レベルアップが終わらない。   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

14 / 15
『長い、長い一日目 8』

───────────────────

【《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》構成員:レベル40】

───────────────────

 

 

 数度のスイングにより、赤熱した"ヒート・パイプ"を振り上げる。

 

 僕の行く手に立ちふさがるのは《氷の迷宮街》マフィア……《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》の、鉄槌(てっつい)で武装した構成員だ。

 

 その数、3人ほど。

 僕たちを包囲している数は10人を超えるけど、今の僕がどうにかしないと行けないのは、目の前のこの3人だ。

 他は多分、ルツィアとケーラさんリンさんが相手をしてくれる。

 

「この、ガキ──! 魔顕(まけん)使いか!?」

 

「っ……」

 

 一番近い男が槌を振りかぶるのを見てから、その手(・)にヒート・パイプを焼きごてのように押し付けた。

 

 ジュウッ、という音とともに、そいつの手の肉が焼ける。

 

「ぎっ……」

 

 短い悲鳴とともに鉄槌を取り落としたそいつの頭を、ヒート・パイプで横殴りにして、昏倒させることに成功した。

 

「はあっ……はあっ……!」

 

 ──動きが、見える。こいつら、ぜんぜん大した事ない。

 

 息を荒くし、ヒート・パイプを構え直す僕の頭に去来した思考は、それだった。

 

 勝てる。こいつらになら。

 《クリオIII》で繰り広げられた地獄の中で僕が見た、マロースツィや地吹雪部隊、そしてタイラー・バーンズ。

 あの本物の英雄たちに比べたら、本当に雲泥の差だ。

 

「ぐっ……! あの鉄パイプ、さっきより熱が増してないか!?」

「どういう能力の魔顕(まけん)だ……!? クソッ! 魔顕使い相手は、ハメられると即死だからやりにくいんだよ……!」

 

「……ぐっ。」

 

 ヒート・パイプに警戒して攻めあぐねている《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》構成員たちをよそに。

 僕は僕で、小さくうめき声を上げる。

 

 ──熱いのだ。目が灼(や)けそうなほどに。

 五度のスイングを経て、ヒート・パイプは、それを手に持つ僕の体をも、チリチリと焼き焦がす熱量に達している。

 

 ……ヒート・パイプは、『一度振るごとに爆発的に帯びる熱が増していく』、という武器だ。

 

 一見すると極めて強力に感じるし、実際タイラーさんの戦いを見ればこれを「弱い」とは、口が裂けても言えないんだけれど──……とんでもなく、扱いにくい。

 

 武器の高すぎる性能に、僕の肉体と技術が、追いついていないのだ。

 

 ……まあ、それは当たり前だよね。

 これは、僕よりずっと、強い人の武器なんだから。

 

「子どもとはいえ、死んでもらうぞ、我ら《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》の未来のために!」

 

「っ……」

 

 二人の男たちが、左右から同時に襲いかかってくる。

 

 一対一なら、問題なく勝てるレベルの相手ではある。

 しかし──二人に連携されると、この満足に扱えない"ヒート・パイプ"では、一気に厳しい相手になる。

 

 ……タイラーさんは、どうやってこの武器を扱っていたっけ。

 

 極限状態により速くなった思考で、昨日の光景を思い出そうとする。

 

  『ふう……クリオ・マンティスか……』

 

 僕の記憶に鮮明に刻まれた、寒空に煙草の煙をくゆらせて巨大なカマキリと対峙する男の姿。

 

 彼は──あえてヒート・パイプで相手の鎌と撃ち合うことで、クリオ・マンティスの武器をどろどろに融解させていたっけ。

 

 ……そうだ。僕は知っている。

 この武器のとるべき、戦術を。

 

「ろく、なな、はち……きゅう。」

 

 男たちが間合いを詰めてくるのを睨みつけながら、僕は一歩も引かず、ヒート・パイプをその場でぶんぶんと素振りする。

 

「……十。」

 

 彼らが僕の前にたどり着いた頃には、"ヒート・パイプ"はまるで溶鉄かのごとく眩く赤熱し、直視できないほどに熱を帯びていた。

 

 僕は、その状態のヒート・パイプで、振り下ろされる相手の鉄槌を、受け止めた。

 

「っ……」

 

 火花が散り、硫黄のような臭いが立ち込める。

 

 一秒ほどの鍔迫り合いの末──相手の武器が熱に負けて、ぐにゃりとひしゃげて、へし折れた。

 鍔迫り合いで溜まっていた力が一気に開放され、"ヒート・パイプ"が勢いよく僕と鍔迫っていた男の胴に食い込む。

 

 袈裟斬りのように火傷が刻まれ、倒れ伏す男を見おろしながら、僕は確信した。

 ──この武器の戦術は、武(・)器(・)破(・)壊(・)だ。

 

 目にだらだら垂れてきた汗を拭い、僕は最後に残った構成員を見る。

 

「ひ……」

 

 ひどい火傷を負わされた仲間を見て、一瞬たじろいだ《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》の男。

 僕はその隙を見逃さず、"ヒート・パイプ"を横薙ぎするようにして殴りかかる。

 

 ヒート・パイプは防御不能だ。

 盾や装備でガードされても、その上から力ずくでそれを溶断することができる。

 

 実際、相手が攻撃を防ごうと割り込ませてきた鉄槌の柄の部分を一瞬にして焼き切って。

 ヒート・パイプは、彼の脇腹を焼いた。

 

【──レベルが、上がりました!】

 

「っ、はぁ、はぁっ……!」

 

 倒れる相手と同時に、僕も地面に膝をついた。

 ……殺しては、いないはずだ。

 この"レベルアップ"は、ヒート・パイプの熱に耐えきれなかった僕の肉体が、蓄積された経験値を自発的に消費したものだろう。

 

 ともあれ、なんとか三人の相手を倒す事ができた。

 

 安心しつつ、僕は煮えたぎる"ヒート・パイプ"を消滅させ。

 後ろを振り向いた。

 

 ルツィアたちは、大丈夫だろうか。

 

 

「うおー! ロケットパーンチ!」

 

 迷宮探索者のケーラさんが、迷宮遺物(アーティファクト)のガントレットのジェット噴射の勢いでパンチを食らわせて。

 《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》のひとりをノックアウトしていた。

 

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 ケーラさんの友達のリンさんは、蒸気を吹き出す銃のようなもので、こちらも一人の構成員を倒しており……

 

「あんたら……この程度の雑魚どもに手こずりすぎ。」

 

 我らがルツィアは、氷のレイピアでとっくに五人の構成員を血溜まりに沈め、その死体の上に腰掛けていた。

 

 《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》の待ち伏せを撃破したことを実感したルツィア以外のみんなは、力が抜けて地面にへたり込んでしまった。

 

「ルツィアさんが激つよなのは当然として……

 ミメイお前〜、三人も倒すなんて、凄いな!?

 あたしとリンなんて、それぞれ一人ずつが限界だったってのに!」

 

「まったく、どんな修羅場を潜れば、この年でこんなに強くなるのか……

 ミメイくんは凄いですが……はあ、なんか複雑ですね……」

 

「え……えへへ…………」

 

 ケーラさんとリンさんは、そう言って褒めてくれた。

 汗と女の人の匂いに挟まれながら頭をわしゃわしゃと撫でられた僕は、脱力感も相まって、思わず情けない笑顔を漏らしてしまう。

 

「…………チッ。」

 

 そんな僕を、ルツィアが、氷点下よりも冷たい目で見下ろしているのに気がつくまでは。

 

 聞き慣れた彼女の舌打ちで、僕は我に帰った。

 

「あっ、違っ……ルツィア、違う!」

 

 慌てるあまり、何の言い訳なのかわからない言い訳を叫んでしまった。

 

「はあ……」

 

 二人の女の人に挟まれて撫で回されていた僕を、ぐいっと自分の方に引き戻して。

 ルツィアは、彼女たちを睨みつけた。

 

「このガキのこと……勝手に甘やかさないでくれる?」

 

「あ、ああ……悪かった、ルツィアさん……」

 

「……ルツィアさんとミメイくんって、どういう関係なんでしょうか。姉弟……?」

 

 猫でもそうするみたいに、僕の首元を掴んで持ち上げながら、ルツィアは言う。

 

「まだやることは終わってないのよ。むしろここからが本番……

 一般構成員のバッジは一つ五万だけど、幹部をぶち殺せば五千万なんだから。

 雑魚どもを殺して回るより、こいつらを拷問して、ボスクラスの居場所を吐かせるほうが早いわ」

 

「ぐえっ……」

 

 僕をぽいっと地面に投げ捨てて、背中をぐりぐりと踏みつけながら。

 ルツィアは、その妖精みたいな顔立ちを、悪意と嘲笑の入り混じった(いつもの)表情にゆがめた。

 

「さぁて……ミメイ、あんたにも、《迷宮都市》の愉(たの)しい拷問の作法ってやつを教えてあげる……」

 

 ルツィアは足元に転がる《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》構成員の死体の一つを蹴って、仰向けにさせた。

 

「う……う……殺せ、殺せぇ……!」

 

「わっ……!」

 

 いや……死体ではなかった。

 両脚を切断された傷口を、氷で止血され。

 息も絶え絶えだけど──その人は、たしかに生きていた。

 

「ハァ〜? 殺してあげるわけないでしょ?

 言っとくけど、顎の筋肉もいくらか切断してあるから、喋ることは出来ても舌は噛み切れないわよ。

 ──ふふ。アンタにはもう、無惨な死すらぜいたく品ってこと……分かる?

 アンタんとこの幹部の居所を吐くまで、死ねないのよ。」

 

 ルツィアは、その人のズボンのポケットをまさぐって煙草を見つけると……

 それを一本、しなやかな指につまんだ。

 

「ミメイ、火。」

 

 ぶっきらぼうに言ってきたルツィアに、僕は困る。

 

「え……持ってないよ。マッチとか、ライターとか……」

 

「とびきり上等なのがあるでしょ」

 

「う、うーん……あっ。」

 

 ……僕はヒート・パイプを発現させると。

 それを一回だけ振って赤熱させてから、おずおずとルツィアに差し出した。

 

「たまには察しがいいのね。」

 

 ルツィアは上機嫌そうに煙草の先端をヒート・パイプに擦り付けて着火した。

 

 ……タイラーさん、なんかごめんね……

 

「ふう……レドニコフ製らしい、濃厚なだけで猥雑(わいざつ)な味わいの煙ね……」

 

 煙草を一服して、脚をもがれた構成員の顔に吹き付けながら。

 ルツィアは、喉の奥を鳴らして性格が悪そうに笑う。

 

「ねえ……アンタ……《槌の兄弟団(モロト・ブラトヴァ)》ってのは、マフィアにしちゃあ仁義やら道理やらを重んじる組織ってのを自称してるけどさ……

 やっぱり、《迷宮都市》で生きてこうと思ったら、そんなの邪魔じゃない?」

 

 実際あんたら、落ち目だったし。ルツィアは煙草の灰を彼の顔に落とす。

 

「たとえば……煙の迷宮街マフィアの顔役のひとりに。

 女の目を潰して、眼窩の穴を犯すのが趣味のヤロウがいるってのは、有名な話だけど……

 アンタらもそのぐらい、最低に最高にイカれたゴミクズじゃないとだめよ?」

 

 こ(・)ん(・)な(・)ふ(・)う(・)に(・)。

 

 ルツィアはその、猫みたいな金色の瞳を楽しげに歪めて。

 倒れた構成員のまぶたを、指で開いて固定すると。

 

 ──その左眼に、火のついた煙草を、挿(・)入(・)した。

 

「ぎゃあああ!!! ひあ"あ"あ"あ"あ"ぁ!!!」

 

 先のない太ももをジタバタとさせ、彼のズボンにシミが広がっていく。

 

「あっは……! 潰れてない方の目をそーんなに濡らして、ションベンまで漏らすぐらいなら……!

 さっさと吐いて、ラクになればいいのに……ねェ?」

 

「ぁ"、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 

 ……煙の迷宮街の外郭に、血の混じった悲鳴が響き渡りつづける。

 

 僕の後ろで、ケーラさんが嘔吐する音が聞こえた。

 

 

 

 けっきょく、拷問にかけられ続けた彼は。

 ルツィアに体のいろんな部分を破壊され、血の泡を吹いて痙攣しながらショック死するまで……

 自分の組織の幹部の居場所を、けして吐くことはなかった。

 

 彼が、最後まで組織を売らなかったのか。

 あるいは、末端に重要な情報は持たされていないから、売りたくても売れなかったのか……

 

 僕には、最後までわからなかった。

 

 唯一、再確認できたのは……

 ルツィアを、絶対に怒らせちゃだめってことぐらいだろうね?

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。