感想よろしくお願いします。
トリスビアスから神託を教えられ、火追いの旅への同行を願われてから早数日。
ポネウスは先日の神託の件が頭から離れずにいた。
同行を願われた時、トリスビアスからは『よく考えて決めてほしい』と言われてしまった。
ポネウスとしては火追いの旅への同行を特段断る理由はない。
だが、改めて考えてみると頭に浮かぶことがある。
『俺は、火追いの旅に何を差し出せる』
心の内で自問する。
狂ったタイタンを殺して神権を継ぐことでオンパロスを救う。
何の犠牲もなく完遂できるような旅ではないだろう、ならば自分は途方もなく重いその使命に何を差し出せるのか、それが分からなかった。
そもそも自分に何か差し出せるものがあるのかどうかさえ定かではない。
思考を繰り返していると声をかけられた。
「ポネウス殿、どうかしましたか?」
そういってヤヌサポリスの司祭、コデクスはこちらを怪訝そうに見る。
彼の姿を見てポネウスは、火追いの件を頭の隅に置いておき誤魔化すように返事をする
「大したことじゃないさ、気にしないでくれ」
「ふむ、ならばいいのですが。
では特に奴らの動きに変化は見られないということですな?」
「あぁ、それで間違いない。
....なぁコデクスさん、聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「えぇ構いませんよ。
どのようなお話でしょうか」
「コデクスさんにとって、聖女様を守ることはどんだけ重要な事なのかはわかってる。
ならアンタはそれに、どれだけのモノを差し出せるんだ?」
火を追う旅に何を差し出せるか。
ポネウスは目の前の司祭ならば大切なモノに何を差し出すのか、それを聞きたかった。
もしかすれば、彼の答えで自分が差し出せるものが分かるかもしれなかったからだ。
「成程。
全てを...と言いたいところですが、そうはいかないでしょうな。
むしろ何も差し出せないかもしれません」
「!それは...意外だな」
「私は自分が持てるもの全てを最大限使うことで、目的を果たしてきましたから。
差し出してしまえば何もできなくなってしまうかもしれません」
コデクスの答えは予想外のものだった。
きっとその答えは間違っていないのだろう。
事実彼が答えたとおりに、彼は全てを使ってトリスビアスを守ってきた。
だがポネウスはそうもいかない。
元々持っているモノなんて鍛えた武力となけなしの教養程度、コデクスの様に使えるようなものはないだろう。
結局振り出しに戻ったかと肩を落とすと、コデクスが話を続ける。
「ですが、もし差し出さなければ何も為せないのなら、私は喜んで全てを差し出すでしょう」
「全てをって...怖く無いのか?それ」
「勿論怖いですよ。
持っているものを捨てるというのは相応の覚悟が必要ですから
それが得ることが困難であればあるほど必要な覚悟も増えるものです。
それでも為すべきことを為せない方がよっぽど恐ろしいですから、覚悟も自然とできるのですよ」
「....」
コデクスは自然と諭すように語り掛ける。
全てを差し出す。
目の前の司祭はそういったが、自分は果たして出来るのだろうか。
差し出さなければいけない場面で躊躇してしまうのではないか。
そんな考えが頭にこびりつく。
どうしても己の夢すら投げだした人間がそれを出来るとはは思えなかった。
「ポネウス殿、何故このようなことを聞くのかは分かりませんが、私は貴方なら出来ると思っていますよ。
貴方にトリスビアス様の護衛を頼んだ時もそうでした。
貴方は誰かのために行動できる方です。
そんな貴方ならば必要なときに覚悟はできるはずです。
それに『クレムノス人の辞書に恐れという文字はない』のでしょう?」」
コデクスはこちらを励ますように声をかける。
まさか彼が冗談を言うとは思ってもいなかったからつい笑ってしまったが、そのおかげで暗い思考は吹き飛んだ。
「コデクスさん、俺をあのときヤヌサポリスに連れてきてくれてありがとう。
お陰で俺がやるべきことが見つかったよ」
「えぇ、お役に立てたのなら幸いです」
ポネウスは心からの感謝をコデクスに伝える。
あのときコデクスに会うことがなければきっとヤヌサポリスにたどり着くこともなく、トリスビアスと出会うこともなかっただろう。
だから全ては言えないがこれも伝えるべきだろう。
「急で悪いんだけど、アンタは暫くの間ヤヌサポリスから離れててほしいんだ。
あとなんかあったら俺が全部悪いってことにしてくれ。
きっと迷惑をかけるからさ」
「迷惑、ですか。
何をする気なのかは聞いても答えてはくれないのでしょうね」
「ごめん。
でも、俺は聖女様の...トリスビアスの為に戦うって決めたんだ。
絶対にアンタは後悔させないって誓うよ」
コデクスの目を見て、真っすぐ正直に伝える。
ヤーヌスの火種を盗むとき、自分が協力すれば矛先はコデクスにも向けられるだろう。
目の前の司祭にはそんな目にはあってほしくなかった。
「...わかりました。
ただ、一つだけ忠告を。
ダムナティオ一派は恐らく貴方の行動を注意深く監視しています。
以前直接奴が会おうとしたときも、貴方がどんな人間か図る為だったのでしょう。
なにか行動を起こすときはくれぐれもご注意を」
「あぁ気を付けるよ」
そうしてコデクスはヤヌサポリスを発つ準備を始める。
この日以降、ポネウスとコデクスがこの部屋で会う時は二度と訪れなかった。
ポネウスにとって、この部屋でのコデクスとの会話はトリスビアスとの密会とはまた別に大切なものだった。
* * *
数日後の早朝。
ヤヌサポリスにあるヤーヌスの宝庫。
その前ではある騒ぎが起こっていた。
「火種に手を出さんとする者よ!
今すぐ武器を下し、門を開けて投稿せよ!」
そう声を荒げる守衛の後ろから一人の青年が近づいていく。
「よう、朝っぱらから何かあったのか?」
「ん?あんたは聖女様の護衛の....丁度いい。
今宝庫に盗賊が侵入しているんだ。
アンタも協力してくれ」
「なるほどねぇ、宝庫に盗人が。
それは大変だな」
「動きがある!
散会して備えろ」
守衛たちが宝庫の扉を囲うように動く。
そして、扉が徐々に開かれていく。
その扉から出てきたのはヤヌサポリスの聖女、トリスビアスだった。
彼女は手に箱を抱えて守衛たちを見つめる。
「どういうことですか聖女様、火種を汚した賊はどこにいるのです?」
「バカもの!そいつがその盗賊だ!
火種はそいつが持っているじゃないか!
隊列を組んで長槍を構えろ!
火種を奪還せよ!」
声を震わせる守衛がトリスビアスに問いかけるが、他の守衛が声を荒げて遮る。
その守衛の声に従い周りの者も武器を構えてトリスビアスに近づいていく
その気配は鬼気迫るものがあり、もう数俊もしないうちにトリスビアスは捕らえられるだろう。
「させねぇよ」
それを邪魔するものが居なければの話だが。
「何?ガァッ!!」
守衛たちは後ろからの唐突な衝撃で吹き飛ばされ、意識を失う。
それを実行した青年、ポネウスはトリスビアスに近づき彼女と目を合わせる。
「別れはすんだのか?」
「えぇ、全部終わらせてきたわ。
あとはここから逃げ出すだけ」
「応、じゃあ衛兵が集まらないうちにとっとと逃げようか!」
そういって二人は走り出す。
道中にいる衛兵を両剣をつかい薙ぎ払う。
だが、大通りに出たところでは大量の衛兵たちが道をふさいでいた。
「衛兵の動きが思ってたより速いな。
どうするトリスビアス」
「神殿の中に入って別の道から抜け出すわ。
ついてきて!」
二人は神殿の中に入り、隠れながら脱出地点を目指して走り続けるがやはり衛兵の数が多い。
それに、二人の背後を追跡する気配もいくつかあった。
ポネウスは背後の気配に気を配りながら、それがコデクスが言っていたダムナティオ一派の監視だと気づく。
鬱陶しいことこの上ないが、今は脱出するのが最優先だとしてトリスビアスについていく。
「もうすぐ外に...ッ!
あれは守備隊が飼っている奇獣!?
ポネウスお願い!」
「了解!」
外まであと一歩というところで目の前に現れたのは、エーグルの造物たる奇獣だった。
奇獣はこちらを見て唸り声をあげる。
無理やり通ろうとすれば、鋭い爪で不届き物を切り裂けるように構えながらこちらを睨む。
それら一切をポネウスは無視して奇獣に向かって走り出す。
その一瞬、背後にいた気配が動き出した。
ポネウスは即座に体勢を立て直し、トリスビアスを襲おうとする襲撃者たちに向かって剣を振るう。
襲撃者たちは振るわれた剣を避け、距離を取りながら武器を構える。
「囲まれちまったな」
ポネウスはトリスビアスを庇うように彼女の前に立つ。
しかし、二人の前には襲撃者たちが、背後には奇獣がおり逃げ場はない。
襲撃者たちはこちらを逃がさないために邪魔をする。
奇獣は道を通ろうとするものに牙を剥く。
ましてや、トリスビアスを『守りながら』戦うのならこっちが圧倒的に不利な状況。
ならば、どうするかと考えてトリスビアスに小声で伝える。
「俺の合図に合わせて奇獣の方に走れ」
「えぇ、わかったわ」
ポネウスは両剣を構え息を整える。
トリスビアスはすぐに動き出せるように意識を集中させる。
襲撃者はじわじわと二人に向かって近づいていく。
奇獣は今か今かと鋭い爪を振るうときを待ちわびている。
その場の緊張が限界まで高まったその瞬間。
緊張はポネウスの声によって破られた。
「今!!」
ポネウスが声を上げた瞬間にトリスビアスは奇獣に向かって走り出す。
奇獣はトリスビアスに向かって鮮血をまき散らさんと爪を振り下ろす。
ポネウスはその振り上げた腕に向かって両剣を投げつける。
両剣は奇獣の爪にあたり甲高い音を立てて弾かれる。
だが同時に奇獣の爪もまた両剣によって弾かれ、トリスビアスに振り下ろされるはずだった爪は空を切ることになる。
トリスビアスはそのまま、奇獣の脇を通り抜けて道に出ることに成功する。
襲撃者たちは武器を無くしたポネウスに向かって殺到する。
ポネウスはそれを見て、武器を振り下ろしてきた襲撃者のうち一人の腕を掴みそのまま振り回す。
ポネウスに当たるはずだった刃は全て振り回された襲撃者が食らうことになった。
襲撃者たちがそれに動揺した瞬間に、掴んでいた襲撃者をトリスビアスを追おうとしていた奇獣にむかって全力で投げつける。
再び奇獣が体勢を崩した隙に、弾かれた両剣を拾いそのまま奇獣の首に振り下ろす。
奇獣は抵抗することも出来ずに首を刎ねられ絶命した。
「ポネウス!」
「先に行け!トリスビアス!」
こちらを心配するように声をあげるトリスビアスに対して声を荒げる。
ポネウスの耳には大勢の足音が近づいてくるのが聞こえていた。
このままでは、何人か取り逃してしまう可能性があった。
だからポネウスはトリスビアスに先へ行くように言ったのだ。
出来る限り不安にさせないように、言葉と表情を取り繕って必要なことだけを伝える
「大丈夫。
絶対に追い付くから速く!」
それを聞いたトリスビアスは少し逡巡したあとすぐに振り返り、ヤヌサポリスの外へと走り出した。
襲撃者たちはトリスビアスを追うためにポネウスを無視して駆けだしたが、それが許されるはずもなく。
通り抜ける前に、ポネウスが振るう両剣に首や手足を切断される。
ポネウスと襲撃者たち、互いににらみ合うように距離をとると、襲撃者が口を開き叫ぶ。
「なぜ火種を盗む!
これだけの犠牲を出して、お前たちは何が目的なのだ!?」
襲撃者は理解できないと言わんばかりに声を荒げる。
周囲には同胞の亡骸があり、目の前のクレムノス人と戦い続ければさらに増えていくだろう。
これだけの犠牲を出しておいて、あの二人は何をするつもりなのかと糾弾する。
「救世の為」
ポネウスが発した一言に、襲撃者たちは今度こそ理解できないと思考を停止させる。
「問答はもういいか?
これからこの程度の苦難いくらでも味わう事になるんだ。
全力でかかってこいよ、じゃなきゃこれからの旅の前準備にもならないからな」
そういってポネウスは両剣を構え、殺気を周囲に張り巡らせる。
その日、ヤヌサポリスでは多くの死傷者、負傷者を出す一大事となった。
この日のことを思い出すたびにポネウスの頭には一つの疑問が生じるようになった。
自分が衛兵たちの相手をしていたとき、衛兵が勝手に倒れていくことが多々あった。
気配もなく、痕跡もなく、ただただこちらの味方をしていた何者か。
あれは、何だったのだろうか。
* * *
よく晴れた昼下がり、とある森林の中を一人の青年が歩いており、迷いのない足取りで獣道を進んでいた。
何かを探すように辺りを見回し、歩き続ける。
「ん~、ここら辺からトリスビアスの気配はするんだけどなぁ。
どこに居るんだアイツ?」
先日のヤヌサポリスの一件から青年、ポネウスはトリスビアスを探して森の中を歩いていた。
トリスビアスが走っていった方向から居るであろう場所を探しているのだが、中々見つからない。
そうして道を歩いていると、ふと気配を感じその方向に目を向けると一人の童女がこちらを見ていた。
その子は何かをやっと見つけたような表情をして、こちらに駆け出してきた。
「どうしたんだ嬢ちゃんこんなところで。
親とはぐれちまったのか?」
「違う!
もーやっと会えたのに最初の言葉がそれなの?」
「いや、やっと会えたって初対面だよな?....って、ん?」
童女は怒ったようにこちらを見る。
しかもまるで会ったことがあるような発言をしだしたではないか。
目立つ赤髪に薄青色の瞳、それに花の装飾をつけた服。
そんな子供とは会ったことがない。
そう思いかけた時、ふとある人物が頭に浮かんだ。
その人物も、目の前の同上を同じような特徴をしていたと思い至る。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思いながら、怒っている童女にむかって聞いてみる。
「まさか、トリスビアス、か?」
「そうだってば!
いくら子供の姿になったからって分からないなんて...。
あたちたち怒ってるんだからね!」
「ーーー」
言葉を失う。
まさか目の前の童女が、自分が探していたトリスビアスだったとは。
というか初見で分かれっていくら何でも無茶だろう。
心の中で言い訳を重ねて、落ち着こうとする。
「えーと、何で子供になってるんだ?」
「火種の影響みたい。
ヤーヌスの神権を継いで、気づいたらこうなってたの」
「火種ってそんな事になるのか....。
って神権を継いだってことはアンタは今...」
「うん。
あたちたちは今《門と道》の半神になったの。
すごい力も使えるようになったんだから」
自慢げに胸を張るトリスビアス。
だがポネウスは、半神になったからと言ってそう変わるようなこともないと、心のどこかで安堵する。
いや子供の姿にはなっているのだが。
もしかしたら自分でも気づかないうちに、トリスビアスがもっと別の存在になるのではないかと心配していたのかもしれない。
自分に対して苦笑を浮かべながら、トリスビアスに気になったことを聞いてみる。
「さっきからその一人称どうしたんだ?
『あたちたち』って、まるで何人もいるみたいな」
「それのことならすぐに分かるわ。
ついてきて!」
トリスビアスは本当の子供のように軽快に、無邪気に進んで行く。
ポネウスはそんなトリスビアスについていき暫くすると少しだけ開けた場所に出た。
そこにはーーー。
「あ!やっと来たな!遅いぞ!」
「お久しぶりです、ポネウス」
「ーーー」
またもや声を失う。
そこに居たのは子供になったトリスビアスと同じ顔をした二人の童女だった。
「えへへ、びっくりちたでしょ?
ちっちゃくなっただけじゃなくって、あたちたちはいーっぱい増えたんだよ!」
そういって嬉しそうに話すトリスビアスを見て、意識を何とか取り戻す。
「そう、なのか。
ちょっと驚いたけど、もう大丈夫。
それと『いっぱい』ってことはまだいるってことだよな?」
「うん。
みんなは一足先に他の都市国家に向かってるの。
あたちたち三人は貴方を探ちてたってわけ!」
「そうだったのか。
悪いな手間を取らせて。
ところで向かったのって何人ぐらいなんだ?」
「九百九十七人だよ!」
「ーーー」
今日はよく言葉を失うなぁと思いながら。
ポネウスは暫くの間、思考を放棄することになった。
ヤヌサポリスの聖女トリスビアスとその護衛であるポネウス。
千人と一人の長い長い旅路はここから始まったのだった。