか。

 で、その頼みって?」

 

「ワタシたちが帰ってきたら、勝利の宴とはまた別で宴を開くだろう。

 キミにはその準備を頼みたい」

 

「準備...か。

 それは構わないけど別に頼まれなくたってそれぐらい「ただし、キミの奢りでな」...マジで?」

 

「あぁ、次はついにワタシが火種を継ぐ番だ。

 是非、キミには祝って貰いたい」

 

「それ俺が奢る理由になってるかぁ?

 ────まぁいいや、酒も料理もしっかりと準備しといてやる!

 だからそっちも、しっかりと勝って来い!」

 

 こうして、俺とセイレンスの間に一つの約束が結ばれた。

 互いへの信用、信頼が籠められたこの約束。

 きっと彼女ならば、成し遂げてくれることだろう。

 

 

* * *

 

 

 カイザー率いるファジェイナ討伐軍がオクヘイマを離れてからそれなりの時間がたった。

 いつものように教官として新兵を鍛え、粛清者たちへの警戒を続ける。

 そんな日々を過ごしていた俺は、市場へとあるものを買いに来ていた。

 

「ん~ラビエヌスはこれで良いとして...セネカは確かこれが好きだったよな。

 ヴァージニアとアポロ二ウスには────これだな。

 セイレンスは何でも飲むから取り敢えず美味いのを選ぶとして...カイザー宴であんまり飲まないからなぁ────これでいっか。

 おーい店主、代金は幾らだ?」

 

 俺は目の前に並ぶ数々の酒を次々に選び取っていく。

 友人たちの好みに合わせたそれを山のように積み重ねながら会計を済ませると、両手に抱えたまま帰路へと着く。

 そして屋敷に着いた俺は食堂に向かい、大きな音を立ててテーブルに酒を降ろす。

 

「よーし酒の準備はこんなもんで良いだろ。

 後は料理の準備だけど...それはアイツらが帰って来る時期が分からないと決められないな。

 もうそろそろ帰ってきてもおかしくないと思うんだけど」

 

 そう一人で呟いていると、食堂の扉が開く音が耳に届く。

 反射的にそちらに振り向くとそこには、何処か顔色を悪くしたトリビーが立っていた。

 そんな彼女を見た俺は、急いでトリビーの下へと駆け寄って今にも倒れそうなトリビーを支える。

 

「どうしたんだトリビー!?

 何があった!?」

 

「ポ、ポネウス...。

 皆...皆が...」

 

「皆が....?

 ゆっくりでいい、ゆっくりでいいから教えてくれ」

 

 言葉を詰まらせるトリビーが辛うじて漏らした言葉。

 それを聞いた瞬間、心臓が早鐘を打つのが分かった。

 嫌な予感が身体全体を駆け巡る、トリビーの話を聞くべきではないと本能が訴える。

 それでも俺は何も出来ずに、彼女の言葉の続きを待つしかなかった。

 

「カイザーとセイレンスお姉ちゃん以外の皆が...死んじゃったって...さっき,手紙が届いたの...」

 

 足元が崩れるような錯覚に襲われる。

 手足の感覚が徐々に鈍くなり、目の前が暗くなっていく。

 俺が感じていた嫌な予感は、最悪な結果を持って来たのだった。

 

 

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