レベルアップが終わらない。 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
蒐集英雄──アジルールフォによって、イヴ・ルミナロンドから助けられた(……というより、横取りされた?)僕とルツィアは、イヴがいた執務室から出て、前を歩くアジルールフォの背中を追っていた。
どうやらここは、大きなビルであるようで、僕らが今歩いている廊下も、かなりの長さがありそうだった。
職員らしき人たちも目に入るけど、アジルールフォの姿を目にしたとたん、視線をそらしてそれまで歩いていたのとは別の方向に行ってしまう。
……彼の考えは、よく読めない。
『とってもえらい』権力者らしいイヴと対立してまで、僕たちを自分のもとにとどめた理由。
自分のものを勝手にとられるのが嫌だから──みたいなことを言っていた気がするけど、本当にそんな子どもじみた理由で、あのような行動に出たのだろうか?
なにか、他に目的があるとしたら……僕たちは、いったい彼になにをさせられてしまうのだろう?
いや……それでも。
さっき助け出されていなければ、僕は何十年もかけて拷問されながら『食肉工場』をやるはめになりそうだったし……
ルツィアだって……あの様子を見る限り、あんまり幸せな結末にはならなそうだった。
「あの……アジルールフォ、さん」
なら、やっぱり──彼には、感謝をするべきなのかもしれないね……?
そう思った僕が彼の名前を呼ぶと、アジルールフォは足を止め、こちらに振り向いてきた。
「どうしたんだ……? クソガキ。」
「……その、助けてくれて、ありがっ──」
言葉が詰まった。いや正確には、それ以上いきができなくなって、強制的に中断された。
内臓がぜんぶひっくり返るような、激痛と嘔吐感……口の中に、鉄の味がこみあげてくる。
「おいおい、勘弁しろよ……クソガキ。」
アジルールフォの拳が、僕のお腹に、深々と食い込んでいた。
「お、っぇ……!」
【レベルが上がりました!】
頭に響く、その声によって状況を理解するまで、数秒を要した。
殴られた──お腹を、とんでもない力で。文字どおり、死んでしまうぐらいの勢いで。
「ははっ、すごいすごい。
殺すつもりで打ったのに生きてる。
不死身って、マジの話なんだなあ」
「な、んで」
みぞおちのあたりを抑えて、地面に膝から崩れ落ちながら訊いた僕を見下ろしながら、アジルールフォは。
ニコニコと微笑んで、空き缶でも踏みつぶすかのように、足蹴にしてきた。
「ぐう……」
「オレが、お前を助けた……?
ははは、虫唾が走ることを言うなよ。
オレがなんでお前みたいな、大して価値のないガキを助けてやらなくちゃいけないんだ?
ん? ん……?」
「──っ」
アジルールフォの靴底に踏みつぶされる僕を見かねてか、ルツィアが彼に殴りかかったけれど──あっさりと拳を手で受け止められてしまう。
「こんの……!」
苦々しくゆがめられるルツィアの表情をよそに、アジルールフォは「こっちのエルフは、好色な金持ちにでも売り飛ばせば、二億
「どいつもこいつも、人のからだ好き勝手見やがって……
金とるわよ……」
「がめついエルフだなあ。
でも、オレがいま本当に興味があるのは、お前の体でも、ましてやあのガキでもないんだよ。
お前らをあの色ボケエルフからかっさらった、一番の理由は──」
アジルールフォはそう言いながら、僕を蹴り転がした。
そして、地に伏せる僕を見下しながら、くいくいっと指招きする。
「ほら──出せよ。お前の
僕の、
立ち上がり、どこか高ぶったようなアジルールフォの声に言われるまま、僕は右手に大ぶりの鉄パイプを出現させた。
「……ああ……やっぱり、やっぱりすばらしい
アジルールフォは、恍惚とした声で、ヒート・パイプを指先でなぞった。
「オレは、
レアモノはなんだって集めるけど──専門は
気に入ったブツは、否が応でも手に入れる主義でさ……
今は、それに、一目ぼれしてしまった。」
かみ殺すように笑いながら、アジルールフォは語る。
「
生きざま、理念、経験、心の闇……すべてが、その在り様にあらわれる。
お前には興味がないけど、その
──それとなら、オレのコレクションすべてをトレードしたってかまわないぐらいには。」
……ええっと、つまり。
僕の──というか、実際にはタイラーさんの
「……」
僕は無意識のうちに、手の中のヒート・パイプを力強く握りしめていた。
……渡したくないな。と、そう思ってしまったのだ。
これは、タイラーさんの形見だし……僕にとっての、勇気の象徴みたいなものだから。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、アジルールフォは「だけど、すぐに奪い取ることはできない。」と、少しだけ落ち着いたトーンで言った。
「
無理やり引き剥がして自分のものにしようとすると──『枯死』を引き起こしてしまう。
だから、
「特殊な、手順……?」
「端的に言ってしまえば……その持ち主を心底から屈服させるか、あるいは逆に、持ち主から心底認められる必要があるのさ……
そうすれば持ち主の死後、自身に
ようするに──お前はオレに屈服するか、あるいは好きになってくれればいいのさ。
普通の相手なら、二、三日みっちり拷問してやれば屈服させられるんだけど……お前は、そっちの方法だと難しそうだ。」
“魔顕の継承には、相手を屈服させるか、自身を認めさせる必要がある“──そうか。それで、助けてくれたんだ。恩を売ろうとしたのか。
……いや、だとしたら殴っちゃだめだと思うんだけど……まあ、僕が痛みに強すぎるってだけで、普通の人なら『屈服』して、条件を満たせるのかもしれない。
「と、言うわけで。お前とはそれなりに長い付き合いになりそうだ……よろしくな?」
「……」
握手、のつもりだろうか……
そう言い差し出されたアジルールフォの手を、僕はげんなりした顔で見つめた。