暇である。
朝食を終えてしばらく寝て起きて、少し買い物に出る。一通りの生活をやってしまうと、その次に来るのは退屈だった。
冷蔵庫にはコンビニで買い漁ったレトルト食品。カップ麺、インスタント麺も買い込んだ。ついでに脳の栄養、エナジードリンクも買った。しばらくは外出せずに済みそうな状況。不意の外出に備えてファストファッションのチェーン店でいい感じの服も買った。無論下着もだ。
そして当然無職なのでこれ以上やることはない。
家電量販店あたりに突撃してゲーム機を買ってもいいが、いきなり高い物を買うと顔を覚えられる可能性がある。一応違法存在であることは忘れてはならない。バレたら一巻の終わりだ、と思う。多分。
同様の理由でパソコンなども買えない。私にあるのはこのスマホだけだ。
スマホ一つでできる娯楽……娯楽……
かくして布団に入ったままスマホでSNSとゲームを繰り返す無職が爆誕した。
SNSは発信こそしないが色々と目を通した。ネットサーフィンも含めて断片的な情報から分かったことが複数ある。
灰冠連盟──私を製造した悪の組織が滅んだのが1週間と少し前。ヒーロー機関『ガーディアン・リンク』の複数チームが、点在する拠点を同時に襲撃し一網打尽にしたらしい。ヒーローのやることかと思ったがヒーローが制度化しているなら普通なのかもしれない。
そしてそのガーディアン・リンク。巨大都市圏『アスタローテ』の独立機関で、主に特殊能力犯罪の取り締まりを行っている。半官半民の組織なので警察ほど自由に動けないそうだが、特殊能力の使用を一部許可されているようだ。
……この世界が特殊能力が存在する世界だということをここで初めて知った。調べた情報の限りでは少数かつ法的規制の下にあるので一応なんとかなっているらしい。あとはサイバネ義肢とかを使用した改造人間やサイボーグなんかは普通にまかり通っている。
意外と寛容な社会なのだが、戦闘人形──遺伝子レベルでの戦闘最適化は認められていないらしい。なぜだ。
あとは……まあなんというか、気候などを含めた文化が転生前の日本に酷似しているということがわかった。忘れっぽいのか転生数ヶ月で大半の記憶は抜けているが多分こんな雰囲気だったと思う。コンビニ、ファミレス、ファストフード店も近くにあるから食料には困らなさそうだ。
それと、今住んでいる家を買った『ポータブル・レジデンス』制度。移民や短期滞在者の増加、社会の不安定化によって家が安く簡単に買える制度の方が逆に治安維持に向いていると判断された結果らしい。
……私のような違法存在も買えるのはどうかと思う。個人情報が一つの端末で完結してるのもなんだか不安に思えてしまうが……
それはともかく。やはり部屋の中で永遠に過ごすのも退屈である。やはり私の性根はニートではない。働くことができない特別の理由があるから無職に甘んじているが、その特別の理由さえなければ普通に外出などもしたいのが私なのだ。言い訳のようだが嘘ではない。
ゲームとSNS漬けの生活には3日で限界が来た。無限に時間が潰せるツールとはいえ、自分から発信出来ないのでは魅力半減。無課金でやれるゲームも大体やり尽くした。当然友人などこの世界に存在しないし、オンラインゲームなどやった日にはすぐに捕まる。そもそも金を払ってゲームを購入すること自体がリスクだ。
課金すると足跡が残りそうだから仕方ない。ソシャゲとやらは課金前提という話をSNSで見たので始めていない。
そんなこんなで4日目の夜。私はついに買い物以外での外出を決意する。退屈に負けたのだ。
「うむ、完璧である」
先日買った完全夜間外出用ファッションを試着し、姿見の前で感嘆する。
黒いパーカーのフードを深く被り、長い銀色の髪を押し込む。下も黒いズボンで覆い隠せば、闇夜に紛れる完璧なニンジャの完成だ。素肌を晒すようなマヌケなミスは犯さない。ニンジャは完璧な夜のファッションであることを実感した。
もちろんニンジャは玄関からは外に出ない。ベランダから屋根の上に飛び乗り、夜の街を一望できる位置へと移動する。誰もが寝静まったはずの深夜2時の街。中心部はネオン輝くサイバーパンクな街並みらしいが、都市の外縁部のここからは多少見える程度だ。
地図アプリが大体の地理情報を教えてはくれるが、実地を見ないとやはり安心できない。ファースト夜更かしは周辺の散策に決定した。
ちなみにここは日本とは違い銃社会である。個人で所有できる武装に限りはあるが、サイバネ義肢のパワーで暴れられてもある程度対抗できる程度の銃は持っていいらしい。ただし、銃の購入は法でしっかりと規定された基準と個人情報との紐付けがあるので私は買えない。
銃社会なので治安は悪いのかと思いきや、そこかしこで銃撃戦をやっているようなことはなかった。明らかにカタギではない人間が歩いているのを数回見かけたがその程度だ。
屋根の上をつたって歩くこと3時間。周辺1キロメートル程度を散策し終え、大体の店の位置を覚えた。私は戦闘用に調整された人造人間なので屋根の上をジャンプしまくっても全く疲れない。この身体すっごい便利。
ちなみにコンビニは24時間営業なので当然開いている。安物の財布を買って剥き身での金の持ち出しはしていないので不審な要素は皆無なはずだが、コンビニの店員にめちゃくちゃ見られた。会計の時も警戒されていた気がする。解せぬ。
さて、お天道様が東の空に見える前に帰るとするか。ニンジャは夜の住人、昼になったらただの不審者だ。オバケ同様に巣に戻らなければ。
所々カタギの人が歩き始めた時間帯。ベランダから颯爽と帰宅しベッドに潜り込む。
うむ。充実した夜であった。
そんなことを考えながら、完全昼夜逆転の睡眠に私は落ちて行く。
***
ある日隣に引っ越してきたのは、奇妙な美少女だった。
私、ミコト・バッカーニャは大学生である。特に将来も決めていないが、一応生物学をやっている。
実家はまさに中間層という感じで、学費を出してくれただけありがたい。一人暮らしの資金はバイトの掛け持ちでなんとか得ているが、生活にかける時間がどんどん消えているのを実感している。
ポータブル・レジデンス制をうまく利用して安く住んでいる自宅だが、やはり制度の特色なのか住民の入れ替わりが激しい。
比較的薄い壁から聞こえてくる物音が結構な頻度で変わるので、直接会わなくても隣人が変わったのは察知していた。
定住する方が珍しいとはいえ少し寂しい気がする。実際に対面したら十中八九喋れないだろうがそれでもだ。近くに住む学友がいないというのもそれに拍車をかけていた。
そんな中、初めてコミュニケーションに成功したのがレイナちゃん──つい先日隣に引っ越してきた美少女だった。
コンビニへ向かおうと家を出た彼女とバイト帰りにばったり会い、はたから見ればコミュニケーションとして成立しているか少し怪しいやり取りの後に一緒に朝食を買いに行った。
その後も時折買い出しに出かける彼女と立ち話をしたりして、多少親交を深めている。
……頻度が低いのは私の生活サイクルがとち狂っているせいだと思う。夕方から翌朝までバイトで潰し、早朝に帰ってきては昼まで熟睡。その後大学に行ったり行かなかったりして1日が終わる。我ながら終わった生活をしていると思う。
なぜか昼の外出タイミングが合うのでそこでよく話している。一言二言交わす程度だが、ご近所付き合いとしては満点レベルだと思う。誰がなんと言おうと満点だ。
彼女の私生活は全く知らないが、年齢的に中学生か高校生だと思うのでなぜその時間帯に外出するのかは若干不思議に思っていたりもする。深掘りしても失礼なので詮索しないようにしているが家出少女だったりするのではないだろうか。
ポータブル・レジデンス制は通常、行政と紐づけられた端末によって管理されている。ただ、無登録市民も一応入居は可能な仕組みになってもいる。無登録では受けられる行政サービスも限られるため、そのメリットはないに等しいが、無登録の方が助かる人間もいるというのも事実だ。
登録前の移民や一度登録抹消された元犯罪者など、一時的に住み場所を無くした人間が数日だけ使ったりするのが本来のものなのだが、追跡を避けたい犯罪組織や失踪者がうまく使っているのが現状だ。政府としては家のない人間が治安を悪化させるよりは安い住宅に押し込んでおくほうが安全という判断なのか、いまだにこの制度は変わっていない。
まあ家出少女ならあんなに堂々としないか。苗字を名乗っていないのが少し引っかかるが。
レイナという少女は年相応の女の子といった感じで、特に違和感などはない。想像しているような特別な事情などはないのだろう。
──そんなことを思っていた矢先。
「……あれは、何をしてたんだろうね」
バイト帰りの早朝にふとアパートを見上げた時、真っ黒な服装でベランダにいるレイナが見えた。すぐに部屋の中に入っていったが、見るからに部屋着には見えないチョイスだった。
この少しの違和感をすぐに忘れてしまったこと──それを悔やむことになるのはその夜の話。
「えっと……レイナ……ちゃん?」
「その……これは……違くて……」
私の平凡な生活は、奇妙な隣人によって一変することとなる。
その日はバイトが早く終わって、まだ日も登らないうちに帰宅していた。1人で帰宅することにバイトリーダーからは難色を示されたが、腕っぷしが強いことは普段の仕事から知られているので無理に引き止められはしなかった。
いつも通りの帰路。普段より少し暗い程度の違いだったはずの帰り道は、1人の男によって一変する。
「すみません、人を探してまして」
前から歩いてきた男に話しかけられた。
少し──いや、かなり不審に感じた。なぜなら、全身黒ずくめのコートと帽子で、素顔もほとんど見せない格好だったからだ。
男は私の様子など気にすることなく続ける。
「少し、簡単な質問に答えていただきたい。──この娘を知っていますか?」
男が写真を提示してくる。そこに写っていたのは──レイナだった。真正面から撮られた、マグショットのような写真。どうやって撮ったのかも不明で、あからさまに怪しい。
ストーカー……にしても怪しすぎる。私はシラを切ろうとして──
「はい、知ってますよ──あれ?」
口から飛び出したのは、肯定する言葉だった。自分の口を疑うが、確かに「いいえ」と言ったはずだった。この少しの動揺で、私は完全に相手のペースに乗せられてしまった。
「よし。貴女はこの娘の所在を知っているか?」
「……はい」
「ではその関係は?家まで知っている?」
「……はい」
「なるほど……隣人ですか?」
ヤバい。明らかに能力を使われている。
おそらく、イエスかノーで答えられる質問に対して強制的に回答を引き出す能力。警察でもなければ完全に違法な行為──能力の行使を宣言していないので、警察でも違法だ。
違法相手ならやりようはある。正当防衛が認められる範囲内、咄嗟に使ったと言い訳が効く範疇でこちらも能力を使う。
「待った、貴女は私に危害を加えようとしている?──」
「回答は……『はい』だあぁぁあっ!」
身体強化第1段階。男が質問を終える前に、高速のアッパーカットを撃ち込む。一撃で意識を狩り取る私の得意技。不審者や犯罪者相手に数回行使したことがある。
だが、倒れない。浅かったか、こいつが強いのか。おそらくは後者だ。
「……なるほど、017番の協力者と見るべきか……ならば」
男がナイフを取り出すのを見て咄嗟に後ずさる。全体的に身体能力を強化しているとはいえ、こちらは丸腰。ナイフや隠し持っているであろう銃器を使われたら勝ち目はない。それに、017番とやらの協力者と勘違いされているらしいのはまずい。犯罪者相手に説得を試みるのも違うが、勘違いで殺されるのはもっと嫌だ。
「力ずくでも聞かせてもら──がはっ」
直上から降ってきた“かかと”が、男の脳天に直撃した。男は前のめりに倒れ込み、ナイフが手から転げる。
「いやー、危なかったですねお姉さん……って、あれ?」
降ってきた黒い影──黒いパーカーに黒いズボン、やはり不審者にしか見えない格好をした隣人が、男を取り押さえたまま呆然とした顔でこちらを見ていた。
※主人公の常識がバグっているのは仕様です。