イロハ。
今日も君は、あの巨大な兵器の上で、まるで世界の天辺に立っているかのような威厳を放っていたね。
あれを見上げるたびに、私は思うんだ。
——あぁ、今日もイロハは地上でいちばん偉い。
もちろん、統治学園的な意味ではなく、私個人の感情的ランキングでの話なんだけどね。
でも大丈夫、そのランキングは日々更新されていて、去年も一昨年も、そしておそらく来年も、その座を揺るがす者はいないから安心してほしい。
ところで、イロハ。
あの……君の後ろ髪のふわっとした跳ね方、あれはどういう物理法則なんだい?
朝から夕方まで観察しても再現できないんだけど。
もしかして君は重力に対して独自の交渉権を持っている?
それとも、ただ単に可愛さが重力をねじ曲げているのかな?
(※後で研究会に問い合わせてみる予定だけど、答えを聞く前に君の口から“真実”を教えてもらえるなら、それがいちばん嬉しいな。)
そして、例の“あのポーズ”——君が報告書を読む時に、無意識に肘をついて頬を支えるあの動作。
あれを見るたび、胸にキヴォトス製の安物エナドリを一気飲みしたときのような、得体の知れない高揚と震えが押し寄せてくるんだ。
正直に言うと、困っている。
いや、困っていないかもしれない。
むしろ助かっているかもしれない。
もしかすると救われている。
いや、これはもう言ってしまうべきだね。
——イロハ、君は、私の心拍数を完全に管理している。
ただ、管理されていると言っても、別に迷惑ではない。
むしろありがたい。
生体モニタリングアプリよりも信頼できるし、何より君はかわいい。
かわいい上に頼れる。
頼れる上に尊い。
尊い上に、ちょっと怖い。
怖いけどかわいい。
つまり完璧。
最後にひとつだけ伝えておきたいことがあるんだ。
これは、ずっと言おうか迷って言えなかったことだけど……
イロハ。
君の乗っているあの兵器、正式名称より、私は“イロハの王座”って呼んでるよ。
もちろん本人には言ってない。
今初めて言った。
二度目はたぶん言えない。
羞恥で死ぬから。
以上だよ。
今日も君が最高であることを祈ってる。
先生より。
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「……せ、先生?」
イロハは紙を持つ手をピタリと止めた。
眉はほんの少しだけ寄り、しかし完全には怒らず、むしろ“どう扱えばいいのか分からない巨大生物”を前にしたような顔になっている。
「えっと……その……まず、落ち着いてほしい、と言うべきでしょうか……?」
ページをめくるたびに出てくる執拗な観察記録、謎の比喩、王座呼び。
読めば読むほど、彼女は無言になっていった。
数十秒後。
「……先生は、その……私をどうしたいんですか?」
声が小さくなる。
しかし拒絶ではなく“理解が追いつかない時のイロハ特有の静かな困惑”だ。
「私の後ろ髪の跳ね方とか……重力との交渉権とか……管理とか……。
その、褒めてくださるのはありがたいんですが……」
彼女はそっと紙を胸の前に持つ。
“距離を取るため”というより、“爆発物を扱うように慎重に保持している”ような感じだ。
「これ……私が持っていて大丈夫なんでしょうか?
あと、王座って……あれは兵器です、先生。兵器ですからね?」
念押しが二回入る。
深呼吸ひとつ。
「……先生。
私は別に怒ってはいませんが……
この文章を送る前に、一度、誰かに読んでもらうという工程を挟んだほうがいいと思います。
たとえば……そうですね……とても正直に意見を言ってくれそうな子に。」
(※おそらくツバキかハナエを思い浮かべている)
「……でも、その……その……」
イロハは最後だけ、ほんの少し視線を逸らす。
「……“変な意味じゃなくて好意”なのは分かりましたから。
強いて言うなら、その……ありがとうございます。
一応……一応だけ受け取っておきますね。
処理には時間がかかりますけれど……」
そう言って、怪文書をそっと抱える。
恐る恐る、しかし捨てられない感じで。