クレムノスの殺戮者   作:同乗者

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何とかVer4.3には間に合った31話目です。
刃ちゃんがどうなるのか、気が気ではありませんね。
生放送の刃ちゃんサービスシーンは声が出ませんでした、アレ破壊力エグイっすね。




お気に入り、評価、ここすき等々大変励みになっております!


チェス

 

 

 俺が遠征の結果をトリビーから聞いてから数日後、オクヘイマにケリュドラ率いる軍団が帰って来た。

 戦果として目下の目的であった《海洋》の火種はセイレンスの手中に収まることになったらしい。

 ──ただ、その為に払った代償が余りにも大きかった。

 黄金裔五百名近くに加えて、それ以外の兵士たちにも多くの犠牲が出ている。

 その中にはラビエヌス、セネカ、アポロニウス、ヴァージニアと火を追う旅の精鋭も遠征に同行した新兵たちも含まれていた。

 残った主力はケリュドラとセイレンス、この二人だけだ。

 その結果を受けた俺は、一人ケリュドラの執務室に訪れていた。

 

「カイザー、スティコシアで何があった。

 どうして....こんな結果になってやがる」

 

「過ぎた事を説明して一体何になる。

 生憎、無駄な時間を過ごすほど僕は暇ではないぞ」

 

「──無駄だと?」

 

 ケリュドラを前にした俺の頭は自分でも意外に思うほど冷静だった。

 だが目の前で無表情のまま書類を処理していく彼女を前にしていると、沸々と胸の内が熱くなっていくのを感じる。

 それもケリュドラが発した言葉で一気に熱量が上昇することになった。

 

「じゃあ聞き方を変えてやるよ!

 アンタ、戦場で何してやがった!」

 

「.....」

 

「タイタン討伐に犠牲が出るのはどうしようもないさ、それは俺も理解してる。

 でもアンタの指揮があって壊滅状態、なんて結果になる方が納得できねぇんだよ!」

 

 激情のままに言葉を吐き出す。

 それを聞いたケリュドラは表情を一切変えないまま、視線を向けてきた。

 その目は今まで以上に冷たさに満ち、こちらに向いているというのに見ていないような気もしてくる。

 

「彼らの死は火を追う旅に必要な事だった。

 僕が半神に至るための尊い犠牲だ」

 

「半神に至る....?

 まさか、《法》の試練か!?」

 

「呪われた命を捧げる、試練の内容はそんなものだったが...黄金裔が五百名も必要とはな。

 《法》のタイタンは存外強欲だったようだ」

 

「待て...待て!!

 アイツらが死んだ理由が試練の生贄ってことは...わざと、なのか?

 ただ死なせる為にアイツらを使い潰したって言うのか!?」

 

 最悪だ。

 最悪の予想が出てしまった。

 もしも俺の予想が当たっていたのなら、ケリュドラを信じて付き従っていたアイツらの気持ちはどうなる。

 栄光への道を走っていると信じていたアイツらが、知らず知らずのうちに死地へと送り込まれていたというならその時の絶望は計り知れないだろう。

 動揺や怒りが腹の内で渦巻いて吐き気さえも込み上げてくる。

 俺は必死にそれを飲み込んで、ケリュドラの答えを待った。

 

「────そうだ、と僕が言えばお前はどうするつもりだ。

 その手で僕の命を刈り取りでもしてみるか?」

 

「ッ!!カイザー!!」

 

 何処か冗談混じりに言うケリュドラに思わず声を荒げてしまう。

 しかしここで彼女の言う通りにして命を奪う訳にはいかない、それだけは駄目だ。

 何とか湧き上がる感情を押し込んで、無理矢理に声を絞り出す。

 

「....俺を、連れて行かなかったのは、何でだ.....。

 黄金裔の命が必要だって言うんなら、俺を連れて行かなかったのは何でだ...。

 俺を連れて行かない理由は...何だったんだ」

 

「端的に言ってしまえば邪魔だったからだ。

 剣旗卿一人だけなら兎も角、お前まで居ては《法》の試練を達成するのに十分な生贄が確保できなかった可能性があったからな」

 

「アイツらを死なせる為ってわけかよ.....碌でもないな。

 じゃあカイザー、アンタはこれからどうするつもりだ。

 自分を信じてた奴らを犠牲にしてまで手に入れた神権で、一体何をするつもりだ?」

 

「ふん、お前自身僕への対応を測りかねているというのに僕が何をするかなど言う必要が無いだろう」

 

「.....」

 

 あぁ、ケリュドラの言うとおりだ。

 俺は彼女に向ける態度を決めかねていた。

 友人を死地に追い込み、死に追いやった事への怒りはる。

 ケリュドラの言った試練の内容を聞いて、納得もある。

 相反する感情たちが胸の内を搔きまわし、俺自身にも自分が彼女に向ける感情が分からなくなっていた。

 

「巡剣卿、問いを返すがお前はこれから何を為す?

 まさかだが、スティコシアに没した彼らを悼み足を止めるか?」

 

「...んなわけねぇだろうが。

 俺が止まったらアイツらの犠牲が無駄になる...そんな事受け入れてたまるかよ」

 

 ケリュドラが発した挑発混じりの言葉を即座に否定する。

 止まる、それだけは決して選ぶことの無い選択肢だ。

 俺がそれを選ぶことなんて無い、それはケリュドラも分かっているはず。

 だというのにわざとその言葉を選んだのであれば、本当に性格が悪い事だ。

 

「...今日は一旦帰る。

 アンタの言う通り、このままだと態度が曖昧なまま話を続けちまう」

 

「巡剣卿にしては賢明な判断だな。

 では早急に運命卿たちの所へ帰って「おい、カイザー」...何だ?」

 

「次に来たときはこれからの事も、全部余すことなく喋ってもらうぞ。

 覚悟しておけよ」

 

 そう吐き捨てて執務室を出ていく。

 そんな俺をケリュドラは何も言わずに送りだす。

 俺が部屋を出ていくとき、彼女が何を考えどんな表情をしているのかは知る由もなかった。

 

 

* * *

 

 一度屋敷に帰った俺は自室の寝台の上に寝転がっていた。

 呻き声を上げながら頭を押さえるその姿は余りにも情けない。

 何故そんな事になってしまったのか、その原因は知恵熱だった。

 

「普段碌に考え事しなからって熱出るとかありえねぇだろ....。

 あぁクソ、頭いてぇ...」

 

 ケリュドラへの態度やこれから自分がやるべき事、セイレンスへの対応や死んでしまった友人たちの事も含めて延々と考え続けていた。

 結果はこの通り、何も答えが出ずに寝台に倒れる状況になっている。

 頭痛に発熱のせいでただでさえ纏まらない頭に拍車がかかり、余計に考え事が出来ない状況になってしまった。

 それでも少なくともケリュドラへの態度だけでも決めようと鈍い頭を回そうとすると、部屋の扉がゆっくりと開かれる。

 

「ポネウス大丈夫?

 氷水とタオル持って来たよ」

 

「ありがとなトリビー。

 それ適当な場所に置いといてくれるか?」

 

「あんまり動いちゃダメだよ。

 タオルならあたちたちが乗せるから」

 

「...悪い」

 

「気にちないで。

 あたちたちが好きでやってるだけだから」

 

 そう言ってトリビーは桶に入れられた氷水にタオルを入れて細い腕で力いっぱいに絞る。

 そしてそのタオルを熱で茹った額に乗せてくれた。

 ....まぁ絞りが甘くて氷水が垂れてくるのはご愛敬だ。

 

「...やっぱり皆の事考えてる?」

 

「まぁそりゃ、な。

 でもどんだけ考えても答えはまったくだ。

 ────そもそも、俺にどうこう言える権利なんてないのかもな」

 

「?それってどういう事?」

 

「あの場に居なかった俺が、アイツらの生死にもカイザーの選択にも口出しする権利があるのかって話だよ。」

 

「それは────」

 

「スティコシアじゃ、色んな苦しみがあった。

 死んじまったアイツらも、生き残ったセイレンスも....犠牲を選んだカイザーも皆苦しんだ。

 その苦しみを知らない俺が、どうこう言えないんじゃねぇかな」

 

 額から垂れてくる水を拭いながら歯嚙みする。

 ケリュドラの行動の結果を俺が非難する権利はない、胸の内でくすぶっていた罪悪感からか俺の口はそう漏らしていた。

 一度口から出てしまえば、後は抱えていたものが

 

「あの時、無理矢理にでも着いて行けばよかったのかね。

 そうすれば少なくともアイツらの最後くらいは看取れたのかな」

 

「....ポネウス」

 

「いやもっと前から...カイザーの異変に早く気付いて本気で介入すれば良かったのか。

 それならカイザー一人にあんな選択をさせずに済んだかもしれない」

 

「ポネウス」

 

「あぁでも、それを言うんならあの時「ポネウス!」トリビー...?どうしたんだ急に大声出して」

 

 普段なら考えもしない言葉が熱のせいか次々に口から出てくる。

 あぁしていれば、こうしていれば...どれだけ口にしても際限がなく溢れてしまう。

 そんな俺を見かねたのか、トリビーが大声を出して溢れ出る後悔を途切れさせる。

 

「あんまり自分を責めちゃダメだよ、カイザーの計画に気づかなかったのはあたちたちも一緒なんだから。

 ポネウスが自分が悪いって思うのと同じくらいあたちたちも後悔ちてるんだよ。

 大事な時に一緒に居れなかったことも、気付いてあげられなかったことも────ポネウスが後悔ちてるのと同じなんだからあたちたちも一緒に悩ませて」

 

「...あぁ、一緒に悩んでくれ。

 一人じゃ答えが出そうにもない」

 

「任せて!

 トリアンとトリノンも呼んであるんだから、きっと答えも簡単に出せるよ!」

 

 その後は俺とトリビー、トリアン、トリノンの四人で意見を出し合った。

 真面目なもの、意外なもの、ぶっ飛んでるもの。

 それはもう様々な意見が飛び交う事になり、最終的に仮ではあるが答えを出せた俺はある人物を探すために屋敷を飛び出すことになった。

 

 

*     *     *

 

 

 オクヘイマ郊外、スティコシア遠征前に訪れた湖に俺は来ていた。

 あの時と同じように湖は微かな光に照らされ、その中心に探していた人物が居るのも目に入る。

 ただあの時と違うのは、心惹かれるような歌が聞こえてこない事だろう。

 俺は湖面に静かに佇む人影に向かって声を張り上げて呼びかける。

 俺が居ることに気付いたその人影は躊躇いがちに湖面の上を滑り、近づいて来た。

 

「ようセイレンス、久しぶりだな。

 帰ってきてから一回も顔も見せに来ないとか相変わらずいい度胸してるな」

 

「...すまない」

 

「別に責めてるわけじゃねぇよ。

 ただの冗談...って今はそういう場合じゃねぇか。

 悪い、さっきのは忘れてくれ」

 

 いつものような軽口をセイレンスに飛ばすが、やはりいつもの様子とはかけ離れている。

 表情は暗く、俺の顔に視線を向けることもない。

 予想こそしていたが、スティコシアの一件はセイレンスに深い傷を与えたようだ。

 

「約束の事なら気にすんなよ。

 カイザーの思惑を察せなかったのは俺たちもだし、そもそも俺に至ってはスティコシアに行けてすらない。

 その上俺も宴会の準備は出来なかったしな、お相子ってやつだ」

 

「...そう言ってくれるのは嬉しく思う。

 だが...やはりワタシは────」 

 

「それでも気負うってんならコレに付き合ってくれ」

 

「それは...メーレか?

 それだけの量、一体どうしたんだ」

 

「お前らの帰りに合わせて見繕っておいたもんだよ。

 このままだと屋敷の倉庫に置いとくだけになっちまうからな。

 アイツらへの弔いも兼ねて、一緒に飲んでくれ」

 

「──そういう理由なら、相伴にあずかろう」

 

 屋敷から持って来た何本かの酒瓶を材料に、セイレンスを飲みに誘う。

 彼女は暗い表情を崩しはしなかったが、何とか受け入れてくれた。

 俺たちはそのまま湖の傍で酒瓶を開け、器に入れていく。

 暫くの間、俺たちの間に会話はなかった。

 ただ静かに遠い地で没した皆を想い、メーレを喉に流し込む。

 ラビエヌスは直情的で酷い噂を流されもしたが、幾度も共にしのぎを削りあった。

 セネカには度々ケリュドラへの愚痴も聞かされたが、意外とそれも楽しかった。

 アポロ二ウスは参謀としての付き合いが多かったが、酒の席では互いに腹を割って話せる相手だった。

 ヴァージニアとは最初交流は少なかったが、いつからかアポロ二ウスについての相談を受けるようになっていた。

 新兵たちも、厳しく教え嫌われても仕方ないと割り切っていたが彼らは俺を慕ってくれていた。

 他にも彼らや自分の教え子との記憶は湯水のように湧いてくる。

 そのどれもが、俺にとって大切な思い出だ。

 

「思ってたより苦いな、このメーレ」

 

「あぁ、そうだな。

 だが今は丁度いい」

 

 時折話しかけながら次々に酒瓶を空にしていく。

 そうして持って来たメーレが尽きようとする頃、俺はセイレンスに向き直る。

 彼女もまた、俺が話を切り出そうとしている事を察したのか沈痛な面持ちでこちらに顔を向けた。

 

「セイレンス、お前これからどうするつもりだ?」

 

「どうする、とは曖昧な問いだな」

 

「お前がカイザーの事を避けてるのは分かってる。

 そうする理由も十分理解できるつもりだ。

 その上で、これからどうするかを聞きたいんだよ」

 

 俺の問いにセイレンスは押し黙る。

 当然の反応だ。

 彼女にとってスティコシアでの傷が癒えていないというのにこれからの事など考えるようはないだろう。

 だが、それでも俺は聞かなければいけなかった。

 そうしなければ俺は、ケリュドラへの答えを出せないままになる。

 俺はただどれだけ時間がかかったとしても、セイレンスの答えを待つだけだ。

 

「ワタシは....もう彼女には従えない。

 今回の遠征で確信した、ケリュドラがワタシたちを顧みる事はない。

 いや、それどころか彼女の泳ぐ海流には亡骸が積み重なるだけだ。

 そんな残忍な旅路を共に泳ぐ気をワタシは持ち合わせていない」

 

「そうかい。

 ま、そう思うのも当然だわな、カイザーはそんだけの事したわけだし」

 

「金色のカジキ、そう言うキミはどうなんだ。

 キミはまだケリュドラに従い続けるのか?」

 

 セイレンスの答えは予想していた通り、ケリュドラへの明確な拒絶だった。

 その声からはケリュドラに対する激しい怒りが伝わってくる。

 俺がその反応に納得の声を上げていると、セイレンスが確かめるように問いかけきた。

 

「応、俺たちはカイザーの火追いに協力するつもりだ。

 今まで通り、ってわけにはいかないけどな」

 

「...自らが捨て駒にされるかもしれないのにか?」

 

「捨て駒にされても、だ。

 俺たちに火を追う旅を辞めるなんて選択肢は無いし、暗黒の潮は今この時も広がり続けてる。

 何よりトリビーたちもまだ諦めてない、それだけでも理由は十分だ」

 

「...キミたちは強いな。

 ならば、ワタシは────」

 

「無理すんなよセイレンス、今はゆっくり休んどけ。

 そっから後の事は...まぁその内考えればいいさ。

 その間に何かあっても俺たちがどうにかするさ」

 

「──分かった...なら暫くはヒレを休ませてもらうとしよう」

 

「応、折角なんだから思いっきり羽...じゃなくてヒレ伸ばしておけよ。

 また暫くしたら忙しくなるだろうから、その時は頼りにするからな!」

 

 勢い良く言い放った俺の宣言にセイレンスは小さく笑みをこぼす。

 ようやく暗い表情以外を見れたことに安堵しながら、俺たちは残りのメーレを飲んでいく。

 そして持って来た酒瓶が全て空になり、少し時間が経ってから俺は次の目的地に向かうために立ち上がった。

 

「何処に行くんだ?

 メーレこそ無くなりはしたが、まだ語らう事は出来るだろう」

 

「悪い、セイレンス。

 これから行かなくちゃいけない場所があるんだよ」

 

「そうか...残念だが、仕方ないな。

 だが、近いうちにまた誘うだろう。

 その時はワタシの気が済むまで付き合ってもらうぞ」

 

「手加減はしてくれよ、酔いつぶれるのは御免だ。

 それじゃまたな、セイレンス」

 

「あぁ、また会おう」

 

 そう言って俺は駆け足気味に湖から離れる。

 セイレンスの意思を聞いて俺の答えは確定した、後はそれを当人に叩きつけるだけだ。

 逸る心のままに徐々に速度を上げていく。

 ...だからだろうか、背後から向けられる視線に気付けなかったのは。

 気付けなかったから、その視線に込められた意味を知ることは無かった。

 

 

*     *     *

 

 

「邪魔するぞ、カイザー!」

 

「....お前は一体何度言えば大人しく部屋に入って来れるんだ?

 それとも僕には頭に見えている場所には何も付いていなかったりするのか?」

 

「生憎だけど、アンタの目は正常だよ。

 直ることもないだろうから諦めてくれ」

 

「堂々という事ではないだろうに...。

 それで、こんな時間に一体何の用だ?

 話なら今日の昼に終わった筈だが」

 

「それは俺がアンタへの態度を決めなかったから中断しただけだろ。

 今回はちゃんと、しっかり用意してきたよ」

 

「一日も待たずに来るとはな....まぁ巡剣卿らしくはあるか。

 ──それで、巡剣卿は僕への態度をどうするつもりか....聞かせてもらおう」

 

 ケリュドラは静かな圧力と共に真っ直ぐこちらを見据えてきた。

 ...なんだか、久しぶりに彼女の目が真っ直ぐ向いた気がする。

 俺もその目を見返し、己の答えを叩きつけた。

 

「俺は...やっぱりアンタを許せない。

 皆の信頼を裏切ったアンタを...俺はこれから先、ずっと許せねぇよ」

 

「そうか。

 まぁ、それは予想出来ていた「でも、それだけだ」...何?」

 

「俺はアンタを許せない、でもそれ以上の感情を持つ気も無い。

 火追いの旅は今まで通り協力するし、アンタの指示もまぁ...聞きはするさ。

 ただし、一つ条件がある」

 

「条件?

 一体何を求める気だ」

 

「単純な事だよ。

 これから先は、隠し事はするなって話だ」

 

 ケリュドラの目が少しだけ見開かれる。

 そんなに俺の言ったことが予想外だったのだろうか。

 だが、ここまで言った手前彼女の反応を待つ気はなかった俺は、間髪入れずに言葉を続ける。

 

「俺じゃなくてもいい、トリビーたちでも...ライアでもいい。

 誰でもいいから一人で抱え込もうとするな。

 俺たちは仲間だろうが」

 

「.....その仲間を死に追いやった相手に対する態度としては、随分と生易しい気がするがな」

 

「俺だってそう思うよ。

 でもまぁ、セイレンスがアンタには従えないって言ってたからな」

 

「その理由ではお前の態度の説明はつかないだろう」

 

「じゃあハッキリ言うけど、セイレンスが今まで通りにアンタに従うって言ってたらもっと態度変えてたからな。

 カイザーを許せないって部分を我慢したり。

 まぁ隠し事をするなって条件は外しはしないけど」

 

「...不和を招かないため、か。

 発案は運命卿だな?」

 

「その通り。

 これ、トリノン発案な」

 

 俺の説明を聞いて誰が発案者かまで言い当てるケリュドラ。

 彼女の言う通り、俺の態度は仲間内での不和を避けるためのものだった。

 もしもセイレンスがケリュドラを嫌っている状態で俺やトリビーがケリュドラに親しく接してる、なんて状態になったら孤立するのはセイレンスだ。

 万が一セイレンスがケリュドラに今まで通り接して行くんなら、俺の感情は押し込めてしまえばいい。

 

「俺としてはセイレンスに感謝だけどな。

 アイツがカイザーを嫌ってたから俺も大っぴらにアンタを許せないって言えるし」

 

「なら尚更、お前は僕をもっと嫌ってもいい筈だ。

 ただ許さない、だけでお前は満足なのか」

 

「そういう事言うなよ...俺だって複雑なんだぞ。

 アンタがやった事は許せない、でもそうした理由にも納得は出来ちまう。

 その上スティコシアに居なかった俺が言えるような事なんて大してない。

 だから俺はアンタをずっと許さない、それだけに留める。

 これはトリビーたち関係なく、俺が出した答えだ

 あ、でもその内墓参りなりはしてもらうからな」

 

「──────そこに座れ、巡剣卿。

 久しぶりに一局指すとしよう」

 

「え?

 あ~...え、何で今?」

 

「お前が隠し事をするな、と言ったのだろう。

 僕はそれに応えようとしているだけだ。

 巡剣卿もただ話すだけより、チェスでも打ちながらの方がお前も聞きやすいだろう」

 

「....分かった。

 あ、先行は貰うぞ。

 どうせなら勝ちに行きたいし」

 

 俺とケリュドラは机に置かれたチェス盤を挟んで対面に座った。

 白と黒の駒を並べ終わり、互いに駒を動かしあう。

 その間に、ケリュドラは淡々と言葉を紡いでいく。

 

「ここ最近、遠征の結果を見て元老院の面々が騒がしくなっている。

 それに合わして粛清者の連中も活気づいている、暫くの間は襲撃をより警戒しておけ。

 ────寧ろ僕たちの方から攻めるのも一興かもしれないな。

 あの陰で蠢く者たちも、いい加減目障りになってきた所だ」

 

「運命卿の予言には常に気を配っておけ、あの予言は火を追う旅に必要不可欠なものだ。

 決して失うような真似は犯してはならない。

 ....しかし、わざわざお前に言う必要はないだろうがな」

 

「巡剣卿には暫くの間新兵の教育やオクヘイマの警邏以外にも郊外に出てもらう。

 近頃暗黒の潮もその脅威を増している以上、その対処にも力を割かなければならない。

 忙しくはなると思うが....まぁお前なら問題は無いだろう」

 

「金織卿も政務が様になってきた。

 為政者としての責任も学んでいる、後直すべき部分があるとすればあのお人よしっぷりだろうな。

 まったく、お前と運命卿が合わせて甘やかすからだぞ。

 これからは控えて────待て、その顔はなんだ。

 何か文句があるのなら言ってみろ」

 

「クレムノスにも注意しておけ。

 最近は大人しくしているが、奴らはいつ動き出したとしても分かったものではない。

 まぁお前と剣旗卿なら大した障害にもならないだろうがな」

 

「それにしてもお前と初めて会ってから二百年近く経ったが、お前は一向に老ける様子が無かった。

 もしやお前の加護、殺した相手から寿命の類も奪っているのかもな。

 ....巡剣卿、今僕の背丈について何か言ったか?

 お前の老け具合と僕の成長を比べるな、不敬だぞ」

 

 ケリュドラは駒を動かしつつ、流れるように話していく。

 俺もそれを聞き、返事を返し、問いを投げかける。

 その中で俺の胸の内には小さい違和感が生まれていた。

 

「....なぁ、カイザー。

 俺の考えすぎなら良いんだけど、アンタ....何か話し方が────」

 

「それと僕が居なくなった後、剣旗卿の手綱はお前が引け。

 なに、お前と剣旗卿は親交も深い。

 今まで通り接していればいいさ」

 

「カイザー....まさか────」

 

 言葉が出ない。

 ケリュドラが何をしようとしているのかを察してしまったからだ。

 何か言わなければいけないのに、俺の口は開閉を繰り返すだけで音を出してくれない。

 そんな俺を見かねて、先にケリュドラが呆れたようにため息を吐く。

 

「お前が隠し事をするなと言うからこそ、僕も全て話したんだ。

 今更後悔しても遅いぞ」

 

「....それをトリビーたちに言う気は「ない」...」

 

「そもそも巡剣卿が誰でもいいから話せ、一人で抱え込むなと言ったのだろう。

 だから僕はお前にも抱えてもらう事にした。

 まさか、投げ出すような真似はしないだろう?」

 

「...当たり前だ。

 アンタが一緒に抱えろって言うんなら、最後まで付き合ってやるさ」

 

「それならいい」

 

 それから先はただ、駒の動く音だけが執務室に響いた。

 カツン、カツンと小さく音を鳴らしながら白と黒が小さな盤の上を動き回る。

 そうして、少し時間が経った後決着は付いた。

 

「チェックメイト。

 ....お前は最後まで犠牲にする駒を選ぶのが下手だったな」

 

「そうだな...。

 俺も、慣れなきゃいけないんだろうな」

 

「そうでもない。

 ソレは確かに弱みではあるが、お前にとっては強みになりうる。

 無理矢理直すようなものではないだろう」

 

 対局が終わった後、執務室に残ったのは静寂だった。

 俺も、ケリュドラも何も言わない。

 そんな中、先にその静寂を破ったのは俺だった。

 

「カイザー、この際だから言うけどさ。

 俺結構アンタの事苦手だったんだぜ。

 合理で人を切り捨てる所も、自分の感情も無視出来る所も、ちょくちょく出る悪魔みたいな顔も、色々苦手だったんだ」

 

「ほう?

 それは初耳だな」

 

「そりゃ今まで誰にも言ってないしな。

 トリビーたちでも知らないぐらいだ」

 

「よくここまで隠してこれたものだ。

 だが、いい機会ではないか。

 その苦手な相手が居なくな「でもな」────」

 

「苦手ではあったけど、それ以上にアンタの事結構好きだったんだよ。

 仲間として、友人として...尊敬してたんだ」

 

「────」

 

 再び、部屋に静寂が満ちた。

 しかし今度はそう時間をかけることなく静寂は描き消えることになる。

 それを為したのは、今度はケリュドラだった。

 彼女は普段のような表情を崩さないが、その目に普段見せない感情を籠めながら口を開く。

 

「巡剣卿。

 お前の健闘、楽しみにしているぞ」

 

「応、思う存分楽しみにしててくれ。

 だから、アンタも頑張れよカイザー」

 

「言われずとも」

 

 俺とケリュドラは簡潔に言葉を交わしあう。

 放たれた言葉には強い感情が籠められ、目の前の相手にぶつけられる。

 その時に俺が感じた感情を、一生忘れることはないだろう。

 

 

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