レベルアップが終わらない。 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
あれから、アジルールフォが拾ったタクシーに揺られること、一時間ほど……
高層ビル立ち並ぶ迷宮都市の中心地区は、どんどん後ろに小さくなっていき。
ややさびれたような雰囲気のある通りの、壁に無数のひび割れがはいった雑居ビルの前で、車は停まった。
アジルールフォは、僕らを『迷宮探索者』にさせると言っていたけど……この雑居ビルで、その手続的なことができるのかな?
おずおずと車から降りた僕とルツィアは、先に外に出ていたアジルールフォに目で「ついてこい」と指図され、雑居ビルの入り口へと向かっていくその背中に、歩いて追従する。
「この先に、
雑居ビルの半地下。
長い階段の先にあった重い両開きの扉の前で、僕たちを先導していたアジルールフォは脚を止めて、そう言った。
「お前らはここから、オレとは別行動だ。」
「えっ? いいの?」
僕らのことを"コレクション"だとか言っていたから、これからも自由行動なんて、させてもらえないと思っていたけど……
「そりゃあ……はぁ。
オレはこれから、ルミナロンドからの嫌がらせのせいで、係争の資金繰りのために、色々と奔走しないといけないからな。
お前らをここに連れてきたのも、自分らの食い扶持と、身を守れる程度の力は身につけてもらわなきゃ、流石にオレの手が回らないからだ。」
ルツィアの表情が、少し明るくなった。
アジルールフォの目から離れられるなら、逃げられるかもしれないと、そう思ったのだ。
たぶん僕の顔もちょっと明るくなってる。
だけど、アジルールフォが笑顔で「……あ、言っとくけど、逃げられるとか思うなよ? 他の世界に行こうが地の果てまで追いかけるし……オレの庇護下から外れたと判断されたら、ルミナロンドの手の者がお前らを攫いにくるからな?」と続けたのを聞いて、二人揃って表情を暗くした。
なんか……なんか、だめだね?
やになっちゃうよ。
僕らの状況って多分、あんまりにがんじがらめ過ぎて。
ひとつの問題から逃げたところで、どうにかなるようなもんでもないんだよね……
「ああ、それと……ほら、エルフ。
ケータイをやるよ。オレの電話番号と、アドレスが入ってる。」
先行きが暗すぎる自分の人生にどんよりする僕の心中を知らずに、アジルールフォは……
さっきまで自分がいじっていたものと同じ形の、二つ折りの光る板みたいなものを、ルツィアに渡してきた。
さっきから思ってたけど、なんだろうねアレ。
「は? なんなのこれ。オモチャ?」
「最近、迷宮都市に普及し始めた工業製品さ。
携帯電話っていうんだ。
迷宮産のアーティファクトで代用が出来るような機能しか搭載されてないけど、なにぶん手に入りやすい。
そのへんの会社員でも、半年分の給料をはたけば買える程度の値段さ。」
「……無くさないようにするわ。」
お値段を聞くと、ルツィアは大事そうに両手で包み込んだ。
携帯電話……僕が子供の頃には、聞いたことがない商品だ。
ルツィアもよく知らないみたいで、パカッと開いた中にある小さな画面と、文字がいっぱい刻まれたボタンを二人してまじまじと覗き込んだ。
「それじゃあ……そうだな。
組合でなにかしら依頼を受けて、ひとつ達成したら、それでオレに報告しろ。いいな?」
アジルールフォはそう言い残し。
僕たちに背を向けて、雑居ビルから出ていってしまった。
「入るしか、ないみたいね……
迷宮探索者組合……クソッタレの荒くれ者どもの、詰め所ってことじゃない。
こんな肥溜め、死んでも来たくなかったけど……」
「ルツィアは、嫌いなの? 迷宮探索者。」
「あんな連中を好きっていうヤツがいたら、よほどのバカか……
よほどの上澄みとしか付き合いがない、世間知らずね。
ほぼ全員クズよ、クズ。」
忌々しそうに顔を歪めて、ルツィアが
ぎっぎっぎ……と。油の足りない扉が、音を立てながら動いていき……
迷宮探索者
広々とした、古い酒場のような間取り。
オレンジ色の明かりに照らされた木造の内装は、高度に発展した『迷宮都市』の中にあって、前時代的な雰囲気を色濃く残している。
食べ物を出しているようで、油と煙草の混じったような匂いが、僕の鼻をくすぐった。
僕の知識の中から、近い空気の場所を挙げてみると……
テレビでたまにやってた古い西部劇で、ガンマンとかがたむろしているような、ああいう感じの場所っていうと想像しやすいかな?
あれとは違って、一角にはいくつか窓口のような場所があって、そこにはわりときちっとした格好の、職員みたいな人がいたりするけど。
そしてそんな場所だから、当然そこにいるような人たちもまた、もれなくアングラな雰囲気を漂わせていた。
その中でも、とくべつ存在感があるのは……
葉巻の端を食いちぎった格好のままこちらに視線を向ける、上等なジャケットを着た、腰に剣をさした男。
足早に人混みの間を歩きながら、身のこなしがまったくぶれていない黒髪の少女。
あと。筋骨隆々の高身長で、二足歩行の大型犬のような姿をした人。……人?
とにかく、多種多様な人々で、そこはごった返していた。
これだけ人がいれば、普通だったら、新人がふたり入ってきたぐらいではそんなに見られたりしないと思うんだけど……
やはりルツィアは(忘れがちだけど)現実離れしたレベルの美人なので。
扉を開いた途端に、良くも悪くも、視線を集めてしまっていた。
「お〜? えらいべっぴんのお嬢ちゃんじゃねえかあ?
どこの魔術学院お嬢様かは知らねえが……
ここは、課外授業で足を踏み入れていいような場所じゃないぜえ?
おれがやさし〜く、迷宮探索者のセンパイとして、手取り足取りレクチャーしてやるよぉ。」
入口のすぐそばの席に座っていた、口から酒の臭いを漂わせた男が、なにやらくだを巻きながら、ルツィアにからんできた。
ああ……やめておけばいいのに……
僕はそう思いながら、ことの成り行きを見る。
「へへ……授業料として、尻でも触らせ……あ?」
男は、ルツィアの腰に腕を回そうとして……
その自分の手首が、ルツィアの手に掴まれ。
ぎちぎちと、骨が軋むような音を出していることに気がついた。
「……あはは。こういうのって、ほんとにあるのねェ?
あんたみたいな三下。スカッとする娯楽小説か、ポルノ映画の中にしかいないと思ってたんだけど。」
「お、おいおい……、冗談じゃ……あっ、あっあっ?」
「なんだかんだ言って……あたし、暴力って、そんなに嫌いじゃないのよね?
場合によっては、言葉はもちろん、お金よりものを言うじゃない?」
ルツィアは男の手首にどんどん力をこめながら、穏やかに微笑んでいた。
あ、キレてる。
男ははじめ、プライドからか余裕そうにしていたが。
いくら力をこめてもその細腕を振りほどけないことに気がついたようで、顔がだんだん恐怖に染まっていく。
「"マフィアと迷宮探索者は舐められたら終わり"……って、むかしからよく聞く言葉だけど。
じゃあ、舐めてきた相手にはどうすればいいのかな?
あんたはどう思う? "センパイ"?」
──ボギンッ。
そう。ルツィアは、(無抵抗とはいえ)あのタイラーさんの顔面を素手でボッコボコにできる程度には腕力があるのだ。
「ィ、ギャァァァ!」
ルツィアは大の男の手首を、片手の握力だけ飴細工みたいにへし折ってしまった。
痛々しい音と、男の悲鳴が響き渡る。
男が膝から崩れ落ちたが、ルツィアがそれでも手を離さないせいで、釣り上げられた魚みたいな体勢でビチビチと暴れている。
ルツィアはそれを軽々と、ゴミでもポイ捨てするみたいに、前方に投げ捨てた。
そして地面でのたうち回る男の顔面をわざと踏みつけながら、カーペットの上でも歩くような足取りで、奥の方にある窓口の方へと向かっていった。
……なんだろう。
ちょっと、バイオレンスすぎないかな?
僕なりに、"理想の迷宮探索者ライフ"的なものを思い描いてはいたのだ。
気の良い仲間たちと、冒険の旅に出る……的なのを。
こんな荒くれ者なエルフと友だちだと思われたら、僕まで同類だと勘違いされて、人が寄り付かなくなってしまいそうだ。
よしんば寄ってきたとしても、血の気が多い人しか来ない気がする。
口より拳で語るタイプの。
よし。ここでは少し、ルツィアとは他人のフリをしておこうかな。
そして、僕に仲間ができたあとに、ルツィアを紹介しよう。
厳しいかもしれないけど。
"ほんとはいいやつなんです"って感じで……
……無理かな?
「迷宮探索者に、なりたいんだけど。
……あ。そこの、壁見て突っ立ってるガキもいっしょに。」
窓口で話していたルツィアが振り向いて、僕を指さしながら、そう言った。
ルツィアに集中していた、迷宮探索者たちの視線が、今度は僕に殺到する。
あ……なんか、もう、ダメそう……