シリアス注意
「えっと……レイナ……ちゃん?」
平和な日常の崩壊は、前触れなく訪れる。
ことの発端は、2回目となる夜の散歩だった。
その日は前日に把握した周囲の立地などに加えて、どんな店があるのかなどについてサーチした。地図アプリと照合すれば大体のことは分かる。それなりに暮らしやすそうな場所だなと思いながら、帰路についていたその時。
「むむ、困ってる人発見」
1人の黒ずくめの男と女の人が、なにか話しているのが見えた。あれはおそらく『暴漢』か『ナンパ』。知識の上では、受けた人は社会的に死ぬと言われている。
助けるのは顔を覚えられるリスクだが、他言無用と釘を刺しておけば大丈夫なはずだ。何よりも目の前で事件が起こるのは気分が悪い。
そんなことを考えていたら、いつの間にか女性の側が男にアッパーをかましていた。男も怯みながらナイフを取り出す。
……なんだかややこしいことになってる気がしないでもないが……ええい、ままよ!
自由落下の圧倒的力と私のかかとの強度の前に、一瞬にして男は地面に倒れ伏す。意識を失ったであろう男を押さえつけながら、私は女性に話しかける。いつものコミュ障を隠し、ちょっとキザな雰囲気で──
「いやー、危なかったですねお姉さん……って、あれ?」
よく知った隣人──ミコト・バッカーニャが、驚いた顔でこちらを見ていた。
冒頭に戻る。
やらかした。というのが、私の最初の思考だった。見ず知らずの他人であればこの乱入はただ助けてくれた美少女としか映らない。少女が夜歩きしているという事実はニンジャのファッションの力を差し引いても不審に映るだろうが、私の生活に大した影響はない。
しかし、それが隣人だった場合はどうだろうか?買い出しの時にたまに話す程度の仲だが、彼女の中には不信感が残るだろう。今まで完全にカモフラージュしてきたが、私が得体の知れない存在だと気づかれるのはまずい。
まして、警察に通報されでもした場合に住処が割れているのは大変にまずい。違法存在の私がお縄についた場合何をされるのかが一切不明である以上捕まるわけにはいかない。
つまり、ここは穏便にミコトに説明するのが……
「その……これは……違くて……」
半ばパニックになった私の口から飛び出したのはそんな言葉だけだった。この調子では他言無用と釘を刺すこともままならない。
気まずい沈黙が流れる中で、組み伏せておいた男が口を開いた。どうやら完全に意識を奪えなかったらしい。
「なるほど……017号の“変異”はコレか」
男はいつの間にか拘束を脱し、路地の壁際に移動している。どんな忍法を使ったのだろうか、全く動きが掴めなかった。
「しかし我らが欲しているのは“そこ”ではない。017号特有の──我々に有用な変異を確かめさせてもらう!」
男がそう叫び指を鳴らす。一体どこに隠れていたのだろうか。ワラワラと、という擬音が似合うほど大量の黒ずくめの男が湧いてきた。全員が、手にアサルトライフルほどのサイズの銃を持っている。
典型的な悪の組織のモブ戦闘員といった様相の男たち。どこかで見たことがあるような気がするのは、前世の記憶だけではないはずだ。
「……こいつらサイボーグだ。武装してるし、逃げた方が──」
私の隣でミコトが何かを言っている。サイボーグ──確か半機械化した人間。私もこの世界で数回見ている。そう、2週間前までいた研究所で──
……そういえばこいつら、私のこと017号って言ってたな?
「あー……」
なるほど。こいつら灰冠連盟の残党だ。それで何かの理由で私を狙ってると。
私の黄金の理解力が完璧に理解した。
──つまり、こいつらは私の平和な生活を乱す“敵”ってことだ。
視界が──思考がクリアになる。敵を排除するという目的。それだけに最適化された頭脳が、肉体が完全に解放される。
まずは──
ミコト・バッカーニャは見た。目を疑った。
ただの隣人の少女だと思っていた存在が、強靭なサイボーグの胸部を素手で貫く光景を。
一瞬だった。銃を持ったサイボーグに対して、一瞬で自分の距離──近接攻撃が通じる距離まで詰め、とんでもない肉体強度と力に任せて胸部を粉砕、貫通したのだ。レイナの瞳は、真紅に染まっていた。
「……ひとつ」
真紅の瞳が次の標的を捉える。鮮血のように吹き出たオイルが路地を濡らし、残骸がガシャンと音を立てる次の瞬間には私はすでにそこにいない。
比較的離れたところにいる2体。あれに援護射撃を出されるとやりづらい。他のまとまった敵よりも優先的に潰すべきだ。
「これでみっつ」
金属製の頭部が2つ、地面に転がる。蹴りによって歪み、衝撃で首のジョイントが砕けたサイボーグの頭部だ。
素早く2体を片付けた私は、うち一体の持っていたライフルを奪う。
「よっつ」
振り向きざまのヘッドショット。勇敢にも距離を詰めて近接攻撃を行おうとした一体が地面に倒れ伏す。
──残りは12、30秒でカタがつく。
既に敵戦力の程度を予測し、今後の立ち回りを思考しながら、仕留めた一体を盾に使って接近する。
さすが悪の戦闘員。既に死んだ仲間の身体に銃弾を撃ち込むことに躊躇はないらしい。
サイボーグの体格はかなり大きく、小柄な私の身体なら、完全に隠れて接近できる。
「残り9」
ある程度近づいたところで跳躍。上方から正確に3発。直下のサイボーグを正確に破壊する。サイボーグの弱点は首の後ろだ。脊椎のインプラントだろうか、微弱な反応で分かる。
「これで半分」
着地を狙ってくるのは織り込み済み。ライフルを投げつけて一瞬だけ注意を逸らし、その隙に首をへし折りつつ着地する。
ついでにへし折った首は近くのサイボーグに投げつけておく。
──あっ、これで倒せるんだ……ラッキー
残りは7体。ここまで正確に13秒。サイボーグ兵士にも少しの焦りが見え始めた。
私は1番近いサイボーグを攻撃しようとして──
「お〜っと、これ以上は困る」
上からの攻撃に中断、一旦後退する。
「避けた?避けたか〜?予想以上だな〜017号は〜〜?なあ“ウィード”?」
新手が出てきた。今の攻撃速度からしてこいつもサイボーグ。しかし駆動音らしい駆動音が聞こえない。今までとは明らかに違う相手、黒服の男を名前で呼んでいるということは、こいつも“敵”か?
そんなことを考えて一瞬足が止まった瞬間──
「避けろよォ〜〜?」
──速い!
とんでもない速度で接近した新手の男が腕を数回振る。高エネルギーの軌跡が3度、飛ぶのが見えた。手加減されている、攻撃前の声がなかったらやられていた。
「おお〜〜避けた避けた。普通だったらバラバラだぞお前」
男がパチパチと手を叩いている。位置は攻撃前と同じ、素早い踏み込みで攻撃した後すぐに戻った──恐ろしい移動速度だ。
エネルギー刃によって斬られた建物の一部が路地に落ちる。だいぶ危険な動きをしていたことに今更気づく。ミコトが死んでしまっては平和な生活も何もない。
ミコトは──間一髪で避けていた。しかし、これ以上戦闘を続けたら守り切れる自信はない。私はミコトに逃げるよう言おうとして──
「いったい何の音だ!?」
「警察──いやヒーローを!」
先ほどのエネルギー刃の余波で人が集まってきたらしい。既に複数人が騒ぎを目撃している。
「あちゃ〜派手にやりすぎたな」
「誰のせいだと思ってるんですか……プロフェッサー“クリスタル”……」
黒服の男が呆れている。クリスタルと呼ばれた新手の方も戦意を喪失したようで、サイボーグ兵士を引き連れてまたどこかへと帰っていった。
帰ると言っても、私のバッグの中身と同じような空間がいつのまにか開いて、そこに入っていく形なのがたいへんにシュールである……
終わった……?
敵が去ったことで鋭敏化していた感覚が元に戻り、異常なまでに回転していた思考もほぼ元通りに戻った。
「えっと……ミコト、大丈夫?」
まず気にしたのはミコトの安否、そして目撃者。私が戦っているところを見たのが少数で、ミコトにも黙っていてもらえそうなら今の生活を続けられるが──
「えっと、まあ、無事、かな?──聞きたいことは山ほどあるけど」
「よかった。今日のことは黙っててもらえる?」
「……それはちょっと無理かも」
よし、無理そうだ。目撃者も4人ほどいて、ちょっと誤魔化せない。
「ミコト」
「……」
「なんかごめん」
もはやこれまで。素早く屋根に飛び乗ると、アパートの自室に急ぐ。この際ストックの食料は捨て置いて、この場からとにかく離れるのが得策だ。
帰るなり異空間バッグを引っ掴み、端末から退居を申請。最低限の荷物だけ持って家を飛び出す。
──鍵は置いていかないと迷惑だと思うので玄関先に投げておく。
さようなら。最初の家、普通の生活。
パトカーとヒーローが接近する現場を横目に、私は急いで500メートル先の地下鉄駅へと向かった。
***
「ミコト・バッカーニャさん。捜査への協力感謝します」
取り調べ室で、私──ミコト・バッカーニャは捜査官を前に座っていた。
ここは都市国家アスタローテ中心部、ガーディアンズ・タワーの一室。超常犯罪対策を主に行う国家間非営利団体、ガーディアン・リンクのこの国での司令塔だ。
ガーディアン・リンクは国家と提携し、超常犯罪──例えばサイボーグの暴動だとか、能力犯罪だとかの、警察では対処しきれない問題に対応する。似てはいるが、警察とは別系統の組織である。
……ただ、取り調べ室は警察に似ている。実際に入ったことはなかったが、ドラマで見るようなものとそっくりだ。
参考人として呼ばれているとはいえ、窮屈で居心地が悪い。
「身体検査の結果ですが、エネルギー兵器の汚染は無いようですね。他の数値も──兵器由来の汚染は受けていないようです」
予想外に行われた身体検査には、ひた隠しにしている不健康生活が暴露されるのではないかと怯えたが、特に問題はなかったようだ。
──捜査官が気を遣って言っていないだけの可能性もあるが……
それはともかく。過去2回の簡単な聴取で、事件のことやレイナとの出会いのことは大体話した。
事件──既に2日前になる灰冠連盟残党によるテロ事件のことだ。一応世間的にはそんな扱いになっているが、私にとっては謎の隣人の起こした乱闘事件である。乱闘にしては随分とレベルが高いものだが。
「貴女の証言からアパートを調べましたが、既に『レイナ』は立ち去った後でした。痕跡から見て事件後即座に退居したようです」
示された写真にはそのままになっているベッドや乱雑な冷蔵庫の中身が写されていた。
生活感がほぼない部屋に見えるのは、必要なものを全て持って出たためだけではないだろう。レイナが何者なのか、1番気になっていた部分の謎がさらに深まった。
数度やり取りをした後、私は決心して切り出す。
「その……彼女は──レイナは何者なんでしょうか」
私の投げかけた質問に、捜査官は黙ってしまう。知っているようではあるが、何か話せない特別の事情があるのだろうか。
「そこは、私が話そう」
「イードル司令!」
部屋に入ってきた男に捜査官が敬礼する。
そういうのはいいと諭しながら、イードルはミコトの対面に座る。
「単刀直入に言おう。ヒーローとしてガーディアン・リンクに加入しないか?」
なんで???
頭の中がクエスチョンマークで充填される。なぜ私なのか、そしてなぜこのタイミングでそれを言うのか。その全てがわからない。
……捜査官がイードルを小突いた。流石に言葉が足りないと思ったのは私だけではなかったようだ。
「ゴホン、すまない。私はアスタローテ支部の司令をさせてもらっているイードル・ネバダ・ブロッケンと言う」
イードルが言い直した。絶対にこれを先に言うべきだったろうといった様子で呆れている捜査官を無視して彼は続ける。
「君の市民データを捜査の範囲で閲覧させてもらった。能力者──それもランク5相当の身体強化系統のようだね」
「まあ、一応」
一応、私は能力者──現実干渉能力を基盤とする一種の超能力、パラフィールドを保持する人間としてカウントされている。全ての市民が定期的に受けさせられる検査でランクが振り分けられるのだが、私は0〜7の8段階のうち上から3番目の5だ。
パラフィールドはかなり最近発生が確認されたもので、人類史の中でもまだ新しい能力。比較的高位のランク5でも特にもてはやされるようなことがないのは、パラフィールドより前に存在したサイボーグ技術の方が安定していることが原因だろう。
実際私が制御できる範囲の身体強化ではサイボーグ兵士になんとか勝てるかどうか程度であり、もしそれ以上の威力を出すならパラフィールドをより正確に制御する訓練が必要になる。実際、ガーディアン・リンクに所属するヒーローの中でパラフィールドを使用する者は少なく、大半が高性能サイボーグだ。
露出している金属部品から高性能サイボーグであろうイードルは続ける。
「詳しくは言えないが、『レイナ』と接触した君は今後しばらくは監視対象になる。そして君が選べる道は2つある。何も知らなかったことにして監視の下で普通に暮らすか──真実を知り我々と共に戦うかだ」
先ほどからずっと引っかかっていた、彼らがレイナのことを呼ぶ時の妙な違和感。レイナが特殊な存在であることは分かっていたが、一般人が知ってはならないようなレベルのものらしい。
隣人として数日を過ごした少女として気になる部分はあるが、ここは監視付きでも普通の生活に戻るのが──
「もちろん、その場合はガーディアン・リンク所属として給料が発生する。具体的にはこの額だが──」
「……」
よく考えてみてほしい。学費と生活費のためにバイトで私生活をすり減らしている学生が、多少の生活の自由と引き換えに大金を、それも継続的な収入を得られるとなったらどう思うだろうか。
私の答えは、既に決まっていた。
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