レベルアップが終わらない。 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
僕、ルツィア、ケーラさん、リンさんの即席チームが、《煙の迷宮街》への道を進んでいく最中に、今回の以来のターゲットである《
その中には、兄弟団と争ったであろう迷宮探索者の死体もある。
僕は、ルツィアに命令されて、そこらに転がっている迷宮探索者の死体から彼らの識別カードをはぎ取っている。
なんだか追いはぎみたいでちょっと気が進まないけど、ルツィアの命令なのでしかたない。
心の中でちょっと手を合わせてから回収する。
倒れた《
見つかるのはどれも死体ばかりで、今もルツィアは死亡確認した亡骸に唾を吐き捨ててから、僕らのほうへと振り向いてきた。
「どこもかしこも、クズどもの死体まみれ……
……外郭の時点でこのありさまとは、《
「ルツィア、識別カード集めてきたよ」
集めてきた血みどろのカードを差し出すと、ルツィアはつまらなそうな顔でそれを懐にしまい込んだ。
「ふうん。死亡した探索者のカードを組合に届けると、ちょっとお金もらえるのよね。
ミメイ、ひとつ覚えておきなさい。
迷宮都市で死体を見つけたら、とりあえず漁って身ぐるみはがしてみること。
狙い目は金と、あと身分証ね……買い手がつきやすい。
そうでもして金を稼いで、少しでも装備を整えなきゃ、明日は自分が死体になってるのが迷宮探索者って職業なの。」
「う、うーん……」
僕はちらりと後ろを見る。
ケーラさんが先ほどから、複雑そうな顔でルツィアを見ているのだ。
……彼女はたしか『脱サラ』して迷宮探索者になったのだと、希望に満ちた顔で言っていたから、ルツィアのこうした泥臭く血みどろなやり口には、思うところがあるのかもしれない。
「な、なあ……ルツィアさん……
ほんとにやんなきゃいけないのかな……
さっきみたいに、ひどい拷問したり、死体漁りなんてしたりさ……
それも、ミメイみたいな子供にそんなことさせるなんて……」
弱弱しい声で、ケーラさんがつぶやいた。
「ハァ?」
「あ、あたしが雑誌とかドラマとかで知ってる迷宮探索者は、人助けをしたり、冒険をしたり……
こんな、むごい仕事じゃないはずで……」
「はあ……想像をはるかに超えたクソバカね」
心底軽蔑しきったように目元をゆがめて、ルツィアは吐き捨てた。
「い、言い過ぎじゃ」
ぼくが制止するも、ルツィアは構わずその毒舌を振るう。
「人助け? 冒険? ハッ……
アンタみたいな、これまで組織に守ってもらえてたお陰で生きてこられたような世間知らずが払うべき愚かさの代償が……
あたしたちにまで、降りかからないことを願うわ」
「……っ」
その言葉に、拳を握りしめて立ち尽くすケーラさん。
その隣にいた彼女の友達のリンさんは、何も言わずにしゃがみこんで、足元の死体を漁り始めた。
「……ルツィアさんの言う通り、迷宮探索者は厳しい仕事です。だから反対したじゃないですか、ケーラ……
でも……なってしまったからには、わたしは生き残るためなら、死体漁りでも何でもします。
これからも、ケーラと二人で暮らしていくためなら」
「リン……」
「それに……言ってなかったけど、わたしは孤児の生まれだから、死体漁りも、もっとひどいことも、したことがあります。
だから大丈夫。きっとすぐに、慣れますから」
「……」
寄り添うような彼女たちを冷めた視線で眺め。
ルツィアはおもむろに、さっき死体から盗んだ煙草をくわえた。
……あ。
それを見た僕はすぐにヒートパイプを出して、マッチ代わりにルツィアに差し出した。
なんだか、こうしなきゃ蹴りを入れられそうな予感がしたのだ。
赤熱した鉄パイプを自分に差し出してきた僕を見て、彼女は意外そうに金色の目を見開いた。
「びっくり。気が利くじゃない。
あたしが煙草をくわえて五秒以内に火が出てこなかったら、蹴り入れてやろうと思ってたのに」
やっぱり!
※
進むほどに、道に散らばっている死体の数が増えてきて、そろそろすべて漁るのは難しくなってきた。
今回の依頼の目的地である《煙の迷宮街》が近づいてくるにつれ、何やら異臭を放つ白い煙が立ち込めてくる。
「ミメイ。《煙の迷宮街》は、蒸気機関が異常発展した異世界に繋がるゲートを中心に発展した街よ。
人間の健康に害のある廃棄ガスが好き放題に撒き散らされてるけど、金持ちの間では蒸気機械に人格を移す施術が流行ってるから、基本的にお構い無しね。」
「あんまり……いい街じゃないみたいだね……」
「まあ、それでも一番ひどかった時期よりかはマシだし……
金持ちが弱者の生活を踏みにじるのは、迷宮都市じゃどこもおんなじ。」
ルツィアが僕に《煙の迷宮街》について、軽い説明をしてくる。
……話を聞く限り、とんでもない街のように思えるけど、事も無げにルツィアは語る。
《煙の迷宮街》の街並みが近づいてくる。
地面や壁のあちこちに、まるで血管のように金属製の管が伸びていて、ルツィアの言う通り"蒸気都市"という印象を受けた。
「……とにかく、この街では、体が機械っぽい見た目のやつには喧嘩を売らないこと。
それだけ高額な施術費用を出せる実力者ってことだから。
生身の割合が少なさが《煙の迷宮街》では最大のステイタスとされてい、て……」
早足で歩きながら説明をしていたルツィアが口ごもったかと思うと、脚を止めた。
「ルツィア?」
先頭のルツィアが止まったので、僕ら四人は全員そこに立ち尽くす。
ルツィアは、その表情を強張らせて、前方に立ち込める白い蒸気の向こう側を睨みつけている。
「……ミメイ、魔顕を出しなさい。
後ろのバカどもも、気を抜かないで──その瞬間に死ぬと思いなさい。」
彼女が腰のレイピアを抜くのを見て、僕もヒート・パイプを発現させた。
後ろでケーラさんとリンさんも
……なにか、いるのだろうか?
『おほ、ずいぶんと、耳が良いみてーデスネ!
エ、エヘヘへ、生身のエルフに……魔顕使いのオトコのコっ! めっずらし~!
テメーらを加工した燃料からは、良い蒸気が出そうですぅ~』
……それはノイズ混じりの、無邪気な少女のような声だった。
だんだんと目が慣れてきて、蒸気の向こう側にある光景が見えてくる。
「っ……」
思わず息を呑んだ。
死体、死体、死体──軽く百を超えそうな、おびただしい数の死体が、そこら中に転がっている。
──その屍の山の中心で、三メートルほどの
……さっきのルツィアの言から察するに。
全身が機械の
「あいつ……もしかして
ケーラさんが、震えた声でそう言った。
「知ってるの、ケーラさん……?」
「つい三月前に、
ざ、雑誌で特集組まれてた……
本気で暴れたら地形を変えられるぐらいのパワーがあるけど、義体化の副作用で敵と味方の区別が付かない……でも、投入された殲滅・解体系の作戦だと今のとこ成功率100%っつーヤバいヤツ……!」
……ええっと。『詩吟譚級』ってことは……僕ら『無名級』の、ひとつ上の階級なんだっけ。
ひとつ上、と言っても。迷宮探索者の9割強は無名級だったはずだから、凄まじい力の差があるんだろうけど。
どこか感銘を受けたように鋼の巨人──"砕腕詩吟"を見つめるケーラさんをよそに、ルツィアは相手を睨んでいる。
「……デカブツ。あたしたちは、《
大人しくそこを通してくれるなら、アンタと事を交える気はないわ。」
『アニータは、もっともっとお金を稼いで、脳と神経さっさと義体化しないといけないです!
アニータの肉の部分わ、わ、エヘ、ケムリのせいで、グズグズのトマトになってきちゃってので、はっ、はやくしないと! エヘヘへへへ!
──戦闘モード、起動。』
「っ……!」
機械の巨人は、背中から凄まじい蒸気を噴出させ、それによって加速したスピードで突っ込んできた。
鉄の壁が、こちらを押しつぶそうと、不可避のスピードで迫ってきているかのようだ。
「チィッ……!」
ルツィアが、僕らを庇うように前に出る。
一瞬にして肉薄してきた機械腕の一撃を、ルツィアはアーティファクトのレイピアを振るい、迎え撃ったけど──
「こんっの、馬鹿力……!」
「ルツィア!」
──レイピアによる防御の上からそのまま殴り飛ばされて、砲弾のような勢いで遥か遠くに弾き飛ばされて。
ルツィアは、戦線離脱してしまった。
「る、ルツィアさん──!?」
あっという間に見えなくなったルツィアに、リンさんが悲鳴をあげる。
……防御そのものには成功していたし、ルツィアのことだ、今の攻撃で大したダメージは負っていないだろう。
今、心配すべきなのは……
この巨人の前に取り残された、僕ら三人のほうだ。
『エヘ、ヘ!』
その物々しい巨体に不相応の、童女のような声で笑うそいつに顔をしかめる。
───────────────
【"砕腕詩吟"、アニータ:レベル385】
───────────────
いち、に、さん──
3度のスイングで赤熱させたヒート・パイプを振るい、その堅牢そうな装甲を殴りつける。
が、まったく効いていない。
ゴイイイン、という音とともに鉄パイプが弾かれて、僕の腕がじんじん痺れる。
『シ、ネ!』
「ぁ。」
その隙に。
……いや、隙がなくとも反応できなかったであろう速度で、鉄腕が僕に振り下ろされる。
「み、ミメイ……!!」
「ミメイくん──!?」
痛みを感じるまもなく、パシャリ、と。
自分の体が、水風船みたいにあっけなく破裂させられた音が……
まるで他人事のように聞こえてきた。
【レベルが上がりました!】
しかしその声とともに、一瞬にして僕の体が再構築される。
「ミメイ……いま、死……!」
「僕は大丈夫だから……!」
蘇った僕に、愕然とする二人。彼女らを安心させるようにとりあえずそう言って、ふたたびヒート・パイプを出現させる。
こいつの防御を突破できる火力を出すには、もっともっとヒート・パイプの温度を上げなければならない。
しかし……致命傷を負って意識が途切れたせいで、ヒート・パイプが一度消え、その赤熱がリセットされてしまった。
致命傷を負っても肉体が再生されて戦い続けられる僕の体と、振るうごとに際限なく火力が上昇していくヒート・パイプ。
この上なく相性が良いように思えるけど、実践上では僕が致命傷を負うとヒート・パイプが消えてしまうから、そこまで噛み合わせが良くはないかもしれない。
『あれれれ、殺したのに生きてる!
なんでなんでなんで~?』
潰したはずの僕が無事なのに気がついた"砕腕詩吟"は、すかさず拳を叩き込んできた。
今度はより念入りに、すりつぶすように。
「っ──!」
【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】
『エヘヘ、オモロ~~~
殺しても殺しても生き返りますなぁ~
じゃ、生き返る前に肉餅にしちゃお~オラオラオラ!』
【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】
【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】
【レベルが上がりました!】
重拳の乱打が降り注ぎ、身動きが取れない。
ヒート・パイプを出す間もなく、僕は砕かれ、潰され、引き裂かれ──凄まじい勢いでレベルアップ、もとい死を重ねていく。
「くそっ、くそっ……! やめろ──!」
ケーラさんの叫びが聞こえた。
彼女は自分を奮い立たせるかのように咆哮し、両腕の『蒸気推進ガントレット』の勢いづいた一撃を、"砕腕詩吟"の背中に打ち込んだ。
『かゆゆゆ~?』
「ひっ……!」
その一撃で、鋼の巨人の注意が、僕からケーラさんへと向いた。
"砕腕詩吟"は、倒れ込んだ僕に背を向け、のそのそと彼女の方へと歩いていく。
「……はぁ、ハァ……」
嵐のような暴力に晒されて、肉体こそ再生したが、僕は前後不覚になっていた。
激痛と衝撃の余韻で視界が揺れ、立ち上がろうとする手脚が震えている。
僕がようやく立ち上がった頃には……
"砕腕詩吟"の巨腕が、ケーラさんを押しつぶそうとしていた。
僕は手を伸ばそうとするが、距離はあまりに遠い。
振り上げられた巨腕の黒い影が、ケーラさんを飲み込み。
振り下ろされる──
「あっ。」
その瞬間に、リンさんがケーラさんを突き飛ばして、代わりに影の中に入った。
「わ……わたし、本当になにもない人生だったけど、ケーラに出会えたことだけは、ほ」
なにかを言おうとしたリンさんを、鋼鉄の巨腕が叩き潰した。
「……え、え?
リン……? リン?」
尻もちを着き、困惑したように名前を呼ぶケーラさんの前で。
彼女の友達の、リンさんは。
べっちょりと"砕腕詩吟"の腕にこびりつくだけの、赤い肉片に成り果てた。
『エヘヘ~こっちはちゃんと死んだぁ~~~
さ~て、お次はぁ~~~……んん、なんか、空気が熱いような~?』
じっくりとリンさんをすりつぶした"砕腕詩吟"が、なにか違和感に気がついたようで、僕の方をふたたび振り向いてきた。
「……20。」
それは、たった今ヒート・パイプを振るった回数。
僕は、ケーラさんを庇って叩き潰されたリンさんの姿を目に焼き付けながら。
虚空にヒート・パイプを振るい続け、火力を上げていた。
あれの装甲を貫ける熱量に達するまで。
『お、おお~!? なんじゃそりゃ~?』
これを当てることさえできれば、勝てるはずだ。
でも……この熱量をキープしたまま、つまり致命傷を負わずに"砕腕詩吟"の懐に入ることは、困難に思えた。
今のこの瞬間にも、手の中で激しく輝くヒート・パイプの熱に僕自身が殺されてしまいそうなのだから。
「──ずいぶん遠くまで、ぶっ飛ばしてくれたじゃないの……」
『ィィ!? 痛いぃぃぃ!?』
その時、僕の視界に銀色の影が舞い踊って、"砕腕詩吟"が悲鳴を上げた。
血みどろの戦場に、場違いなほど美しい銀髪のエルフが復帰してきた。
先ほど弾き飛ばされたルツィアが、ようやく戻ってきてくれたのだ。
彼女はレイピアの太刀筋を走らせ、"砕腕詩吟"の装甲に無数の斬撃を刻み込んでいく。
だが、やはり浅い。
ルツィアは素早い動きで"砕腕詩吟"を翻弄しながらヒットアンドアウェイを繰り返しているが、ルツィアの方もあの分厚い装甲を貫く手立てが無いようで、千日手だった。
「……」
僕はヒート・パイプに身を焼かれながら、ノロノロとした足取りで、機械の巨人の背後に忍び寄り。
ずぶり、と。
排気口らしき隙間に、ヒート・パイプを突き刺してやった。
『アッアッアッ、と、溶ける、溶ける~!?
肉も鉄も全部どろどろになってくよ~!?』
熱によって、機械の体の中身が溶けたのだろう。
"砕腕詩吟"は、ほんの数秒後。
錆びついた鉄扉が軋むような歪な金属音を立てながら、膝をつき。
一歩も動かなくなった。
【レベルが、上がりました!】
その声とともに、ヒート・パイプが霧散し。
僕は地面にへたりこんだ。
……勝ったんだ。なんとか。
でも、リンさんが……
僕は、ケーラさんを見た。
茫然自失の表情のまま尻もちをついて、"砕腕詩吟"の残骸にこびり付いたリンさんの肉片に目を釘付けにしている彼女を。
かける言葉が見つからず、見ることしかできなかった。
「あいつ……ふうん。
どうやら、マシな方のバカが死んだようね。」
"大方、しょーもない自己犠牲劇でもあったんでしょうけど"。
ルツィアはそう言って、ケーラさんの方へとスタスタ歩いていった。
「リンが……そんな……
あああ、あ、あたしが……迷宮探索者になろうなんて、言わなければ……」
「そう。アンタのお友達は、代償を支払った。
愚かさの代償の死を。
アンタの代わりに払ったの。」
精々、無駄にしないことね。
ルツィアはそう言って、泣き崩れるケーラさんに背を向けた。