レベルアップが終わらない。 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「……んん。」
意識が浮上して最初に僕が感じたのは、がんがんと痛む頭だった。
重いまぶたを上げようとすれば、寝ぼけ眼には強すぎる光が、それを阻んでくる。
がちゃっ、と。なかば反射的に目をこすろうとした両手が、金属質な音を立てて後ろ手で鳴った。
手錠を……かけられてる?
頭が混乱している。
たしか、僕は《クリオIII》のゲートから逃げて、迷宮都市に顔を出して……
その後すぐに、"蒐集英雄"だとか呼ばれていた灰髪のふわふわした雰囲気の危ない男と相対し──首筋に強い衝撃が走った。
たぶん、気絶させられたのだろう。
そんなことを考えているうちに、目が光に慣れる。
ようやく機能しはじめた僕の目に映るのは……
広々とした、オフィスと図書館が混じり合ったかのような部屋だった。
うっすらと香る、シダーの匂い。
上等そうなベージュ色の絨毯が目に入る。
部屋の両壁には、分厚い装丁の本がびっしりと収まった赤褐色の木材でできた書架が天井まで続いている。
目の前に目線をやると、この部屋の奥まった壁の一面はひとつまるまるガラス張りになっており。
そこから射し込む外光が、さっきから僕の目を刺している眩しさの根源だった。
かなりの高さのようで、そのガラス張りからは──迷宮都市の摩天楼を、見下ろすことができる。
そして──そして。
そんなことよりも、僕を、驚かせたのは、
「えっ……ええっ……」
僕に背を向けた形で、僕と同じく手錠を後ろ手にかけられたルツィアが、目の前に立っていた──それも
全裸……全裸?
な、なんで、裸なんだろう?
目を疑い、なんどか目をぱちぱち瞬かせてみるも、まちがいなくルツィアは裸で立たされていた。
逆光になっていて、シルエットしかよく見えないけれど、ほっそりした背中のくびれから、きゅっと持ち上がったお尻にかけてのラインとかがくっきりと見えて……
まちがいなく、彼女は裸だった。
「る、ルツィア……
どうしてそんな、えっちな格好を……」
よくわからない状況。
ついでに、はじめて見た女の人の裸。
僕は混乱の極地だった。
「ミメイ……あんたってさ。
ほんとうのバカなの……?」
へたりこんだまま僕が漏らした、あまりにバカっぽい言葉に。
銀髪のピアスばちばちエルフは、首だけ僕の方に振り向いて、辛辣な言葉を浴びせかけてきた。
ああ……まちがいなくルツィアだ、これは……
「──お目覚めかな。
《クリオIII》滅亡の主犯くん。
大量殺戮者の少年。
お寝坊さんだね。
自分の置かれた状況も知らないで。暢気なものだ……」
その時。
僕の目の前に立っているルツィアの背中の向こう側から、うたうような女の人の声が聞こえた。
曲がっていた背を伸ばし、僕はルツィアの肩口からその声の主を見る。
「……エルフ──?」
ガラス張りの壁を背に、紫檀のデスクに肘をついてチェアに腰かけていたのは──ルツィアとおなじように耳がとがった、黒髪の女性だった。
その傍らには、秘書、あるいは護衛だろうか。鉄仮面にシルクハット、そして黒スーツという特徴的な服装に身を包んだ人が、直立不動で控えている。
耳がとがった彼女は、黒い革手袋に包んだ手を組み合わせ、口元を隠して僕を見ている。
その切れ長の目元に、"にんまり"という擬音が似合う、草木でもながめるような無感動な微笑みをたたえながら。
僕に、語りかけてくる。
「キミの置かれた状況を説明する、その前に……
自己紹介を、するとしようか。
──わたしはイヴ。イヴ・ルミナロンド。
いまはこの迷宮都市管理公社の、魔術技監をつとめている者だ。
隣りにいる"これ"は、気にしなくて良い。わたしの影のようなものだ。」
「かんりこうしゃ……
の、まじゅつぎかん……?」
「とってもえらいってこと。」
「な、なるほど……!」
耳がとがった黒髪の美人さん──イヴさんは、顔にちんぷんかんぷんだと書いていた僕を見て、そうまとめてくれた。
そんな、とってもえらいイヴさんは、どうして……
僕とルツィアを、拘束しているのだろうか……?
「結論から、端的に言おう。大量殺戮者の少年。
キミは──"死刑"だ。
罪状は、この都市でもっとも重い罪のひとつ。"ゲート損壊罪"。
キミはこれから、永い永い年月をかけて、ゆっくりと処刑される。
最期に窓から、外の景色でも見ておくと良い。
天より睥睨する『迷宮都市』の摩天楼……
一般的な市民では、死ぬまで見ることない景色だ。」
「えっ……えっ? 死刑?」
あまりにインパクトが強すぎるその言葉に、僕の口から呆けた声が漏れる。
"大量殺戮者の少年"、って……僕のこと?
そんな、心当たりもない──と、思いかけて。
僕の脳裡に、天と地が崩れ落ちていく《クリオIII》の光景がよぎった。
……なるほど、たしかにあの地獄のような光景は、僕があの青い宝石を破壊したことをきっかけに引き起こったわけだから……
あれによって、たくさん人が死んだのなら、その責任は僕にある、ということに──
「──イヴ……
なにを、ふざけたことを、抜かしてるわけ……っ」
僕が、自分の犯したであろう巨大すぎる罪の実感を掴みかねていたとき。
ルツィアが、どすの利いた声でイヴさんにそう抗議した。
「ミメイが、大量殺戮者……? 世界を滅ぼした……!?
バッカじゃないのっ……こんなチビのガキに、そんなことできるわけないでしょ!
ハッ……! ずいぶん見ないうちにアンタ、こんな簡単な事もわからないぐらいイカれちゃったの?
また泣かせてやるから、ケンカ売るならあたしにすれば?」
「ふっ、ふふふ……怒ってるっ。
かわいいね、わたしのルツィア……
そんなにあの少年が大切なのかい……?
でも、すっ裸でぷりぷり怒ったって、より倒錯的になるだけだよ。
だいたい、"
「……ほんっとに、悪趣味なヤツ……」
「それにしても、まさかキミが、あの才媛ルツィア・シルヴァワルツが……
盗掘会社のいち社員として《クリオIII》に潜伏していたとは。
そりゃあ、いくら探したって見つからないわけだ……」
激怒寸前、という様子で細い肩を震わせるルツィアに、イヴさんはなぜか嬉しくてたまらないとでも言うように、口元を抑えて笑いを噛み殺していた。
そしてチェアから立ち上ると、立ちすくむルツィアの前まで歩み寄り、足を止める。
「でもね?
あの少年が、ひとつの世界を──《クリオIII》を滅ぼしたのも。
そして、今すぐ処刑する必要性があるのも、ほんとのことなんだよ。ルツィア……」
「なにを……」
イヴさんは、ルツィアの長い耳を指先で撫でる。
それから、指を胸の方まで持ってくると、そのままつーっと……お腹の、いちばん下の方まで持ってきた。
「ッ……ほんとうに気持ち悪い……!」
「ふふっ、すぐに良くなるよ……」
そしてルツィアから至近距離で殺意がこもった視線を浴びながら、イヴさんは唇を歪めて円を描く様にそこを撫でる。
……そんな場合じゃないってことは、わかってるのだけども。
なにか見ちゃいけないようなものを見ている気がした僕は、視線をどこかべつの場所に向けようと、右手の方を向いた。
「……あっ。」
僕とルツィアとイヴさん、そして物言わぬシルクハットの仮面しかいないと思っていたこの部屋には、もうひとりの人間がいた。
──"
僕を気絶させて、ここまで運んできたであろう灰髪の男が、壁一面を覆う本棚に背をもたれ。
そこから抜き出したであろう書籍の背表紙を指でなぞりながら、佇んでいた。
「んっんー?」
そして、僕の視線に気がつくと、彼はふんわりとした笑みを浮かべて、楽しげにひらひらと手を振ってくる。
……どういう気持ちで笑っているんだろう……あいつは……
物見遊山気分、なのだろうか?
とりあえず、恨みがましい視線を送っておく。
でも、まったく意に介した様子はない。
涼しい顔で、ことの成り行きを見守っている様子だ。
「──ほら、ルツィア。後ろを向いて。
面白いものを見られるよ?」
その時、イヴさんのそんな声が聞こえ、僕は視線を前に戻した。
イヴさんに肩を回されたルツィア、なかば無理やり、こちらに振り向かされていた。
ルツィアの裸体の前が、僕の目に入る。
大事なところが、大体ぜんぶ。
「わっ……」
「っ──ミメイ! 左に避けなさい!」
見ちゃいけない! と。反射的に目をふさぎかけた、僕の耳を──
悲鳴のような、ルツィアの声がつんざいた。
「へっ……?」
「もう遅い。」
咄嗟に目を開けた僕の視線の先では。
ルツィアの肩を抱いたイヴさんが、指でつくったピストルのようなものを、こちらに向けてきていた。
「魔術・"
「っ……!」
衝撃。
世界が、ものすごいスピードで通り過ぎるかのような感覚。
なにか、とてつもなく大きな力に、弾き飛ばされた。
そう感じたのも束の間、僕の体は壁に叩きつけられる。
「ミメイ──!」
全身の感覚が、なかった。
目と耳が、機能していない。
すべてが、とおのいていく。
死の、あしおとが、僕に……
────────────────────
【レベルが上がりました!】
────────────────────
「っ……はぁっ、はぁっ……!」
その声が聞こえた瞬間、すべてが元通りになる。
ひしゃげた肉体も、遠くなっていた世界も、全部が返ってくる。
僕は立ち上がり、イヴ・ルミナロンドを睨みつけた。
ちら、と背後を見ると、壁にできた巨大なひび割れに、僕の形をした血のシミが沈着していた。
まちがいなく、"致命傷"だった。それも即死に近いレベルの。
不幸中の幸いというべきか、手足が捻じ曲がった影響で、手錠が外れてくれた。
死の淵から蘇った僕を、イヴは表情ひとつ変えずに見ていたけれど……そのとなりにいる人は、そうではなかった。
「ミメイ──なによ……それ……?」
ルツィアが、その金色の目を見開き、口元を手でおさえて、僕を見ていた。
まるで、この世でもっともいたましく、そして痛々しい光景を見たかのように。
……そんな顔をしないで。ルツィア。
僕は、大丈夫なんだ。痛くたって平気なんだ。
どういうわけか、今の僕は──殺されたって、死なないようだから。
僕だけは、君の側からいなくなりはしないから。
君さえ良ければ、だけど。
「見てのとおり、今の彼は"不死身"だ。
たとえ肉片のひとかけらからでも、一分たらずで再生する。
大規模な魔術儀式を用いなければ、完全に殺すことはむずかしい。」
「なんで、ミメイが、そんな。」
ひどく狼狽するルツィアに、イヴが説明する。
「──彼が、《クリオIII》のダンジョン・コアを破壊し、あの世界を滅ぼしたからだ。
少なくとも、この迷宮都市の
《クリオIII》の全人口は、推定・29億人……計数されざる少数民族や、他の動植物などを含めれば、さらに膨大な数字になるだろう。
つまり──今の彼には、あの世界の全生命体を殺害したぶんの"経験値"が殺到しているんだ。
つねに、肉体がより強く作り変え続けられているのさ。
致命傷を負うと、防衛反応でそれが加速し、即座に再生するというわけだ。」
とうとうと、イヴ・ルミナロンドは語りつづける。
「迷宮都市の歴史上、"ダンジョンコア破壊者"は、計六名。
そのうち一名は、神話級の迷宮探索者となり。
そのうちの二名は、力におぼれ迷宮都市の災禍となり討伐され。
そして、もっとも新しい三名は──その"不死身"という性質を活かし、数十年にわたって迷宮都市の食糧問題と医療発展に多大なる貢献をした末に。
いずれも、光の差し込まぬ地下室で、蓄積された経験値を使い切り死亡した。
──彼にも、そうなってもらおうと思う。」
──"食糧問題と医療発展に多大なる貢献"。
さっき、イヴが言っていた"ゆっくりとした処刑"って……そういうこと?
死んでも死なない僕のような人を、処刑する方法。
何十年もかけて、肉を削ぎ落として殺し続けながら、ついでにその肉を売って『迷宮都市』の文字通り"血肉"になるということ。
さすがに、ぞっとする。
というか。僕が幼い頃、迷宮都市で食べていた肉も、もしかすると──
嫌なことを考えかけて、すぐに振り払った。
いまはそんな場合じゃない。
「《クリオIII》ゲート経済圏……『氷の迷宮街』は、ゲートの機能停止による主要産業の喪失で、これから大規模なスラムか……最悪の場合、紛争地帯に成り果ててしまうだろう。
それによる経済的損失を補填するための措置として、少年にはその肉体をもって迷宮都市に貢献してもらい……
そしてルツィア。きみは、貴重な検体として、"公社"が身請けする。
それをもって、あの少年とその監督者である君への、賠償とすることになる。
これなら、"総裁"も納得することだろう……」
ルツィアの肩を親しげに抱きながら、イヴ・ルミナロンドはそう話を結んだ。
この調子で行くと、僕は確実にろくなことにならなそうだし。
ルツィアもそれなりに、ろくなことにはならなそうだ。
……どうすれば、ルツィアを連れてここから逃げられるんだろう。
必死に、考えを巡らせる。
この部屋には、イヴだけならまだしも──先ほど目にも見えない早業で僕を気絶させた"蒐集英雄"がいる。
僕の"レベルアップ"は、致命傷からは即座に復活できるようだけど、気絶させられるとどうしょうもない。
そして、その弱点は、彼にはバレている。
……"ヒート・パイプ"の熱で、僕自身ごと、この部屋を蒸し焼きにする、とかはどうだろうか。
いや……だめだ。そんなのじゃ。
それだと僕は復活できてもルツィアが死んでしまうし……
なにより、"ヒート・パイプ"は何度か振るわないと、温度が上がらない。
彼らを焼き殺せるレベルの温度まで上昇するのを、この人たちが見逃してくれるとは思えない。
(もし、ここにタイラーさんがいてくれたら……)
そんな、情けないことを考えずにはいられなかった。
あの人なら、イヴ・ルミナロンドとも、"蒐集英雄"とも、正面から渡り合えたんじゃないか、って。
もしここにいるのが、僕なんかじゃなくて、タイラーさんだったら──
「……っ」
……そんなこと、考えるな。
僕は歯を食いしばり、自分自身に喝を入れる。
目の前のことだけを考えろ。
絶望するな、ミメイ。
どうしようもない運命に、立ち向かうんだ。
「──入れ。その少年を眠らせて、"ラボ"へ連れて行け。」
イヴ・ルミナロンドが、よく通る声でそう言った。
すると、先ほど僕が叩きつけられた壁の横にあった扉が開き。
ぞろぞろと、武装に身を包んだ男たちが部屋に入ってきた。
「ふぅ……」
深く息を吐く。
……やるだけ、やってやる。
僕は、虚空に右手を伸ばし、"ヒート・パイプ"を出現させようとした。
「──5頁使用。『
その、瞬間。
紙を破り捨てるような音とともに──部屋中に、紫色のオーラを帯びた有刺鉄線が張り巡らされた。
「っ……」
武装した男たちを含め誰もが、体をスレスレに展開された無数の有刺鉄線に、身動きが取れなくなる。
いや──ただ一人、この状況を作り出した張本人だけは。
ルーズ・リーフを片手に、悠然とイヴ・ルミナロンドの前まで歩み出た。
「……蒐集英雄・アジルールフォ。なんのつもりだ。」
"蒐集英雄"──アジルールフォと呼ばれた、灰髪の優男は。
自分を睨みつけるイヴに、『おいおい……それは、オレのセリフじゃないか? ルミナロンド。』と半笑いで言った。
「あのさ……お前の話を、なにも言わずに聞いていて……
オレはずーっと、ヘンだなあって思ってたことがあるんだけど。」
「……? なにかな。」
「──そいつらは、
そのエルフとガキを捕まえて、ここに連れてきたのは誰だ。ん?
人のものを、勝手に"処刑する"だとか、"身請けする"だとか……あのなあ、勘弁しろよ。
自分のモノを取られるの、オレは一番キライって、わかってるだろ?」
「ああ、いや……すまない。誤解をするな。アジルールフォ。
君への報酬は支払われるし、通常よりも弾ませてもらう。」
「論点をずらすなよ。カネの問題じゃない……
お前が、オレの所有物を我が物顔で扱おうとしたことに、憤っているんだ。
『迷宮都市』じゃあ、信頼はカネより命より重いんだよ。
そしてソレは、お互いの譲れない理念を理解し、尊重し合う事によってのみ、育まれていく……
ああ……なんてことだ、なんてことだルミナロンド。
お前はオレからの信頼を、失ってしまったんだよ。」
そう言い放つと、アジルールフォは、手に持っていたルーズ・リーフを霧散させ……
「──決裂だ、ルミナロンド。」
────────────────────
【『2級魔顕・"せっかちな時針"』】
『壁かけ時計の短針のような形状をした細剣。』
『この魔顕の形状をはじめて視認したひとりを"対象者"とし、以下の能力を起動する。』
『起動から12秒以内に、"対象者"が発動者の体あるいは衣服に触れることができなかった場合、"対象者"は12秒間、時間が止まる。』
※デメリット:『12秒以内に"対象者"が発動者に触れた場合、この魔顕は即座に砕け散り、24週間再使用不可能となる。』
────────────────────
有刺鉄線で動けない僕に背を向けて。
アジルールフォはその右手に──なんだろうか。なにか、黒い針のようなものを、出現させた。
「……アジルールフォ。
"公社"に、逆らうと?」
「ハハハッ……お前こそ。
戦闘特化の"英雄譚級"が本気で暴れたら、どれだけの被害が出るのか……まさか、忘れたわけじゃないよな?
いいか。オレは、5分もあればだな……
アジルールフォは、引き裂けたような壮絶な笑みを浮かべ、靴で地面を叩いた。
「この、あらゆる神秘で強化されたビルであろうと……
お前らごと、瓦礫の山にしてやることができる。
そもそも"公社"がオレに暗殺者を差し向けたのも、一度や二度じゃないだろ。気づかれてないとでも思ってたか?
殺せるものなら、殺してみろよ。ん?」
「…………。」
一秒、二秒と。
張り詰めた空気が流れたまま、時間が流れていく。
イヴの傍らに控えていたシルクハットの鉄仮面が、ぎちぎちと、有刺鉄線を引きちぎろうとしているように見えたが……
やがて、イヴ・ルミナロンドは、観念したように両手をあげた。
「……わかった。この二名は暫定的に、キミの監督下に置くことを認めよう。
だから、はやく、そのおぞましい"魔顕"をしまってくれないか。アジルールフォ。」
「オーケー? 安心したよ。ルミナロンド。
お前もそこまで、厚顔無恥ってわけじゃなさそうだ。」
アジルールフォが持っていた針が霧散する。
だけど、部屋全体に張り巡らされた有刺鉄線は相変わらずそのままで、誰も身動きができそうにない。
「それじゃあオレは、帰らせてもらうよ。
──本日の戦利品を持って、ね。」
パチン、と彼が指を鳴らすと。
僕とルツィアの動きを阻害していた有刺鉄線だけが、綺麗さっぱり消え去った。
「ん? どうしたんだ。馬鹿みたいに突っ立って。
こっちにおいで?」
部屋の出口へと歩いていったアジルールフォは、扉を前にすると僕とルツィアに振り向いて、ニコニコと手招きをしてきた。
「……る、ルツィア、行こう。
ひとまず、ここから出ようよ。」
「……あいつもあいつで、ぜったいにロクなやつじゃないわよ……」
「それでも、ここにいるよりは良いよ。……たぶん。」
僕は、憔悴しきった様子のルツィアに自分の上着を被せて、アジルールフォの背中を追いかけた。
「ルツィア……ああ、わたしのルツィア。」
僕とルツィアが、部屋を出ようとした時。
背後に張り巡らされた無数の有刺鉄線の向こう側から、暗い情念を煮詰めたような声が聞こえた気がした。
「わたしは、絶対にキミを諦めないからね……?」
【『
『"迷宮都市"のシステムが気まぐれにその住人にもたらす、一種の"異能"。その人物が慣れ親しんだ物品の形態をとるケースが多い。』
『1級から10級までの等級が存在するが、単純なスペックではなく、"干渉できる概念の抽象度の高さ"に比例し等級は定められる。』