原作知識持ちの転生者というアドバンテージに、一見して万能であるかのように思われがちな魔法というチート技能。
そんなスペックを持つシロであっても、出来ないことはそれなりにある。
そのひとつが、"気"というものを全くといっていい程に扱えないということ。
舞空術が出来ないのは勿論、何よりもZ戦士達の間では今やほぼ必須技能と言える"気の探知"が一切行えなかった。
また、シロ本人は武術や戦い方そのものに関して素人だったこともあり"殺気"というものにも疎い。
すぐ近くで相当強い殺気に当てられて、ようやく僅かな違和感を感じる程度だ。
これまでは、探知に長けるブロリーが傍に居ることがほとんどだった為にそれでもさして問題は無かった。
だが、彼と離れて行動している今はそうはいかない。
―――事件は、そんなシロが出掛けていた隙にタイミング悪く起こってしまった。
魔人ブウが連れ帰り、怪我を治し懐かれたことで仲良くなった小さな仔犬。
与えていた餌が切れてしまい、それを調達しようとサタンの代わりに近くの町まで買い出しに出ていた僅かな時間のうちに事態は急変してしまう。
シロが戻ったときには既にブウは善悪に分かたれ、そしてブウ同士の戦いに決着がつき悪側のブウが善側だった太っちょのブウをチョコに変えて食べてしまったところだった。
・・・急なことではあったが、"原作"を知るシロには不在の間に何があったのかはおおよその察しがつく。
ここまでの流れでもしかしたら、ブウもまた"本来とは違う道"を征くことになるかもしれないと思っていたものの・・・どうやらそうはならなかったらしい。
そして、ここからはまた大きな戦いが巻き起こることになるだろう。
その前にと、シロは物陰で慄きながら成り行きを見ていたサタンの元へ転移で駆け付けた。
「お、お嬢ちゃん・・・!ブウが、ブウが・・・あんなことに・・・・・」
よく見れば、サタンの服に小さな穴があいている。
そして、その手に抱き抱えられている仔犬には真新しい血がついていた。
両者共に今は外傷が見られないものの、恐らくは"例の人間達"に銃で撃たれたんだろう。
・・・そして、ブウがその傷を治した痕なんだろう。
「おっちゃん、たぶん"あれ"はもうさっきまでの・・・わたしたちが知ってるブウちゃんじゃなくなっちゃったんだと思う。ここからはきっと危なくなるし、今のうちに遠くに飛ばすね。傷つけちゃうのはきっとブウちゃんの本意じゃないから、そのままわんちゃん連れて逃げてほしい」
「な、なんだ!?どういうことなんだ・・・!?」
「ごめんね。ゆっくり説明してる時間、もうなさそう」
振り返るとブウは包まれた煙から姿を現し、完全に吸収を終えて合体を為したところだった。
その顔つきは愛嬌のあった以前のものとは打って変わって鋭く、原作で見た邪悪ブウそのままだ。
「・・・あ、そうだ。コレ、おっちゃんに預けとく」
転移で飛ばすため手を触れようとしたシロはその前にふと思いつき、ポケットの中に入っていた小袋をサタンへと差し出す。
困惑しながらも受け取り覗き見たその中身は、小さな粒がふたつ。
「これは・・・?あの時、ビーデルに食べさせてくれた不思議な豆か」
「うん、効果はあのときに見てたでしょ?どんな怪我もすぐに治せるから、必要だと思ったら使って」
そこまで言ったところで、辺り一帯へ響き渡るブウの雄叫びと共に衝撃波が駆け抜けた。
飛ばされそうになりながらもシロは表情を僅かに強張らせ、再度サタンへ触れる。
「!・・・もうほんとに時間ないや。それじゃ、元気でね」
「ま、待ってくれ!いったい何が、」
サタンの言葉を最後まで聞くことなく、シロは仔犬と共に彼を転移させた。
無事に逃がせたことに一息つくも、その顔はどこか沈んだまま。
「・・・・・・・」
シロが振り返ると、その姿を見留めたブウがギュンと近づき鋭い目つきのまま口を開いた。
「オマエ・・・・・オレを、強くしたチビ」
「うん、そうだよ」
原作での邪悪ブウはサタンの名を呼び微かにその存在を覚えている様子を見せていたが、今のこのブウも分離以前の記憶をどの程度かは分からないものの引き継いでいるようだ。
ブウは睥睨しながらも、その邪気や殺気に対し特に恐れる様子も見せないシロに対しひとつの"命令"を下す。
「オレを、もっともっと強くしろ!」
「・・・うん。わかった」
言い渡された指示に、シロは抵抗することなく素直に頷いた。
―――"魔人ブウを強くして、助けること"。
バビディの遺した最後の命令は、今もシロの思考を覆うようにして深く根を張っている。
それをすることによってこの地球も、一番大切に想っている筈のブロリーのことをも死へ追いやることになるかもしれない。
それでも、最優先命令として刻み込まれた"それ"に対しシロは疑問を持つことすら出来ずにいた。
今のシロはブウの言葉や意向に無意識レベルで従ってしまう状態だ。
ほんの数時間前までとは打って変わり、再び悪の側へ性質が寄ってしまったブウにつられてシロの行動も再び人類へ害成すものへと変わっていく。
シロはまず、ブウが以前に食べ残してそのまま収納に放り込んでいた神精樹の実を再びブウへ与えた。
まだ百個以上も残っていたそれにブウが手を出したのを見やり、続いてシロはブウから少し離れた場所で収納の中から古びた金属製の小箱を二つ取り出す。
以前、ナメック星のドラゴンボールで願いを叶えて貰った際に手に入れたオルゴール。
ポルンガの力で既に封印を解ける状態にあったそれを、シロは唄を口ずさみながらハンドルを回して地面に置いた。
幼女の力で軽く回しただけのそれはそのままくるくると回り続け、二つのオルゴールがまるで共鳴するようにひとつのメロディを奏で始める。
そして光を放ちながら小箱の蓋が開き、湧き出した煙と共に二つの箱から二人の人物が姿を現した。
オカリナを手に、オルゴールから聞こえる音・・・そしてシロが先程から口ずさんでいた曲と同じものを吹き鳴らす青年と少年。
服装も髪型も似通った二人は、かつて大昔に他の銀河でこのオルゴールに封じられていた勇者の兄弟だ。
光が収まり、曲が終わった途端表情を険しく変えた青年は目の前でずっと眺めていたシロへ食って掛かった。
「君、は・・・・・どうしてこんなことを!何故封印を解いたりしたんだ!」
「に、兄様・・・・・!」
「ミノシア、お前も解放されてしまったのか・・・早く、どうにかして封印を戻さなければ」
隣で狼狽える少年・・・弟も同時にオルゴールから出されてしまったことに、青年は焦りの声を上げている。
長年にわたる封印から解放されたことを喜ばないどころか危機感に見舞われている理由は、封じられていたのが自分達兄弟だけではないからだ。
そして、"それ"こそがシロの目当てでありオルゴールを開けた理由である。
「・・・ごめんね。用があるのは、キミたちの"中身"だけなんだ」
シロがそう呟いた途端、兄弟二人は揃って得体の知れない力によって全身を拘束された。
「「・・・・・!!!」」
指先ひとつ動かせないばかりか声すらも出せず、何の抵抗も出来ないまま横倒しになる。
「ッう・・・・・、」
そして二人に向かって片手を翳していたシロは、急に何かを堪えるように表情を顰めてかぶりを振った。
―――今、自分はこの二人を。デンデと同じく、その手で両断して殺そうとした。
目的は二人の中に身を分かたれて封じられている『幻魔人』だ。
その命を奪えば、即座に封印は解かれるだろう。
手っ取り早く、そうしようとした。
・・・しかし、その瞬間に躊躇し動きを停めるだけに留めてしまった。
以前ナメック星で、ムーリ長老達を皆殺しにしようとしてそれを踏み止まったときと同じだ。
シロの内側、その奥深くから得体の知れない抵抗の意志が滲み出し軋みを上げている。
ブロリーと邂逅し一度洗脳が綻びかけて以降に稀出しているそれは、"もうこれ以上誰の命も奪いたくない"というシロ本来の魂からの叫びだったのかもしれない。
震える手で僅かな間を逡巡した末、シロは兄弟二人のその身の代わりにそれぞれが持っていた笛を割り砕いた。
その音は幻魔人を鎮め、封じる役割を持つ。
封印の手段を失い、そして無抵抗のまま転がされた兄弟。
ややあって、弟ミノシアの身体から煙と共に邪悪な気配が溢れ出した。
幻魔人ヒルデガーンは、その身体を上半身と下半身に分断し勇者兄弟のそれぞれに封じられている。
それはお互いに惹き合う性質を持ち、意識を失わないよう堪えていてもすぐ近くに両者が揃った状態で居ることにより早々に封印は綻びを生んでしまった。
弟のほうが決壊した途端、兄のほうからも釣られて同じく煙が溢れ出す。
かつて幻魔人を封じるためにその身を捧げた兄弟であったが、シロの『停止』による拘束はブロリーの全力をもってしても振り払えない。
成す術もなく、やがて巨大な怪物はその全身を現わしてしまった。
・・・しかし咆哮を上げたそれが暴れ出すよりも前に、同じくシロの魔法により兄弟と同じく拘束が掛かる。
「ブウちゃん、こっちおいで」
平静を取り戻したシロが振り返って呼ぶと、神精樹の実を食い終えたらしきブウがヒルデガーンの巨体を見上げながら近寄って来た。
怪訝な顔をしているブウに、シロは「コレ、吸収してごらん」とヒルデガーンを指し示す。
やり方自体は本能的に知っていた。
ブウはその身をスライムのように変形し広げ、ヒルデガーンの大きな身体を包み込むとそのまま蠢きながら元の大きさまで縮んでいく。
やがてそれは、元のブウに所々骸骨のような鎧片を身に着けたような姿へ整った。
「・・・うん。これで、もっと強くなった。ブウちゃんは他の生き物を吸収して、その強さとか能力を取り込めるんだよ」
恐らく戦闘力の面ではヒルデガーンとブウはそこまで隔絶した差は無い。
しかし、ヒルデガーンの強みは攻撃を受ける際に幻と化す"空間を操る"能力だ。
神精樹の実により強化を重ねた上に、生半可な攻撃を通さない特性の付与。
今のブウに単身で勝てる相手は、サイヤ人達を含めてさえももはや居ないだろう。
完成した"幻魔人ブウ"は、全身に漲る力を確かめるように雄叫びを上げた。
そして、満足そうに笑みを浮かべているシロを見下ろす。
「オマエ、もう用済み」
「え?うーん・・・まあ、そっか・・・。誰か強い奴が出て来ても、また吸収しちゃえばいいもんね・・・・・そだね」
まだ手札を全て使い切ってはいなかったのだが、これでもうシロはお役御免らしい。
少し寂しそうに薄く笑みを浮かべたまま自分のことを見上げてくる幼女へブウはその手を翳し・・・しかし少しの間をおいて、手を下ろしそのままくるりと踵を返した。
「・・・目障りだ。オレの見えない遠く遠くに、消えろ」
「・・・・・え?」
きょとんと呆けた声を出したシロを、ブウは殺しも食べもせずそのまま置き去りにして飛び立って行ってしまう。
「・・・・・・」
何もせず捨て置かれたことを意外に思いながら、シロはブウの消えていった空をじっと見つめていた。
力を得、自由を得たブウの目的はひとつだった。
この世界で指折りの圧倒的な強さを持つ者・・・それに加え、かつて"魔人ブウ"を一度下した相手を叩きのめすこと。
やがて空高く高くへ舞い上がったブウは、世界中に聞こえるように気を爆発させながら声を張り上げた。
『黄緑色の強い奴!オレと戦え!!出て来なければ地球を壊す!!』
僅かながらに引き継いだ記憶の中でも色濃く残っていた、手も足も出ずに敗北を喫した屈辱的な記憶。
宇宙一の魔人となったことの証明の為にも、その相手―――ブロリーへ向けてブウは宣戦布告し呼び寄せる。
"それ"は遠くから気を探っていたZ戦士達に、そして遠隔でブウのことを監視していた界王やピッコロ・・・更にはブロリー本人へも伝わった。
いまだ神殿にいたブロリーは漸く立ち上がる。
慌てたピッコロから見聞きした事態の一部始終を聞き、恐らく決戦となるであろうその場へ向かうべく彼もまた神殿を飛び立った。
あの魔人ブウがわざわざ指名までしているのだ、売られた喧嘩を買わない理由は無い。
散々悩み、葛藤して、結論は出した。
やはりどう考えても、シロのことは殺すしかないのだろう。
―――――結局は、アイツの望み通りにすることが一番の解決策だったんだな。
ここまで躊躇って、遠回りした挙句にいらぬ被害をここまで拡げてしまった。
己の情けなさにブロリーは自嘲の笑みを浮かべる。
・・・もっと早く、一番最初に決断出来ていたならば。
罪を背負わせることも、悲しませることもなかった筈だ。
バビディ亡き今、残った魔人を斃せばもはや憂いは無くなる。
全てにケリをつけた後、シロの命を奪いあの世へ送れば正気を取り戻したアイツはこの世へ戻ろうとはしないだろう。
だから、決めた。
決別したら二度とこの手に取り戻せないのであれば。
―――――そのまま、自分も一緒に逝けばいい。
そろそろ山場が近いです。