レベルアップが終わらない。   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『長い、長い一日目 4』

 四角い箱。

 ごうんごうんと響く音。

 全身にのしかかる、ふしぎな浮遊感。

 

 僕とルツィアは、"蒐集英雄"アジルールフォとともに、エレベーターに乗ってビルの下階へとおりていた。

 どうやら僕たちが先ほどまでいた階がいちばん上だったようで、かれこれ一分はこの四角い部屋の中で、気まずい沈黙が流れていた。

 

 ……ああいや。完全な沈黙ではなかった。

 アジルールフォの鼻歌だけは聞こえてくる。

 彼が鼻ずさんでいるのは、一昔前の流行歌だった。

 僕がまだ両親といっしょに迷宮都市に住んでいた子どもの頃から、あちこちで流れていた曲。

 

「…………」

 

 まだ、流行ってるのかな──?

 アジルールフォに質問したら、また殴られてしまうかな。

 

 なんてことを考えていた僕の手が、きゅっと握られた。

 しなやかで、滑らかで、冷たい手。

 

「ルツィア……?」

 

 僕が、自分の手を握ってきた隣のルツィアの方を見ると。

 ルツィアは体をこちらへ向けて、表情を変えずに、

 

「……大丈夫……生きてる……大丈夫……」

 と、か細い声で、ぶつぶつと呟いていた。

 

 ほんと、僕も自分が生きてるのにびっくりだよルツィア。

 なんせ今日だけでたぶん、50回くらいは殺されているんだから。

 

 ルツィアが見た限りだと、僕が"レベルアップ"したのは2回かな。

 少なくとも2回、ルツィアは僕が、本来は死んでしまうぐらいの傷を負った光景を目の当たりにしている。

 

 一度目は、イヴ・ルミナロンドによって"壁のシミ"にされ。

 二度目は、アジルールフォの拳によって、おそらくは内臓を破裂させられ……

 

 今こうして無事な僕に実感がわかないのも、仕方がない。

 

 だけど僕は、こうして生きている。

 ちゃんと、息をしているし。

 横で僕のジャンパー1枚だけのルツィアから目を逸らしつつも、ちょっと、どきどきしてしまっている。

 

 

 

 僕はルツィアの手を、ぎゅっと握り返した。

 

 

 生きてるよって。

 

 

 

       ※

 

 

 

 ルツィアの服についての問題は、すぐに解決した。

 チリーンッ、という音とともに開いたエレベーターの扉の向こう側に、きれいに畳まれた衣服を持ったスーツ姿の老紳士が待ち構えていて、それをルツィアに差し出してきたのだ。

 

「──シルヴァワルツ様。"ご親友の"イヴ様から、お召し物のご用意がございます。」

 

「あいつから……? 

 ……よくもこんな、古いものを……」

 

 ひた、ひた、と。

 ルツィアは服を差し出す老紳士の前まで歩いていって、ものすごーく嫌そうな顔でそれを受け取った。

 

 ……あんまり、イヴと仲が良くないのかな?

 僕だって好きじゃないけど。殺されたし。

 ルツィアとイヴには、何かしらの因縁があるみたいだ。

 

 でも、さすがのルツィアも裸同然の格好で人がたくさんいるビルのエントランスに出ていくのは恥ずかしかったみたいで……

 少し葛藤した様子を見せながらも、物陰に行って用意された服に着替えていた。

 

「おお、似合ってるんじゃないか。

 かなりの年代物に見えるけど……どっかの魔術学院の制服?

 腰にワンド・ホルスターがついてるし、意匠がロープっぽい。」

 

 着替えてきたルツィアの格好に、エントランスのソファにふんぞり返っていたアジルールフォが、明るい声色で言った。

 

 ルツィアは苦虫を噛み潰したような顔をしているけど、僕も似合ってると思う。

 ああいうの……ゴシック、っていうんだっけ?

 ひらひらしてて、女の子っぽい。

 ルツィアっぽくなくて、なんか新鮮だ。

 

「……なによ。」

 

 目を釘付けにしていたら、ぎろり、と睨みつけられた。

 裸を見られるよりも、嫌なのだろうか……

 

「ぇえっと、似合っ……あっ。

 か、かわいいと思う……!」

 

 いつだったか、タイラーさんが「女は爪か服を褒めると喜ぶ」って得意げに言ってたのを思い出して、僕は素直にかわいいと言ってみた。

 ……の、だけど。

 

「いひゃい……にゃんでー……」

 

「ナマイキ。」

 

 むぎゅう、と。ほっぺたをつねられた。

 なんで……? 

 

 

 

 

 ビルのエントランスから僕らが歩み出た先──迷宮都市の中央地区の光景は、喧騒に満ちたものだった。

 

 緻密に道路を行き交う、高そうな車の数々。

 空を覆い隠すかのように屹立する、高層建築物の数々……

 新聞を片手に、頭を抱えたり激怒したりしている、身なりの良い男たち……

 

 巨人たちの足元にできた影の中で、暮らしているような街。

 

 僕の記憶の中にある迷宮都市の、なんら変わらない姿が、そこには広がっていた。

 

「号外、号外ー! 《クリオIII》ゲート機能停止!

 資源開発関連企業を中心に、氷の迷宮街(アイス・セクター)企業の株価が軒並み大暴落ー!」

 

「おおーい。」

 

 『号外ー!』と叫んで街を駆けまわっている新聞屋(オーバーオールを着た、二足歩行の小柄なリス)の一人を、アジルールフォが手を上げて呼び止めた。その指先には、青いお札が挟まれている。

 

 彼の右手にひらついている青いお札を見ると、新聞屋はぱあっと顔色を変えて、媚びるように駆け寄ってくる。

 リスなのに、なんて表情が豊かなんだろう。

 迷宮都市はあらゆる異世界から多種多様な種族がやってくるから、こういう人たちもいるのだ。

 ルツィアだって、エルフだしね。

 

「一部もらえるかい?」

 

「へい、旦那! 大ニュースでさあ!

 なんせ、二十年以上ぶりのゲート機能停止だ!

 あっしらのクヌギ新聞じゃあ、30%以上の株価暴落が見込まれる銘柄がずらっと列挙されてまっせ!」

 

「いいね。こいつは取っておいてくれ。」 

 

「ありがたき幸せ! またのご利用をー!」

 

 アジルールフォは、再びとたとたと走り去っていくリスの新聞屋の背中を見送ってから、僕とルツィアに買ったばかりの新聞をぽいっと投げ渡してきた。

 僕の頭にぶつかりそうなったそれを、ルツィアがパシッとキャッチして、中身を広げる。

 

『クリオ・ショック!』

『数百銘柄が紙切れに!?』

 

 紙面にあるのは難しい文字ばっかりで、ほとんど読めないけど……

 とにかく、なんだか、大変なことになってることはわかる。

 

 新聞の文字を追うごとに、ルツィアの表情がどんどん青ざめていってるもんね。

 

「……ふう。少し、歩こうか?」

 

 アジルールフォは、二つ折りの光る板みたいなものを少しいじった後に、それから目を外しながら僕らにそう言ってきた。

 

「ルミナロンドがさぁ。嫌がらせしてきやがったんだ。

 ほんと、カネを巻き上げることにかけては仕事が早い……お役所仕事の典型ってヤツ。」

 

「嫌がらせ……?」

 

 はあっ……と。

 僕らと並んで迷宮都市の街並みを歩くアジルールフォは、深い溜息を吐きながら言葉を続ける。

 

「お前ら二人に、"公社"から、とんでもない額の賠償請求がきてるんだよ。」

 

「ば、賠償ッ……!? いくらよ……!」

 

 新聞から顔を上げ、縮こまりながらそう訊いたルツィアに、アジルールフォは。

 彼女に、二つ折りの機械の光る画面を、見せつけた。

 

 ……ちらっとだけど。

 そこには、もはや数えるのが億劫になるぐらいのケタの数字が並んでいるのが見えた。

 

 少なくとも、10桁以上はあるように見えた。 

 

「え"っ」

  

 その数字を見たルツィアが、潰れたカエルみたいな声をあげた。

 

 ……賠償ってことは、あのお金を僕らが払わなきゃいけないってことだよね?

 

 たしか、100境界幣で、水が1本が買えるくらいだった気がするけど……

 あの数は、いったいどれだけの金額になるんだろうか。

 

 僕は、隣でカタカタ震えているルツィアの服の裾をくいくいと引っ張って、聞いてみる。

 

「る、ルツィア、あれって、僕たちがどのぐらい働けば、返せる金額なの……?」

 

 しかし、僕の問いに対しルツィアは、「わ……ぁ……」と、か細い声を漏らしながら、震え続けるだけだった。

 

 あ、ああ……これたぶん、僕らが死ぬまで働いても、絶対に返せないような金額なんだろうね。

 ルツィアの反応を見れば、一目瞭然だった。

 

 すこしずつ膝から崩れ落ちていくルツィアと、それを見ておろおろするしかない僕に。

 アジルールフォは、淡々と現実を浴びせかけてくる。

 

「これによって"公社"は、公的にお前らを"差し押さえる"ことができるというわけさ。」

 

「そ、そんなー」

 

 それじゃあ、僕たちは結局、イヴが言っていた通りの末路を辿るしかないってこと?

 僕は"人間食肉工場"に。

 ルツィアは……イヴさんがいう"検体"とやらに。

 

「まあ……安心しろよ。なんとかするさ。

 オレは、コレクションはそう簡単には手放さない主義だからね?」

 

「あ、安心できない……!」

 

 アジルールフォが、蛇みたいな目で僕の瞳を覗き込んできた。

 さらっと自分のことを"コレクション"呼ばわりしてくる相手に、どう安心すれば良いのだろう……

 

「しかし……すこし、話が変わった。

 お前らにも、自分でカネを稼いでもらわなくちゃいけない……」

 

 「そのために、お前らを連れて行く場所がある。」

 彼はそう言い、僕らについてこいと促した。

 

「……娼館にでも、売り飛ばそうっての……」

 

 ルツィアが、自分の体を抱きしめるようにしながらそう聞くと。

 アジルールフォは「んー、それも、アリかもな?」と能天気に笑った。

 

「まあたしかにお前は、高級娼婦でもやらせるのが、いちばん稼げそうな顔と体してるけど……

 気性がダメそうだ。 

 物言いがきついだけなら、そういうのがイイって金持ちもいるが、下手すると客のモノを食いちぎるだろう。お前のような女は?」

 

 「だが迷宮都市には、当たれば高級娼婦なんざよりよっぽど稼げる仕事がある。特に──お前みたいな不死身のガキには天職だ。」

 アジルールフォは唇を歪めて笑い。

 そして、僕の目を見て、こう言った。

 

「"迷宮都市でゼロから成り上がるのに一番は、迷宮探索者になること"、だろう……なあ?」

 

 いやそんな、”みなさんご存じ”みたいな感じで言われても。

 

 でも察するに、どうやら僕はこれから、迷宮探索者にさせられてしまうようだ。

  

 アジルールフォ、そして──タイラーさんと同じ、迷宮探索者に。

 

 

 

 

『迷宮探索者っていうと、あたかも浪漫あふれる冒険家のような聞こえだが……

 じっさいのとこ、やってることはただの、ろくでなしの人でなしだ。

 盗み、人さらい、殺人、戦争。

 相手が異世界人ってだけで、迷宮都市じゃあ問題でなくなっちまう……』

 

 時たま、どこからか仕入れてきたお酒で酔っぱらったタイラーさんが上機嫌に語ってくれる、彼が迷宮探索者をやっていた頃の話が、僕は好きだった。

 話をする時はたいていお酒が入っていたし、タイラーさんは割と話を盛る癖があったから、他の人はそんなに真面目に聞いてなかったけど。

 

『だから迷宮探索者は、上に行けば行くほど、イカれた人格破たん者が多い。

 まともな奴は死ぬか、デカい仕事にありつけなくて成り上がれないからな。

 中には、女の拉致奴隷だけ売りさばいて俺のひとつ下の階級まであがった、なんてやつもいたっけ……

 ……まあ、迷宮探索者の階級ってのは、腕っぷしもそうだが。

 それ以上に、ネジの外れっぷりというか……倫理観のなさが反映されるんだよ。』

 

 タイラーさん、僕らは今まさにその『イカれた人格破たん者』につかまっちゃってるよ。 

 アジルールフォっていうんだけど。

 でもこいつがいなかったら、僕もルツィアもより大変なことになっちゃってただろうから、あんまり悪く言っちゃいけないのかな。

 

『まあ、なんだ……

 もし将来。迷宮都市に行くことになっても、迷宮探索者にだけはなるなよ、ミメイ。

 ほんと、カタギじゃねえからな……』

 

 でもさ……タイラーさん。

 僕はちょっと、ワクワクしちゃってるよ。

 

 借金まみれだけど、明日の生活もわからない感じだけど……

 

 不思議と、これまでの人生で一番、いまが”生きてる”って感じがするんだ。

 

 へんかな?

 

 迷宮探索者にはなっちゃいそうだけど、もう一つの約束は、きっと守るよ。

 ……後悔だけはしないように。

 自分を、嫌いにならないように

 ちゃんと、生きてみるから。

 

 力を貸してね。

 

 

 





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