帰寂の声と話し方がちょっと好みにドンピシャですね
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誤字報告もとても助かっています!
サフェルの宣言から、怒涛の日々が過ぎていった。
《詭術》のタイタンであるザグレウス討伐。
その為の準備は余りにも膨大だった。
そもそもザグレウス自体が他のタイタンとはかなり毛色が違う。
タレンタムの天秤やファジェイナの杯を盗み、モネータの地位すら奪ったりとまさにやりたい放題。
当然そんな事を繰り返せば周囲からは邪険にされるのが道理だ。
結局、ザグレウスを信仰する人間はほぼ居ないと言っていいだろう。
例外があるとすれば、今俺がいる都市国家────ドロスの人々だけだ。
「........」
俺はドロスの街路を一人歩きながら、いつも以上に気を張り巡らせていた。
周囲の人間の動き、視線、態度、そのどれか一つでも見落とさないように。
誰が見てもわかる程の警戒、普通なら近づく人間など居ないであろう空気を発す中...向かいから妙に目を引く人物が現れる。
フラフラと足元が覚束ないその人物は鼻に刺さる酒の臭いをまき散らしていた。
パッと見でもわかる程に酔っている人物、しかし余りにも露骨な酔い方に警戒を強める。
そしてその酔った人物とすれ違う瞬間────
「おい、その手に持ってるもの返してもらおうか?」
「っ....!」
酔った人物とは反対側、俺の後ろから忍び寄っていた人物の手首を掴む。
その手には財布が握られており、誰から取ったのはか火を見るよりも明らかだ。
手首を握られた当人は驚いたような表情で俺を見て、視線を酔っぱらった人間へと移す。
その視線を追って酔っ払いを見てみると、ソイツもまた驚いた表情で俺を見ていた。
二人の様子を見て、彼らの関係を理解する。
「お前らグルかよ。
本っ当に手の込んだ事してくれやがるな」
大方酔っ払いが注意を引いて、もう一人が背後から近づいて金品を奪う。
何とも手慣れたやり方に思わずため息を吐いてから気を取り直して、握った手首を強く締め上げた。
痛みに顔を歪め呻き声を上げ始め、何とか俺の手を逃れようと藻掻くが逃がす気はない。
「今すぐ、その財布から手を放せ。
お前も骨を粉々に砕かれたくはないだろ?」
俺の物言いに顔を青くした盗人は渋々といった様子で財布を放した。
落ちる財布をしっかりと回収してから、掴んでいた手首を放し解放する。
盗人は憎々し気に舌打ちをしてから素早い身のこなしで何処かへと去っていった。
それを見届けてから酔っ払いの対処をしようとしたが────既に酔っ払いの姿はなくなっている。
どうやら早々に相方を見捨てて逃げたらしい。
俺はため息を吐いてから近くの路地裏へと入り込む。
暗く淀み、視界が暗闇に塞がれるような場所。
そんな路地裏の奥の方から足音も気配も薄い人物が近づいて来た。
「お疲れ様~ポネウス兄さん。
いやー通りを歩いてるだけでスリに十七回も会うなんて災難だったね」
「本当にな。
しかもどいつもこいつも無駄に手が凝ってるから余計疲れるし...。
────で?お目当ての奴は見つかったか?」
暗闇から現れたサフェルは笑みを浮かべて労いの言葉を投げかけてくる。
俺はその言葉に答えつつ、今回の成果について聞いてみた。
サフェルは俺の問いに少しだけ顔を顰めながら首を横に振る。
「ダメだね、それっぽいのは居なかったよ。
本当に...何処に居るんだか」
「『千面相』だっけか。
どんな顔をしてるのかも分からない以上、探すのはそりゃあ難しいわな」
「でも何が何でも探し出さなきゃ。
でなきゃザグレウス討伐どころか、誘き出すことだって出来やしない」
サフェルはそう言って歯嚙みする。
ザグレウス討伐の為には『千面相』と呼ばれる義賊の力が必要だった。
その者は『ドロスの三百人の義賊』と称される者たちの中で一番初めに名を上げた義賊だ。
千の面と声を持ち、他者を騙す。
逸話通り『千面相』の正体を知るものはおらず、ただ異名と功績が残されている。
一応シリントスという名前も残っているのだが、『千面相』の名の意味を考えればそれが本名かも分からない。
だからこそ、こうして俺という餌を巻いて釣れるかどうかを試しているのだ。
ただ────
「ここまでらしい奴はなし、と。
そもそも『千面相』はドロスにいるのか?」
「さぁね。
ライアもトリビー姉さんたちも探してくれてるけど...」
「望み薄か。
...どうしたもんか」
八方塞がりの状況に思わず頭を抱える。
サフェルの計画では『千面相』の存在が必須。
しかし奴の影すら見えていないのが現状だ。
「...いや、うだうだ考えてもしょうがないな」
「ポネウス兄さん?」
「今みたいに地道に探す以外に方法はないんだろ?
ならこのまま続けるしかねぇよ。
そりゃあすぐには見つからないだろうけど、どっかに手掛かりぐらいは残ってるはずだ」
「────そうだね。
よーしっ!あたしも本腰を入れるとしますか!」
暗い顔から一転、元気よく声を上げるサフェル。
その声を聞き、俺も再度気合を入れなおす。
「それじゃあこの後はどうする。
さっきみたいに俺が囮になるか?」
「う~ん...それもありだとは思うんだけど...。
一回、聞き込みでもしてみよっか。
『千面相』はドロスでも一番有名な義賊だし、何か知ってる人もいるかもしれないから。
まぁ嘘の情報を掴まされたり、情報料だってぼったくられるかもしれないけど」
「そこは仕方ないだろ。
たとえ嘘だったとしても、数を集めれば本当かどうかは分かる筈。
今は兎に角、情報を集めるとしよう!」
「決まりだね。
それじゃあたしは東側で聞き込みしてみるから、ポネウス兄さんは西側をお願い。
合流は────ん?」
「西側...となると────あっちの方向か。
道に迷わなければいいんだけど...いや、流石に大丈夫だろ。
それで、合流はどうするって────サフェル?」
サフェルの指示を聞いて、俺はすぐに方角を確認しておく。
大して地理を知らないとはいえ流石に迷うことはないと高を括って、合流場所を確認しようとサフェルに向き直る。
しかし、そこにいた筈のサフェルの姿が忽然と消え、代わりに一枚のコインが落ちていた。
* * *
ドロスの街中を神速とも言える速度で駆ける姿があった。
その神速の主であるサフェルは何やら険しい顔をしながら、辺りに目を走らせている。
たとえ塵一つでさえ見逃さんと言わんばかりの眼光は、遂に獲物の姿を捕らえた。
(見つけた!!
けど────)
神速を持ってその人影に近づいた瞬間、まるで霞のように消え去ってしまう。
だが次の瞬間には、さらに遠くへと人影は移動していた。
このような追跡劇をサフェルは何度も、何度も繰り返している。
今まで、サフェルは己の神速から逃げられる人物を見たことはない。
しかし、今追っている人影が狙いの人物であるのならば彼女が追跡を諦めることは絶対にないと言えるだろう。
市場、市街地、貴族の屋敷、裏路地と走るたびにどんどん景色が変わっていく。
だがサフェルはその殆どを見ていない、ただ獲物だけを視界に収め執拗に追跡を続けていた。
そのまま彼女は人影を追って、ドロス特有の入り組んだ裏路地の奥へと潜っていく。
そうして遂に、サフェルは裏路地の行き止まりへと獲物を追い込んだのだった。
「よくもここまで逃げてくれたもんだね。
あんたさっきの話、盗み聞いてたでしょ」
「────」
「まぁそこは別にいいよ、大した話はしてなかったし。
あたしが気になってるのはあんたが一体何者かってこと」
「────」
「あたしの神速からここまで逃げた奴なんて今まで見たことがない。
しかも、あんたわざとあたしに姿を見せながら逃げてたでしょ。
手加減のつもりかは知らないけど、もう逃げ場がない以上答えてもらうよ」
「────」
「黙ってないで、さっさと答えなよ!」
サフェルは路地裏の陰に佇む人影へと問いかける。
人影はサフェルの険しい視線を受けても尚、身動き一つ取らない。
場に緊張が走るのをサフェルは肌で感じる。
そのせいか、サフェルの胸の内には小さな焦りが生まれていた。
そしてその焦りが高まろうとする直前になって、人影から声が返される。
「『千面相』」
「!『千面相』、ね...随分とあたしたちに都合よく出てくるもんだね。
『千面相』を名乗りはしたけど、それが本当かどうかは分からないまま。
何か証拠でもあるの?」
「証拠なんてどうでもいいだろう?」
「信じるかどうかはキミ次第なのだから」
「!?今の声って────」
『千面相』を名乗る人影が喋った瞬間、サフェルの身体が硬直する。
その理由は言葉に出した通り、人影が発した声にあった。
最初は大人の男の声、しかし続く声では年若い女性のような声が聞こえてくる。
まるで違う声の種類を瞬時に発する、それは確かに『千面相』の逸話に当てはまるものだった。
姿こそ影に隠れて見えないが、確かにその声だけは証拠足りえた。
「分かった、一旦納得してあげる。
それで、わざわざこんな裏路地の奥まで誘導してどういうつもり?」
「先ほどキミたちが話していたではないか」
「かの《詭術》の神を討伐するためにワタシの力が必要なのだと」
「その物言いだと、あたしたちに協力してくれるって思っていいわけ?
それとも協力する代わりに対価を差し出せ、とでも言うつもり?」
「神殺しに協力するのだ、当然の考えだと思うがね」
「それとも何かな、キミたちは自らに力を貸す者たちに対して何も報いるつもりがないとでも?」
「...言ってくれるじゃん。
いいよ、何が欲しいのか行ってみなよ」
コロコロと変わる声色の中に挑発の色が含まれる。
ここまであからさまな挑発を向けられてしまってはサフェルとしても黙ってはいられない。
ただでさえ険しくなっていた視線をさらに険しくしながら、彼女は『千面相』の挑発に乗ることにした。
「ワタシが欲しいのは情報だよ」
「キミたちが各地に散らばっていたドロスの義賊たちを集めていると聞いてね」
「その理由は先ほど神殺しだと判明した」
「しかし、一体どうやって彼らを使って神殺しをなすのかと気になってしまってね」
「まさか数の暴力で力押し、なんてニカドリーの奴が取るような単純な策ではないだろう?」
「当然、《詭術》のタイタンを相手にするんだからそんな特攻するわけないでしょ。
...でも、そんな事聞いてなんになるのさ」
「単なる知識欲というやつだよ」
「我らがザグレウスを嵌める策に興味が湧いただけだ」
「なんだったらこの知識欲を埋めてくれたのなら、策の内容に関わらずキミたちに手を貸してもいい」
「ふ~ん....。
ま、その条件なら話しても構わないかな。
ただし、後から嘘でした~なんて通さないから。
もしそうするならうちの怖~い人たちに出張って来てもらうよ」
「あぁ、それでキミが納得出来るなら構わないとも」
「折角ならザグレウスに誓って見せようか?」
「それはいいよ。
《詭術》の神に約束を守りますって誓うなんて、それこそ信用ならないって」
サフェルの指摘に声を出さないように小さく笑う『千面相』。
揶揄う意図が見え隠れする話し方にサフェルはそこはかとない苛立ちを抱く。
だが一々反応していたら話が進まない、それを分かっているからこそ怒りを飲み込み話を続ける事にした。
「それじゃあ話すけど、一回しか言わないからちゃんと聞いててよ。
────あたしたちがザグレウスを倒すためにはあのタイタンの位置を探さなきゃいけない。
でもあのタイタンは盗みとか詐欺を司ってるせいで誰にも神殿を建ててもらってない。
つまり、他のタイタンみたいに決まった場所に留まらないってこと」
「確かにキミの言う通り、ザグレウスには神殿も祭壇もありはしない」
「信者であったとしてもかの神を祀らない...まったく、非情な事だと思わないか?」
「人様から盗みを働いたり、口八丁で騙すんだから嫌われて当然でしょ。
あたしもあんたも同じ穴の狢なんだからそれぐらい言わなくても分かると思うけど」
「........」
「だんまりって...別にいいけどさ。
兎に角、そんな何処に居るのかも分からないタイタンを探す為にオンパロス中をむやみやたらに探し回るなんて無駄なだけ。
だからこそ、あんたたち凄腕の義賊の力を借りたいってわけ。
ザグレウスを探すためじゃなくって、ザグレウスを誘き出すために」
サフェルの言葉を聞いて、『千面相』は何も言うことなく佇んでいる。
それは何か考えるでも口を挟もうとしているわけではなく、サフェルの話の続きを待っている様子だった。
サフェルも、それを察したようで再び話を続けようと口を開く。
「ザグレウスを誘き出すのに必要なもの、それは極上の詭術....。
あたしたちが集めた数百の義賊たちで、一斉にオンパロス中で『嘘の宴』を開くのさ!
そうすれば、間違いなくザグレウスは姿を現す。
そこを狙ってあたしの神速で火種を頂戴するってわけ」
「....成程」
「確かにキミの神速であれば、たとえザグレウスであったとしても火種を守り切るのは難しいだろうな」
「だが、ザグレウスが現れたとしても何処に出てくるのかは分からないと思うが...それはどう考えているのかな?」
「そこを考えてなかったら余りにも間抜けすぎるでしょ、気にしなくても何処に出るかは分かってるから気にしなくていいよ
それと『噓の宴』の締めは誰でもないあたしが請け負う。
こればっかりは誰であっても譲らないよ」
「別にその役割まで盗む気はないとも」
「しかし成程...それが計画の全て、か」
「何か気になる事でもあった?
それか文句とか」
「まさか、キミの策ならば必ずザグレウスは姿を現すだろう」
「ワタシも約束通り喜んで協力させてもらおう」
声の調子から随分と『千面相』は興が乗っているようだ。
そんなに計画が気に入ったのかは知らないが協力するのなら構わない。
いまだ声を押し殺しながら笑う『千面相』を半目で見ながら話を続ける。
「それじゃ今後のことについて話し合おうか。」
決行の日時と詭術を成し遂げる場所、味方内で狙いが被ったら宴の意味無いから教えてもらうよ」
「あぁ、そうするとしよう」
「────と思ったのだが、今日その話をするのは無理そうだ」
「?それってどういう────」
「どうにもワタシが苦手な気配が近づいて来ているみたいだからね」
「まったく、《紛争》だか《門と道》だかの加護を受けてるのか知らないが無粋な奴だ」
「あぁいう単調な奴は陰から遊ぶものであって正面から相対するものではないというのに....」
「《紛争》...それに《門と道》の気配....。
もしかしてポネウス兄さんとトリビー姉さん?」
「兎に角、ワタシは先にお暇させてもらおう」
「話の続きは今度、ワタシの方から伺うとするよ」
「ってちょっと待った!話はまだ────!!
......逃げられた」
サフェルが目を離した一瞬の隙をつき、『千面相』は潜んでいた影に飲み込まれるように姿を消した。
気配もそこに居たという証拠も何一つ残っていない以上、先ほどのように追いかける事も難しいだろう。
終始話の主導権をあちらに握られていたことに若干の悔しさはあるが、幸い当初の目的は達成した。
今度はあちらから訪ねてくると言っていたし、今は待つことを優先する。
もしも『千面相』が訪ねてこないのならばこちらから出向いて捕まえてしまえばいい。
幸いなことに奴の気配は十分覚えた、捕まえることはそう難しくはないはずだ。
そうサフェルが考えていると、背後から足音が近付いてくることに気付く。
その足音を忙しなく路地裏に響かせながら、足音の主は慌ただしく現れた。
「やっと見つけたぞサフェル!
急にいなくなるから心配──痛だっ!?
な、なんで今蹴ってきた?」
「別に~ただの八つ当たりだから気にしないで。
そういえばトリビー姉さんは?一緒じゃないの?」
「トリビー?別に一緒じゃない...っていうかまずドロスに来てもないだろ。
何だってそんな事聞くんだ?」
「ん?
あ~....あたしの気のせいだったみたい、気にしないで」
先ほどの『千面相』の発言からてっきりトリビーが居るとサフェルは踏んでいたのだが、ポネウスの発言を聞く限り彼女は今ドロスには居ないようだ。
大方、先ほどの発言もこちらを揶揄う為のものだと切り捨てることにしたサフェルは気を取り直してポネウスの背を急かすように押し始める。
「ほらほら、ゆっくりしてないで速く行くよ!
お目当てはもう見つかったし、オクヘイマに戻って準備進めなきゃなんだから」
「は!?
見つかったって...『千面相』と会ったのか!?」
「そ、協力も取り付けたし前準備も終わったからここに残る意味も無いし。
イマイチ信用していいか分からないけど...ま、それはドロスの義賊は大体そんな感じだし問題ないよ」
「そう...なのか。
それならまぁ...確かにドロスに留まる理由はない、か」
どこか歯切れが悪い様子を見せるポネウスにサフェルは首を傾げる。
彼にとってドロスはいい思い出がない場所のはずだ。
だというのに何故オクヘイマに戻ることに若干の抵抗があるように見えるのか。
「やけに歯切れが悪いけど、なんかトリビー姉さんと喧嘩でもしたの?
もしそうなら早めに仲直りしといてよね」
「いや別に喧嘩とかはしてないぞ。
....ただ、ほら最近オクヘイマに俺たちが集めた義賊たちが居るだろ?
アイツら、何でか知らないけどやけに俺に突っかかってくるんだよ。
それの対処が本っ当に億劫でな...」
「あぁ~そういう事ね。
そういえば、あの小鳥の四姉妹とか黒毛モグラとかポネウス兄さんの事気に入ってたもんなぁ。
まぁ気持ちはわかるけど」
確かにサフェルが思い返す限りポネウスは義賊たちに気に入られていることが多かった。
彼自身の取り繕わない気質が好まれやすいからか、いたずらを仕掛けた時の反応が面白いのか。
そのどちらも思い当たる節があったサフェルは納得したように頷く。
「ま、それはどうしようもないから諦めるしかないね。
さぁ!さっさと行くよ!」
暗い顔を崩さないポネウスを引っ張りながら意気揚々と走り出すサフェル。
その勢いに体勢を崩しながらも何とか追従するポネウス。
そうして二人はオクヘイマへと帰還したのだった。
* * *
機縁の月の幽霊の日、隠匿の刻...長い準備を終えたあたしたちはオクヘイマの城門に集まっていた。
ライア、トリビー姉さんたち、ポネウス兄さん、引きこもり姫、見知った顔が全員ここに居る。
ついに『嘘の宴』を開くときが来たのだ。
「義賊の奴らは全員オンパロス中に散らばり済み。
後は『千面相』が火蓋を切れば、他の奴らもそれに続く...筈なんだよな?」
「ちょっとポネウス兄さん。
人にあれだけ作戦を確認しとけって圧かけといて今更それ聞く?」
「俺だって今更聞きたくはなかったよ。
ただ『千面相』の奴、結局一回も俺たちの前に姿見せなかったのがどうも引っ掛かるんだよなぁ」
不安気な顔をしながら両剣を弄るポネウス兄さんの言う通り、『千面相』はあたし以外に姿を見せなかった。
その事がみんな気になっているようでライアも何かを考え込んでいる様子を見せる。
少しだけ場の空気が重くなったのを感じた一度大きく音を立て場の注目を集めた。
そのまま明るい調子を保ったまま、みんなに聞こえるように喋り始める。
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。
『千面相』もあたしの所には何回も来てたわけだし、あいつだってザグレウスを騙す事に乗り気みたいだったからね。
それに、万が一って事があったらあたしがどうにかするからさ」
「あの、サフェル様...どうかご無理はなさらないでください。
サフェル様にもしもの事があれば、皆悲しんでしまいます」
「そうやって言ってくれるのは嬉しいけど、今からやるのは神殺しだよ引きこもり姫。
多少の無茶は通さなきゃあのタイタンには勝てない」
「そう...ですね。
出過ぎた真似をしてしまいました...申し訳ございません」
「あーもう!
そんな暗い顔しないでよね、あたしが悪いみたいになるじゃんか!」
引きこもり姫との他愛のないやり取りを経て少しだけ場の空気が軽くなる。
あたし自身も今のやり取りで緊張がほぐれたような気がした。
一度大きく息を吸い、一気に吐き出す。
そして目の前のみんなに向き直ってから口を開いた。
「それじゃあたしはもう行くね。
みんなもこの後の事くれぐれも忘れないでよ」
「あんな大事な役割忘れるわけねぇだろ。
ま、自由にやってこいサフェル」
「頑張ってねフェルちゃん!
あたちたちみんなで応援ちてるから!」
「行ってらっしゃいませサフェル様。
ご武運を祈っております」
次々にかけられる激励の言葉。
その言葉を受けてじんわりと胸が暖かくなる。
しかし、まだあと一人だけ何も言ってこない人物がいた。
あたしは半目になりながらライアの方を見る。
「裁縫女は何か言う事はないわけ?
折角の晴れ舞台なんだけど?」
「──────」
「ふーん、何も無いわけ。
まぁ別にいいけどね、気にしてないし。
じゃ、また後で「セファリア」......なに?」
「貴女ならやり遂げると信じています。
いつものように気負わずに、行って来てください」
「......っ!」
笑顔と共に向けられた言葉のせいで身体全体にむず痒さが迸る。
しかしその感覚は決して不快なものではなく、寧ろ───。
顔に熱が集まるのを自覚したあたしはライアに返事を返すことなくコインを投げ、目的地へと駆けだした。
駆けだしてから一瞬で黎明のミハニの効果範囲から抜け出し、辺りは暗闇に包まれる。
流れるように変わっていく風景を意識する前にあたしは目的の都市国家へと辿り着く。
盗賊の都、《詭術》のタイタンを信仰する風変わりな都市国家、そして───あたしの生まれ故郷。
あたしは一際高い塔に登りドロスを一望する。
「今も昔も変わらないね、ここは。
表で司祭たちが美徳を説いて富をもらって、裏では貧乏人たちが盗みを働く。
盗人は罰され、司祭や貴族は肥え太る。
本当にどこでも見られる景色だよ。
でも───」
それでは駄目だ、とあたしは思う。
ドロスは悪名高い盗賊の都、《詭術》の神を信仰する変わり者たちの集まりだ。
だというのに今のドロスにある《詭術》と言えば貴族同士の貶めあい、あぁなんて詰まらないのだろう。
「だからこそ、あたしが見せてやるんだ。
本物の《詭術》って言うのがどんなものなのか。
あんたもしっかり見てなよザグレウス!あんた好みの《詭術》、このドロスで成し遂げてあげるからさ!」
そう言って、塔から跳躍する。
目的地はドロスの王城、その宝物庫。
そこに長年貯め込まれてきた数々の宝物を奪い取る為にあたしは駆けだした。