織田の天主は揺るがず   作:戦国大好き侍

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前話の前書きで長信配下の〜って書いてたけど無しで


勝利と綸旨

6月1日深夜 妙覚寺

妙覚寺の居館の一室。織田信忠は床につきながらも、京の夜の異常な静けさに落ち着かない気配を感じていた。信長と同じく彼にも直属の草の者からの情報網があった。

 

午前2時頃、人目を避けて潜入した信忠の密偵頭が、一枚の密書を携えてひざまずいた。

 

「申し上げます! 丹波の光秀が、今まさに軍を動かし、京へ向かっております! 狙いは、本能寺の上様と三位さまです!」

 

信忠は跳ね起きるように密書をひったくり、蝋燭の灯りに翳した。そこには老ノ坂峠を通過中の明智軍の兵力等極めて具体的な情報として記されていた。

 

「光秀が…謀反か」

 

信忠の表情は、驚愕よりも先に、父の警戒が現実となったことへの確信で満たされた。父 信長が、光秀を本能寺に誘い込むよう仕向けた可能性さえ感じさせる、完璧なタイミングであった。

 

「直ちに本能寺へ急報を! 父上は...」

 

そこまで言いかけて、信忠は口を噤んだ。そして信長の思考をなぞるように深く呼吸した。

 

「待て。急報は無用だ」

 

信忠は静かに言った。彼の脳裏に父が常々語っていた「最小のリスクで最大の益を得る」という戦略指針が蘇る。

 

「父上はこの謀反を既に察知しておられる。そしておそらく動いておられるはずだ。本能寺にいるのは、父上ではなく囮であろう」

 

信忠は直ちに京の地図を広げさせた。信長と瓜二つの背格好を持つ小姓 小河愛平が、本能寺に随行していたことを思い出す。

 

「明智軍の目標は、父上の首級と私の首級。光秀めはここで父上と私が死ぬことを前提に動く。この前提を崩すのが父上の策。ならば、我々の役割は父上が逃れる時間を稼ぎ、光秀を京に縛り付け朝敵とする大義名分を構築することにある」

 

信忠は、本能寺で影武者として振る舞い討ち取られるであろう小河愛平、そしてそこで共に死ぬ小姓たちの運命を悟った。その非情な決断を受け入れ自分の役割を明確にする。

 

「妙覚寺に残る兵を整えよ。ただし、徹底抗戦は無用。時間を稼ぐための防御を見せよ」

 

夜が明けきらぬうち、信忠は妙覚寺の兵を動かしつつ、最も信頼する側近と京にいる所司代 村井貞勝の連絡役に密命を下した。

 

「明智軍が本能寺を襲撃した事実が明らかになり次第、公家衆へ触れを出せ。『上様は本能寺より脱出、今は所在を秘匿されておるが必ず戻られる』と伝えよ」

 

「そして、最優先で朝廷への工作を仕掛けよ」

 

信忠は、この謀反が個人的な主君殺しに終わるのではなく、天下の秩序を乱す大逆であるという公的な烙印を押す必要性を理解していた。それは光秀の正統性を完全に奪い、諸将を動かすための要であった。

 

「光秀を、京を騒がす朝敵として認定せよ。父上が兵を集めるその前に光秀の旗頭をへし折るのだ」

 

夜明け前明智軍が京へ迫る喧騒が遠くから聞こえ始める中、信忠は静かに公家衆への密使を放ち、工作の準備を終えた。彼の行動は本能寺の炎上を見る前に始まった、信長生存のための第二の布石であった。

 

6月2日 早暁 京

 

明智軍の足音が桂川を渡り京の市中に響き始めた。信忠は妙覚寺の防備を整えさせると同時に、脱出の準備を進めていた。供回りとして選んだのはわずか数十名。彼らは皆、信長の戦略を理解し、信忠の指示を忠実に実行できる、最も信頼のおける者たちであった。

 

「我々が向かうのは、京の北東、東山方面だ。明智軍は洛中を制圧し、安土への道と大坂への道を固めることを急ぐはず。東山は手薄になる」

 

信忠は、父の生存という極秘情報を守るため妙覚寺に残る兵士たちに、二条御所へ向かったと偽の情報を流させた。彼らには明智方が到着次第、徹底抗戦ではなく時間を稼ぐための頑強な防御を命じた。

 

東の空が白み、本能寺の方向から濛々たる黒煙が立ち上り始めた頃、明智光忠率いる先遣隊が妙覚寺を取り囲んだ。

 

「織田信忠は既に二条御所へ向かった模様!」

 

寺の外で交わされた雑兵の会話を聞き、信忠は口元に微かな笑みを浮かべた。敵は、自分たちの動きを読んでいない。この僅かな遅れが、信長と自分、そして明智家の命運を分かつことになる。

 

信忠は人目を避けるように静かに寺を後にし、京の複雑な路地を抜け東山へと急いだ。彼の脳裏には、本能寺で今まさに壮絶な最期を遂げているであろう影武者小河愛平の姿が浮かんでいた。

 

信忠が東山の寺社に身を潜め、伴長信配下の者から情報を得ている頃、京の公家衆の間には激震が走っていた。

 

本能寺の炎上は「信長討ち死に」を告げていたが、信忠が放った密使たちは公家たちへ静かに、しかし確信に満ちた声を届けていた。

 

「上様はご存命。兵を集め、直ちに京へお戻りになります。明智光秀の謀反は、天下を乱す大逆であり、京を騒がす行いでございます」

 

公家衆は動揺した。光秀は急ぎ京を掌握し、朝廷工作を図っていたが、信長による長年の朝廷への厚遇と、何よりも「生ける信長」の報復への畏怖が、光秀への協力を躊躇させた。

そして異例なことに信忠の側近が正親町天皇へ直接奏上を行った。

 

「今、光秀を朝敵とされねば、畿内は戦火に包まれ、京の安寧は失われます。上様の御帰還は間近。光秀こそが秩序を乱す者とご裁断ください」

 

信忠の迅速な行動と、信長による事前の根回しの効果は絶大だった。光秀が朝廷に対し、信長を討った正当性を主張する間もなく、正親町天皇は光秀を「朝敵」とする綸旨を下した。

 

そして光秀が朝廷への参内を準備している最中、衝撃的な事実が朝廷に広まった事で信忠はこの朝敵の報が明智軍の士気を大きく削ぐことを確信した。京での任務は完了した。

 

「もはや用はない。東海道を使って、大坂へ向かうぞ。父上と合流し、挟撃の軍を固める」

 

京の朝焼けに紛れるように、信忠は東山の寺社を後にした。彼の背後には、炎上した本能寺の黒煙と、朝敵となった主君を戴き、混乱に陥る明智軍、そして、公的な敵意を込めた菊の御紋の綸旨が残された。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

四半刻前 明智方本陣

 

明智光秀は本陣で報告を待っていた。

 

「よし。良しとしよう。信長は確かにこの世を去った」

 

光秀は惜しくも首級を得ることが出来なかったがこの不完全な勝利を、まずは完全な勝利として受け止めようと努めた。

 

しかし、悪い報せは続いた。

 

「妙覚寺に逗留していた織田信忠めを討ち漏らしました。光忠隊が囲む前に、少数の供回りと共に若狭方面へ逃走した模様!」

 

「何だと!」

 

光秀は、信長を討ったという高揚感が、冷たい水で洗い流されるのを感じた。信忠まで討ち滅ぼしてこそ、織田政権は完全に瓦解するはずであった。

 

「直ちに兵を若狭へ向けよ! 京を封鎖し、信忠を逃すな! 奴さえ討てば、全ては我らのものとなる!」

 

光秀は焦燥を隠せなかった。彼は、長が遺骸を晒すことを拒んだことで、諸将に信長の死を確信させるための決定的な証拠を失った。さらに嫡男信忠を討ち漏らしたことで、織田家の勢力を再結集させる可能性を残してしまった。

 

その時、京の公家衆との連絡役の武将が、青ざめた顔で飛び込んできた。

 

「殿! 恐れながら…朝廷より異例の早すぎる裁定が…」

 

「何事だ、申せ!」

 

「正親町天皇の綸旨が下りました。『惟任日向守明智光秀、京の平和を乱す朝敵である』と…」

 

光秀は、まるで天から雷が落ちたかのように立ち尽くした。

 

「朝敵…だと? 信長を討ち、昔の世に戻すために…」

 

光秀の謀反は、天下平定のための行動であると公然と宣言し、朝廷の支持を得る算段であった。しかし、信長による長年の朝廷への工作と、京の混乱をいち早く収拾しようとする公家衆の意図により、彼は謀反の直後に、最大の大義名分を失った。

 

「信長を討った」という確信と、「朝敵」という烙印。二つの真実が光秀の頭の中で激しく衝突した。

 

 

同時刻 摂津大坂。

 

本能寺から脱出した織田信長は、三男織田信孝と重臣丹羽長秀、津田信澄、蜂屋頼隆が率いる四国遠征軍の集結地に身を置いていた。彼らは本能寺の変を知り信長の生存という奇跡的な事実に言葉を失っていた。

 

「光秀は、今頃京で『信長を討った』という空虚な勝利に酔っているか、あるいは信忠を討ち漏らしたことに焦燥を感じているであろう」

 

信長の表情は冷徹そのものであった。

 

「その隙こそが、奴めの命取りとなる」

 

信長は、集結した数万の兵を見渡し、満足げに頷いた。この圧倒的な兵力こそが、光秀が最も恐れるものだ。そして、信長は、まだ京を脱出しつつある信忠から届くであろう報せ、そして畿内へ急行するであろう男の存在を確信していた。

 

「長秀よ。直ちに羽柴秀吉に急使を放て。光秀めの謀反はどうせ届くであろうから余の生存を伝えよ。奴は主君の危機を報せれ必ずや驚異的な速度で戻るであろう」

 




毛利の処遇どうしようか本当に悩んでる、信長生きてるなら正味捻り殺せるからなぁ、
なんか毛利元就の女婿が秀吉が本能寺の変知る直前に内応してたみたいですね。
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