レベルアップが終わらない。   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『長い、長い一日目 7』

 組合での登録を終え、迷宮探索者としての証明書をもらった僕とルツィアは……

 

 先ほど声をかけてきた、同じく《無名級》探索者の、ケーラさんとリンさんと、並んで通りを歩きながら話していた。

 

「アタシとリンはほんの数時間まで、《氷の迷宮街》の輸送会社に務めてたんだ。

 主に、迷宮遺物(アーティファクト)の武器を運んでてさ。

 この高級品の次元収納のポーチも、もとは会社からの貸出品!」

 

 ケーラさんは、自分の腰についたポーチを叩きながら言う。

 

「でも……《クリオIII》のゲート停止で、ウチの会社はもう終わり。

 社長も逃げ出しちまって、てんやわんやだ。

 だからアタシらは、どさくさに紛れて、このポーチと輸送品の迷宮遺物(アーティファクト)をかっぱらってきてよ。

 それを元手に、リンとふたりで迷宮探索者として成り上がろうってわけさ!」 

 

「わ、わたしは止めました。で、でもっ。ケーラが、"このままじゃどうせ野垂れ死にだ"って、強引に……」

 

「実際そうじゃんか? リン。

 それに……アタシはいまの人生に、飽き飽きしてたんだ。

 毎日、決まったルートをなぞって配達をして、食っていくのが精々の給料もらって。

 狭いアパートに帰ったら、ふたりで安酒飲んで寝てー…………はあ。

 これは、チャンスなんだよ、リン……

 アタシらがこの泥みたいな人生から、抜け出すためのさあっ。」

 

「……わたしはべつに、そういう暮らしでも……っ」

 

「──あんたらのやっすい身の上話に、興味はないわ。」

 

 明るい声で野望を語るケーラさんと、弱々しい声で頭を抱えるリンさん。

 しかし彼女たちの身の上話を冷たく切って捨てて、ルツィアは話題を変えた。

 

「さっき言ってた、これから向かう《煙の迷宮街》の依頼……

 その内容について教えてくれないかしら。」

 

「あ、ああ……すまんすまん……

 とりあえず、この依頼書を見てくれればわかる。

 あと、あんたらの探索者証も見せてもらっていいか?

 名前とレベルが、知りたいんだ。

 さっき、アタシらのも見せたわけだし……」

 

 ルツィアは、ケーラさんがおずおずと差し出した依頼書を奪いとり、その代わり投げるように自分の探索者証を渡した。

 

「……き、キビシーな? ルツィアさん……」

 

 ケーラさんは、自分たちそっちのけで依頼書の内容を熟読するルツィアを見て、僕に小さな声で耳打ちしてきた。

 

 なんか……うちのルツィアが失礼なやつで、申しわけなくなってきたよ。

 

 いたたまれない気持ちになりつつ、僕はケーラさんに答える。

 

「ま、まあ。気にしないでよ、ケーラさん。

 ルツィアは、ああいう人ってだから……」

 

「ほほー……こんなちっこくて可愛い顔してんのに、しっかりしててエライなあ。

 名前、ミメイ、だったっけ?」

 

 ケーラさんは感心したように息を吐きながら、僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。

 すこしざらついた、働き者の女の人の手だった。

 

「わっ……」

 

「ままっ! 戦いは、おねーさんたちに任せときな?

 アタシら、ルツィアさんほどレベルは高くないけど……

 迷宮遺物(アーティファクト)の扱いなら、それなりに手慣れたもんだからさ!」

 

 ケーラさんはそう言い、ルツィアの『レベル300以上』と記された迷宮探索者証を見たあとに。

 今度は、僕の迷宮探索者カードに笑顔で目を移して──その表情のまま、凍りついたかのように固まった。

 

 先ほど発行してもらったばかりの僕のカードには、『ミメイ:レベル46』と書いてある。

 

「うわっ。レベル、よんじゅーろく……!?」

 

「ケーラ……数字も読めなくなったの?

 こんな細い男の子が、そんなわけないじゃないですか。

 46って、わたしたちの会社なら護送部隊に回されてるレベルですよ」

 

「いやっ……マジなんだって!

 さっき窓口で受け取ったばっかりだから、偽造のわけもねーし!」

 

 リンさんが小馬鹿にしたように笑いながら、ケーラさんの手元にある僕のカードを覗き込むと。

 反射的に息を飲みながら顔を上げて、こちらを見てきた。

 

「……うそ。じゃあ、この子……

 わたしたちより、遥かに強いんですか?」

 

「そ、それほどでも……?」

 

 ぞっ、としたような顔で見てくるふたりに対し、反応に困ったので。

 とりあえず、照れたような感じに頭をかいておいた。

 

 でも……僕の『レベル』が高いのって、ほとんど事故みたいなものだから、べつに僕が凄いってわけじゃないんだよね。

 

 血のにじむ努力とかをしたってわけでもないし……

 いや、血は嫌と言うほど流したけど。そういうことじゃない気がする。

 

「そ、その年で、どんだけの修羅場をくぐってきたんだよ?」

 

「いやー……ちょっと、色々あって。」

 

 「世界を滅ぼしました。」とは流石に言えないので、ケーラさんの問いに対して、なんとなくはぐらかしていると。

 

 絶句したように黙っていたリンさんが、「……この人たちに対して、余計な詮索はやめましょう。」と、疲れたような声で言った。

 

「とりあえず……ミメイくんが、十分な戦力になるということはわかりました。

 というか、わたしたちが足手まといになることを心配すべきですよね……これって。」

 

「相手はあの《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》だから、戦力は多いに越したことはないけど……はぁっ。

 なんか、へこむなぁ……

 こんな子どもがあたしより強いなんて……」

 

「もろと、ぶらとば……?」

 

 会話の中に出てきた耳馴染みのない単語に、僕が聞き返すと。

 依頼書を読んでいたルツィアが、「──《氷の迷宮街》の、西部を掌握していた、クっソろくでもないマフィア組織。」と吐き捨てるように言った。

 

「どんな組織なの?」

 

「数十年前、レドニコフ帝国の内乱で負けて、迷宮都市に落ち延びてきた勢力の末裔よ。

 下っ端はほぼ全員が、ひろわれた元・孤児で構成されてて、幹部どものことを実の兄のように慕い……そのためなら喜んで命だって投げ出すの。

 ……ようするに。胸糞悪い連中ってことよ。」

 

 依頼書を折りたたんで、ケーラさんに放り投げながらルツィアは続ける。

 

「──で。あたしたちがこれから行く依頼は……

 『煙の迷宮街』へ抗争にやって来る《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》の構成員を、できるだけ多く殺して。

 その証明として、胸につけてるバッジを持ってくること。

 一般構成員はバッジひとつにつき、五万・境界幣。

 幹部クラスを()れば……ハッ。五千万。」

 

 その金額を口にしつつ目元をゆがめ、ルツィアは唇の端を吊り上げた。

 

「依頼主が《煙の迷宮街》の老人どもなのにしては、割の良い仕事じゃない?

 なにより、クズをたくさんブチ殺せばいいってだけなのが、シンプルでいいわ。」

 

「……こえーな? ルツィアさん……」

 

「……ほっ、」

 

 またまた耳打ちしてきたケーラさんに、僕はこういう状況になったら言おうと、さっきから決めていた台詞を言った。

 

「ほんとは、いいやつなんです……」

 

 「フ、フフ……100人殺せば500万……運が良ければ5000万……」と、うわ言のように呟いているルツィアを、僕はなんとか擁護しようとしてみた。

 

 ……やっぱり、無理があるかな?

 

 ふたりは、なんだか気の毒そうな顔で、僕を見ていた。 

 

 

 

            ※

 

 

 

「よし……そろそろ《煙の迷宮街》の外郭に入る。

 約束通り、あんたらに武器を貸してやる。」

 

 そこからまた、しばらく歩いたところで。

 ケーラさんが足を止めて、そう言った。

 

「ミメイとルツィアさん、なにか、得意の得物はあるかい?」

 

「えーと……ちなみに、どんなのがあるの?」

 

 そう聞くとケーラさんは「そうだなあ……次元鞄の中に、色々入ってんだけどさあ……」と言いながら、腰のポーチをまさぐり、

 

「おっ……これなんかどーよ? かっこいいぜ?」

 

 銀色の籠手のようなものを、取り出した。

 

─────────────────────

【『詩吟譚級迷宮遺物(アーティファクト)"蒸気推進ガントレット"』】

『産出地:《煙の迷宮街》』

『高度に発展した蒸気機関を搭載した、金属製のガントレット。使用者の動きに応じて前腕部から蒸気ジェットを吹き出し、打撃を強化する。』

『奥の手として、全推力をもってガントレットそのものを発射する機能があるが、有名すぎるため不意打ちとしては機能しない。』

─────────────────────

 

 その籠手は。

 鈍い銀色の輝きを放っている上に、ごてごてした無骨な機構のようなものが、たくさんついていて、すごく……

 

「か、かっこいい……」

 

 僕が思わずそうこぼすと、ケーラさんはニヤリと笑って背中をばんばん叩いてきた。

 

「ミメイ、お前ロマンがわかってるな……! 

 しかも、なんとコイツはな?

 腕につけて、こう叫ぶとだな……!」

 

「"ロケットパンーチ!"……でしょう?

 絶対ナシよ。実用性ゼロにもほどがあるわ。」

 

 盛り上がっていた僕らに、ルツィアがため息混じりに冷水を浴びせた。

 

「一時期、それと同タイプの遺物を使う迷宮探索者が主人公の連続ドラマが放送してたせいで、タネが割れてんのよ。

 さっさとしまって、他の出しなさい。」

 

「そんな……こんなに、カッコいいってのに……!」

 

「そ、そうだよ、ルツィア。

 ロマンも、大事なんじゃないかな?」

 

「……ルツィアさん。その感じで、連続ドラマとか見てるんですね。」

 

 

 

 結局、ケーラさんはしぶしぶその迷宮遺物をしまって、「……じゃあ、これはどうだ?」と別の武器を取り出した。

 

 

─────────────────────

【『詩吟譚級迷宮遺物(アーティファクト)"アイシクル・レイピア"』】

『産出地:《氷の迷宮街》』

『刃が溶けることのない氷によって形成された、常に最大の切れ味を保ち続けるレイピア。刃毀れも即座に修復される。』

『それ以外の特殊な機構や魔術こそないが、質実剛健。玄人好みの迷宮遺物。』

─────────────────────

 

 

「……レイピア。あたしは、それでいいわ。」

 

 ケーラさんが取り出した、鋭い氷柱のような細い剣を、ルツィアは気に入ったようだった。

 

「フッ……」

 

 それを手に取ると数度、ルツィアは虚空に対して素振りをした。

 軽やかなステップ。全身を連動させた、たおやかな腕の振り。それに反して、目で追えないほどに加速した剣先。

  

 なんというか……舞うような、動きだった。

 

 ルツィアはなんだか、この種類の武器を使い慣れているように見えた。

 

「ルツィア……剣が、使えるんだね?」

 

「こんなの、使える内に入らないわ。

 一流の剣士の前で、今みたいな生ぬるい太刀筋を披露したら……

 ほんの一瞬にして、三枚に下ろされるでしょうね?

 でもまあ。露払いには十分よ。」

 

 そう言って、彼女はレイピアを鞘に戻して腰に付けた。

 

「ルツィアさんは、そいつで良いんだな。

 それじゃあ、ミメイはどうすんだ?」

 

「……うーん、僕は……」

 

 さっきのガントレットは、かっこよくて良いなって思ったけど……

 

 僕が思い描く中で、『いちばん強い武器』って言われると、

 どうしても、"ヒート・パイプ"しか考えられない。

 

 この武器を振るっていた人の……タイラーさんの、動きが。

 目に焼き付いてしまっているからかな?

 

 だから、他に使いたい武器があるかって言われると、難しい。

 

 

 

 

「──そこの影にいる奴ら、姿を見せなさい。

 そんな息の殺し方で、エルフの耳をごまかせると思わないことね。」

 

 

 

 

 そんなこんなで、僕が考え込んでいると。

 ルツィアが、脇にある廃墟の建物にレイピアの剣先を向けながら、低い声でそう言った。

 

「……チッ。気取られるとはな。」

 

 数秒後。建物の中からぞろぞろと白いファーコートの男たちが現れ。

 人気がなかったはずの路地に、あっというまに僕らに対する包囲が出来上がってしまった。

 

 

───────────────────

【《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》構成員:レベル40】

───────────────────

 

「《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》……! 

 外部から敵対勢力が雇用した迷宮探索者がやって来るであろうルートを抑えて、待ち伏せしてやがったんだ!」

 

 僕らを取り囲む、十人ほどの男たちは。

 それぞれが、刺々しいハンマーのような武器を持っている。

 その武器にはまだ乾いていない血が付いており、僕たちがくる前にも犠牲者がいた事を物語っている。

 

「クソッ……おいミメイ! 武器を──!」

 

「──いや、大丈夫。ケーラさん。」

 

 僕は、虚空に対して手のひらを力強く握り込んだ。

 

「僕には……もう、武器があるんだ。」

 

 ルツィア以外のふたりは、僕の行動に対して一瞬、怪訝な顔をしたけれど。

 

 次の瞬間、手の中に(あらわ)れたものを見て、目を見開いた。

 

「…………魔顕──。」

 

 リンさんが、ぽつりとそう呟く。

 

 いち、に、さん──

 僕は、"ヒート・パイプ"を三度ほど素振りして赤熱させたあと。

 

 それを大上段に振り上げて、《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》の男たちに戦いを仕掛けた。




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