Ver4.4が不穏過ぎて心臓に悪い.....
Ver○.4ってつくバージョンは不穏じゃなきゃ駄目な決まりでもあるんでしょうか
取り敢えず最後の授業だけは勘弁してください....
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誤字報告も是非お願いします!
機縁の月、幽霊の日にザグレウスの本体は姿を現すという。
あたしたちはそれを狙ってオンパロス各地で一斉に詭術を為す『嘘の宴』を開くことにした。
この宴をもってザグレウスを誘き出す。
その為にアタシは今、ドロスの王城へと忍び込んでいた。
(やっぱり衛兵の数がいつもより多いね。
予告状出したんだから当たり前なんだけどさ)
王城の通路を隠れながら移動する。
物陰に隠れ、天井に張り付き、陰に潜む。
今までの経験を最大限活かしながらあたしはある部屋へと滑り込んだ。
「ここに衛兵はなし、と。
流石に宝物庫の前を人を集めてるみたいだね」
そう言って周囲を見渡しても人の姿は見つからない。
あたしは一息吐きつつ、現在地を再確認する。
今いる場所は宝物庫の真下に位置する部屋だ。
しかし真下と言ってもここから上に掘り進める、なんて時間がかかる真似はしない。
「ま、ちょっと無理矢理なのは否定できないけど」
苦笑しつつ部屋に備え付けられている窓から外に出て、城の外壁をよじ登っていく。
城の衛兵たちも宝物庫に入るための唯一の入り口を見張って、わざわざ暗闇で碌に見えない外壁など見はしない。
そうして辿り着いたのは宝物庫がある場所、その外側。
ここまで来てようやく仕込みの意味が成就する。
宝物庫と外とを分かつ石が積まれて出来た壁、その一部をほんの少し力を入れて押してしまえば───
「この通り、通り道の出来上がりってわけ。
本っ当にこの日の為にどんだけ準備したか」
積み石は重力に従って内側へ崩れ落ちた。
それを見て、今までの苦労を思い返す。
夜になる度にここまで登って少しずつバレないように石壁を壊し続ける。
時間も労力も嫌になるほどかかったが、今この瞬間にその苦労も報われた。
「ポネウス兄さんならこんな壁一発で壊せたんだろうなぁ....そんな事したら一発でバレるけどさ。
さてさて、ようやくお宝を見つけたんだから色々と頂いていきますか」
あたしは瓦礫を踏み越えて宝物庫の中へと侵入する。
その中には輝く金銀財宝、宝飾品の数々が所狭しと並べられていた。
その多くが悪趣味な方法で集められた物であるのは既に調べ終わっている。
あたしの今夜の目的はそういったお宝を全て盗むことだ。
「それにしても随分と貯め込んだもんだね~。
運び出すのも骨が折れそう」
そう言いながら懐から取り出した一番大きなバッグの中に片っ端からお宝を放り込んでいく。
幸い外の衛兵たちにはまだ気付かれていないようなので、こちらもゆっくりと仕事が出来るというもの。
鼻歌混じりに作業を続けながらこの後の計画を思い返す。
お宝を集め終わったら急いで貧民街に駆け込んでそれを配り回る。
そこはあたしの神速を使えば大した問題にはならないのだが、問題はその後だ。
なにしろ配り終えた後、あたしは────
(ん?外が騒がしくなった...。
まさか宝物庫に忍び込んでるのがバレた!?)
外で怒号が飛び交い始めて、嫌な予感が頭に浮かんだ。
全てのお宝を集め終わる前に衛兵が宝物庫に入ってくるのを嫌って、回収の手を速める。
そして最後のお宝をバッグに放り込んだのを確認してからバッグを抱えなおす。
「重っ──くっ集めすぎなんだって大して使う機会もないくせに...!
でも、これで後は貧民街に行くだけ「そこで止まれ!侵入者!!」あー.....バレちゃった。
それなら────!」
部屋中に響き渡るほどの音を立てて宝物庫の扉が開かれる。
その扉の向こうには夥しい数の衛兵たちがあたしを睨みつけていた。
荒々しい足取りで部屋に入って来る彼らを前にしたあたしは急いで侵入に使った通り道から外に出る。
そうすれば衛兵たちの手はもう届きはしない。
あたしはそのまま外壁を降りて逃げようとした瞬間、複数の風を切る音が自分に近づいて来ている事を察知した。
嫌な予感が身体全体に走ったと同時に掴んでいた外壁から手を放して落下を始める。
すると次の瞬間、さっきまであたしがいた場所に硬い何かがぶつかった音が聞こえた。
それに反応して上を見てみると、そこには無数の矢じりが外壁に打ち込まれている。
矢じりを見たあたしは落下の負担を受ける事を覚悟して、もう一度外壁に掴まって落下を中断させた。
そして、その矢じりが放たれたであろう場所に目を向けて驚愕する。
(一...十....二十五人!?
あれだけの人数をいつの間に────!?)
そこに居たのは計二十五名の弓兵、その全てが狙いをあたしに定めている。
次々に放たれる矢を何とか躱しながら強い違和感に襲われていた。
その違和感の正体は衛兵たちの動きの速さだ。
(あれだけの人数あたしが宝物庫に居るって分かってから集めたにしては多すぎる。
それもわざわざ外壁に射線が通るような場所に配置するなんてまるであたしがここを通るのが分かってたみたいな────)
飛んでくる矢を避けながら思考を巡らせる。
今回の計画をライアやトリビー姉さんたち以外に漏らした覚えはない。
ならば一体何処から情報が漏れたのかを考えて、一つだけ思い当たる人物が居たことを思い出す。
もしも今の予想が正しかったのなら、今のこの状況はあたしに対する挑戦に他ならない。
「ハッ、やってやろうじゃん。
怪盗にゃんこの腕の見せどころだよ!」
そう言って外壁を足場に大きく跳躍する。
あたしは着地地点を見極めながら、城と街を分かつ城壁へと着地した。
当然そこにも衛兵がいて、あたしを見た瞬間に切りかかってくるが問題は一個も無い。
振り下ろされる剣を身を捩って躱しつつ、一人二人と抜き去っていく。
さっきまであたしを狙っていた弓兵たちも味方を巻き込むのは嫌ったのか射撃も飛んでこない。
「ほらほらどうしたの!
そんなんじゃあたしは捕まってやらないよ!」
合間合間に煽りを入れつつ城壁を駆け続ける。
そして、元々逃走経路として考えていた場所まで辿り着くともう一度大きく跳び上がった。
次の着地点は民家の屋根、あたしはそこに難なく降り立つ。
背後から罵声が聞こえてくるが一々気にしてもいられない。
あたしはコインを投げる事で神速を発動させ、貧民街へと駆け出す。
「ふぅ....ここまで来れば暫くは大丈夫でしょ。
さ、追い付かれる前に配って回らなきゃ」
貧民街の路地裏に着いたあたしは一息を入れてから辺りを見回す。
周囲は暗く、人通りは片手で足りる程度しかいない。
それを確認したあたしはバッグを抱えなおしてから、一歩路地裏から出ようと踏み出す。
だが、次の瞬間静かだった暗闇に異音が響いた。
金属同士が擦れあうような音を聞いたあたしは踏み出した脚を即座に引き戻す。
警戒を強めて路地裏の影に身を潜めていると、遠くから足音が近づいてきた。
(あれって城の衛兵だよね...。
最初から盗まれた時の事は折り込み済みってわけ、か)
恐らく今視界に映っている衛兵以外にも貧民街を巡回している者たちが居るだろう。
彼らがいる限りあたしがお宝を配ったとしてもすぐに見つかりかねない。
そうなるとあたしが取れる手段は────
「出来れば体力は使いたくなかったけど、こうなったら仕方ないね。
.....よしっ!さぁ行こうか!」
あたしはわざと音を立てて路地裏から走り出す。
当然そんな事をすれば巡回する衛兵たちにも気付かれる。
彼らからしてみればあたしは大きなバッグを抱えて急に現れた不審人物だ。
そんな人物が逃げるように走っているのなら、衛兵である彼らは追いかけざるを得なくなる。
なにせ、その不審人物が今自分たちが貧民街を巡回する原因かもしれないのだから。
「いたぞ!」
「追え!逃がすな!」
「ハハッ、あんたたちにあたしが捕まえられるわけないでしょ!」
声を大にしてあたしを追う衛兵たちを煽り、自らを追うように仕向ける。
あたしは逃げながら再び路地裏に入り、一枚の飛翔する幣を手に取り上に大きく跳ね上げた。
そうして発動する神速の脚を使い、文字通りの速さ勝負へと乗り出す。
神速で駆けながら民家の中にお宝を投げ入れる、そんな単純な作業を延々と繰り返すのだ
しかし、たった一回の神速で全ての民家にお宝を投げ入れられるわけがない。
ここから先は、衛兵から逃げつつ神速を使って民家にお宝を投げ入れる────この一連の流れをただひたすらに繰り返すだけだ。
だが、何回も短時間の間に神速を使うとなると当然、身体にかかる負担も大きくなる。
「はぁ......、はぁ......。
ハッ、流石に中々堪えるね~コレ。
──あともうちょっと、頑張らなきゃね。
まだあの真面目な衛兵たちも頑張ってるみたいだし」
遠くから聞こえてくる多くの足音と鋼の音。
それは衛兵たちが未だにあたしを諦めていない事を表していた。
この追いかけっこが始まってからそれなりに時間が経っているというのにまだ追いかけて来るその愚直さに思わず笑みをこぼす。
あたしは笑みを浮かべたまま、もう一度コインを指で跳ね上げ神速を発動させた。
そうして残りの民家全てにお宝を投げ入れ終えたあたしは、最後にある仕込みを行う。
「これで良しっと。
後は...お────い!!真面目な衛兵くんたち───!!あたしを捕まえたいんなら速く来なよ────!!」
仕込みを終えたあたしは声を張り上げて衛兵に居場所を知らせると、そこら中から足音が近付いてくるようになった。
ここまでくれば後は単純な追いかけっこ、疲労を訴える脚を無理やりに動かして走り出す。
足が重く、息が荒れ、視界が揺れ背後からは罵声と足音が鳴り響く。
だというのに口から漏れるのは苦悶の声ではなく────
「ハァッ....ハァッ...ハ、アハハ!」
腹の底から出た笑い声だった。
苦しいというのに、辛いというのに何故笑い声が漏れるというのか。
それはきっと昔の事を想い返したからだろう。
まだ幼かった頃、盗みがバレてドロスから逃げる時も今と同じように衛兵たちに追いかけられたものだ。
あの時は水路に飛び込むことで逃げ切れたけど、飛び込んだ瞬間は助かったなんて微塵も思わなかった。
(それがまさか生き延びて神殺しに加わる事になるなんてね)
水路に流されながらも生き延びて辿り着いたオクヘイマ、そこで色んな人たちに出会った。
ライアの仕立て屋に忍び込んで、それがバレてから仕立て屋を手伝うようになった。
トリビー姉さんたちはよく食べ物をくれて、色んな事を教えてくれた。
ポネウス兄さんには色んないたずらを仕掛けて遊んだり、体術も教えてもらった。
セイレンスお姉ちゃんにも、ちびっ子皇帝にも、引きこもり姫にも...色んなものを貰った
(ただのコソ泥だったあたしが...こうして、英雄になる機会を得た。
あたしを信じてくれたみんなみたいな英雄になる機会を)
そう思えば重くなった脚にも力が入る、まだ走ることが出来る。
あともう少しだけ走ってしまえばあたしの《詭術》は完成するのだから。
大地を蹴って加速して背後に迫る衛兵たちから距離を取る。
しかし、その瞬間突如として風を切るような音を耳が拾った。
その音はついさっき聞いたばかりのモノ、だからこそあたしは体勢が崩れることも厭わずに回避を選んだ。
持っていたバッグは手を離れ、身体は地面を転がる。
転んだ衝撃で身体に痛みが走る、だが今は痛みよりも安堵の方が大きかった。
なにせ今さっきまで自分が走っていた場所に何本もの矢が突き刺さっているのだから。
「危ないなぁもう。
あともうちょっとで当たるところだったじゃん」
そう愚痴を零しながら立ち上がろうと身体を起こす。
未だ身体は痛みを訴えてはいるが、まだ動ける程度の痛みでしかない。
しかし、身体の悲鳴を無視して立ち上がろうとした所で散々聞いた鋼の擦れあう音が間近で聞こえた。
あたしがその音に気付いたときには周囲の路地裏から衛兵が次々と出てきて、あたしの周囲を囲い始める。
矢と痛みに意識を割いていたから気付かなかったのだろう、今あたしの周りを囲うように立っている衛兵たちに。
「あんたたち城に居た衛兵でしょ。
ハッ、わざわざこんな場所まで追いかけて来るなんて本当に真面目だね」
「貴様のようなコソ泥を逃したとなれば一生ものの恥だからな。
しかし、貴様の方こそこんな場所まで逃げてご苦労な事だ。
結局無意味だったのにな」
衛兵たちの中で一際偉そうな奴があたしを見てせせら笑う。
自分たちの勝ちを確信した笑みに無性に腹が立つが構わない。
あいつは無意味と言ったけど、この勝負はあたしの勝ちなんだから。
「隊長!盗まれたはずの宝が見当たりません!」
「なっ!?それは確かなのか!?
このコソ泥が持っていた鞄の中身はどうした!?」
「それが....鞄の中身は石と砂だけで...。
宝らしきものは何処にも...」
「っ!!
貴様盗んだ宝を何処へやった!!」
バッグの中身を見た途端慌てふためく衛兵たち。
衛兵たちにとっては宝が入っていると思っていた場所に石と砂しか見当たらないのだ、焦るのも当然だ。
しかしそれでこそ、あたしの《詭術》は達成されたと言っていい。
さっきの仕返しにあたしは心からの嘲笑を隊長と呼ばれた衛兵に向ける。
「何処へやったか、何て教えるわけないでしょ。
もう少し自分の頭で考えてみたら?」
「....ふん、どうせ貧民街にでも隠したのだろう。
少し探せばすぐに見つかる」
「へ~少しは考える頭があったみたいだね。
じゃあご褒美に隠し場所について少しだけ教えてあげるよ」
「何?」
「あたしが盗んだお宝は今まであたしが逃げてた場所の何処かに隠してるんだよ」
「だからそれは貧民街だろう。
今更言葉を弄した所で「話は最後まで聞きなよ」」
「言ったでしょ、今まで逃げてた場所って。
あたしが城の宝物庫からここまで何処を通って逃げてきたか、もしかして忘れちゃった?」
あたしの言葉の意味を察したのか衛兵たちの顔色が変わる。
しかし、衛兵隊長は動揺を漏らしながらも毅然とした目であたしを見据えていた。
思わず笑みが深まるあたしを見ながら衛兵隊長は口を開く。
「城、市街地、貧民街...貴様が逃げてきた場所はこの三つ。
確かに貴様の速さなら何処であろうと隠せるだろうな。
だが、何故その速さで真っ先に逃げなかった?
わざわざ宝を隠すことなく逃げてしまえば良かったではないか」
「そう出来るんならあたしだってそうしたって。
でも、あれだけの量のお宝を抱えてたらそれも難しいんだよ。
────だからあたしの代わりに仲間に運び出してもらうのさ」
「仲間...だと!?」
「アハハ!気付かなかったみたいだね!
今頃もう回収してるんじゃないかな?」
「グゥッ...!
...お前たち!急いで宝を...いや、怪しい者を片っ端から捕らえてこい!」
「えっ!?
ですが、人より隠された宝を探した方がいいのでは...」
「コイツの仲間が一人だけとは限らない!
一人で宝を全て抱えるより分割して運び出そうとする方が自然だ!
いいから速く行け!それとも盗人を逃がした責任を背負いたいのか!?」
「り、了解いたしました!」
焦った様子であっちこっちに探しに行く衛兵たち。
少なくともあの様子では『宝』よりも『人』を探すだろう。
どうやらあたしのハッタリも上手く行ったようだった。
(最低でも門の刻まで時間を稼げれば貧民街の住人達も放り込まれたお宝に気付く。
後はドロスで生まれ育った者たちならあたしがどうこう動かなくても自分たちでお宝を守る筈。
だから今あたしに残った問題は────)
「よくもやってくれたな盗人風情が...!
明日、民衆の前で処刑が執行される...それまで己の所業を悔いるのだな!」
衛兵隊長はあたしの腕を荒々しく掴んで引きずるように歩いていく。
掴まれる腕の痛みから目の前の人物が抱く怒りの大きさが伝わってくる。
だというのに、あたしの口角は尚も上がり続けていた。
* * *
「はぁ....居心地悪いなぁ。
寒いし硬いし冷たいし....牢屋なんて碌なもんじゃないね」
衛兵に捕まってから小一時間が経った今、あたしは牢屋の中に入れられていた。
辺りは暗く、辛うじて鉄格子に遮られた窓から漏れる僅かな微光以外に明かりはない。
余りの居心地の悪さに独り言をぼやきながら冷たい石畳に座り込んでいた。
「もうそろそろ隠匿の刻も終わる頃合いかぁ。
他のみんなは上手くやってるといいんだけど」
未だ痛みは身体に残っているが気にかかるのは他の義賊たちの事だった。
今回の《噓の宴》に協力してくれた三百にも上る義賊のみんな。
彼らは危険を承知で各地で詭術を為している事だろう。
恐らく、一人を除いて────
「やぁ元気にしてるかい、怪盗にゃんこ」
「....いい所に来たね。
丁度あんたの事を考えてた所だよ、『千面相』」
「おや、それは嬉しい事を言ってくれる」
「一体どんな事を考えていてくれたのかな」
「大したことじゃないよ。
ただ今回のあたしの詭術を城の衛兵たちに漏らしたのあんたでしょ」
牢屋の影から突如として足音と共に声が響く。
その人物の姿は影の中にいて見えないが、異様な声の変わりようには覚えがあった。
『千面相』シリントス、今回の作戦に協力した義賊の一人だ。
あたしは目の前に佇む『千面相』を睨みながら訴えるが、奴は気にした風もなく愉快気な雰囲気を漂わせている。
「その通り、キミの詭術を勤勉な衛兵諸君に知らせたのはワタシだ」
「だが、一体いつ気付いたのかな?」
「あんたの正体を知ってれば誰でも想像がつくよ。
いい加減本当の姿を晒したらどう?」
「正体?本当の姿?」
「勘弁してくれ、『千面相』は他人に姿を晒さないのが強みなんだぞ?」
「そんなワタシに正体を晒せなどと、なんと残酷な事を言うものだ」
「勘違いしないでくれる?
今の言葉は『千面相』に言ったわけじゃない。
もう一回言うけど、いい加減その化けの皮を脱ぎなよ────ザグレウス」
「────────ケケケ」
笑い声が響いた瞬間人影は霧のように消え去り、代わりに人とはかけ離れた姿を持つ存在が現れた。
その存在は愉快そうに笑いながら空中に浮かぶ四本の手を揺らす。
《詭術》のタイタン、ザグレウスはここにその姿を晒したのだ。
「どうやってオイラの正体を見破ったんだ、小娘。
バレるようなヘマをした覚えは無いんだけどな」
「ハッ、そう思ってるのはあんただけだよ。
あんたが『嘘の宴』に協力するって言った時に出した条件、憶えてる?」
「条件....確か作戦を教えろ、だったか。
そういえばあそこでお前が教えてくれたお陰で、こうしてこんな愉快な場所でお前と会えたんだったなぁ。
で?その条件の何で正体を看破したんだ?」
「あんたがその条件を出した理由、知識欲を満たすためって言ったでしょ。
ドロスの義賊にとってはね、詭術であんたを騙す事は凄い名誉なんだよ。
今回の作戦に協力してくれたみんなもそれを目的に集まってるんだから。
なのにいきなり知識欲を満たすため、なんて条件で釣れるのは樹庭の頭でっかちだけ。
《詭術》のタイタンでも人の考えを察するのは苦手みたいだね」
「──ケケケ、成程な。
確かにそこはオイラのミスだった」
「別にそれだけじゃないけどね。
やけに裁縫女とかポネウス兄さんを避けてたのも正体をバラされたくなかったからでしょ。
金糸は勿論、ポネウス兄さんの直感も洒落にならないし。
他にもあたしの神速から逃げれた事とか、やけにザグレウスを上げるような発言とか色々あるけど....まだ聞きたい?」
「いや、それで十分だ。
けど、なら何でお前はここに居る?
オイラの正体を知ってたんなら、詭術の邪魔をされると思わなかったか?」
ザグレウスの問いに懇切丁寧に答えていくが途中で切り上げられる。
代わりに出された質問は確かに気になる事だろう。
何故対策をしなかったのか、何故作戦から遠ざけなかったのか、何故もっと早く正体を暴かなかったのか。
考えられる疑問の数々はたった一つの答えで解消される。
「こうやってあんたがここに来るのが分かってたからだよ」
「....何だと?」
「トリビー姉さんたちの神託の精度は凄くてね、本当によく当たるんだよ。
それにあんたの計画に騙されて牢屋に入れられた、なんて事になったらいたずら好きのタイタンはわざわざちょっかいをかけに来るって確信があったし」
「待て、その言い方だとまるで────」
「神出鬼没のタイタンと言っても何処に出るかが分かれば後は単純だよ。
その場所に、逃げられない罠を仕掛ければいい!」
あたしは威勢のいい笑みを目の前のタイタンに向ける。
次の瞬間、ザグレウスの背後に強い光を放つ門、百界門が現れた。
それに気付いたザグレウスは咄嗟に逃げようとする。
しかし、その判断を選ぶには余りにも遅すぎた。
百界門が繋いだ先の空間から金色に輝く糸が凄まじい勢いでザグレウスに向かっていく。
無数に放たれた金糸は寸分の狂い無くザグレウスに巻き付くとその動きを完全に停止させる。
「これはモネータの金糸か!?
あの浪漫馬鹿め!面倒なモノを残しやがって!」
ザグレウスは元の気安い口調を荒げたものへと変える。
それは焦りからくる分かりやすい反応だ。
しかし流石に《詭術》のタイタン、既に金糸から逃れようと動き始めている。
あの様子では大した時間は稼げないだろう。
だからこそ、今すぐに火種を奪いに行くべきなのだがそれを牢屋の鉄格子が阻む。
ならば今すべきなのは、ライアの金糸に次ぐ一手を呼ぶことだけだ。
「来て!ポネウス兄さん!!」
「応!!」
あたしの呼び声に応えて、百界門から両剣を構えた戦士が飛び出てくる。
その顔には好戦的な笑みを浮かべ既に得物を振り上げていた。
次の瞬間、振り下ろされた両剣によって牢屋を含めた周辺の床全てが粉々に砕かれる。
「な!?
これは────」
「驚いてる所悪いけどな、ザグレウス。
大人しく落ちとけ!!」
ザグレウスの驚く声が崩壊した牢屋に響き渡る。
それもその筈、ポネウス兄さんが打ち砕いた床の下には深い空洞が広がっているのだから。
何も見えない暗闇から逃れようとザグレウスは浮かんだまま飛び上がろうとするが、それはポネウス兄さんが許さない。
金糸で身動きが取れない所にポネウス兄さんの一撃が炸裂してザグレウスの姿を下の空洞へと叩き落す。
その一連を見たあたしも後を追うように暗闇へと飛び込む。
「思う存分やってこい、サフェル!」
「すぐに戻って来るから待っててよ、ポネウス兄さん!」
完全に姿が見えなくなる前に互いに声を掛け合う。
胸の内に暖かいものを感じながら、光の届かない暗闇へと潜っていく。
しかし潜っている内に金色の輝きが目に入った。
それは十中八九、ライアの金糸だろう。
そしてそこには、尚も藻掻いているザグレウスの姿があった。
「残念だったねザグレウス。
もう逃げられないよ」
「ケケケケケ、まさかここまで派手にやるとはな。
《詭術》のタイタンとして褒めてやるよ」
「生憎だけど時間稼ぎのお喋りに付き合う気はないから。
────火種、頂くよ」
「あぁ残念だ、こんな所で終わりなんてな。
────ただし、お前がな小娘!」
あたしがザグレウスに向かって一歩踏み込んだ瞬間、四方から何かが接近する。
暗闇のせいで良く見えないが少なくともそれに当たってしまえば危険であることは理解した。
咄嗟に距離を取ると、ついさっきまであたしが居た場所で轟音が鳴り土煙が巻き起こる。
そしてその衝撃から逃れている内に正体も看破した。
「ザグレウスの手!
四つの手だけ先に金糸から逃れてたってわけ!」
ザグレウスの神体である蠱惑の手。
それは背筋が震えるような勢いであたしに迫って来て、本体に近づけまいと行く手を阻んで来る。
しかしそれは今、ザグレウスの本体は無防備であることを示していた。
ならば今も尚、あたしの優勢は揺るがない。
そう確信したあたしは、懐から一枚のコインを取り出す。
「今夜最後の一枚、大人しく受け取っときな」
コインを高く、高く弾き飛ばす。
放物線を描きながら飛んでいくコインを尻目に、あたしは走り出した。
四つの手を掻い潜り、ザグレウスへと接近する。
そしてあたしはザグレウスの神体の中へと手を突っ込んだ。
神体の中は冷たく、まるで虚無を触っているかのような感覚に襲われる。
だが、その中にある僅かな温もりを手に取って神体から抜き取った。
「予告通り、あんたの火種確かに貰ったよ」
その一言と共に地面にコインが落ちる。
小さく響く硬い音。
それが《詭術》のタイタンの終わりを知らせていた。
* * *
あたしは暗闇の中、光の粒子になりつつあるザグレウスに向き直っていた。
さっきまで暴れていた蠱惑の手も静かに転がっており、最早危険はない。
ザグレウス自身ももう暴れる気は無いようだった。
「ケケケ、まさか小娘にしてやられるとはオイラも焼きが回ったな」
「火種を盗む為に死ぬほど準備したんだから、成功しなきゃたまったもんじゃないっての。
────けど、そこまで準備してようやく一勝。
本当に《詭術》のタイタンは手強いね」
「そりゃあオイラは百戦錬磨だからな、次があるなら負けはしないさ。
ま、もう次は無いんだけどな」
「......」
消えかけの状態だと言うのにザグレウスは笑っている。
それはタイタンとしての余裕か、それとも別の理由なのか。
あたしにはさっぱり分からなかった。
「楽しませてくれた礼だ、最後に予言を残してやるよ。
『汝は貪欲と共に歩み、一握りの財が口火となって身を滅ぼすだろう』
よーく憶えとけよ、ケケケケ」
「....ねぇザグレウス。
あたし、その予言に従うつもりはないんだよね」
「?何言ってんだ?」
「予言に抵抗してやるって言ってんの。
その為には色んな用意が必要でしょ?
だからさ────」
不思議そうにあたしを見て来るザグレウス。
そんな死に体のタイタンに向かって笑みを浮かべて問いかける。
思わずタイタンですら後ずさってしまうような笑みを浮かべて。
「あたしと取引をしない?ザグレウス。
あんたが言った、ふざけた予言から逃れる為に」