クレムノスの殺戮者   作:月光列車

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久しぶりの全文を書き直した33話目です
全部書いてからのやり直しは中々堪えますね....





お気に入り、評価、感想、ここすき等々どれも大変励みになるのでよろしくお願いいたします!
誤字報告もとても助けになっております!


局面

 

 

 先日の一件から数日、オクヘイマはいたるところが喧騒に満ちていた。

 言い争い、殴り合い、最悪の場合殺し合いにまで発展しかけたこともある。

 そのどれもがケリュドラとセイレンスの失踪を発端としていた。

 ケリュドラを支持していた者たちと、そうでない者たち。

 両者の争いは放って置けば激化する一方。

 だからこそ、俺含めたオクヘイマの衛兵たちはそこら中で起こる騒ぎの対処に奔走する羽目になっていた。

 

「おいお前ら、それ以上騒ぎを起こすんなら痛い目にあってもらうぞ。

 それでも構わないって言うんならもう止めはしねぇけどな」

 

「ヒッ...さ、殺戮者...。

 わ、分かった..これ以上騒ぎは起こさないから命は取らないでくれ!」

 

「別に取りゃしねぇよ。

 ほら、とっとと行け」

 

 俺がそう言うと先ほどまで言い争いをしていた二人は揃って走り去っていった。

 そのまま二人の姿が見えなくなったのを確認してから深いため息を漏らす。

 

「どいつもこいつもそこら中で騒ぎやがって...こっちの迷惑も考えろっての。

 はぁ....にしてもこういう時『だけ』は役に立つな俺の悪評」

 

 良くも悪くもオクヘイマには既に『殺戮者』の名が知れ渡っていた。

 そのせいで普段から避けられがちなのだが、こういった事態では役に立つ。

 大体の相手はちょっと圧をかければ勝手に逃げていく。

 ────『天罰の鉾』の代償によって身体に力が入らない現状では、意外な助けになっていた。

 

(もしも暴れられでもしたら面倒だしなぁ。

 そういう輩が出てくる前にこの騒ぎも落ち着けばいいんだけど)

 

 胸の内でそう呟きながら再度深々とため息を吐く。

 これからも続くであろう面倒事に気分と身体を重くしていると視界の端に見慣れた赤髪が見えた。

 その赤髪の持ち主は随分と焦っているのか俺目掛けて真っ直ぐに突っ込んで来る。

 そしてあわやぶつかるといった所で速度を落とすが、当然勢いはまだ殺しきれていない。

 俺は己に向かってくる小さい身体を丁寧に受け止めようとして────

 

「ゴァッ!!?」

 

 想像以上の勢いに身体を押され、後ろに倒れ込んでしまった。

 その際に正面から受ける衝撃により肺がやられ、倒れ込んだ際の衝撃により背中全体を強打する。

 結果出来上がったのはまるで死にかけのように息も絶え絶えになった姿だった。

 このままでは不味いと何とか息を整えようとする中、そこで先ほど突っ込んできた赤髪の少女────トリビーの視界に俺が映る。

 しかし問題はこれからだった。

 突っ込んで来たトリビーを受け止めたが故に、彼女は俺の胸の辺りに収まっている。

 つまりトリビーが顔を上げたら今にも死にそうな息遣いをした俺が目に入ったわけだ。

 そんな長年連れ立って来た相手が死にそうな状況を、よりにもよって情が深い彼女が見てしまった────後はもう言うまでもないだろう。

 

「ポ、ポネウス!!?何でそんな苦ちそうにちてるの!?

 えっとえ~っと...こういう時はどうするんだっけ....!!」

 

「ト...トリビー...一旦..胸の上から...カヒュッ...どいて...」

 

「そうだ!!

 確か胸を強く押す筈!!えい!!」

 

「グォッ.......」

 

 死に体の身体に再び打ち込まれた追い打ちの衝撃。

 その衝撃は俺の胸....というか鳩尾を確かに直撃する。

 トリビーの全体重が勢いよくかけられたその一撃は確かに俺の身体に甚大な被害を与えるに至った。

 その結果俺の視界は徐々に暗くなっていく。

 意識も薄れ、身体の感覚も最早無い。

 うっすらと聞こえるトリビーの声を耳にしながら、俺は完全に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った...。

 しかも身内の手で...」

 

「ごめんねポネウス...。

 その...身体は大丈夫?」

 

「いやまぁ特に問題は無いぜ?

 ──けど次からは気を付けてな」

 

 何とか一命を取り留めた俺は胸をさすりながら一息つく。

 先ほどは先日のセイレンスとの一戦よりも命の危機を感じるとは...正直驚きを隠せない。

 しかし、今はトリビーの方が優先だ。

 目に見えて落ち込んでいる姿に苦笑しながら、彼女がやけに急いでいた理由を聞いてみる。

 

「っていうか何をそんなに急いでたんだ?

 またどっかで誰かが騒ぎがでも起こしたか」

 

「ううん、そういうことじゃないんだ。

 ただちょっと急いで会わなきゃって思ったらあんな事に...」

 

「ちょっと?」

 

「ちょっとなの!

 えっと、ポネウスってこの後時間あるかな?」

 

「時間か。

 えーっと後もうしばらくしたら巡回も交代の時間になるからその後なら大丈夫だぞ」

 

 返事を聞いてパッと笑顔を咲かせるトリビー。

 そこから先はとんとん拍子で話は進んだ。

 待ち合わせ場所と時間を決めて一度解散。

 何故か用事の内容だけは教えてくれなかったが、それもすぐに教えてくれるだろう。

 

 

*     *     *

 

 

 巡回も終わり、約束の時間が迫る中俺は集合場所へと向かっていた。

 かなりの速度を出していた事もあって、すぐに目的地に到着する。

 そこには何かの紙を見ているトリビーの姿があった。

 

「お待たせトリビー。

 それ、何見てるんだ?」

 

「お疲れ様、ポネウス!

 これは今からやる事が書いてあるメモだよ。

 見てみる?」

 

「応、どれどれ~。

 ...ん?これって...オートミールの材料か?」

 

 紙に書かれていたのは幾つかの食材。

 麦や牛乳、色々な果物等々。

 見覚えのある食材たちを見て、ふとオートミールを思い出す。

 そうなると思い出すのは一人の人物、オートミールを好物としているライアだ。

 

「うん、最近ライアちゃん忙ちくちてるでちょ?

 カイザーがやってた事の引継ぎとか...元老院の人たちとの話ち合いとか...」

 

「あぁ...確かにそうだな。

 ここ最近帰って来る時は大抵疲れ切ってるし」

 

「だからライアちゃんを労おうって思いついたんだ!

 それでポネウスにも手伝ってほちくって探ちてたら...」

 

「あの突進に繋がった、と。

 まぁでも、それなら俺が断る理由はねぇな」

 

「それなら市場に行こっか!

 急がないと売り切れちゃうかもちれないちね」

 

 そう言ってトリビーは俺の手を取って市場へと歩いて行く。

 そして着いた市場ではいつものように人が大勢各々の買い物に勤しんでいた。

 普段なら俺が市場に訪れたら人がはけるものなのだが、周囲の人々の熱気は凄まじく皆の視線は市場の店に向けられている。

 まぁ下手な騒ぎにならないのならそれでいい。

 俺とトリビーも目的の食材を売っている店へと歩を進めた。

 

「普段買ってるのって確かこの麦だったよな?

 果物は────別の店だったか」

 

「確かにそうだけど....折角の機会だち色んな種類を買ってみようかな。

 あ、お金ならあたちたちが出すから安心ちて!」

 

「いやいや俺も払うって。

 トリビーだけに払わせるとか絶っ対にありえないから」

 

「でもこの前武器修理に出ちてたでちょ。

 その時お金いっぱい使ったって言ってなかった?」

 

「まぁそうだな、貯金にまで手を出す羽目になったし。

 ま、食材を買うぐらいでどうこうなるほど困っちゃいねぇよ」

 

 渋い顔をするトリビーを何とか説得して食材の料金を半分ずつ出し合う。

 その際若干無理矢理払うような形になってしまったが、トリビーには納得してもらいたい。

 なにせ万が一にでもトリビーに全部払わせようものなら、罪悪感やらで押し潰されかねなかったからだ。

 そのまま俺たちは片っ端から店を見て回り食材を買って回る。

 そして紙袋が満杯になるまで食材を詰め込んだ後、一度市場から少しだけ離れた場所で紙袋の中身を確認していた。

 

「これで全部、か。

 いやー大変だった、皆殺気立ち過ぎなんだよなぁ」

 

「皆今日のご飯がかかってるんだもんね...。

 手を繋いでなかったらすぐにはぐれちゃう所だったち...」

 

 まさに疲労困憊、人の荒波に揉まれた俺たちは顔に疲労の色を滲ませていた。

 しかし十分な量の食材は集まった以上、後は屋敷に帰るだけ。

 ──正直中々の重さの紙袋を持ち続けるのは、今の俺では少しだけ厳しい。

 トリビーに身体の不調がバレないうちに帰りたい、というのが本音だった。

 だが、その目論見を阻むように市場の方から何やらどよめき声が響いてくる。

 

「?どうちたんだろう、何かあったのかな....」

 

「聞こえてくる分じゃあんまり良いことじゃなさそうだな。

 ...トリビーはここに居てくれ、ちょっと見に行ってくる。

 食材ちゃんと見といてくれよ!」

 

「え!?ポネウス!?

 ちょ、ちょっと待っ....あぁ、行っちゃった...」

 

 トリビーの止める声を背に受けながら騒ぎの元へと向かう。

 徐々に多くなる人混みを搔き分け、何とか中心に辿り着くとそこには何人かの男たちが声を張り上げ叫んでいた。

 彼らが叫んでいる内容を聞こうと耳を傾けると、すぐにその詳細はハッキリする。

 それは、火を追う旅への反対を訴える声でありケリュドラを批判するものだった。

 俺がその声に眉をひそめていると、騒ぐ彼らを囲む民衆の中から一人が勢い荒んで彼らに向かっていく。

 

「おいあんたら、そういう事はもっと別の場所でやってくれ。

 ここでやられちゃ商売あがったりなんだよ」

 

 そう堂々と言いのけた人物はどうやら市場で店を経営しているようだった。

 確かに店主の言うように騒ぐ彼らが陣取っているのは市場のど真ん中。

 折角の稼ぎ時にこうも邪魔をされては溜まったものではないだろう。

 それを証明するように何処からか店主の発言に同意を示すような声が聞こえてくる。

 しかし、騒ぐ彼らにとっては店主の言い分は知ったことではない。

 彼らの内の一人が不機嫌そうに店主に近づくといきなり突き飛ばしてしまう。

 それにはかなりの力が込められていたようで店主はたたらを踏みながら後ろへと倒れそうになってしまった。

 俺はそれを見た瞬間、急いで店主の背後に回り込み倒れそうになる店主を支える。

 

「大丈夫か?店主。

 結構強く突き飛ばされてたみたいだけど」

 

「あ、あぁ。

 アンタが支えてくれたから大丈...ってあ、あんたは────!」

 

「応、大丈夫ならいいんだよ。

 んじゃちょっと後ろに下がっててくれよ」

 

 俺の顔を見て顔を強張らせる店主。

 周囲で見ていた人々も俺の正体に気付いたようで全員揃って顔を強張らせ一歩後ずさった。

 しかし目の前の連中だけはこちらを憎々し気に強く睨みつけてくる。

 その気概だけは評価しつつ、俺は彼らに向かって歩を進めた。

 

「殺戮者...暴君の犬め。

 一体ここで何をしている」

 

「誰が犬だ、誰が。

 ったく...市場に来てるんだから買い物以外無いだろ。

 お前らこそ、ここで騒ぎを起こすとかどういうつもりだ」

 

「我々はオクヘイマの市民たちに暴君の行いと火を追う旅の不当性を語っていただけだ。

 まさかお前は我々が思想を語るのも許せないのか?」

 

「別に?語りたければ好きにすればいいんじゃねぇの?

 だけど、場所は考えろよ。

 市場のど真ん中に陣取りやがって....しかも、さっき店主を突き飛ばしてたろ。

 もう語っていただけ、なんて言い訳通用しねぇぞ」

 

 俺の言い分に忌々し気に連中は顔を歪める。

 彼らも先ほどの店主への対応は失敗だと思っているのだろう。

 その様子に少し呆れ、思わずため息を吐いてしまった。

 

「はぁ...もういいや。

 さっきも言ったけど俺も買い物で来てんだよ。

 大事になるのは御免だし、今なら見逃してやるからとっとと帰れ。

 このままじゃすぐにでも衛兵たちが駆けつけて来るぞ」

 

 心底面倒くさそうな声を出しながら連中が帰るように促す。

 彼らだってお縄にかかるのは避けたい筈、そう考えての発言だった。

 しかし連中は俺の発言を挑発だと受け取ったようで、先ほどよりも目つきが険しくなる。

 そんな彼らの様子を見ていると、嫌な予感が胸をよぎった。

 その嫌な予感は時間を空けることなく即座に実現することになる。

 さっき店主を突き飛ばした男が騒ぐ集団の中から俺に向かって歩いてきた。

 

「さっきから上から目線でごちゃごちゃ言いやがって何様のつもりだ。

 あの暴君が居なくなった今、今まで通りの立場で居られると思ってんのか?」

 

「さぁな、生憎そういう事は俺が考える事じゃねぇし。

 ────けど、お前らみたいな輩の対処ならいつでもやってやるよ」

 

 そう言って目の前の男に軽く殺意を飛ばす。

 出来ればそれで逃げ帰ってほしかったのだが...どうもそうはいかなそうだ。

 相手ももう引くに引けないよう様子で、顔を歪めて俺を睨んでくる。

 そして遂に痺れを切らしたのか胸倉目掛けて手を伸ばしてきた。

 力が入らない身体を掴まれれば後々の対処も面倒なことになる。

 それを嫌った俺は胸倉を捕まれる直前、手首を取り腕を外側へ捻り上げた。

 

「があああぁぁぁっ……!!

 てめっ...放しやがれ!!」

 

「お前から手出してきたんだろうが。

 っていうかあんまり暴れるな、関節技とか滅多にやらないから下手したら骨折れるぞ」

 

 以前セイレンスに関節を極められた時を思い出しながら、関節技の加減を調節していく。

 痛みから呻き声を上げ、徐々に抵抗が少なくなるのを見てから先ほどまで騒いでいた連中に視線を向ける。

 誰もが呻き声を上げる仲間を心配そうに見つめながらも、彼らの姿勢は及び腰になっていた。

 

「お前らもこれ以上騒ぐんならもっと痛い目にあってもらうぞ。

 それが嫌だって言うんならなら早く帰れ」

 

 俺の言葉を聞いて、一人二人と背を向けて走り去っていく。

 そうなってしまえば、この場に残っているのは関節を極められている男一人だけだ。

 それを確認してから、掴んでいた手首を放し解放する。

 解放された男はまるで仇を見るかのような目をしているが大事にしないだけ感謝してほしい。

 そのまま先に去った連中のように帰るよう促していると、突然背後から名前を呼ばれて振り返る。

 反射的に振り返るとそこには重いであろう紙袋を両手で抱えるトリビーの姿があった。

 彼女のそんな姿を見た瞬間考えるより先に身体が動き、トリビーへと駆け寄ろうとする。

 

「ポネウス!!危ない!!」

 

 トリビーの声が市場にこだまする。

 危険を知らせる為のその言葉、ならば一体何処から危険が迫ってきているのか。

 俺は直感に従って後ろを振り向く。

 そこには先ほどの男が、何処からか取り出した刃物を握っていた。

 男は俺の顔目掛けて刃物を振るってくる。

 普段ならばやぶれかぶれの一撃なぞ食らうはずもないのだが今はそうもいかない。

 今まさに振り返ったばかりの不安定な体勢に加え、無理に避けようものなら最悪トリビーにその刃が向けられる可能性がある。

 軽く舌打ちをしてから軽く顔を逸らす。

 完全に避けきることは出来ないが、最低限の傷なら許容範囲だ。

 

「痛っ....」

 

 勢いよく振るわれた刃がザクリと頬を切り裂き、鋭い痛みと共に鮮血が辺りに飛び散った。

 誰かが小さく悲鳴を上げるのが聞こえる。

 男は自身が振るった刃によって出血したのを見たせいか、さらに勢いを付けて再度刃を振ろうと腕を振り上げた。

 しかし────

 

「っ!!?」

 

「おい」

 

 一度目の一撃は受け入れよう、だが二度目はない。

 刃を振り上げている男に向かって一気に踏み出し、その顔を片手で掴み勢いそのままに押していく。

 力が入っていない手で掴まれたとしても容易く振り払われるだろう、しかし指の合間から見える男の目は驚愕に満ちており抵抗が薄い。

 俺はその動揺が消えないうちに顔を掴んだまま男の脚を引っ掛ける。

 男の脚は地を離れ徐々に後ろへと倒れ込んでいく、後は男の頭を更に押すことでより速く地面へとぶつけるだけだ。

 

「やってくれたな、クソ野郎」

 

 男の頭が勢い良く地面に叩きつけられ、辺りに鈍い音が響く。

 一瞬だけ呻き声が聞こえたが、それを最後に男は白目を剥きながら気絶した。

 俺は男の様子を確認した後、掴んでいた手を放し大きく息を吐く。

 近くから衛兵の気配も感じる事だし、後は衛兵に引き渡してしまえば今回の騒動も一段落だ。

 ────しかし、トリビーは落ち着かない様子のまま近付いてくる。

 

「ポネウス!!大丈夫!?

 っその傷...早く手当ちなくちゃ!!」

 

「傷?あぁ頬の...。

 あー結構深く切られてんなコレ」

 

 トリビーの心配から頬に手をやる。

 ぬるりとした感触を感じ、手を見てみると黄金色に血濡れていた。

 意外にもあの刃は頬の深くまで届いていたらしい。

 

「まぁ手当をする必要もねぇよ。

 どうせすぐに治るし、このままでも問題ないだろ」

 

「ダメ!!

 いくら治るからって放っておいていいわけないでちょ!

 速く何処かで「おい、ちょっといいかい」え?」

 

「お二人さん、そこで喧嘩してもしょうがねぇだろ。

 手当ならうちの店でやればいいさ」

 

「アンタは...さっきの店主か」

 

 俺とトリビーの言い合いに突如として乱入者が現れる。

 その人物は先ほど男に突き飛ばされた店主だった。

 店主は俺の頬を一瞥すると、手招きしながら自らの店へと案内する。

 トリビーはその厚意に顔を輝かせ、俺の手を引いて店主へと着いて行く。

 最早抵抗する間もなく店に連れ込まれた俺には、大人しく手当てを受けるという選択肢しかなかった。

 

「はい、これでよち!

 暫くは外ちたらダメだからね」

 

「なぁトリビー、手当てしてくれたのはありがたいんだけどさ...ちょっとやり過ぎじゃないか?」

 

「?そうかな?」

 

 トリビーは俺の言葉に首を傾げるが多分誰が見てもやり過ぎだと思う。

 なにせ顔の半分が包帯に包まれているのだから。

 こんな状態で外に出たらまた何かしら噂を立てられても可笑しくないだろう。

 ────まぁトリビーの手前、包帯を巻きなおす事も出来ないので諦める他ないのだが。

 何とかため息を堪えていると店の裏側から店主が出てくる。

 その手には飲み物が握られており、俺とトリビーに差し出してきた。

 それに礼を言うが、店主は首を横に振って笑顔を見せてくる。 

 

「別に気にしなくていいさ。

 あんたにはさっき助けてもらったし、これぐらいはさせてくれ」

 

「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうけど....。

 アンタ、俺が怖くないのか?」

 

「そりゃあ怖いさ。

 あの野蛮なクレムノス出身だって言うし、殺戮者なんて名前が付くような人間だぞ?

 誰だって怯えるだろ」  

 

「ハッ、ぐうの音も出ないな」

 

「でもさっきの一件で物騒な人間ってだけじゃないのは知っちまったからな。

 だからまぁ必要以上に怯える必要も無いって思っただけだ。

 それに────」

 

「それに?」

 

「そんな顔に包帯ぐるぐる巻きになってるのを見たら...なぁ?

 怖がるのも馬鹿らしいっていうか...」

 

 気まずそうに苦笑いを浮かべる店主。

 やはり今の俺はかなり滑稽な姿になっているようだ。

 ...怖がられるような姿になっていないだけマシだとは思うけど。

 何とも言えない微妙な感情を覚えていると、クスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。

 

「...トリビー?

 今になって包帯ぐるぐるが面白くなったか?ん?」

 

「そういう意味じゃないよ。

 ただ、ポネウスがオクヘイマの人に感謝されてるのが嬉ちいだけ」

 

「そんな事が嬉しいのか?

 別に今までだって感謝ぐらい────.....ちょっとはされてたぞ?」

 

「でも多くはないでちょ?

 あたちたちはポネウスの頑張りがちゃんと報われてるのが嬉ちいの」

 

「....そうかい」

 

 確かにトリビーの言う通り俺がオクヘイマの住人に感謝されることは極めて稀だ。

 ここ三百年近くオクヘイマにいるが感謝を向けられた数など片手で足りるぐらいしかないのではないだろうか。

 俺は大して気にしていなかったのだが、トリビーにとっては気にかかる事柄だったのだろう。

 その証拠に今の彼女は満足気な笑みを浮かべていた。

 

「それじゃあ手当ても終わったちもうそろそろ帰ろっか」

 

「そうだな。

 あんまり遅いとライアが心配するし」

 

「もう行っちまうのか?

 もっとゆっくりしてもらっても構わないんだが....」

 

「そう言ってくれるのはありがたいけど俺たちもやらなきゃいけない事があるんでね。

 礼をしたりないって言うんなら、また今度店に来るときにちょっと安くしてくれ」

 

「ちゃっかりしやがって...。

 まぁまた来るんなら、その時はお安くしとくよ」

 

 朗らかに笑う店主に見送られて俺たちは店を後にした。

 そうして帰り道に就いていると、ふと違和感を覚える。

 俺が違和感の正体を探ろうとするが、答えが出る前にトリビーが声をかけてきた。

 

「....ポネウス、その身体は大丈夫?」

 

「大丈夫かって...この通りピンピンしてるよ。

 っていうかあの程度の傷で体調は変わらないって」

 

「ううん、あたちたちが気にちてるのはそっちじゃなくって...。

 ────今、身体に力入ってないよね」

 

「.....いつ気付いた?」

 

「ポネウスがあたちたちとぶつかって倒れた時だよ。

 普段ならあたちたちがぶつかってもポネウスなら受け止められるもん」

 

「あーそうか、あの時か。

 ハッ、結局隠した所で無駄だったな」

 

 トリビーの指摘を受け、思わず笑みがこぼれる。

 その笑みは喜びからではなく、己への嘲笑から出たものだった。

 彼女たちに心配をかけない為に隠そうとしたというのに、結局は隠し切れずにいる。

 己の不甲斐なさに心底辟易してしまうというものだ。

 

「何で力が入らなくなったのかは聞かないよ。

 多分聞いてもポネウスは教えてくれないだろうち」

 

「...あぁ、悪いけどこればっかりは言う気はない。

 幾らトリビーの頼みでも、だ」

 

 俺は先日のケリュドラとセイレンスの一件をトリビーたちに話していない。

 話す必要を感じなかった、というのもあるが...セイレンスがケリュドラを殺したという事実を彼女たちに話す気になれなかったからだ。

 それに、俺が言うまでもなくトリビーたちはケリュドラたちの最期を察しているだろう。

 ならばわざわざ詳しく話して、傷を作る必要なんてない筈だ。

 ────あの事実は、最後まで俺だけが知っていればいい筈なのだから。

 

「ポネウスが言う気がないならそれでもいいの。

 ただ、ポネウスには謝らなきゃいけないから」

 

「は?トリビーが...俺に?

 いやいや俺が謝る方なら納得できるけど逆は無いだろ」

 

「でもポネウスが話さない理由はあたちたちを気遣ってだよね。

 それならあたちたちはポネウスに頼らせてあげられてないってことだもん」

 

「それはっ...それは違うだろ!

 話さないのは俺の勝手な判断だ、トリビーたちが責任を感じる必要なんかない!」

 

 いつの間にか帰路に就いていた脚は止まり、互いに向かい合っていた。

 トリビーはどこか寂しそうな笑みを浮かべ、俺は苦々し気に歯嚙みする。

 

「...ポネウスは抱えすぎなんだよ。

 カイザーの事も、セイレンスお姉ちゃんの事も..全部一人で....」

 

「....トリビーたちを信用してないわけじゃない、いつも助けられてるし頼りにだってしてる。

 でも...アイツらの事だけはダメだ。

 そこだけは...絶対に譲れない」

 

 重々しい空気の中、譲れない部分だけはハッキリさせる。

 その間もトリビーは表情を崩さないまま俺の目を真っ直ぐに見ていた。

 そして暫くの間互いに何も喋らず、見つめあい────先に口を開いたのはトリビーだった。

 

「ポネウス、いつか本当に辛くなってもう耐えられないって思ったら...その時はちゃんとあたちたちに話ちてね。

 約束だよ?」

 

「...あぁ、約束する。

 そんな時が来たら、真っ先にトリビーたちの所に向かうさ」

 

「うん、絶対に忘れちゃダメだからね。

 ────それじゃあ今度こそ帰ろっか」

 

 先ほどの表情とは打って変わって、トリビーは満面の笑みを見せながら俺の手を取る。

 彼女に引っ張られながら帰り道に就く最中、俺だけは先ほどの表情を変えられずにいた。

 俺の手を引いて目の前を歩くトリビーを見ながら、彼女に気付かれないように小さく息を吐く。

 

(気、使わせちまったな)

 

 トリビーも俺が本気で話す気がない事を察したのだろう。

 だからこそ、彼女は早々に話を切り上げて帰路に就いている。

 ただ一つの約束を結ぶだけでトリビーは矛を収めてくれたのだ。

 ならば俺が彼女に報いる方法など一つだけ。

 

(為すべきことを為す...今度こそ、絶対に)

 

 声に出すことなく胸の内で決意を固める。

 トリビーの信頼に応えるために、火を追う旅を成し遂げるために。

 ────もう、ケリュドラやセイレンスの時のように、なにも出来なのだけは御免だ。

 

 

*     *     *

 

 

 屋敷に着いた俺とトリビーは食材が大量に入った紙袋を置くため食堂へと向かう。

 紙袋を置いた後はすぐにでもオートミール作りを始めるつもりだ。

 まぁオートミール作りにそこまで気を払う必要などないのだが...トリビーが料理をするというのなら話は別。

 万が一ということもある以上、俺が気を抜く事は許されないのだ。

 覚悟を決めて食堂の扉を開くとそこには、ライアとサフェルの二人が何やら話し合っていた。

 

「ん?

 あぁトリビー姉さんとポネウス兄さんじゃん。

 おかえり~ってどうしたのその顔面グルグル巻きの包帯!?」

 

「ちょっと市場で騒ぎに巻き込まれちまってな。

 まぁトリビーが派手に巻き過ぎただけだから気にする必要ねぇよ」 

 

「そ、そうなんだ。

 まぁそれならいいんだけどさ」

 

「んな事より久しぶりだなサフェル。

 次はどんな土産話持ってきてくれたんだ?」

 

「土産話なら幾らでもあるよ。

 でも今日はちょっとまた別の話があるんだ」

 

「別の話?」

 

 サフェルの言う別の話、それに思い当る節が無い俺は思わずトリビーの方を見る。

 しかし彼女もその話の内容に察しがついていない様で首を傾げていた。

 共に頭に疑問符を浮かべる俺たちを一瞥してからライアが口を開く。

 

「私たちの今後を左右する話ですよ。

 失敗の許されない、重要な」

 

「成程、火追いについてか。

 確かに今はあんまし状況が良くないからなぁ」

 

 先の遠征の失敗やケリュドラ、セイレンスの失踪。

 これらの事柄があったせいで火を追う旅は窮地に立たされていると言っていい。

 その上散々ケリュドラにしてやられた元老院の奴らがこの絶好の機会を黙って見過ごすはずがない。

 何かしらの功績を上げなければ火追いの旅を継続する事態が困難になるだろう。

 

「う~ん....ライアちゃんは何をするつもりなの?

 今タイタンを倒そうとちてもあたちたちだけじゃ難ちいんじゃ....」

 

「えぇ、師匠の言う通りです。

 今現在動かせる戦力はこの場に居る四名だけ。

 ですから、次の戦いはより厳しいものになるでしょう」

 

「裁縫女もトリビー姉さんも心配しすぎ!

 この話の発案は他でもないあたしだよ?

 勝算は十分あるって」

 

「サフェルが次の目標を持ちかけたのか?

 何だってんな事────」

 

「あたしはあたしなりに考えてるの!

 はぁ、もういいから次の目標言っちゃうよ。

 裁縫女も、それでいいでしょ?」

 

 痺れを切らしたかのように話を進めるサフェル。

 彼女の確認にライアも静かに頷く。

 それを確認したサフェルは口角を上げて、仰々しい動作で俺たちの注意を引き付ける。

 そして、高らかに告げたのだ。

 

「災厄のタイタンの一柱にして、ドロス人が信仰する《詭術》のタイタン。

 その名こそはザグレウス!

 ────あたしたちが狙う、特大のお宝だよ」

 

 芝居がかった口調に、戦意が見え隠れする笑み。

 それを見て、俺とトリビーも意識を引き締める。

 こうして、火を追う旅は新しい局面へと突入したのだった。

 

 

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