「・・・シンセイジュ、ですか?」
「そう、神精樹っていう大きな木があるんだ。その種が欲しいの。そのまま伝えてくれたらたぶん大丈夫です」
「ふむ・・・わかりました」
そうして願いが伝えられた直後、シロの手の中へクルミのような大きさの種がひと粒落ちてきた。
「次は、どうされますか?」
「んーと・・・これもそのまま伝えてほしいんですけど、『勇者タピオンとミノシアが封印されたオルゴールを、蓋がいつでも開けられる状態にしてここへ召喚してください』!」
「そのままですね、承知しました」
そして二つ目の願いも聞き届けられ、シロの目の前に綺麗な装飾のなされた小箱がふたつ現れる。
取っ手に触れてほんの少し動かしてみると、大した抵抗もなくスムーズに動くようだ。
シロはそれを回すことなく、箱をふたつとも収納へと仕舞い込む。
「では三つ目の願いを・・・」
「えーと・・・・・」
最期の願い。
候補は既に頭の中にある。
しかしそのときふと、シロは手の中の種へ目を落とした。
この種を、どこへ植えるべきか。
神精樹という木はその成長と引き換えに、植えた星の活力をまるごと吸い尽くしてしまう。
そしてそれを凝縮した果実が成ったときにはその星は枯れ果て、死の星へと変わってしまうのだ。
ゆえに、既に半壊状態となっている地球は適さない。
となると手っ取り早いのはこのナメック星に植えてしまうことなのだが―――――・・・
(―――――いやだ)
何かが、自らの内側でそう囁いた気がした。
その正体に気づくことはなかったが、その直後シロはふいにこんなことを考えてしまう。
・・・・・なんか、かわいそうだなぁ。
既にその手で数多の命を奪った後にも関わらず、なんとなくそう思ってしまったのだ。
それを人が聞いたならばただの思考の破綻と切り捨てられる程度の小さな矛盾ではあったが・・・少しばかりの逡巡の末に、シロは当初予定していたものとは違う願いを口にしていた。
「・・・あの。この種が育てられるくらいに環境が整っていて、でもまだギリギリ生物が生まれていないような星ってこの宇宙のどこかにありませんか?そこへわたしをワープさせてほしいです」
「中々に複雑ですな。少々お待ちくだされ」
ムーリによる通訳がなされ、ポルンガの赤い瞳が輝いてしばらく。
膨大な数の星の中から検索をかけていたのだろう、少しの時間を置いて再び重々しい声が響いた。
『・・・見つかったぞ。そこへワープさせれば良いのだな』
小さな身体が光に包まれ、シロはムーリのほうを再度見ると頭を下げ礼を告げる。
「とっても助かりました!ありがとう!」
「いえいえ。また必要になりましたらいつでもおいでください」
にこやかに笑みを浮かべ、少女の出立を見送るムーリとその従者数名。
「じゃあ、さよなら~」
笑って手を振るシロが姿を消すその瞬間。
本来、その場に居た彼らは全員が地球のデンデと同じく物言わぬ骸となるはずだった。
しかし、結果としてナメック星は壊滅を免れ死者も誰一人として出ていない。
―――それは、ほんの一瞬だけの気の迷い。
そこから生じた些細なズレが、少しずつだが未来を変えようとしていた。
シロがワープで飛ばされたのは、遠く遠くの辺境にある名もなき星。
空気は澄み、水と緑に溢れたところだった。
しかしポルンガへ注文した通りの星を見つけてくれたのだとしたら、まだ生き物という生き物は誕生していないはずだ。
ここでならば神精樹を植えても犠牲になる者は誰もいない。
とりあえず手近な地面を掘り、持ってきた種をそこに落として小さな手で土を被せ埋める。
「これでよーし。おおきくなあれ」
成長までは若干の時間が掛かるため、シロはここで一旦地球へ戻ることにした。
転移で再び神様の神殿へと移動する。
・・・するとそこには、何やら小さい物体とわちゃわちゃ戯れている魔人ブウが居た。
「なにやってんの??」
キョトンと小首を傾げていると、ブウの周りを高速で飛び回っていた何かが急にシロ目掛けて一直線に向かってくる。
「わ!なに!こっちきた!」
「ソイツ!アメ玉のくせに食べようとしてもちょこまか逃げるんだ!」
「ふーん・・・?」
ブウが指さして叫ぶのを見て、ぶつかって来そうな勢いで飛来するソレをとりあえずは止めたほうがいいのかなとシロは不思議そうな顔をしたまま手を上げた。
「えい」
指を向けて『停止』を掛けた途端、空中でピタリと飴玉の動きが止まる。
カツンと硬い音を立てて地面へ墜ち、そのままころりと転がっていった。
「よーし、やっとおとなしくなった」
のしのしやってきたブウがそれを拾い上げ、食べようと大口を開けるのをシロはそのままじっと見ていたが・・・ふいに、そこで違和感に気付く。
ただの飴玉は空など飛ばない。
動き回る飴玉と聞いて真っ先に思い浮かぶのはベジットだが、悟空もベジータもまだ取り込み中の筈だ。
そして一方ブロリーが帰ってくるには早過ぎる。
・・・また別の、他の誰かが飴玉に変えられたのだろうか?
「あ、まって。やっぱり食べちゃダメ」
ほとんど直感ではあったが・・・何故か無性に止めなければならない気がして、シロは再び指を向けてピンと弾き飛ばすような動作をした。
あーんと開けたブウの口へ今まさに放り込まれようとしていた飴玉が、パッと消えたかと思うと少し離れた地面へ再び落ちて転がる。
「ぶぅー。なんでだ」
「・・・なんだろ、なんかわかんないけど・・・アレだけは食べちゃダメな気がする。それにさ、あんなちっちゃいアメちゃんひとつだと大してお腹の足しにもなんないでしょ」
口を尖らせて文句を言うブウに、シロは自分でもよくわからず釈然としない表情をしながらも適当に理由をつけて宥めすかそうとしてみた。
「でもハラへった。じゃあおまえ、代わりに何かお菓子くれるのか?」
「えー?お菓子かぁ・・・今は持ってないなぁ・・・・・」
ブウに強請られ、うーんと悩ましげな様子を見せていたシロはふと何かを思い出したように声を上げる。
「・・・あ、そうだ。お菓子はないけど、アレだったらいっぱいあったかも」
収納をゴソゴソと漁り、やがて取り出したシロの手の中には真っ赤に熟れた果実がひとつ。
そして笑顔を浮かべながら、ブウへそれを差し出した。
「りんご、たべる?」
―――――ブロリーが"それ"を目にした途端、息が止まったかと思うような衝撃に襲われた。
得体の知れない術で変化させられてしまった身体は、今やどこも動かない。
辛うじて気の操作だけはある程度行えたために飛んで移動出来ていたが、シロがこちらへ向けて何かをした途端にそれも出来なくなった。
もはや、声すらも上げられないままに茫然と目の前の光景を見る。
それは、一見すればただ『目の前の腹を空かせた者へ手持ちの食べ物を分け与える』というごく普遍的な行動でしかない。
・・・・・しかし、"それ"は。
"それ"だけは。
ブロリーの奥底に眠る、幼少時の数々の記憶。
それは今のブロリーそのものを形づくる礎ともなった、何よりも大切なものだ。
宝物のようにずっと手の中に抱え込んでいたそれが、音を立てて罅割れていく。
・・・そして、それに反して何かどす黒い澱みのようなものがじわりと自らの内側から滲み出てくるのを感じた。
目を逸らしたくともそれすら叶わず、手を伸ばしたくともその腕さえ今は無い。
―――――ただ、見ていることしか出来なかった。
シロがどこからともなく取り出す林檎を、受け取ったそばからブウは口へ放り込んでいく。
「あまーい!・・・でもやっぱりくだものよりお菓子のほうがうまい!」
「もー、わがままだなー。・・・・・お菓子かあ」
シロは少しばかり考え込むようにしてから、やがてひとつ思いついたように再びブウへ口を開いた。
「ブウちゃんはさ、べつに人間を殺すのが楽しいから殺すわけじゃないんでしょ?」
「うーん、ビビディがそうやって遊ぶもんだって言ってた」
「でもブウちゃんってお菓子食べるの好きじゃん。だったらさ、人間は殺しちゃうんじゃなくて生かしておくほうがいいんじゃないかな」
「どうしてだ?」
「だって、お菓子は人間がつくるものだから。人間をお菓子に変えて食べちゃったらいつかはいなくなっちゃうけど、人間は生きてればお菓子を作ってくれるしこの世に無い新しいお菓子だってどんどん生み出していくんだよ?」
「ニンゲンはお菓子を作れるのかー。ニンゲンはオレのこと怖がって逃げるばっかりだから知らなかった」
ほぇー、と感心したような声を上げたブウはやがてひとつ気になったのかシロへ逆に問いを投げかける。
「・・・おまえは、ニンゲンなのにどうしてオレのこと怖がらないんだ?」
「え?べつにこわくないもん」
「そうなのか?」
「そうだよー。こんなにかわいいんだし」
「オレ、カワイイのか・・・?カッコイイじゃなくてか?」
「うん、かわいくてつよーい。・・・それに、わたしの中の『強くてかっこいい枠』はもうとっくに埋まっちゃってるからね」
ふふん、とどこか自慢げにしているシロへブウはコテンと首を傾げていた。
「・・・そんなこと言うニンゲン、おまえだけだ。へんなやつ」
「そんなことないよ。わたしの他にもきっと、ブウちゃんと仲良くできる人はいるとおもうよ?」
「だれだ?」
「うーん、サタンっていうおっちゃんとか。いつかたぶん会えるよー」
「サタン・・・・・」
初めて聞くその名前を、どこか確かめるようにブウが口にする。
「そのサタンもおまえも、ニンゲンだからお菓子作れるのか?」
「人間だからってわけじゃないけど、そだねえ・・・わたしもお菓子はけっこうたくさん作ってきたよ?このりんごだって・・・・・、」
そこまで言ったところで、手元の林檎へ目を落としたシロはふと言葉を切った。
そして僅かに目を見張り、急に思い出したようにぽつりぽつりと呟く。
「・・・そうだ・・・・・このりんご、いつでもブロリーにあげられるようにって、いっぱい採ってあって・・・・・今日も、ホントは帰ったら作ろうと思ってたから・・・・・お鍋にいっぱい、仕込んであって・・・・・」
・・・それを口にした途端、気づくと堰を切ったようにぽろぽろと涙が零れていた。
「・・・ブロリー、まだ宇宙にいるのかな・・・・・」
もうあの生活には戻れないのかもしれないと、シロ自身も理解はしていたのだろう。
しかし、それでも。
「・・・一緒に・・・おうち、かえりたいなあ・・・・・・・」
会いたいと願っている相手が、すぐそこに居るとは思いもせずに。
シロはその見た目相応の幼子のように、しばらくの間泣き続けていた。
気持ち的にも長さ的にも、ここらが折り返し地点な気がしています。
峠は越えたぞー!