アリスが我が家に現れた 作:ふらちないおちのえちちなおちち
僕は困っていた。
「み、みれにあむ……?」
「はい! アリスはミレニアムサイエンススクールの一年生で、ゲーム開発部に所属しています。あと、アリスはゲームが大好きです!」
「あーなるほどね完全に理解した」
突如として現れた謎の少女、天童アリス。
彼女に自己紹介を頼むと、快く応じてくれた。
けれども内容は初めて聞く単語のオンパレード。
意識高い系の会話に混じったような置いてけぼり感を食らった。
「……教えてくれてありがとね、アリスちゃん。」
「いえ、人助けは勇者の基本です。当然のことをしたまでです!」
アリスちゃんは『キラキラ』と擬音のつきそうな笑顔を浮かべた。
と、とんでもなく可愛い……!
思わず自分のにやける口を手で覆う。
光属性みたいな眩しい笑顔に面食らってしまう。僕が闇系のモンスターなら即死だった。
いかんいかん、冷静になれ。
浄化されきった頭を振って、彼女の自己紹介の内容を思い出す。
どうやらアリスちゃんは一年生らしい。
見た目から察するに、恐らく中学一年生だろう。
浮世離れした整った顔の造形に驚いたが、背丈は小さいし言動もどこか幼い。
雰囲気からして、高校一年生ではないことは確かだ。
とりあえず彼女の年齢は、僕の4つ下ということが分かった。
それに、こうして話してみて分かったことがある。
それは『アリスちゃんすっごい良い子そう』だ。
最近の中学生の生態なんて知らないが、アリスちゃんくらいのヤンチャ盛りならば、まだまだ盗んだバイクで走り出したい年頃だろう。
それなのに、彼女は中学生特有のひねくれた雰囲気もない。
敬語も使っていて礼儀正しい子である(呼び捨てに関しては謎)
素行で言えば、集合住宅を駆け抜けながら連続ピンポンダッシュをしていた僕とは雲泥の差だった。
たまに知らない単語が出てきて言ってることが分からないが、純粋そうで良い子なのだと理解できた。
「……うん、良い子そうではあるんだよな……」
じゃあなんで、そんな良い子そうなアリスちゃんが我が家にいるのか。
そもそも、どうやって部屋に入ってきたのか。
最大の疑問はそこだった。
脳裏に浮かぶ、不法侵入の四文字。
それは目の前の少女に結び付かない単語だった。
実はアリスちゃんって泥棒だったりするのかな。
まあ出会って数秒で僕の心を盗むことには成功しているので、実質泥棒かもしれないが……。
悲しいことに、他に思い当たる節がなかった。
「……マオ? どうかしましたか?」
脳内高速回転している僕を見て、アリスちゃんがコテンと首を傾ける。
一瞬だけ「……まあアリスちゃんが可愛いから別にいっか!」と思いかけてしまった。
どうやらアリスちゃんは魔性の女らしい。用心しなければ。
とは言ったものの、どうやって部屋に入ってきたのかは純粋に気になる。
僕のちっぽけな頭では手段の一つも浮かばない。お手上げ状態だった。
「ねえねえアリスちゃん」
「はい、なんでしょう?」
思い切って訊くことにした。
「どうしてアリスちゃんは僕の部屋にいたの?」
部屋には、昨日から僕しかいなかった。
入り口は勿論、窓やベランダも施錠されていた。
戸を開けた記憶はないし、アパートの合鍵を落とした覚えもない。昨日は外出もしていないので、部屋に侵入できるタイミングなんてなかったはずだ。
ピッキングの線も考えたが、大家さんからはアパートのセキュリティは超厳重だと聞いている。自称超天才の大家さんの言ったことだし、そこは間違いない。
ここで僕が殺されたら密室殺人として未解決事件入り待ったなしの難攻不落である。
彼女が入り込む隙なんて、なかったはずなのだ。
「アリスがここに来た理由ですね」
「そうそう。正直に吐けば楽になるよ」
「なんならカツ丼でも食べる?」と蕎麦をすする落語家みたいにジェスチャーする。
僕のカツ丼は凄いぞ。あの大家さんから「私が犯人だったら自首してますね。犯人じゃなくても自首するレベルです。ですので一日三食カツ丼は勘弁を……」と言われたくらいだからな。
僕は彼女に真実を迫った。
「それは確か……確か……」
アリスちゃんが初めて言葉を詰まらせた。
果たして、鬼が出るか蛇が出るか。僕は身構えた。
「……?」
しかし様子がおかしい。
「えーと……」
アリスちゃんの反応に違和感を覚える。
それは、訊かれたくないことを訊かれたような反応ではなかった。
まるで何かを思い出そうと、必死に考えているようだった。
「───あれっ、どうしてアリスはここにいるんでしょう?」
彼女の答えは、悪い意味で僕の予想を裏切った。
「おかしいです……ここに来るまでの記憶が、アリスにはありません。もしかして冒険の書が消えてしまったのでしょうか……?」
「まさか……」
これはもしかして、もしかしなくてもアレだろうか。
よくある記憶を喪失しちゃった系だろうか。
息を飲み、真剣な面持ちで彼女に問いかける。
「アリスちゃん、自分の出身地はどこか分かる?」
「はい、アリスの生まれはキヴォトスです」
「やっぱり覚えていないか……えっ? キ、キヴォ……なんて?」
またしても初めて聞く単語が出てきた。
どこだよキヴォトス。群馬県の辺境とかかな。
心のなかでズッコケる。
てっきり記憶喪失なのかと勘違いしてしまった。
というか自己紹介のときにバイトの面接くらいハキハキ喋っていたし、記憶喪失ではないのかも。
アリスちゃんは僕の知っている記憶喪失と少し違う気がした。
そこで浮かんできた一つの仮説。
アリスちゃん外国人説だ。
彼女の言っていた『キヴォトス』という地名。
もちろんグンマーの可能性も否めないが、カタカナの名前からして海外の国っぽい。
試しにG◯ogleで検索をかけてみよう。
きっと彼女の素性を知るヒントになるはずだ。
「……駄目だ。なんかお○ぱいのデカいソシャゲしかヒットしない」
検索したが、イマイチ情報は得られなかった。
そういえばアリスちゃんは日本語がペラペラだ。お○ぱいペラペラソースだ。
外国人という線は薄いかもしれない。
「ここは日本の△△っていうところなんだけど、アリスちゃん知ってる?」
「ニホンの△△?」
『なにそれ美味しいの?』的な顔をするアリスちゃん。
それに彼女は日本という言葉の意味もよく分かっていないらしい。
ウーム……ますます謎が深まってしまった。
「どうしよう、何の成果も得られてないぞ……」
これは非常に困った。
彼女の言動が嘘じゃないなら、目の前の現実はフィクションより奇だ。
端からみれば彼女は、いきなり知らない世界に連れてこられた異世界人。もしくはアニメや漫画の異世界転生。
その境遇とそっくりだった。
仮に、アリスちゃんが異世界から来ていた場合。
こちらの世界で、これから彼女はどう生きていけばいいのだろう。
警察を頼るべきだろうか。
いや、アリスちゃんは良い子そうだが言っていることが摩訶不思議アドベンチャーだ。
世間から頭のおかしい子どもとして見られたって可笑しくない。
果たして彼女の存在を受け入れてくれる場所があるのか。
それは僕にも分からなかった。
…………いや待てよ。
そもそもこれは本当に現実の出来事なのだろうか。
「アリスちゃん、ちょっと僕のことを叩いてもらってもいい?」
「叩く、ですか?」
「うん。ちょっと強めに」
もう一つの仮説。
今、僕が見ているのは夢説だ。
「本当にいいんですか?」
「いいよ。パーっとやっちゃって、パーっと」
原始的な方法だが、これが夢なら叩かれても痛くないだろう。
決して僕にソッチの趣味があるわけじゃないので誤解しないでほしいし、好きなASMRのジャンルは年上の女の子に罵られるやつだから問題ない。ロリ系もイケるが。
「パンパカパーン! アリスはクエストを受注しました。では、いきますね。えいっ」
「これで夢だったら覚めるはず……ぐべらっ!!」
突如、浮遊感に襲われる。
視界が二転三転し、部屋の景色がぐるぐると回った。
「おぅふ!!」
『ボフン』と背中に何かがぶつかる。
触り慣れたソファーの感触だった。
ソファーにめり込んだ僕は力なくその場から転げ落ち、天井を見上げた。
「……夢じゃないみたいだ」
「マオ、これでいいですか? アリス、もう少し強くもできますよ」
「ううん、バッチリ。ありがとう……」
トラックと相撲したらあんな感じなのかな。
そんな機会は未来永劫訪れないが、前もって分かっておいて良かった。
ソファーから立ち上がり、小鹿のように震えながら辺りを確認してみる。
目の前の光景は至って変わらない。夢や幻覚ではなかったみたいだ。
あと叩かれた脇腹が痛い。ジワジワ来る痛みだ。
「あぅぅ……ああ見えてパワー系なのか」
痛さのレベルで表すと、水をがぶ飲みした後に走るマラソンくらい。なんかもう、猛烈に痛かった。
アリスちゃんは怪力。これは僕の安全面から重要な情報だった。
これからどうしようと頭を悩ませていた、その時。
ピンポーンと小気味よい音が鳴った。
玄関のインターホンの音だ。
誰かが訪ねてきたらしい。
ドアホンのモニターを確認してみる。
そこには、車椅子に乗った白髪の少女がいた。
『ヒマリです。今日はようやく休みが取れたので、この超天才清楚系病弱美少女ハッカー……失礼、大家である私が、休日なのにやることもなく暇を持て余しているだろうマオさんのために会いに来たのですが───大丈夫ですか?』
来訪者は大家さんだった。
今日も今日とて、日本語の合体事故みたいな自己紹介を披露してくれている。
悔しいが、美少女なのはその通り。モニター越しでも良い目の保養だった。
『先ほどアパートのセキュリティ機能が反応しまして。貴方の部屋から、交通事故のような強い物理的反応を観測したようですが……』
大家さんが手元のタブレットを確認しながら怪訝そうに訊いてくる。
へー、今のアパートってそんな機能あるんだ。かがくのちからってすげーと小学生並の感想が浮かんだ。
ドアホンに顔を近づけて、大家さんに返事する。
「はーい、いつも元気なマオです。部屋のことなら問題ナッシングですよ。ちょっとテーブルが倒れただけで、家具や部屋の破損はありませんでした。僕も怪我はしていませんし、いつも通り絶好調です。ピースピース」
『……ふむ、そうでしたか。では大家として部屋に破損等の異常がないか直接確認したいので、入れてもらってもいいですか』
「ええ、勿論です。いま開けますね……あっ」
重要なことを忘れていた。
後方を確認する。
そこには、背伸びをしてモニターを見ようとしているアリスちゃんがいた。
「マオっ、マオっ、誰か来たんですか?」
背を伸ばしても見えなかったのか、今度はぴょんぴょんとジャンプしてモニターを見ようとしている。
「いちいち仕草があざといんだよオラぁ!(豹変)」と全身を撫で回したい衝動に駆られたがTPO的に断念した。
「……」
『マオさん、どうかしましたか』
見ていて癒されるはずのアリスちゃん。
そんな彼女の格好に気づいた瞬間、背中にぶわっと冷や汗が流れた。
「まずいな……」
『何がまずいんですか? 言ってみなさい』
そりゃあ何がまずいかって、とにかく絵面がまずい。
一人暮らしの高校生の部屋。
あどけない小さな女の子(しかも全裸)
こんなところを大家さんに見られた日には、すぐさま警察に通報。
それから逮捕、臭い飯の3連コンボ。
逮捕された
何もかも終わりだった。
さらに追加でカミングアウトすると僕は裸族だ。
家では基本的に半裸……いや、ほぼ全裸である。現在も外を出歩けない格好をしている。
そんな僕の近くに、身元不明のヌードな女の子が一人。
誰がどう見たって犯罪臭しかなかった。
これが事案でなければ、日本のポリスメンはちゃんと仕事したほうがいいと思う。そんな絵面だ。
『……マオさん、何か後ろめたいことでもしているのですか?』
「ギクッ」
「アリス、ギクッて声に出す人初めて見ました」
と、とりあえず落ち着け僕。まだあわわわわわわてる時間じゃない。
一先ず、僕はしっかり服を着よう。
ちょうど近くにあったのでメイド服を着た。
このメイド服は実家を出たときに妹から餞別として貰ったものである。
しかも僕の趣味を曲解して妹の着用済みという配慮付きだ。偏見も甚だしい。とても不服だ。ナイス妹。
次にアリスちゃんにも服を着せよう。
……いや、そもそもアリスちゃんの場合は存在だけでアウトだった。
絵面自体は
『マオさん?』
ここは難を逃れる策が思い付くまで、時間稼ぎをしよう。
急いで僕は大家さんに返事をした。
「……う、後ろめたいことしてないですよ!? 別に服を着ていない小さな女の子と、部屋で二人っきりとかじゃないですけど!?
まったくもう~、大家さんってば人聞きが悪いなぁ。それに僕だって思春期真っ只中、健全な高校生ですよ? 大家さんにだって話せないプライベートの一つや二つ……」
『入ります』
「ああっ!?」
マスターキーか何かを使ったのだろう。
玄関からピピっと鍵の開く音がした。
「お、終わった……」
ゆっくりと開いていく横開きのドア。
見慣れたはずの玄関のドアが、まるで地獄の蓋のように見える。
僕は裁きを受ける罪人。あとは、大家さんという美少女閻魔さまの判決を待つだけだった。
どうやら僕の人生ここでゲームオーバーらしい。短いながらも良い人生だった。
フローリングに手をついて絶望していると、アリスちゃんから「どうしました? 頭が痛むんですか?」と頭を撫でられた。いいから君は早く服を着てほしい。
「───こ、これは」
開かれた扉。
床に倒れ伏す僕と、アリスちゃんを見つけた大家さん。
彼女は大きく目を見開いてこちらを見た。
「わあっ、ヒマリ先輩です!」
アリスちゃんが嬉しそうに声をあげた。
「あ、アリス……? どうしてここに……?」
対して、大家さんは愕然と声を震わせていた。
「パンパカパーン! アリスは新天地で仲間と再会しました! ヒマリ先輩、久しぶりです!」
アリスちゃんは笑顔だった。
言葉の通り、彼女は久しぶりに親友と再会したように喜んでいた。
「アリス、貴女は……」
しかし大家さんは、まるで色んな感情が入り混じったような、信じられないものを見た顔をしていた。
はて、これは一体どういうことだろう。
頭の中で逮捕後のプリズンブレイクの計画を立てていたが中断する。
どうやら二人は訳アリのようだ。
「そ……そんなことは……」
「ヒマリ先輩、そんなに驚いてどうしたんですか?」
というかこれはチャンスでは?
サラダボウルみたいに混沌とした、この状況。
ここを上手く切り抜ければ、アリスちゃんと僕の格好をどさくさに紛れて、有耶無耶にできそうだ。
よし、ここは大家さんに突っ込まれる前に退散するとしよう。
僕はランナウェイすることにした。
薄着なうえに無一文だが、きっとこんな僕でも受け入れてくれる場所があるはずだ。さて、まず始めにコユキちゃんの所に転がり込むとするか……
「…………ところでマオさん、どうしてアリスは何も着ていないのですか」
「えっ、あっ、いや、その」
「そこに直りなさい」
「はい」
逆らえない。僕は正座を決め込んだ。