アリスが我が家に現れた   作:ふらちないおちのえちちなおちち

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はじめての日曜日

 

 リビングの真ん中で仰向けになる。

 目玉焼きの破れた黄身みたいに『ぐでー』と床の上でだらけて、自分の部屋をぐるりと見渡した。

 

 僕がこのアパートに入居したのは一年前の春。

 高校入学がきっかけだ。

 

 晴れて志望校に合格した当時、僕は浮かれていた。

 手当たり次第に可愛い女の子に声をかけ、カップ麺のシーフードとカレーを混ぜてシーフードカレーを作り、ヒップホップを流しながら校舎を練り歩いたり、あらゆる悪事を尽くした。

 受験の過酷だった日々を忘れるように、とにかく浮かれていた。

 

 そんな有頂天だったある日、知人から一つ質問をされた。

 

『そういえば……高校までどうやって通うんですか』

 

『あっ』

 

 すっかり忘れていた。

 情けないことに僕は、実家から高校までの距離が遠いことを失念していたのだ。

 

 すぐにアクセスを調べると、通うためには少なくとも新幹線が必須な距離ということが分かった。

 そして距離が長ければ、当然通学時間も長い。

 早朝(ほぼ夜)に起きることが確定してしまった。

 

 朝にのんびりできない。

 そんな生活を強いられることに絶望を覚えた。

 

 トホホと途方に暮れていると、一つのアドバイスが舞い降りた。

 

『ではマオさん、一人暮らしを始めましょう』

 

 そうして僕は一人暮らしを始めた。

 

「そっか、あれから一年間も経ったんだ……」

 

 はじめての一人暮らしは楽しさ1割心配9割で不安が勝っていたが、前述の知人の助けもあって、悠々自適な生活を送れていた。

 

 ここはとても良い部屋だと思う。

 解放感のある広い間取りに、不自由ない設備。日当たりや立地の条件もよく、自称美少女の面倒見のよい大家さんまで付いている。まさに破格の待遇だ。

 

 そんな優良アパートに住めているというのに、僕は何か物足りなさを感じていた。

 それは言葉にするのが難しい、寂しさのような物だった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 微睡みから目を覚ます。

 気だるい体を起こして窓の外を見ると、外が真っ暗だった。

 

「…………もう夜だ」

 

 時計を見ると、時刻が十九時を過ぎている。

 昼寝のし過ぎだった。

 

 カーテンを閉じてから照明のスイッチを押す。

 真っ白な光に部屋が包まれ、目が眩んだ。

 

 

 今日は土曜日。待ちに待った休日だ。

 インドア派の僕はいつも通り、一日中家にいた。

 

 学校の課題をやり、洗濯や水回りの掃除をして、ボーッとスマホを眺めていただけで、もう一日が終わろうとしている。

 

 ここ最近、なんだか時間の流れが早く感じる。

 世界の移り変わりに自分だけ置いてかれているような感覚というか、なんとなく疎外感があった。

 自宅に籠りきりでいると、一日が終わるのがあっという間に感じた。

 

「はぁ……なにか食べなきゃ」

 

 気だるい体を動かしてキッチンに向かう。

 

 鍋一杯にお湯を沸かし、乾麺のスパゲッティを放る。

 ぐつぐつと沸騰する水面を眺めていたら、いつの間にか麺が湯で上がっていた。

 お湯を切り、レンジで温めた市販のソースをかける。

 すぐに晩御飯が出来上がった。

 

 

 カチャ、カチャとフォークの音が静かな部屋に響く。

 黙々と口に食べ物を運ぶ作業みたいだった。

 

「あっ……いただきます言うの忘れてた」

 

 フォークを皿の縁に置き、両手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 いただきますの一言は、空気に吸い込まれたみたいに誰もいない部屋で消えていった。

 既に食べ始めたし、別に言う必要もなかったが、自分が空しい人間になってしまうようで少し怖かった。

 

「ごちそうさまでした」

 

 一人暮らしで同居人がいないのは当たり前だが、僕は一人なんだなぁとしみじみ思った。

 

 食べ終わった食器を片付けて、入浴する。

 お風呂から上がったら髪を乾かし、薬を飲んで、歯を磨いてから寝る。

 

 そうやって僕は、また何もない日曜日を迎えるのだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 目覚まし時計を止めて、目を覚ます。

 

 布団をはぐり、のそのそと芋虫のようにベッドから抜け出す。

 朝御飯を食べようと思ったが、あまりお腹が空いていない。とりあえずコーヒーだけ飲んだ。

 

 休みの日なのに定刻に起きる理由は、実家暮らしの頃からの家族の言い付けを守っているだけだ。

 今日は予定があるわけでもなく、ただの習慣だった。

 

 

 コーヒーを飲んだらソファーに腰掛け、クッションを膝の上に置いて抱える。

 ダラダラと(くつろ)ぎながらスマホをいじった。

 

 何の目的もないまま画面を下にスワイプする。

 新作ゲーム、今季アニメの情報、経済ニュース、よく分からない芸能界の不祥事。

 どれも平凡で、イマイチ興味の湧かない話題だった。

 

 

 

 画面に目を滑らせていると、とある広告が目に入った。

 

「……?」

 

 ゲームの広告だった。

 

 映っているキャラクターは見覚えがあった。

 確かバニー衣装とか際どい水着とかで、ネットで有名になっていたキャラだ。

 

「ソシャゲって面白いのかな」

 

 パソコンやゲーム機を使ったゲームは経験があるが、スマホゲームはやったことがなかった。

 興味がなかったわけじゃない。ハードのあるゲームに比べて、どこか面白みに欠けたり作りがチープなんじゃないかという偏見があった。

 

「……どうせ暇だし、インストールしてみよう」

 

 思い立ったが吉日。

 さっそく広告をタップした。

 

 次にインストールと表示されたボタンを押す。

 画面上にプログレスバーが表れ、ゆっくりとダウンロードが始まった。

 

 へえ、インストールだけで数GBも使うんだ。

 僕の低スペックなスマホで動くのか些か不安だった。

 

 とはいえ起動できなかったら仕方ない。諦めよう。

 元も子もないが、そもそも最近はゲームに対しての熱が冷めてしまっていた。

 

 

 高校生になってからだろうか。

 ゲームを始めても長続きせず、途中で辞めてしまうことがほとんどだった。

 

 小さい頃に比べて集中力が落ちたのか。

 はたまた、感性が鈍ってしまったのか。

 寂しい理由だけれど、ゲームそのものに飽きてしまったのか。

 

 心の底からゲームを楽しむことなんて、なんだか遠い日の思い出だった。

 

「広告の子お◯ぱいでかいなー…………」

 

 よし、ダウンロード完了だ。

 スマホの画面をタップした次の瞬間───眩い光が部屋を包んだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「……ううっ」

 

 開いた口から呻き声が漏れた。

 水底から引き揚げられるように、意識が浮上する。

 

 起きてすぐに感じたのは、顔に触れる柔らかな感触。

 いつの間にか、カーペットの上でうつ伏せになって倒れていた。

 

「か、体の節々が痛い……」

 

 我ながら高齢者みたいな感想がこぼれる。

 以前、後輩から「先輩ってたまに年寄りですよね!」と言われたことを思い出した。後輩、この間校内でギャンブルをして停学食らったって聞いたけど大丈夫かな。

 

「おー、いてて……」

 

 気だるい体に鞭を打ち、立ち上がる。

 立つと同時に、視界がチカチカと虹色に光った。自前の貧血のせいだ。

 数秒も待てば、立ち眩みは落ち着いた。

 

「……なんで僕は倒れてたんだ」

 

 何があったのか思い出せない。

 床に伏すまでの経緯がちんぷんかんぷんだ。

 

 体質のせいで失神の経験は程々にあるが、今回のような意識の失い方は初めてだった。

 「とうとう不健康な生活が祟ったか?」と怖くなる。明日から頑張ろう。

 

 

 脳に酸素を行き渡らせるため、深い呼吸をする。

 そうして息を整えてから、自分の部屋をぐるりと見渡した。

 

「……おぉ?」

 

 目の前の光景に目を疑う。

 

 テーブルが倒れていた。

 それも、そこそこ大きくて持ち運びが大変なテーブルがひっくり返っていた。

 いきなりの光景に、思わず呆然とした。

 

「そ、そんなお好み焼きみたいに……」

 

 上に置いてあった新聞紙やティッシュケースも無惨に散らばっていた。

 朝に飲んでいたコーヒーを片付けておいてよかったと安堵する。危うく部屋の真ん中でコーヒーブレイク(広義の意味で)するところだった。

 

「うーん、めちゃくちゃ局所的に小型の台風でも起きたのかな……」

 

 そんなわけないか。

 

 どうやら先程、ここで何かが起こったらしい。

 その影響で僕は吹き飛ばされ、衝撃で気を失っていたようだ。

 

「何か壊れたりしてないよな……」

 

 部屋に異常がないか確認する。

 倒れてしまったテーブルは立て直せばいいが、壁や床の傷はそうもいかない。

 

 飽くまで僕は部屋を貸してもらっている身だ。

 万が一のことがあれば、迷惑がかかるのは持ち主の大家さんである。それは避けたかった。

 

「見たところ床や壁に傷は……ないな。ほっ」

 

 次に、家具にも異常がないかを調べよう。

 一つずつ指差し確認をしながら見ていった。

 

「テレビは大丈夫。本棚も大丈夫そうだ。あとリビングボードも良し、ランプ良し、裸の女の子良し、観葉植物良し、ソファー良し」

 

 パッと見、部屋に特に異常は見られなかった。

 床や壁に傷もなく、変わりない。いつも通りの我が家だった。だが……

 

「妙だな」

 

 えも言われぬ違和感を感じた。

 

「この部屋……何か変……」

 

 ここは一年間住んだ我が家だ。

 その家具の配置や間取りを見間違えはしない。

 

 どこからどう見ても、日常の風景のはず。

 しかし、僕は圧倒的な違和感に苛まれていた。

 

「…………もう一度確認してみよう」

 

 念には念を。

 疑念を払拭するため、改めて確認を始めた

 

「テレビは良し、本棚も良し、裸の女の子も良し、ソファーも良し、観葉植物も……んっ!?」

 

 思わぬものが目に入った。

 それはまるでUFOやUMAよりも驚く光景だった。

 

 とうとう気がついてしまったのだ。

 圧倒的な違和感、その正体に。

 

「────サンちゃんに花が咲いてる……!!」

 

 観葉植物のサンスベリア(通称サンちゃん)

 なんと愛情こめて育てていた植物が花を咲かせていた。

 

 溢れんばかりの感動が押し寄せる。我が子の晴れ姿を見た親の気持ちだった。

 サンちゃん立派になったね……お母さん涙ポロリよ。そうだ、今日は記念日にしよう。サンちゃんが花を咲かせたから、今日はサンちゃん記念日……

 

 観葉植物の開花を喜んでいると、視界の隅で何かがムクッと起き上がった。

 

 

「───ふわぁぁ、よく寝ました」

 

 

 鈴の音を鳴らすような声。

 ライトノベルで死ぬほど見かけたその例えが、本当にこの世界に存在すると思わなかった。

 すごく綺麗な声だった。

 

「むにゃむにゃ……」

 

 そして目に入ったのは、白磁器みたいに真っ白な肌。

 夜空の青を吸い込んだウインドチャイムみたいな黒髪だった。

 

 

 なんで、僕の部屋に女の子が?

 

 ポカーンとする僕の背景に宇宙空間が広がる。

 突然の事態に頭がパニックパニックだった。

 

「…………あれっ。ここはどこでしょうか?」

 

 謎の少女はきょろきょろと周囲を見渡す。

 

「そうです! 新天地に来たら、まずは探索をしてマップ埋めをしましょう!」

 

 僕が呆気に取られている間も与えてくれない。

 少女は僕の部屋をうろちょろし始めた。

 

 すぐに僕はソファーの後ろに隠れる。

 見知らぬ女の子に怯えながら遠巻きに観察した。

 

「……す、すんごい美少女だ」

 

 目を疑ってしまう。

 まるでゲームの世界から飛び出してきたみたいに、少女は現実離れした可愛さだった。

 

 そのまま観察を続けていると、少女は手当たり次第に家具や物を物色し始めた。

 一見泥棒みたいだったが、もはやその無遠慮さはRPGで村人の家に侵入する勇者に似ていた。

 

「というか、なんで全裸なんだろう……」

 

 少女は衣服の類いを一切身に付けていなかった。

 あまりの寒そうな格好に、パンツを剥ぎ取られた無課金勢のような心細さを覚えた。

 しかし彼女の堂々とした佇まいは、むしろ未来から転送されてきたタ◯ミネーターを想起させた。

 

「……とりあえず挨拶してみるか」

 

 このまま静観を貫くのも面倒だ。

 いっそのこと話しかけてしまおう。

 

 アイサツは決して(おろそ)かにできない絶対の礼儀って古事記にも書いてある。

 これが猛獣ならまだしも、相手は見目麗しい女の子だ。いけるだろう。

 

 僕はソファーの後ろから『ヌッ』と姿を現す。

 恐る恐る声をかけた。

 

「……お、おはよー」

 

「あっ、第一村人発見です! おはようございます!」

 

 思いの外、良いレスポンスだった。

 このまま自己紹介もしてしまおう。

 

「ぼ、僕の名前はマオ。高校生だよ。君は?」

 

 少女は僕の作り笑いを吹き飛ばすように、明るい笑顔で答えた。

 

「アリスの名前は、天童アリス。職業は勇者です!」

 

「ゆうしゃ……?」

 

 うおォん、なんだか凄いことになっちゃったぞ。

 動揺を隠せない僕の視界の端で、サンスベリアの花がポトリと落ちるのが見えた。

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