その白く細い首筋を締め上げられても、シロは一切抵抗する気配を見せなかった。
それどころか笑顔を浮かべ、まるで自らそれを受け入れるかのように手を伸ばしてくる。
シロのつま先が地面から離れ、首へ全ての圧が掛かり小さな身体がぶら下がるも一切苦しんでいる様子は無い。
―――嫌が応にも思い出す。
新惑星ベジータでの"あの時"を。
何の因果か、お互いにあの頃とほとんど変わらぬ姿でまたこのような光景を迎えてしまった。
・・・あの時以来、決してシロだけは二度と傷つけまいと。手放さないと誓ったというのに。
今は自らの手でそれを壊そうとしている。
一体何をしているんだ、と自分で自分がわからなくなりそうだった。
心臓が早鐘を打っている。息が乱れたまま上手く酸素すらも取り込めない。
―――――そして、今になってもなお、まだ躊躇っている。
決心した筈なのに。
どうしても、最後の一線を越えられない。
・・・己は、いつの間にこんなにも弱くなってしまったのだろうか。
情けなさに泣きたくなる自分に対し、シロはただ真っ直ぐに優しい眼差しだけを向けている。
そのまま膠着し、どれだけの時間が過ぎたのかもわからないまま。
ふいに、シロの手が力の抜けたように降ろされた。
「・・・もう、しょうがないなあ」
そしてシロは口を開く。
声など出せないほど、喉を潰していた筈なのに。
「ダメだよ、やるって決めたんだったらすぐにやらないと」
まるで日々のちょっとした失敗を咎めるかのように、そんな軽い口調で。
「こうなっちゃう」
シロが地面へ降り立った。
手を離した覚えは無い。
そしてそれとほぼ同時に、どさりと重いものが落ちる音が耳に届く。
「・・・・・は・・・・・?」
ブロリーが視線を下げると、"綺麗に両断された二の腕から先"がそこに落ちていた。
「・・・ッッ!!!??」
一瞬何が起きたのか解らなかったが、遅れてやってきた激痛に腕を落とされたのだと理解させられる。
生半可な刃物など一切通さないはずの強靭な肉体を、どうやって切断したのかは判らない。
実際、こんなことが出来るとはブロリーも全く知らなかった。
これまでの長い間、シロが他者を傷つける目的でその力を振るったことなど一度たりとも無かったからだ。
混乱と共に思わず膝をつき、残っているほうの手で切断面を掴むが血が溢れて止まらない。
ここまでの手傷を負わされた経験など、圧倒的な強者で居続けたその生涯の中では一切記憶に無かった。
「・・・シ、シロ・・・・・?」
歯を喰いしばり、痛みに耐えながら顔を上げたところでブロリーは目を見張る。
加害した側であるはずのシロが、まるで同じように痛みに耐えるような表情をして頭を抱えていた。
「ぃ・・・いだい・・・・・」
崩れ落ちるように蹲り、ほんの少しの間を置いて恐る恐る顔を上げたシロは困惑したような瞳でブロリーを見る。
「ぶろりー・・・?」
そして目の前で血を流し続けているブロリーのその姿を見て、血の気が引いたように引き攣った声を上げた。
「え?なんで?・・・・・ぁ、うで!!なんで、どうして!!」
「・・・・・シロ?」
動転したように、自らの足元に転がっている腕の先と目の前のブロリーを見たあと急いで地面に落ちているそれを両手を拾い上げる。
「やだ、やだやだやだ・・・!!!もどって!!!!」
腕だけでも相当な重さがあるそれを切断された場所に宛て、そしてシロが叫ぶようにして祈るとそれを包むように溢れ出す光。
・・・混乱しているらしいその様子に、半ば呆然とそれを見るブロリーは「お前がやったのだ」とは口に出来なかった。
しかしこれは、正気を取り戻したのか・・・?
少しの間を置いて、流れ出した血も含め切断されたはずの腕は完全に元通りになった。
正に神の御業とも呼べるほどの力だろう。これまでに仙豆に頼ることはあっても、シロが魔法を使って誰かを治すところをブロリーはこれまでに見たことが無い。
「シロ、」
「なんで、こんな・・・?・・・・あれ・・・・・?」
今もまだ困惑している様子のシロはぶつぶつと呟いていたかと思うと、ふと何かに気づいたように顔を上げてぽつりとひとつの名前を口にする。
「でんで・・・・・?」
「!!」
「・・・ぁ・・・・・うそだ、やだ、そんなこと、・・・ちがう、わたしがやった、わたしのせい、ぜんぶ・・・」
「待て、落ち着け!」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
ブロリーは戻った両手で思わずシロの肩を掴むも、再び頭を抱えたシロは完全に錯乱している様子で延々と謝罪の言葉を繰り返していた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・!!!」
「シロ!!!!」
ブロリーが声を掛けても届いている様子は無い。
・・・・・恐らくは、思い出したのだ。
事実。世界で一番大切な存在であったブロリーさえも傷つけたことが契機となって、それまでにも無意識の抵抗でヒビが入っていた洗脳という殻には大きく亀裂が入っていた。
しかしまだ解放されたわけではなく、その精神は戻れるか否かの間際を彷徨っている。
そしてそんな時に、まだ辛うじて息のあったバビディからのテレパシーがシロの脳内へ直接届いた。
『・・・おい・・・・・早く、そいつを、どうにかしろ・・・・・!!!』
それを聞いてシロはびくりと身体を震わせるも、傍にいるブロリーへは聞こえていない。
術の効果自体は残っており命令を優先して実行しようとする意識と、それを拒もうとする意識とでせめぎ合いながらシロは唸り声を上げている。
「しっかりしろ、戻ってこい!」
「うぅぅ・・・・・」
『おい、聞こえてるんだろ・・・!早くしろ・・・!』
暫しの間苦しむような様子を見せていたシロは、ややあってからブロリーの腕の中にぽすりと飛び込んだ。
それを抱き留め、ブロリーは伺うように顔を覗き込む。
目を伏せたままのシロと、視線は合わなかった。
そして。
「・・・・・ごめんなさい」
「!?」
シロがそう小さく呟いた直後、ブロリーの周りの景色が一変した。
「な・・・!?」
腕の中には何もいない。独りだ。
一瞬遅れて理解する。
・・・転移で、自分だけが飛ばされたのだと。
辺りを見回せば、空も大地も緑ばかり。
所々に背の高く先端だけが丸い木がぽつぽつと立っているその景色には見覚えがあった。
「・・・あれ?ブロリーさんじゃないですか。どうしたんです?こんな所におひとりで」
「!?」
声を掛けられて振り向くと、緑の肌をした異星人が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
それを見てブロリーはどこへ送られたのかを理解した。
「・・・・・ナメック星・・・だと?」
恐らくは、シロが飛ばせる行き先の中で一番遠くの場所に飛ばされたのであろう。
以前に「自分が行ったことのある場所にしか転移は出来ない」と言っていたのを覚えている。
・・・しかし、ナメック星ということは。
「おい、今ここのドラゴンボールは使える状態なのか」
声を掛けてくれた内容に答える訳でもなく、逆にブロリーが食って掛かるように訊いたその内容にナメック星人は少し驚いた様子を見せるも思い出すかのようにしてその答えを口にする。
「え?いや・・・たぶんダメだと思います。ポルンガは少し前に呼び出されたばかりでしたから」
「・・・・・そうか」
間が悪い。
もしもドラゴンボールが使えたならば、今すぐ地球に飛ばして貰うことも・・・そして、シロを正気に戻すという願いも叶えられたかもしれないのに。
思わず舌打ちを零しそうになったが、無理なものは無理だ。ブロリーにはどうしようもなかった。
そして単身で飛ばされてきた以上、宇宙船もここには無い。地球へは自力で戻る必要がある。
少しばかり逡巡したあと、ブロリーは伝説の超サイヤ人へと姿を変えた。
・・・地球へはかなりの距離がある。武道会後もそのまま動き続けて体力もそれなりに消耗している現状、速度を出すならばSS4だが全力で飛び続けて途中でバリアが切れようものなら流石のブロリーでも死ぬため回復不能なSS4ではなくリスクを考えてこちらを選んだ。
突然気を爆発させたその様子を見て驚きながら「え?帰っちゃうんですか?」というナメック星人へ答える余裕もなく、即座にブロリーはその場を飛び立った。
バリアを張りながら空を突き抜け、そのまま宇宙へ。
以前来たときは宇宙船に乗っていたために道筋は知らないが、向こうにはカカロット達が居るためその気を頼りに地球の方角自体は感じ取れる。
・・・一刻も早く、地球へ戻らなければ。
あの後シロがどうなったのか、そして魔人の復活やその他の状況がどうなったのか。
燻る嫌な予感を振り払うように、ただ地球を目指して一心不乱にブロリーは翔び続けた。
悲報。今現在ここまでで、ブウ編後編の進行度まだ30%にも満たないです。
もっとコンパクトにまとめられないのかと自分でも思いつつ「どこも削りたくないやい!!」となったので全部書きます。
たぶん前編の2~3倍くらいにはなる予感。ひ~長い。