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神託を告げる聖女が北境の都市国家の女皇と火を追う旅の盟約を交わしてから数日がたったある日。
ポネウスはトリビーと別れて北境から遠く離れた都市国家に移動していた。
ポネウスは地図を見ながら歩いており、その近くにはトリビーに瓜二つの顔をした童女が飛び回るようにポネウスについて来ていた。
「なぁポネウス、次は何処に行くんだ?」
「えーと...次はここから東の方にある都市国家だな。
そう遠くでもないから、歩いていってもそう時間はかからなさそうだな」
「遠くても近くても関係ないだろ?
なんせ『百界門』を使えばどんな場所でもひとっ飛びなんだからな!」
そう言って胸を張る童女、トリスビアスの断片の一人であるトリアンは自信満々に主張する。
彼女が言った『百界門』とは、《門と道》を司るヤーヌス由来の力でありどれだけ遠く離れた場所であろうと繫げて行き来を可能とする凄まじい権能だ。
トリアンは大勢の姉妹たちの中で『百界門』を開く門職人としての役割を担っており、その精度は他の姉妹と比較しても一線を画していると言える。
「確かに便利だけどあんま使い過ぎんなよ。
前それで体調崩してたろ」
「え〜、やっと協力してくれる人が増えたんだぞ!
もっと頑張って行った方がいいんじゃないか?」
「そりゃ頑張るさ。
けどそれで体調崩してたら元も子もないだろ」
『百界門』はタイタン由来の力、それ故に使用する者に重い負担がのしかかる代物だ。
以前『百界門』の使いすぎで力尽きた断片を見たポネウスは余り『百界門』を使う事に肯定的には慣れなかった。
断片が徐々に衰弱しながら死んでいく。
その光景は今でも鮮明に頭に浮かんでくると、どうしても忌避感が勝ってしまうのだ。
「それに今は兵を集める為に都市国家を回ってるんだから、ここで無理しすぎる事はねぇよ」
ポネウスとトリアン、数多の姉妹たちはケリュドラが率いる軍の戦士を増やす為に各地でケリュドラの声明を、火を追う旅に協力する旨を伝え回っていた。
「う〜〜ん。
『百界門』を使わない方がいいのはわかったけどアレはどうするんだ?」
「アレ?」
トリアンが指を刺す方を見てみると、道の向こうから都市国家の衛兵たちが走ってきているではないか。
衛兵の誰もがさながら修羅のような顔をしながらこちらに向かってくる。
二人がやっている事は戦争の煽動に他ならない。
衛兵たちが怒るのも無理はないだろう。
いや、それにしては怒りすぎな気もするが。
まるで散々都市国家の中を逃げ回って最終的に煽りと共に逃げられた輩を見つけたかのような、そんな表情をしていた。
(....そういえば、この都市国家前に来たことあったな。
その時は散々追い回されたっけか)
衛兵たちの怒り様は妥当なものだった。
自分たちをコケにした二人組がのこのこと何の警戒も無しに戻ってきたのだ。
彼らが修羅の如き形相をするのも納得の理由だ。
「ま、全員ぶっ飛ばせば関係ないよな」
「ポネウス、ボコボコにしちゃっていいのか?
トリビーから暴力はダメって言われてなかったか」
指の骨を鳴らしながら好戦的な笑みを浮かべるポネウス。
そんな彼を見てトリアンはトリビーから暴力禁止を言い渡されているのではないかと聞いてみる。
「確かに言われたけどアレは神託を告げる旅に暴力を使っちゃダメって話だろ?
今回はただ兵を集めてるだけだからトリビーに説教喰らうこともないだろ。
それに何も殺そうって訳じゃ無いし」
「....それもそうだな!
よーし、やっちゃえポネウス!」
「応!、久しぶりに思い切り身体を動かせるってもんよ!」
ポネウスとトリアンの相性は他の姉妹たちと比べてもかなり良い。
ポネウスのクレムノス由来の好戦的な性格は普段は鳴りを潜めているが、似た性質のトリアンがいると話が変わる。
いつもならばトリビーがブレーキを踏む役割をしているのだが、今は彼女が居ない上にポネウスとトリアンが組むとブレーキを踏む事が無くなってしまう。
端的に言うならブレーキが消えてアクセルがもう一個増えた暴走列車である。
そんな暴走列車に巻き込まれる事になった衛兵たちは暫く寝台から起き上がれなくなったという。
* * *
トリビーは北境の都市国家にある屋敷の一室に居た。
部屋は飾られている調度品や家具類含め埃一つ見当たらないほど綺麗に整えられており、使用人の努力が見える仕事ぶりだ。
そんな部屋にいるトリビーはどこか落ち着かない様にそわそわと窓の外を見ている。
「そんなに巡剣卿の事が心配か?運命卿」
「!!ッ、もうカイザーいつの間に後ろにいたの?」
「少し前からだ。
扉を叩いても返事がないから何かあったのかと思えば、僕に気付かないほどに心配していただけとはな」
そう言ってケリュドラはトリビーの対面に座り、呆れた様な目をトリビーに向ける。
「ポネウスのことは心配ちてないよ。
彼は強いもん。
ただ、火を追う旅を始めてから『あたちたち』が別行動を取る事なんて殆どなかったから、ちょっと心細くなっちゃってたみたい。
それよりも人は集まってる?」
「あぁ、徐々にではあるが着実に増えてきている。
この調子ならさほど出征までかからないだろうな。
だが、まだ足りない者がいる」
「足りない者?
それってどんな人なの?」
各地から多くの黄金の血が流れる者、黄金裔が集まっているというのにまだ足りないというケリュドラ。
トリビーはケリュドラの言い方からある個人を指すものだと予想する。
しかし、今では戦士もいれば参謀もいる、この前は吟遊詩人までもが軍に参加していたのだ。
人柄、出身、性別、多種多様な人間が集まっていても尚、その中に彼女が求める人物が居ないということは一体どんな人物を探しているのだろうか。
「僕が求めているのは僕の剣足りえる者、即ち剣旗だ。
万軍に匹敵する強さを誇り、僕に揺らぐことのない絶対の忠誠を誓う。
覇道を歩むカイザーの軍にはそんな人間がいるべきだろう?」
「剣旗....それってポネウスじゃダメなの?」
トリビーの提案にケリュドラは一瞬面くらった表情をとるが、すぐに元の不敵な表情に戻る。
ケリュドラはため息を吐いてトリビーの質問に答える。
「確かに巡剣卿の強さは凄まじいものだ。
僕の軍の精鋭たちが模擬戦とはいえ、纏めてかかっても傷一つ付けられなかったのだからな。
だが、巡剣卿には僕に対する忠誠心がない。
故に僕が求める剣旗の条件に奴は合致しない。
それに...」
ふと話を止めて、ケリュドラはトリビーを見る。
トリビーはその視線を受けて首をかしげフシギソウにケリュドラを見る。
そんなトリビーの反応を見てケリュドラは小さく笑い再び口を開く。
「巡剣卿の行動指針は全てが運命卿を中心にして動いている。
そんな人間を剣旗にでもしてみろ、奴は僕が襲われていても平気でお前を助けに行くだろうな。
何より巡剣卿はお前の従者だろう?
僕は他人の従者を浅ましく強請る趣味はない」
ケリュドラの答えにトリビーは苦笑しか出てこなかった。
言い過ぎだとかそんな事はない、寧ろ心当たりがありすぎるのだ。
「お前たちは長年各地を巡ってきたのだろう。
ならば、僕に相応しい剣旗足りえる人物を知ってはいないか?」
「う〜ん」
トリビーはケリュドラの要求に腕を組んで唸り考える。
凄まじい実力を持った戦士の話は何度か聞きはしたが、その誰もが既にどこかの都市国家に所属している。
というよりも各地で戦争が起こっている今、完全にフリーな実力者は居るのだろうか。
「ごめんなさいカイザー、『あたちたち』も剣旗に相応しい人の話は聞いた事がないわ」
「....やはり、そう簡単にはいかないな。
まぁ予想はできていた事、剣旗はこれからの征途で見つけ出せば良い。
所で話は変わるが、まだ聞かなければならない事があってな」
「うん!『あたちたち』が話せる事なら何でもいいわよ!
でもカイザーが聞きたいことって何かちら。
神託に関する事ならもう全部話ちたわよ?」
「いや、聞きたいのは巡剣卿のことだ。
奴の出自について聞きたいことがある」
「...どうしてポネウスのことを?」
ポネウスの出自、それはヤヌサポリスに居たときに彼自身が話してくれたことを憶えている。
その時も自分から聞かなければ彼は話さなかった程に、彼は自分の出自に関して人に話すことは滅多にない。
ポネウス自身が話したくないのであれば自分が話す権利はないだろう。
そう思いながらもケリュドラは火を追うたびに協力してくれた人物だ。
彼女の質問も理由を聞かずに断るのは忍びない。
だからせめて理由を聞こうとトリビーは尋ねる。
「巡剣卿にはいずれ問いたださなければならないことがあるが、そのためには奴の出自を確かめなければならん。
集めた情報から推測はできているが確証はない。
故に巡剣卿を最も知るであろう運命卿に答え合わせをしてもらおうと思ってな」
「...その推測ってどんなものなの?」
「巡剣卿がクレムノスの出身であること、『殺戮者』と呼ばれるほどの戦士であること、軍を出奔してヤヌサポリスへ逃げたこと、そこで運命卿と共謀しタイタンの火種を盗んだこと。
そして、ヤヌサポリスの一件から百年以上たっているにも関わらず、奴が一切の老いを見せていないこと。
これらの情報から巡剣卿は《紛争》から何らかの祝福をうけている、というのが僕の推測だ」
「そこまで分かっているなら『あたちたち』に聞かなくてもよかったんじゃない?」
「巡剣卿を問いただす際は、真に確定した情報でなければ意味がなくなってしまう可能性があったからな。
まぁ、今の運命卿の反応を見れば僕の推測はあっていたようだが」
ケリュドラの予想通りだ。
確かに以前、ポネウスは《紛争》から祝福を受けて生まれたと言っていた。
だが、その祝福の内容は彼自身ですら知らない、というより憶えていないのだ。
「うん、カイザーの推測は合ってるよ。
ポネウスはニカドリーから祝福を受けてる。
けど、彼自身その祝福の内容を知らないの。
だから、『あたちたち』もこれ以上話せることはないよ」
トリビーの返事を聞いたケリュドラは少しの間考えるような仕草をするが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「奴が祝福を受けているのならいい。
僕の盤面に置ける、巡剣卿の役割が決まったのだからな。
さて、僕はもう行くとしよう。」
そう言うとケリュドラは急に立ち上がり部屋から出ようとする。
トリビーは一瞬呆気に取られるが、その立ち去ろうとする女皇の背中を見てなんとか言葉を絞り出す。
「あんまり、ポネウスをいじめちゃだめだからね!」
そのトリビーの発言を聞いたケリュドラは少し振り返るが、そのまま返事もせずに部屋から出て行ってしまった。
トリビーはケリュドラが振り返ったときに見た背筋が寒くなるような笑みを見て、せめてもと姉妹たちと行動を共にするポネウスの安全を祈った。
* * *
「急げ急げ!
もっと速く走れないのか!
このままだとカイザーの号令に遅れちゃうぞ!」
「今ので全力だよ!
いい加減トリビーに怒られんのは嫌なんだけどなぁ!」
北境の都市国家を何やら、かなりの速度で移動している物体がある。
ポネウスとトリアンだ。
二人は各地にカイザーの声明を広めて、軍が出立するタイミングには既に戻っている手筈だったのだが、最後によった《詭術》を司るタイタン、ザグレウスを信仰する都市国家ドロスで何やら追われている子供を助けたりしていたら面倒ごとに巻き込まれてしまい、現在こうして全速力で移動する羽目になってしまったのだ。
カイザーの号令に間に合うように、そしてトリビーに怒られない為に全力で足を回転させる。
そうして走っていると、なにやら広場に大勢の人間が集まっているの見え、その中に馴染み深い気配が居ることを察知する。
それを確認したポネウスはトリアンを抱えたまま地面を思い切り踏み込み大きく跳躍する。
着地点はもちろん馴染み深い気配の近くだ。
トリアンに負担がいかないように着地を成功させると、その気配の持ち主に向き直る。
「久しぶりだなトリビー。
時間には間にあったよな?」
「あ、トリビー!
久しぶりだな!」
「うん、久しぶり二人とも。
でも時間ギリギリすぎ!
あともうちょっとでカイザーが号令を出すとこだったんだから」
「間に合ったようだな巡剣卿。
まさか僕に対して『最大限力を貸す』などと言った者が、僕の最初の号令に間に合わないなんてことはなかったようだな」
トリビーからお小言をもらっていると、背後から声をかけられる。
尊大な声、自信に溢れた態度、重厚な雰囲気、それらを兼ね備えた背丈の低い少女ケリュドラだ。
「応、なんとか間にあったぜカイザー。
...別にサボって遅れたわけじゃないからな!」
「弁明は不要だ。
お前たちの功績はここからでもわかる」
そういって、ケリュドラはポネウスたちを素通り広場の最も目立つ場所へ歩き出す。
その広場にはポネウスと姉妹たちが集めたあらゆる都市国家の人間が集まり、今か今かと号令を待ちわびていた。
ケリュドラは広場に置いてある高台へ登り、大衆を睥睨する。
すると大衆の視線は高台へと登った少女へと固定される。
それを見たケリュドラは息を大きく吸い、よく通る声を大きく張り上げる。
「よくぞ集まった、黄金の血をその身に流す勇士たちよ!」
その一声で大衆の意識は完全にケリュドラに掌握され、彼女から発せられる声で、身振りで胸の内にある熱気が徐々に高まるのを彼らは感じる。
「今各地では神託を捻じ曲げた逆賊どもが戦火をまき散らし、多くの者を恐怖の底へ叩き落としている!
奴らは旧い体制に縋り、自らの利益の為に黄金戦争などというものを始めた!
ならば僕は奴らが縋りつく旧体制を打ち崩し新たな法を、『火を追う旅』を始めることを宣言する!
勇気あるものは僕に続け!
このカイザー、ケリュドラのもとに愚かな逆賊を打ち崩し新たな世を創り出す為に!」
大衆の熱気は最高潮に達し、広場は歓声と雄叫びに包まれる。
それを傲慢さが垣間見える笑みで受け入れ、ケリュドラは話を続ける。
「明日の日が最も高く昇るとき、我々は聖都オクヘイマへと征途を開始する!
各々僕の為に尽力せよ!」
ケリュドラはそういって演説を締めくくる。
彼女が高台から降りて時間が経っても、熱気は衰えずに大衆たちは各々がやるべきことを果たしに行く。
「いよいよだな」
「うん、やっと火を追う旅を始められる」
ポネウスとトリビーはこれまでの旅路を思い返す。
信じられず、失い、疑われ、傷つけられてきた。
それでも、こうしてようやく火追いの旅を始められるのなら、その甲斐はあったというもの。
これから先どんな苦難が待ち受けているかはわからない。
けれど二人の覚悟が決して折れることはない。
「成し遂げましょう、ポネウス」
「応、トリスビアス」
二人の胸には確かに、消えることのない業火が燃え盛っていた。