レベルアップが終わらない。   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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『僕が世界を滅ぼした日・終演』

 今日だけで僕は、色々なことを(さと)ったと思う。

 

 人が、()()()()()ということを。

 

 生きるに足る熱を。

 

 ……無力は、つらいことを。

 

 倒れた僕の、かすむ視界の先で。

 ルツィアが、レドニコフ兵たちに連れ去られようとしている。

 

 無力であることを、つらいと感じたのなんて。

 僕は、生まれてはじめてだった。

 

 目の前で、大切なものが奪われようとしているのに。 

 自分が無力なばかりに、見ていることしかできないことが……

 こんなに、苦しいことだなんて……

 

 

 

 ──"これは、きみの行き詰まった人生を壊すための鍵だよ。"

 

 なぜかその時、僕の頭には、あの"魔法使い"の言葉が蘇っていた。

 

 ──"砕けたとき、きみの目に映る景色の、すべてが変わることになるものだ。"

 

「……」

 

 目の前に転がった、淡く光を放つその蒼い宝石は、まじまじと見つめると……

 まるで生きているかのように、模様が流動し、時折脈打つように揺れていることがわかった。

 

 思わず吸い込まれそうになる、妖しい光を放っている。

 

 ……思えば。

 昨日、行き倒れていたあの人からこの宝石を渡されてから、僕の日常が崩れ始めたのだ。

 

 採掘場を襲撃してきた"クリオ・マンティス"。

 そして、マロースツィ率いるレドニコフ軍。

 

 僕は七年以上、迷宮奴隷としてこの《クリオIII》で生きてきたわけだけど……

 その中でも、二番目と一番目ぐらいには恐ろしい存在たちが、昨日今日と続けて訪れている。

 

 まるで、あの宝石が、災いを引き寄せているかのようだ。

 

「…………」

 

 僕の頭の中で、なにかのピースが揃っていくような気がした。

 

 なぜ、気が付けなかったのだろう。

 少し冷静に考えを巡らせられていれば、検討をつけられないことでは、なかったかもしれないのに。

 

 マロースツィたちの目的は、おそらくあの宝石だ。

 

 レドニコフ帝国の伝説が、精鋭部隊を引き連れてまで、僕たちみたいな弱々しい盗掘者たちを処断しにやってきた理由。

 それがようやくわかったかもしれない。

 

 あの宝石は……彼らにとって。

 どれだけの犠牲や労力を払ってでも、手に入れなければならないほど、大切なものなのだろう。

 

 

 僕は、がんがんと痛む頭を回し、考えを巡らせようとする。

 

 もし、この宝石が彼らにとって価値あるものなら……

 これを利用して、なんとか僕たちが助かることは、できないだろうか?

 

 ……この宝石を使って、マロースツィたちと、交渉をする?

 

 "あの。これをお渡ししますから、代わりに僕たちを見逃してくれませんか……"って?

 

 ……だめだ。きっと上手く行かない。

 力づくで宝石を奪われた上で、用済みになった僕らは盗掘者として、ごく普通にその場で処刑されて終わりに決まってる。

 

 取引というのはきっと、あるていど両者の力が釣り合っていて、はじめて成立するのだ。

 僕でも、レドニコフ軍と自分の"取引"が成り立たないことぐらいは分かる。

 

 ……じゃあ、一体、どうすれば良いんだろう?

 

 必死に考える。

 だけど、時間は待ってくれない。

 ルツィアはぐったりとして抵抗もできず、レドニコフ兵たちにどこかへ連れて行かれようとしている。

 

「……っ」

 

 考えてる時間なんて、ない。

 なにか、なにかを、しなければ。

 なんでもいい。動くんだ。

 

 状況は……これ以上、悪くなりようがないのだから。

 

「マロースツィ……! こっちを見ろ!」

 

 僕は、"ヒート・パイプ"を杖にして、力をふり絞り。

 喉が張り裂けんばかりの大声で、そう叫んだ。

 

 全身が、ばらばらになりそうなぐらいひどい痛みを訴えているけど。

 そんなの意に介さずに、絶叫する。

 

「ルツィアを、はなせ!

 じゃなきゃ──お前たちの大切なものを、叩き割ってやるぞ!

 こっちを…………! 

 僕を見ろっ……将軍マロースツィ!!!」

 

 マロースツィが、融解した右半身から、ゆっくりと僕の方へと振り向いてきた。

 言葉は伝わっていないのだろうが、どうやら僕の叫びは届いたようだ。

 

 ──そして、その双眸が僕の姿を捉えた途端。

 ──やつの体から、どす黒いオーラが立ちのぼって見えた。

  

 激怒、していた。

 

 吹雪と凍土の化身のようなあの将軍が、ちっぽけな迷宮奴隷に対して、全力の殺気を放っていた。

 

 なにせ、マロースツィの視線の先には……

 地面に転がる彼らの大切な宝石めがけて、"ヒート・パイプ"を振り上げた格好の、僕がいるのだから。

 

『───! ! !』

 

 マロースツィが、なにか呪詛めいた咆哮を寒空に響かせた。

  

 

 大気がゆれる。

 怖気がはしる。

 

 本来なら、ぜったい立っていられないほどの重圧が、僕にのしかかる。

 

 ──だが、止まらない。

 タイラーさんの英雄譚を目撃し、そして彼の武器を握りしめている今の僕が。

 この程度の圧力になんて、負けられるはずがない。

 

 僕は、やつに見せつけるように、大きく大きく振りかぶった"ヒート・パイプ"を、蒼い宝石に打ち降ろした。

 

 一度目。意外なほど硬く、ヒビすら入らない。

 

『──葬列の処刑槍(フューネラル・カピヨー)!!!』

 

 マロースツィが吠え、空手のままこちらへと疾走してくる。

 疾走する彼の手の中に、氷の巨槍が生成されていく。

 

 だが、僕は手を止めなかった。

 二度、三度──。

 振るうたび、"ヒート・パイプ"は熱を増していき、堅牢な宝石を融解させていく。

 

 

 

 そして、四度、五度と。

 鉄パイプを、振り下ろし続け──

 

『──やめろ。』 

 

 

 

 バキン、と。

 

 宝石が、粉々に砕け散った。

   

 

 

 

【──あなたは《クリオIII》のダンジョン・コアを破壊しました。】

 

 

 

 

 

 

            ※

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪原が、異様な沈黙に満ちていた。

 

 マロースツィが、その場に立ち尽くして、粉々になった宝石に視線を釘付けにしている。

 砕け散った破片は、だんだんとその蒼い輝きを失っていき、灰色のガラス片に変わり果てた。

 

 しかし、なにも、起こらなかった。

   

 ただ、彼らの大切なものを壊し、マロースツィの注意を引くことに成功しただけだ。

 実際のところ、状況は何ひとつ好転していない。

 ルツィアと僕の命運はどん詰まりのまま、変わっていない。

 

 その一方……

 ふしぎと、マロースツィの圧力は、嘘のように消え去っていた。

 

 あれだけの怒号をあげて取り返そうとしていたものが、粉々にされたというのに。

 僕に──襲いかかってこない。

 

 マロースツィはまるで、絶望の底へ叩き落されたかのように、力なく立ちすくんでいるだけだった。

 

 命より大切なものを、失った。

 魂を抜き取られた。

 そんなふうに。

 

 僕が、マロースツィの様子を、怪訝な気持ちで見続けていると、

 

 

 

「っ……」

 

 

 

 ──世界が、断末魔じみた甲高い音をあげながら、揺れ始めた。 

 

 ほんの一瞬、それが聞こえてから、なにも聴こえなくなった。

 鼓膜が破れたのだ。

 

 だけど、それでもなお、お腹の奥が震える。

 静寂の中で、轟音が響き続けているのがわかる。

 

 そして──()()()()()()()()

 地面に無数の亀裂が走り、レドニコフ兵たちが混乱の叫びを上げているように見える。

 

 いや、大地だけではない。

 

 空も、引き裂けていた。

 曇り空が、まるでそういう天井画だったみたいに、がらがらと剥がれ落ちてきている。

 

 レドニコフ兵たちが、大地の裂け目に呑み込まれていくのが見えた。

 その光景を見て、僕は我にかえる。

 

「──」

 

 ルツィア、と叫び、立ち尽くすマロースツィの脇を、ほとんど歩きと変わらないスピードで走り抜ける。

 ルツィアを拘束している兵士たちは、この異常事態に混乱しながらも、彼女を離す様子はなかった。

 

 関係ない。

 食らいついてでも、取り返してやる。

 

 僕が、ルツィアに手を伸ばした、その時。

 

 

 

 【レベルが、上がりました!】

 

 

 

 聴こえないはずの頭が、鳴った。

 

「っ……?」

 

 僕の世界に、音が返ってきた。

 全身の痛みと傷が、消えていく。

 少し、いつもより体に力が入るような気がする。

 

 ……()()()が、上がった?

 

 おかしい。僕は、だれも殺していない。

 タイラーさんは、こう言っていた。迷宮都市における"レベル"の概念。

 『殺した相手の"存在の格"に応じた経験値が取り込まれる』って。

 

『──!』

 

 その困惑が、隙を生んだのだろう。

 レドニコフ兵の警棒の一撃が、僕の頭を、叩き潰した。

 

 頭蓋骨が、ひしゃ、げ、

 

 

【レベルが、上がりました!】

 

 

「ぇ、あ……?」

 

 だけど、次の瞬間には、僕の頭は何ごともなかったかのようにそこにあった。

 

 思わず、ぺたぺたと自分の顔を確認してしまう。

 いつもの僕の顔と頭が、そこについていた。

 

 なにが……起こったのだろう?

 

 だが、僕を叩き潰したレドニコフ兵は。

 バケモノを見るような目を僕に向けながら、なにかを喚き散らし。

 半狂乱で、再び警棒を振るってきた。

 

「ぐっ……」

 

 さっきはまったく見えなかった一撃が、今度は咄嗟に腕を挟み込んで防御が間に合った。

 メキャメキャッ、と。防御した腕ごと体を薙ぎ払われ、その衝撃で骨と内臓が壊れるような感覚に襲われたが、

 

【レベルが、上がりました!】

 

 それも、次の瞬間には完治していた。

 

『なんなんだ……なんなんだ、お前は!』

 

 全身を砕きながらぶっ飛ばしたはずの僕が、平然と立ち上がる姿を見て、レドニコフ兵が上ずった声で叫んだ。

 

 

 致命傷に近いダメージを受けると……【レベルが上がりました】という無機質な声が頭に鳴り響き。

 そのたびに、負った傷が、まるで嘘のように消え去っている……?

 

「……"ヒート・パイプ"。」

 

 僕はそう呟き、右手に鉄パイプを出現させた。

 両腕を使わないと満足に振り上げることすら難しかったタイラーさんの鉄パイプが、今は片腕でもなんとか持ち上がった。  

 あの人はまるで棒切れみたいに振り回していたけど、僕にはそんな事はできそうにない。

 

 そしてそれを、ルツィアを拘束しているレドニコフ兵に向けて、突きつけるようにして構えた。

 タイラーさんが、マロースツィに対して獰猛に歯を剥いてそうしたみたいに。

 あの人の影を真似て。

 

 

 今の僕がどうなっているのかは、よくわからないけど……

 少なくとも、不都合なことにはなっていない。

 これなら──僕は、戦うことができる。

 

 巨獣の断末魔のような音をあげて、天と地が崩れていく世界の狭間で。

 僕は、レドニコフ兵相手に"ヒート・パイプ"を振り上げ、いま一度戦いを挑んだ。

 

『────っ……』

 

 

───────────────────

【レドニコフ国家警備隊、レフ・セドフ:レベル83】

───────────────────

 

 

 相手は、一介のレドニコフ兵。

 タイラーさんがダース単位でなぎ倒していた"地吹雪部隊"の兵士たちよりも、ずっと弱いのは間違いない。

 

 それでも、未だに、力も技術も僕よりは圧倒的に上だった。

 向こうはルツィアを小脇に抱えたままだというのに、数合の打ち合いで、ぼくは、

 

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

 

「──あああッ!!!」

 

 僕は、おそらくは5回も、致命傷を負わされた。

 

 だがそのたびに傷は完治し、僕の腕力は上がり──"ヒート・パイプ"もまた、熱を増していく。

 

『く、来るな──!』

 

 赤く燃える"ヒート・パイプ"を振り上げながら、なんど殺しても立ち上がって襲い来る僕は。

 向こうからすれば、まるで悪夢のような存在に見えたことだろう。

 

 明らかに腰が引けていた。

 僕はその分、余分に間合いを詰めてやり──赤熱した"ヒート・パイプ"を槍のように押し込むことで、ずぶりとレドニコフ兵の胴体を、貫いた。

 

「……はぁ、はぁ。」

 

 腕の先で、レドニコフ兵が地面に崩れ落ちた。

 僕もまた、"ヒート・パイプ"を霧散させ、尻もちをついてしまった。

 他人の死の感触が、そして自分の死の感触が、鮮明に頭に焼きついて離れなかった。

 ぶるぶると首を振り、なんとかそのイメージを振り払おうとする。

 

「ふぅ……」

 

 僕は立ち上がり、地面に倒れるルツィアに肩を貸すような形で立ち上がらせた。

 

 ルツィアには、確かに息はあったが。

 虚ろに目と口を半開きにした状態で、しかもその両方からぽたぽたと血を垂れ流し続けていた。

 一刻もはやく、ちゃんとした処置をしないといけないことが、一目瞭然だった。

 

「……」

 

 僕は、ルツィアが羽織っているジャンパーのポケットをまさぐった。

 その中には、ちゃらりと金属質な音を鳴らす、冷たい物体がある──

 この異世界《クリオIII》から脱出するために、必要なもの。

 僕が七歳の頃に追放されたっきりの『迷宮都市』に繋がる"ゲート"の鍵がある。

 

 ルツィアは迷宮奴隷ではないので、定期的に『迷宮都市』へ食料や医療品を買い出しに行っていた。

 僕は、その際に彼女が向かっていた方角を必死に思い出しながら、そちらに目を向けた。

 

 

 僕は、崩壊していく世界を尻目に、ルツィアをひきずって雪原を歩き続けた。

 力が多少強くなったとは言え、意識のない人というのは実際よりも重く感じるらしく。

 僕とルツィアの移動は、緩慢なスピードだった。

 

『──逃さんぞ、悪魔め……!』 

 

「あ、ぐっ……」

 

 その時、僕の背中から胸にかけてを、なにがが貫いた。

 喉に鉄の味が込み上げるのを感じながら、僕は声が聞こえた方へ振り向く。

 

 そこにいたのは、"地吹雪部隊"の腕章を付けた、兵士だった。

 

『貴様のせいで……貴様のせいで、この世界は滅びるのだ!!

 瓦解する地と天に巻き込まれ、すべてが死に絶える……

 我々が国に置いてきた家族も、戦友も、あの閣下すらも!

 自分がやった行為の意味を、理解しているのか──!』

 

 

 タイラーさんと戦っていたうちの一人であろうことは、左腕が肩口から溶断されたような傷跡でなくなっていることを見れば、一目でわかった。

 

 だが彼は、まったく衰えない闘志と憎しみを目に宿し。 

 槍を、僕の胸に突き立てている──!

 

「邪魔を、するな……」 

 

 ルツィアを地面に横たえ、僕は。

 手の中に"ヒート・パイプ"を発現させた。

 

『ッ……! 貴様、その武器は……!

 あの男の魔顕を、継承したとでもいうのか……』

 

 僕の手に現れた鉄パイプを見て、隻腕の"地吹雪部隊"隊員は一瞬、たじろいだような素振りを見せた。

 

 僕にとってマロースツィの槍が恐怖の象徴であるのと同じように。

 あちらからすれば、タイラーさんの"ヒート・パイプ"もまた、恐怖の対象であるに違いなかった。

 

「こわいなら、どいてくれよ……

 時間が、ないんだ……」

 

【レベルが、上がりました!】

 

 "ヒート・パイプ"に慄き、僕の胸に穿った風穴が一瞬で塞がっていく光景に目を見開きながらも。

 彼は槍を構え、目にも止まらない速度で、突貫してきた。

 

 ああ……彼もまた、恐怖に打ち克つことができる人なんだろうな。

 ほんとうの意味で、強い人なんだ。

  

 僕は、目を細め。

 彼に敬意をはらいながら。

 ありったけの殺意をこめた目で、歯を剥いて、

 

 その槍で、またたく間に、全身を蜂の巣にされた。

 

 

 

───────────────────

【"地吹雪部隊"第六突撃連隊、ドミトリ・ズーボフ:レベル630】

───────────────────

 

 

 

【レベルが、上がりました!】

 

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

 

『貴様……っ』

 

 槍の軌跡がまったく見えない。

 彼の手元が揺れるたび、銀閃が煌めき、僕の体のあちこちが壊れていく。

 白い雪原が、ぼたぼたとこぼれ落ちた僕の血肉でどす黒く染まっていくのが見えた。

 

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

 

 前が見えない。

 激痛が走るたび、視界が真っ赤になる。

 それでも僕は、歩みを進める。

 見通しのきかない猛吹雪のさなかを、ひたすら進み続けるかのように。

 あるく。あるく。それだけを考える。

 

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

 

 わき腹を吹き飛ばされながら、ヒート・パイプを振るう。

 確かな手ごたえ。相手のうめき声が聞こえた。

 ようやく、頭に一撃が入った。

 

【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

 

 食らいつくように組み付き、全体重で押し倒す。

 あちらは片腕がないせいで重心のバランスが取れなかったようで、思いの外あっさりと倒れ込んだ。

 

【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

 

 馬乗りになった。

 殴る、殴る。

 抵抗されて、至近距離で槍を何回も食らった。

 つらぬかれた胸の槍をそのまま掴んで、武器を使えなくする。

 

【レベルが上がりました!】【レベルが、上がりました!】【レベルが上がりました!】

 

 喉首を締め上げる。

 手首を食いちぎられた。

 鮮血が吹き出す手首を相手の目に押し付けて、視界を奪う。 

 

【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】

  

 熱を帯びた"ヒート・パイプ"を、鉄槌のように、頭部へと打ち下ろし続ける。

 

【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

 

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

【レベルが上がりました!】

 

 

【レベルが、上がりました──】

  

 

 

 

 

「ルツィア」

 

 

  

 

 僕は、"地吹雪部隊"隊員の死体に背を向けて、ルツィアを抱き起こした。

 僕が彼を殺すまでに、何十回も殺されたせいで、すっかり時間が経ってしまい……

 ルツィアの体は、すっかり冷たくなっていた。

 

 

「ルツィア……」

 

 僕は、彼女の手を握った。  

 でも、彼女の手は、握り返してくれることはなかった。

 

 

 心臓が痛いほど拍動している。

 視界が白んでいる。

 喉がひどく渇いている。

 世界は音を立てて崩壊していく。

 

「……」

 

 僕は、ルツィアを軽く抱き上げて、雪原を走った。

 もう、間に合わないかもしれないなんてことは、無理やり頭から締め出した。

 

 そんなことを考えたら、もう……

 僕には、走る理由が、なくなってしまうから。

 

 

 ルツィアを抱えて、しばらく走っていると──視線の遥か遠くに、洞窟と。

 その奥まった場所にある、何やら重々しい機械仕掛けの鉄扉のようなものを、見つけた。

 

 あれが、"ゲート"なのだろう。

 あの先に、迷宮都市がある。

 

 だけど、僕がそれを見て、さらに脚に力を込めた時……

 

 背後から、脳にこびりついた、呪詛のような咆哮が聞こえた。

 

「っ……」

 

 後ろから、マロースツィが、僕を追いかけてきていた。

 

 初めてみたときに感じた、威厳や荘厳さはもはやその将軍からは感じられなかった。

 どす黒い憎しみのオーラを撒き散らしながら、ただの復讐鬼のように、僕めがけて向かってきている。

 

 

 ──今の僕であろうと、あれと戦ったら、問答無用で殺される。死が待っている。 

 そう、直感した。

 強くなったことで、マロースツィの強さを多少まともに感じられるようになったのだ。

 

 僕は、"ゲート"めがけて全力疾走する。

 それでも、マロースツィはあの巨体と重鎧で、僕よりもずっと速かった。

 踏み込みで雪を巻き上げながら、猛吹雪を背後に背負ってこちらにやってくる。

 

「はぁ、はぁ……っ」

 

 ようやく"ゲート"にたどり着いた僕は、その中心にあるくぼみのような場所に、鍵を押し入れた。

 

 するとその鉄扉は、重々しい音を立てながら、少しずつ開いていく。

 マロースツィは、まだずっと後ろにいる。

 間に合う、逃げられる──

 

『████████!!!』

 

「は……っ!?」

 

 マロースツィもそれを悟ってか、その場で脚を止め、上体を大きくよじり──槍投げのような姿勢を取っていた。

 

 死。

 

 数瞬の後。

 自分の体が、血の霧になって、二度と元には戻らないイメージが脳裏に浮かび上がる。

 

「はやく、はやく……!」

 

 開きつつあるゲートを、渾身の力で押す。

 ぎりぎりできた隙間に、先にルツィアをねじ込み、僕がその後に中へと入った。

 

 

 背後で、何もかもが崩れ去るような音がしたあとに。

 

 僕たちは、《クリオIII》から脱出することができたのだった。

 

 

 

 

 

 

        ※

  

 

 

 

 気がつくと、僕とルツィアは……

 コンクリートのような石畳の上に、倒れ込んでいた。

 

 現代的な街並み。

 冷たくはないが、どこか濁った空気。

 

 間違いなく、そこは──『迷宮都市』だった。

 マロースツィも、"地吹雪部隊"も、ここにはいない。

 

「……」

 

 だけど、僕が安堵したのも束の間……

 黒いスーツを纏った、若い男の人と、彼の部下であろう同じ格好の人たちが。

 倒れた僕とルツィアを、仮面のような表情で、見下ろしていたのだった……

 

 

 

 

 

    第一話:僕が世界を滅ぼした日・終演。

 

 

 

 

───────────────────

【『ミメイ』レベル1→レベル43 ※"経験値"蓄積中。取り込まれた世界一つ分の膨大な経験値に対し、肉体の作り変えが追いついていない。】

【装備:『7級魔顕(まけん)・"ヒート・パイプ"』】

【等級:無名(ノービス)級】

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