レベルアップが終わらない。 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
──天と地が崩れ落ちていく《クリオIII》が。
──荒ぶる吹雪の化身たる将軍と部隊が。
──とある英雄譚の、最期の1ページが。
【レベルが、上がりました!】
頭に、景気の良いファンファーレのような声がひびいた。
物語の新しいページをめくるには、うってつけの音色だった。
僕は自分の意識を、過去の追想から、現在に移すことにした。
第二話『長い、長い一日目』
《クリオIII》のゲートから、ほうほうの体で迷宮都市に逃げ込んだ僕とルツィアを待っていたのは、スーツ姿の男たちだった。
地面にへたりこむ僕らを、なにも言わずに見下ろしていた彼らの中心にいた若い男は……
なにやら、機械のようなものを耳に当てて、どこかと連絡を取っているようだった。
『……数十分前から"氷の迷宮街"全域で発生していた、《クリオIII》ゲートの機能不全と、関係していると疑わしい人物ふたりを発見しました。
ええ。みすぼらしい少年と……銀髪・ピアスが特徴的なエルフの少女です。
は……殺せ? 少年の方は任せるが、エルフの方は確実に……?」
彼は、しばらく通信機の向こうにいる誰かと問答をしていたようだったが、やがて深い息を吐きながら頷くと。
通信機をポケットにしまい込んで、ふたたび僕の方を見てきた。
……ルツィアを医者に見せてほしい、なんて言える状況では、なさそうだった。
むしろ、目の前のスーツ男の向けてくる視線は、レドニコフ兵と大差ないようなものに感じられた。
殺意。敵意。
その証拠に、彼は腰にさしていたサーベルのようなものを抜き放ち。
僕が大事そうに抱えているルツィアに、その切っ先を向けてきた。
「……『
有無を言わさぬ宣言だった。
僕はルツィアをそっと横たえ、スーツ姿の男の前に立ちふさがった。
ピリッ、とした空気が僕とスーツ姿の男の前に走る。
僕は右手を虚空に握り込み、"ヒート・パイプ"を発現させようとした。
「おいおい……なかなか、いい感じの空気になっているじゃないか。
オレも、まぜてくれよ?」
──そんな、場違いなほど脳天気な声が聞こえた途端、ひりついていた空気がさらに重苦しくなったような、そんな感覚をおぼえた。
マロースツィが目の前に現れた時と、近い感覚だった。
有無を言わさず圧殺されそうになるあれよりはむしろ、からみついてくるようなプレッシャーだけど──絶対的な強者。それだけはわかる。
「っ……」
その重圧の出どころは、スーツ姿の男の後方からだった。
僕は後ずさり、それまで僕の方を向いていたスーツ姿の男たちもまた、向こうの方へ振り向いた。
「──"蒐集英雄"……
英雄譚級迷宮探索者が、なぜここに……?」
「なぜ、って……あはは。ひどいなあ。
お前ら『
オレは、お前らの上位組織から依頼されて、ここに来たんだよ?」
"蒐集英雄"──。
スーツの男にそう呼ばれた人物は、まるで散歩でもしているかのような、ゆったりとした歩みで僕の目の前に姿を現した。
一見してその人は、ゆるゆるふわふわとした雰囲気の美男子にしか見えなかった。
色白で細身の長身。
ずっと、ニコニコ笑っている。
洒脱なコートを身にまとって、灰色の髪の毛をなびかせた青年。
だけど……なぜか僕には、分かったんだ。
"こいつはやばい"って。
「ンー……そこに倒れてるエルフ……ああ。長らく"公社"から捜索命令が出ていたやつか……
本命だった魔女はけっきょく見つからなかったし、手土産にはちょうどいいかな?
まあ、オレのコレクションにしてやってもいいけど……
それは、捕まえてから考えればいいか。」
"蒐集英雄"は、ルツィアを見て、目を愉快そうに歪めると、
「と、いうわけで。
漁夫の利を取るようで申しわけないけど……
そのエルフ、オレにくれないか?」
──彼の左手に、なにか冊子のようなものが出現した。
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【『5級魔顕"魔法少女のルーズ・リーフ"』】
『かつて"魔法少女"と呼ばれていた迷宮探索者グループの一人が保有していた30枚組のルーズ・リーフ。』
『"魔法呪文"が書かれた頁を破り捨て、対応する詠唱をすると、それを代償に極めて強力な魔法攻撃を行使できる』
『一日に一枚ずつページ枚数が回復していくが、全ページを使い切った場合、使用者は不明なプロセスの後に、理性なき怪物に成り果てる』
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「"魔顕"っ……待て!
英雄アジルールフォ、あなたとやりあうつもりは──!」
「あっはっは。うんうん。
──『
"蒐集英雄"が、自分の手元の冊子のページを一枚破り捨てながら、そう言うと。
「っ……!」
全身に激痛が走り、視界が真っ赤になった。
僕の目の前にいるスーツ姿たちは、全身の皮膚を突き破って出てきた有刺鉄線のようななにかに悲鳴をあげながら、鮮血を吹き出して倒れている。
きっと僕も、あんな感じになっているんだろう。
だけど、あいにく──今の僕は、たぶんこの世の誰よりも痛みに慣れている。
死にそうなぐらい痛くて、じっさい数十秒後には死んでしまいそうなぐらいの傷だけど、この程度では僕は止まらない。
僕は、全身からぼたぼたと血をこぼし、痛みに歯を食いしばりながら立ち上がり。
目の前でノートを片手に悠然と佇んでいる"蒐集英雄"を睨みつけた。
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【"蒐集英雄"、アジルールフォ:レベル
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「ほお、立てるんだ……やるね。
みじめで好きだよ。お前みたいな、なんの力もない、ど根性だけのガキは……」
"蒐集英雄"は、相変わらずニコニコと笑ったまま、僕を見ていた。
僕はそれを意に介さず──右手に、僕の"魔顕"を。
"ヒート・パイプ"を発現させた。
「…………?」
僕の手の中で、ゆっくりと輪郭を帯びていく"ヒート・パイプ"。
それに対し、はじめはすこし怪訝そうな顔をしていた"蒐集英雄"は。
「……は?」
完全に実体を持ったそれを見た途端。
表情から色を消して、にわかに目を見開いていた。
「……なぜ……は、はは……」
だが、その唇だけは異様に釣り上がり、彼の興奮を物語っている。
「……おいおい、おいおいおい……
随分なモノを、持っているじゃないか……
そんなモノを持っているのなら、はやく教えてくれよ。
いじわるだなあ。」
"ヒート・パイプ"を構えて臨戦態勢をとる僕をよそに。
彼は、目元をおさえ、感極まったかのように震えていた。
なんなんだろう……この人。
強いとかそれ以前に、なんか、変だよ。
調子が狂いそうになる。
【レベルが、上がりました!】
頭に、もはや聞き慣れたその声が響き渡った。
僕の全身の傷が時間を巻き戻したかのように治癒し、力が入るようになる。
"蒐集英雄"は、レドニコフの"地吹雪部隊"すらおののいていたその光景を、笑顔で見つめたあと。
うわ言のように……なにかをつぶやきはじめた。
「ああ……神様……
クソみたいな人生でも、毎日を必死に生きていれば、たまにはマシなことがあるって、ほんとうだったんだね……」
「っ……」
次の瞬間、僕の視界から彼の姿がかき消え、
「今は、おやすみ……」
耳元でささやくような声が聞こえ、僕の首筋に衝撃が走る。
僕の意識が、黒く染まった。