――〈先生〉へ
突然の文にて失礼いたします。
私ども ゲマトリア支部・特別監察局 の者でございます。
あなたのこれまでのご活動、ならびに一部地域で観測された“秩序修復への関与”について、当局は高く評価しております。
つきましては、近日中に開催されます
《ゲマトリア定例集会:第十三回 “観測者の円卓”》
へ、あなた様を特別来賓としてお招きしたく存じます。
■ 開催日時
記録上は 非公開。
当日は、こちらから指定の転移地点へ案内役が伺います。
■ 会場
エデン条約にも未登録の、“深層第七階 居住不能区画”。
安心してお越しください。来賓の安全は、黒服一同が保証いたします。
なお本集会の議題には、外部者には“通常非公開”となる内容が多数含まれます。
先生におかれましては、「客人」としての立場を維持していただければ、それ以上をご説明する必要はございません。
ただし――
当日、いかなる発言・行動も“記録される” ことだけは、あらかじめご承知ください。
最後になりますが、先生が我々の招待を受諾された場合、
世界の記録は、またひとつ静かに更新されることでしょう。
あなたのご来臨、心よりお待ちしております。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
封筒の封を切った瞬間に漂った、紙とは思えない鉄の匂いに、思わず眉をひそめた。
ゲマトリア。よりによって、あそこか。
書かれている文面は丁寧で、妙に礼儀正しい。だがその一行一行の裏側に、得体の知れない圧が潜んでいるのを、読み進めるほどに肌で感じた。
“深層第七階 居住不能区画”。
一般生徒はもちろん、教師である自分ですら立ち入りを許されるはずのない場所だ。それを、まるで「散歩でもするように」招待してくるあたりが、あの組織らしい。
特別来賓――名目上はそうだが、実質は監視対象か、観測対象。“記録される”という文言が嫌でも目に刺さる。
あれは脅しでも警告でもない。ただの事実告知。だからこそ、余計に重い。椅子に深く腰掛けて、封筒をもう一度ひっくり返す。どこにも差出人の個人名がない。
印章ひとつ、署名ひとつないまま、しかしこちらの名前だけはしっかりと刻まれている。まるで「あなたの所在はすべて把握済みです」と忍び笑いを浮かべているかのようだ。
「……参ったな。これは、断れる空気じゃないか」
思わず自嘲が漏れた。
断ったらどうなるか、ゲマトリアの過去のやり口を思い返すまでもない。かといって、軽々しく首を突っ込むには危険が多すぎる。信頼できる生徒に相談すべきか――
いや、巻き込むのは違う。こういう影の部分に立つのは、結局いつも“先生”の役目だ。紙をテーブルに置いた瞬間、またひとつ深い溜息が落ちる。
胸の奥に湧いたのは、不安だけではない。焦燥感、あるいは……義務感。ゲマトリアがこうまでして呼ぶということは、また新たな“何か”が動き出している証だ。
それでも、行かざるを得ない。生徒たちに被害が及ぶ可能性があるなら、なおさらだ。
腰を上げる。
黒服が指定した転移地点の座標を、端末に入力する。心臓がひどく静かに脈打っていた。恐怖か、覚悟か。自分でも判別できない。
ただひとつ確かなのは――この招待状を受け取った瞬間から、もう引き返す道は残されていなかった。
ちなみに作者は女先生を想定しています。