アリスが我が家に現れた   作:ふらちないおちのえちちなおちち

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春の月

「ふわぁ……ねむ」

 

 頭がぼんやりする。寝起きだ。

 

 欠伸を繰り返しながら、薄暗いダイニングにふらふらと向かう。

 白い光の薄ぼけるカーテンを開けると、朝日がくさびのように差し込み、寒々としていたダイニングキッチンの空気が暖められていった。

 

「よいしょっと」

 

 学校帰りに買ってきたコーヒー豆の袋をカウンターに上げて、コーヒーミルを用意する。

 少し年季の入ったミルに満遍なく豆をセットして、ゆっくりハンドルを回す。

 カリカリと豆が挽かれていく音を楽しんでいると、陶酔するような粉の香りが鼻を撫でつけた。

 

「おちつくなぁー」

 

 窓から静かな風が流れ込んできた。

 平日はあれだけ忙しなく廻っている街並みも、今日は朝寝坊したみたいに停滞している。耳を澄まさなくても小鳥の(さえず)りが聴こえてきそうだった。

 

 

 今日は土曜日。休日だ。のんびりし放題の日だ。

 

 あらかじめ温めておいたサーバーにフィルターを付けたら、砕いた粉を入れる。

 中心から外側へ円を描くようにお湯をゆっくりと注ぎ、粉が膨らんだところでお湯を止める。それからゆっくりと蒸らし、またお湯を注いでいく。

 電動のコーヒーメーカーと比べて、手動は手間も時間もかかる。しかし、その面倒臭さは嫌いじゃない。

 時間に追われるのを忘れて音と匂いを楽しむ。それはとても贅沢な過ごし方だと思うからだ。

 

 

 出来上がったコーヒーを味わっていると、寝室の方からペタペタと足音が近づいてきた。

 リビングの扉が開き、眠気眼の少女が姿を現した。

 

「スンスン、なんだか良い匂いがします」

 

 僕の部屋に春風みたいにやって来た同居人、アリスちゃんだった。

 寝室から寝惚けて持ってきたのか、その傍らに大きい枕を抱えている。

 

「おはよう、アリスちゃん」

 

「おはようございます、マオ」

 

 アリスちゃんが眠そうに目を擦っている。

 

 猫のようにトコトコとキッチンのカウンターに近づき、椅子の上にぴょこっと乗っかる。

 目の前に置かれたコーヒーセットを面白そうに眺め始めた。

 

「この真っ黒なポーションは……」

 

 鼻と触れそうな距離で、コーヒーサーバーを見つめるアリスちゃん。サーバーの壁面に彼女のキラキラ光る瞳が反射する。なんとなくトランペットを眺める少年を思い出した。

 

「この真っ黒なポーションは……コーヒーですね。アリス知ってます。キヴォトスに居たころ、先生がよく飲んでいました」

 

「そうだったんだ。気になるなら飲んでみる?」

 

 これから飲みに行くオジサンみたいに、クイッとカップでジェスチャーする。

 

「はいっ、飲んでみたいです!」

 

 パーっと顔を綻ばせるアリスちゃん。嬉しい反応だ。

 

「アリス、気になります。果たして、コーヒーを飲むとステータスにどんな影響があるのか……興味があります! 早く飲んでみたいです!」

 

「たぶんカフェインの影響で『睡眠耐性Ⅱ』とか付きそうだけど……まあまあ、落ち着いて」

 

 カウンターから身を乗り出してはしゃぐアリスちゃんを(なだ)める。

 こういう好奇心旺盛なところは彼女の長所であり、逆に短所でもあるなとつくつぐ感じる。

 学校で火災報知器のボタンが気になって仕方ないアリスちゃんを命懸けで止めたのも今となっては懐かしい。

 

 僕は自分が飲んでいたコーヒーを置いてから、彼女用のカップを取りに食器棚に向かった。

 

「砂糖とミルクも要るよね、たぶん」

 

 見るからにアリスちゃんは子ども舌っぽい。コーヒーの苦味を中和するために甘味も持っていこう。

 瓶入りの砂糖と牛乳パックを両手に、僕はアリスちゃんの方向に振り返った。

 

「アリスちゃん、砂糖はどれくらい入れ……」

 

「いただきまーす!」

 

 聞こえてきたのはアリスちゃんの元気な声。

 なぜか彼女の両手にはコーヒー入りのカップが握られていた。

 おかしいな、僕まだ渡してないぞ。

 

 よく見るとアリスちゃんが持っていたのは僕のカップだった。

 土曜の朝から美少女の間接キスとか縁起いいな。イエーイめっちゃホリデーだ。

 

「アリスちゃん、ストップ……!」

 

 僕が待ったをかける暇もない。時既に遅しだった。

 アリスちゃんはカップに口をつけて、あおるように傾けた。そして───

 

「うわーん! このポーション苦すぎます!」

 

 ニ○ー?!

 涙目で『ウゲー』と舌を出すアリスちゃん。苦い薬を飲んだ子どもみたいな反応だった。

 すぐにカップから顔を遠ざけると、アリスちゃんは不測の事態に襲われたデータキャラみたいに狼狽(うろた)え出した。

 

「お、おかしいです……!? さっきまでマオはあんなに美味しそうに飲んでいたのに。もしかして先生やマオには毒耐性が……?」

 

 毒ちゃうわ。

 

「残念ながら、淹れたてのおいしいおいしいコーヒーだよ。はい、牛乳どうぞ」

 

「うぅ……ありがとうございます」

 

 アリスちゃんは涙目になりながら、砂糖の入った甘いミルクをちびちびと啜った。

 

 さっきまで興味津々だったコーヒーに対して、今は外敵に怯える小動物のように、遠巻きに観察している。

 どうやらコーヒーの美味しさは分かってもらえなかったらしい。いつか解らせたいものだ。

 

 

 

 そんな一悶着がありつつも、僕たちは朝ごはんを食べることにした。

 

「ところでアリスちゃんって、今日は予定ある?」

 

「予定ですか?」

 

 アリスちゃんがフレンチトーストをナイフで切りながら返事する。柔らかそうなパンの切れ目に、上にかかっている蜂蜜がトロリと垂れていった。

 

「今日はこの間見つけた、ジャングルのダンジョンを探検しようと考えていました」

 

「へー、ジャングルのダンジョンか、楽しそうだね。

 ……ジャングルのダンジョン?」

 

「はい。一目見ただけで、色んなアイテムや宝物があるとアリスは確信しました。確か名前はドン◯キホーテ……」

 

「確かに激安ジャングルだけれども」

 

 アリスちゃんは一口に切ったフレンチトーストをパクッと口に入れると、ニッコリと頬を緩ませた。

 僕は和食派だが、今日はアリスちゃんに合わせて洋風だ。

 

「そっか、既に予定があったんだね」

 

「はい。せっかくのクエストのお誘いですが、また今度誘ってもらえると嬉しいです」

 

 それは残念だ。

 

「ちなみにマオは今日、どこに行くつもりだったんですか?」

 

「えっと、今日は前から気になっていたゲームを買いに行こうかなって……」

 

「行きますっ!!!」

 

「ヘァッ!?」

 

 机がガタァンと揺れる。

 次の瞬間、視界一杯にアリスちゃんの顔が広がった。

 

「アリス、ゲーム買いに行きたいです!!」

 

 さっきまでテーブル越しに会話していたアリスちゃんが、いつの間にか僕の膝の上にいた。

 どうやらテーブルの上をロケットみたいに飛んで超えてきたらしい。キヴォトス人の身体能力、すごい。

 

「買いに行くゲームは何ですか!? 聖剣伝説ですか? ウルトラマリンシスターズですか? それとも、ゼルナの伝説ですか!?」

 

「なにそのパチモン臭するラインナップ……」

 

 名前の時点で……ツーアウトってところか?

 訴えられたら負け感が凄いし、任◯堂法務部が黙ってなさそうなチョイスだった。

 一体、アリスちゃんは今までどんなゲームをしてきたのだろう。クソゲー率が高そうだ。

 

「買おうと思っているのはテレビのCMで見たやつかな。もしもお店で面白そうなゲームが見つかれば、そっちを買おうかなーと……」

 

「そうなんですね! ということはゲームに詳しいアリスが付いていくべきです!」

 

「な、なるほど」

 

「こうしてはいられません! マオ、早く朝ごはんを食べて出発しましょう!」

 

 アリスちゃんの顔がグイグイと迫り、僕の視界の九割を埋める。

 なるほど、これが俗に言うガチ恋距離か。僕が特定のマニアだったらこのままチューしそうな距離の近さだ。僕は年上好きだから我慢できたけど、特定のマニアだったら我慢できなかった。そんな感想が浮かんで消えた。

 

 膝上から降りたアリスちゃんが興奮してパタパタと動いてるのを見ながら、僕は急いで朝ごはんを完食する。

 ……おぅふ、朝からフレンチトーストは重かったかもしれない。胃がズシリと重かった。

 

「やれやれ忙しくなりそうだぜ。そしたらアリスちゃんはパジャマを着替えて待ってて。僕もすぐに準備するから」

 

「はいっ、確かに装備を整えるのは大切ですね! マオもそんな防御力ゼロの格好じゃ駄目ですよ。弱点が丸わかりです」

 

「あははっ、流石の僕だってこのまま出歩くほど倫理観捨ててないよ。何か着ていくさ」

 

 オフレコだが、一度だけ寝惚けていつもの格好のままアパートの廊下に出てしまい、大家さんと鉢合わせてトラブルになったことがある。

 赤面した大家さんに車椅子で轢かれて30メートルくらい引き摺られたのは忘れられない思い出だ。

 

 さて、ゲームを買いに行こう。

 通販やダウンロードでゲームを買っていた僕は店頭で買った経験がない。今回のような現地に赴く買い方は初めてだった。

 なんとなく家電量販店に売っているイメージがあるし、電気屋さんが多かったと記憶している駅前辺りを散策してみよう。

 

 

 

 服に袖を通しながらアリスちゃんとのデートプランを計画していると、あることを思い出す。

 

「やっば。そういえば今日、燃えるゴミの日だった」

 

 危ない。危うくゴミを出し忘れるところだった。

 ちょうど朝食を作ったときに出た卵の殻を棄てたい。

 急いでキッチンに戻った。

 

「アリスちゃんごめーん、先にゴミ捨てしてくるねー」

 

「はーい!」

 

 別室にいるアリスちゃんに一声かけてから、ゴミ袋を持って玄関に向かう。

 このアパートは各階にゴミ置き場があるタイプなので、捨てに行くまでが楽チンだ。

 

 そういえばこのアパート、僕以外の住人をあまり見かけない気がする。

 建物自体は三階建てだが横幅が校舎並みにクソデカなので、十数人は入居していそうなものだが……会うのはたまに廊下ですれ違う知り合い程度だ。

 思い返してみると、入居してから一年経ったというのにリオさんとかその他知り合いしか見たことがない。色々と謎の物件だ。

 

 

 そんなことを考えながら僕は履きやすさ重視でサンダルを履いて、せかせかと玄関の扉を開けた。

 

「いっけなーい、遅刻遅刻~」

 

 そうして玄関を飛び出すと───目の前に人がいた。

 

「───うわあっ!」

 

「あらっ」

 

 そのまま少女漫画のように激突……には至らなかった。

 ギリギリのところで足のブレーキが掛かり、なんとか踏み止まる。

 

 ぶつからなかったことにホッとすると、前から怒ったような声が飛んできた。

 

「もう、ビックリさせないでください。急に飛び出したら危ないですよ」

 

「す、すみません……!」

 

「次からは気をつけるように」

 

「はいぃ……」

 

 悪いのはこちらなので、ペコペコと謝る。

 とにかく頭を下げ続けた。

 

「まったく……おはようございます、マオさん」

 

「おはようございます、大家さん」

 

 エンカウントしたのは大家さんだった。

 いつも通り儚げな雰囲気とともに優雅な笑みを浮かべている。お馴染みの近未来的な車椅子にも乗っていた。この車椅子ってどこに売ってるんだろう。コス○コ?

 

「……どうして大家さんが家の前に?」

 

 困惑している僕からの質問、大家さんが満足そうに微笑んだ。

 

「それはですね─────サプライズ、です」

 

 大家さんが鼓膜を溶かすような蠱惑的な声で答える。

 茶目っ気たっぷりにウインクまで付いていた。お得なセットである。

 

「驚きました?」

 

「割りと驚きました」

 

 この人には驚かされっぱなしなので、これぐらいのことは慣れてしまった。

 まあ会えたこと自体は嬉しいので、口角が緩まないように気を引き締めておく(逆張りの精神)あまり調子に乗らせるのも癪なのだ。

 

「むう……つまらない反応ですね。もっとこう、背後にキュウリを置いた猫のように驚くと思ったのですが」

 

「なるほど、つまり大家さんってキュウリだったんですね。言われてみれば栄養少なそうな体型してますしね」

 

「ふふ、マオさんも身長がいつまでもプチトマトみたいで可愛いですね。160センチは越えられましたか?」

 

「…………そ、そこまで言わなくたっていいじゃないですか」

 

「なんで打たれ弱いのに喧嘩売ったんですか?」

 

 大家さんの身長煽りに反論できず泣く。

 ちなみに僕の身長は毎年1センチずつ伸びているので、80歳を向かえる頃には役220センチに到達する計算である。大家さんを見下ろすのが楽しみだ。

 

「どんだけ頑固な棒グラフなんですか」

 

 目先の目標は大家さんよりも大きくなることだ。希望を捨てずに頑張ろう。

 

「はぁ……兎にも角にも、サプライズは失敗に終わってしまいましたね。

 ううむ、おかしいですね。キヴォトスでは見飽きない名画と唄われた私のサプライズに、驚かないはずないのですが」

 

「というか大家さんの訪問っていつもサプライズですよね。万が一、僕がいなかったら困りません?」

 

「ふっふっふっ、その点は抜かりありませんよ。マオさんのスケジュールはしっかり把握しているので。

 スマホにハッキングしてスケジュールアプリを覗けば造作もなく……ゴホンゴホン。私の天才的頭脳があれば予定ぐらい容易に分かります」

 

 わざとらしく咳き込んだ部分は聞き取れなかったが、どうやら大家さんにかかれば僕の動きは筒抜けらしい。なんてこった、シビュラシステムも真っ青のディストピアだ。

 

 

 大家さんの天才っぷりに戦慄していると、とあることに気がついた。

 

 心なしか今日の大家さんは雰囲気が違っていた。

 上手く言葉にできないが、なんというかこう、可愛い感じで……まるでデート前みたいだ。

 

「今日の大家さん……なんかオシャレですね」

 

「なっ、何ですか藪から棒に」

 

「服とか小物とかすっごく似合ってますね。髪の編み込みも可愛いです」

 

「そ、そうでしょうか」

 

「特に服なんかは清楚な大家さんにピッタリな感じで、めちゃくちゃ僕好みです」

 

「…………ま、まあ? 私は美少女なので? 何を身に付けても似合ってしまうのはしょうがないですね」

 

 落ち着かない様子で、自分の髪を指でくるくる巻き付ける大家さん。目線は宙を泳ぎ、頬が赤くなっている。

 まるで誰かに服を見せることを意識しているような反応だった。

 

 ……えっマジでデート前なの?

 

 僕の背中に冷や汗が伝う。

 まさかと思うが、これから()()とデートに行くのだろうか。

 

 胸中に渦巻く、抑えらない疑念。

 僕はこちらの焦りを悟られないように、平然を装って質問した。

 

「もしかして大家さんって、今日は誰かと出かける予定があったりして……」

 

「え、ええ。あると言えばありますね」

 

「 」

 

 足元が崩落するような感覚に襲われる。

 膝から力が抜けて、今にも倒れて地面とキスしそうだった。

 

 そっか……大家さんって彼氏いたんだ。

 そりゃそうだよな。こんなに可愛ければ彼氏の一人や二人いたって不思議じゃないもんな。何を勘違いしてたんだろ僕。

 はぁ……マジか。もう手とか繋いだのかな。横になりたい。しばらく低浮上したい。アイコンを真っ黒にしたくもなってきた。

 

 端的に、僕は落ち込んだ。

 

「マオさん、どうかしましたか?」

 

「……大家さんに彼氏がいたという事実に驚いています。それはもう、背後にノアちゃんを置いたコユキちゃんくらいに」

 

「私に彼氏? またよく訳の分からないことを……」

 

 呆れた声で大家さんが話を続ける。

 

「今は休日を捻出するのも大変なくらい、特異現象の捜査が立て込んでるんです。……恋人を作る余裕なんてありませんよ」

 

 光明が差し込んだ。

 

「えっ、そうなんですか」

 

 僕は顔をバッと上げる。

 顔を上げた先では、大家さんがやれやれといった様子でため息をついていた。

 

「そうです。なぜいきなり私に恋人がいるという奇天烈な思い付きに至ったのか、その故障した思考回路に興味はありますが……マオさんの勘違いですよ」

 

「…………やったー!! 大家さんって彼氏いないんだ!! ヤッター!!」

 

「それはそれでムカつきますね」

 

 よかった……どうやら僕の勘違いだったみたいだ。

 場合によっては大家さんが逢い引きする前に彼氏くんを合挽きにするのも視野だった。未遂で終わって良かった。

 僕は心の底から安堵した。

 

「あら、ゴミ出しですか」

 

 諸手を挙げて喜んでいると、大家さんが僕の携えているゴミ袋を見て言った。

 中身のゴミがうっすらと透けて見えるのが少し恥ずかしかったので、体の前で持っていた袋を横に持った。

 

「ですです、見ての通りゴミ出しです」

 

「そうでしたか。ゴミ置き場ですが、いつも綺麗に使っていただきありがとうございます。この間も、マオさんの方から自発的に掃除をしていただいたようで助かりました。重ねてお礼を言います」

 

「いえいえ、やっぱり綺麗な方が気持ちいいので。お礼を言われるようなことでもないですよ」

 

「ふふ、相変わらずですね。周囲にお節介焼きなところは」

 

 大家さんとゴミ置き場に向かって歩きながら、他愛もない話を交わす。

 ありがたいことに横幅の広い外廊下なので、車椅子の大家さんと並んで歩くことができた。バリアフリーな廊下だ。

 

「今日は良い天気ですね。空の澄んだ青色がまるでサファイアのようです。まあ私の美しさには負けますが」

 

「相変わらずなのは大家さんのイイ性格の方ですよね」

 

「そうですね。私は性格まで含めて、非の打ち所がないほど完璧です」

 

「ウーン、日本語って難しい」

 

「全くです。日本語の語彙だけでは、私の魅力を形容するのに物足りなさすら覚えますね」

 

 彼女の清々しいまでの自信家っぷりに、思わず笑みがこぼれる。自己肯定感の低い僕からすればある種、尊敬の念を抱くものだった。

 大家さん……お前は光だ。たまに眩しすぎて真っ直ぐ見れないけど、それでもお前の側に居ていいかな……? 的なマインドになるのも禁じ得ない。

 大家さんのそういうところを見習っていきたいなと思いましたまる。

 

「昨夜は酷い雨だったので、今日は晴れてくれて良かったです。夜にてるてる坊主を作って吊るした甲斐がありました」

 

「大家さんってインテリキャラのくせにそういう願掛けとかは信じてますよね。あと占いとか」

 

「信じることが大切なんですよ。こういうのは」

 

「そういうもんですかね」

 

「そういうものです」

 

 そういうものなのか。どういうことなのだろう。

 

「では今度一緒に作りましょう、てるてる坊主を。この超天才清楚系病弱美少女大家が直々に指導してさしあげます」

 

「わーい」

 

 とは言ったものの、てるてる坊主作りにあまり興味が沸かなかった。

 とりあえず行けたら行きますと便利な返事を返しておいた。日本語って難しいようで便利だ。

 

「作り方のコツはですねぇ……こう、晴れろと念じながら……」

 

 腐っても美少女の大家さんの顔をてるてる坊主の値札に貼り付けて『私が作りました』と生産者表示したらバカ売れしそうだなぁと金策を練っていると、自分の部屋の前に到着した。

 

 

 カードリーダー端末にカードキーをかざして、扉を開ける。

 

「ところでマオさん、今日はこれから…………」

 

「あっ、マオです! 帰ってこれたんですね!」

 

 玄関を開けると、そこにはアリスちゃんがいた。

 靴も履かずに、これから飛び出さんと言わんばかりの様子だった。

 

「あれっ、アリスちゃん。もう準備は済んだの?」

 

「済んでます! それにアリスは、マオが心配だったのでこれから出発するところでした!」

 

「心配?」

 

「はい、マオの戻りが遅かったので、アリスは心配していました。マオだったら道端のスライムに倒されて棺桶に入り、そのせいでお家に戻れない可能性もありますから」

 

 スライムに負ける想定とか僕のこと舐めすぎでしょ。薄い本に出てくる女騎士じゃあるまいし。

 

「大丈夫。遺書なら机の二段目の底に仕舞ってあるし、財産もアリスちゃんに渡すよう書いたから問題ないよ。遅くなってごめんね」

 

「そういう問題ですか?」

 

 ツッコミを入れてくる大家さんを蚊帳の外に、アリスちゃんの頭をポンポンと撫でる。

 彼女はくすぐったそうに笑ってから、落ち着きを取り戻してくれた。

 

 

 満を持して、アリスちゃんは大家さんの存在に気がついた。

 

「ヒマリ先輩です! おはようございます!」

 

「ええ、おはようアリス。今日も元気いっぱいですね」

 

 大家さんが聖母のような慈愛の笑みを浮かべる。

 こんなに他人に優しそうな大家さん初めて見た。

 

 その優しさをほんの少しだけでいいから僕にも分けてほしい。

 ここ最近、癒しが足りないのだ。

 テストが近いからという理由でユウノア主催の勉強会に呼ばれて雑巾のように絞られたり、その反動でアリスちゃんに甘えようとすると「今はボス戦中なので駄目です」とゲーム片手に断られることもしばしば。頼りのコユキちゃんも停学中だし、俺に……どうしろというのだ……。

 

 大家さんがアリスちゃんの格好を一瞥した。

 

「あら、今日のアリスはとても可愛らしい服を着ていますね。これからお出かけですか?」

 

「はい、これからマオとゲームを買いに行くんです!」

 

「なるほどゲームですか…………予定だとマオ一人だけで行くはずでしたが……残念、当てが外れましたね」

 

 大家さんが何かをぶつぶつと呟き、アリスちゃんが頭にハテナマークを浮かべる。

 

「? ヒマリ先輩、どうかしましたか?」

 

「いえ、何でもありません。買いに行けて良かったですね、アリス」

 

「はいっ!」

 

 アリスちゃんの威勢良い返事に、大家さんが満足そうに顔を和ませる。

 すると、車椅子の向きを帰路の方向に変えた。

 

「……仕方ありませんね。アリスの元気な顔を見られた、今日はそれで良しとしましょう」

 

 大家さんが俯いて自分の膝を(さす)る。

 

「ではアリス、マオ。気をつけて出掛けくださいね」

 

 そんな言葉を言い残し、大家さんは軽く会釈をしてからどこかに行こうとした。

 去り際の表情は笑顔だったが、どこか寂しさを隠すように眉をひそめていた。

 

「……あの、大家さん」

 

 既に背中を向けてしまっていた大家さんに声をかける。

 

 何か嫌だなと思った。

 このまま帰してしまうことに釈然としなかったのだ。

 

 僕の声が届いてから、車椅子が静止する。

 そのままぐるりとこちらを向いた。

 

「……何でしょう、マオさん」

 

「大家さんって、今日の午後空いてますか?」

 

 そのまま僕は話を続ける。

 

「今日はアリスちゃんとゲームを買って昼食を食べたら、ゲーム大会をやろうと思うんです。人数はたくさんいた方が面白いので、大家さんもどうですか?」

 

 せっかくなので大家さんも誘うことにした。

 大家さんの身なりを見る限り、今日はこれからどこかに出掛ける予定がありそうだ。

 午前中は難しいかもしれないが、午後ならワンチャンあるかもしれない。

 ダメ元の誘いだったが……どうだろうか。

 

 僕の突然の提案に、大家さんは珍しく少し面食らった顔をする。

 

「……はぁ。私としたことが、いつになく消極的になっていましたね……」

 

「あの、大家さん……?」

 

 それから少しの逡巡の後、口を開いた。

 

「……いえ、何でもありません。

 ふふっ、ではお言葉に甘えましょう。ぜひ、私もそのゲーム大会に行きたいと思います」

 

「えっマジですか……!」

 

「はい、マジです。マオさん、誘っていただきありがとうございます」

 

 そう言って、大家さんは花が咲くみたいに微笑んだ。

 その表情はさっき見せた、寂しそうな(かげ)りを感じさせない、あどけない喜色を浮かべていた。

 

 僕は謎の緊張感から解放され、安堵のため息をつく。

 望み薄だったが良かった。それに大家さんと遊ぶのは久しぶりなので、かなり嬉しい。

 何でも行動に移してみるものだなと、確かな達成感も感じた。

 

「ヒマリ先輩も来てくれるんですね! アリス、嬉しいです!」

 

「ええ、私も楽しみにしてますね」

 

 アリスちゃんと大家さんが楽しそうにキャッキャしてるのを尻目に、僕はこれから買いに行くゲームのことを考える。

 一人で遊べるRPGも捨てがたいが、パーティーゲームも楽しそうだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 ゲーム大会を開催してから数時間後。

 盛り上がりも佳境を過ぎて、夜になった。

 

「くそ~、コケにしやがって~」

 

 時刻は午後八時。

 僕はマンションから少し歩いたところにあるコンビニに向かっていた。

 

 ゲーム大会のフィナーレでは、有名な某レースゲームで遊んだ。

 

『曲がる! 曲がってくれ僕のバイク!』

 

『マオ! そっちはコースから外れています!』

 

『うわぁ前から車がッ!!』

 

『マオさんが逆走してるだけです』

 

 順位とポイントが一番低かった人は、罰ゲームとしてコンビニまで買い出しに行かなければいけない(提案者は僕)ので、こうして今に至るわけだ。

 

「もう六月になったのに……夜はまだ冷えるなぁ」

 

 静けさに包まれた夜の住宅街。

 等間隔に並ぶ街灯を頼りに、人通りの少なくなった道を歩いていく。

 

 ふと夜空を見上げると、ブーメランみたいな細い月が優しく光っていた。

 

 そういえばこちらに移り住んでから、星空を見ていない気がする。

 都会の夜空は、夜でも様々な光があるから星が見えにくいなんて話を聞いたことある。

 僕は田んぼに囲まれたような田舎出身なので「なるほどこれが都会の夜空かぁ」とカルチャーショックを感じた。

 まあ田舎は田舎で夜は暗すぎて怖いのだが。

 

「良い夜だなー」

 

 車も全然通らない。

 僕は道路の縁石の上を猫みたいに歩きながら、月光浴を楽しむことにした。

 

 こういう遊びは一人じゃないとできない。

 誰もいない夜道は打ってつけだった。

 

「こういうのって落ちたらサメに食われるんだよね。コンクリートの地面を泳ぐコンクリートシャークに」

 

 サメ映画もそろそろネタが尽きてきた頃だろう。

 ここは昨今の人気カルチャーに乗っかって、バーチャルシャーク、アニメのオープニングで踊るシャーク、タピオカシャークとかどうだろうか。

 いや、結構ネタ尽きないな。サメ映画は人類の営みが続く限り永久不滅かもしれない。

 

 

 コツコツ。

 縁石から縁石へ飛び移ってフラフラしていると、遠くからヒールの鳴る音が聞こえてきた。

 

 前方から人が歩いてきている。

 その長身かつスタイルの良いシルエットは見覚えがあった。

 

 もしかしてあれは……

 

「…………マオ」

 

「あ、やっぱりリオさんだ」

 

 夜のような漆黒の長髪。真っ黒のスーツ。

 長い足を覆い隠すような黒タイツが今日も眩しい。

 

 出会ったのはリオさんだった。

 相変わらず黒色が似合っている。

 

「すごく久しぶりですね、リオさん。三ヶ月ぶりくらいですかね?」

 

「今日で70日と1時間程度ね。直接会うのは久しぶりだわ」

 

「あははっ、リオさんってば細かいな~」

 

 珍しいリオさんの小粋なジョークに苦笑する。

 記念日にうるさい恋人じゃあるまいし、そんな数字を覚えられるわけないのに。

 

「仕事帰りですか? もうこんな時間ですけど」

 

「ええ。ようやく一段落したと思ったら、いつの間にか夜が更けてしまっていて……残業というやつね」

 

「うわぁ……社会人なりたくないなぁ。将来は専業主婦か不労所得で生きていきたいです」

 

「それも一つの在り方でしょうけど、貴方にとって没頭できるものを探すといいわ。気楽と充実はイコールではないのだから」

 

 リオさんからいつものようにアドバイスを受ける。

 ううむ、含蓄ある言葉だ。

 

 大家さんといい、事情が事情とはいえまだ未成年なのに立派に働いている人は凄いと思う。

 リオさんは確かインダストリアルデザイナー? だっただろうか。よく分からないがカタカナで格好いいお仕事だ。

 

「それと、縁石から降りなさい。危ないわ」

 

「えー……」

 

「降りなさい」

 

「……はい」

 

 渋々と地面に足をつける。

 リオさんと同じアスファルトの上に立つと、リオさんを見上げる姿勢になった。

 

「背ぇ高ぇ……」

 

「?」

 

 僕の呟きにリオさんが首を傾げる。

 ただでさえ長身なのに、ヒールを履いているせいで僕との身長差が凸凹コンビだ。片方を倒したらもう片方が強化されるタイプの敵っぽい。

 

「なにかしら」

 

「相変わらずリオさんはスタイルいいなーって。ご教授いただきたいんですが、何を食べたらそんなに大きく……って、なんかリオさん前より痩せてません?」

 

 夜の暗さのせいで分からなかったが、どことなく顔の肉付きが細くなったというか……悪く言ってしまえばゲッソリしてる気がする。

 ボンキュッボンなところは相変わらずだが、やっぱり全体的に痩せたような……。

 

 リオさんは自分の顔に手をやり、不思議そうに頬を触った。

 

「そうかしら……あまり自覚はないのだけれど」

 

「ご飯はちゃんと食べてます?」

 

「ええ、必要な栄養素は摂取しているわ。前にマオに言われた通り、油物も控えているし」

 

「あれからずっとサプリメントとかで済ませていませんよね?」

 

「……」

 

 黙り込むリオさん。クールビューティーなので無言の圧力が凄いが、途中からばつが悪そうに目を僕から反らしていた。

 

「さ、最近は完全栄養食というものがあって……」

 

「リオさん、これから帰るところですよね。うちに寄っていってください。ご飯持たせます」

 

 僕はコンビニ行くのをやめて、リオさんの手を掴んで回れ右をする。

 そのまま有無を言わさず手を引いた。

 

 栄養補助食品やコンビニ弁当みたいなお手軽さを否定するつもりはない。

 でもリオさんの内臓に負担がかかるのは嫌だし、せっかくなら情緒的な食事をしてもらいたい。

 今日は晩御飯のときに作った豚バラの角煮がまだたくさんあったはずだ。昨日作った筑前煮も一緒に詰めてやろう。あと冷凍したあれも……。

 

 脳内のイメージで冷蔵庫を開き、持たせるものをチョイスしていると、後ろで付いてきているリオさんが口を開いた。

 

「……前に頂いたお重のやつ、全部美味しかったわ」

 

「それはよかったです。色々と奮発した甲斐がありましたから」

 

「タッパーとか容れ物、返せずにいてごめんなさい」

 

「むしろ貰っちゃっていいですよ。確実に僕の買いすぎなんですけど、我が家めちゃくちゃタッパーあるので」

 

 アパートのエレベーターに乗り、僕の借りている部屋がある階層のボタンを押す。

 エレベーターは静かに動きだし、体に重力を感じた。

 

「……」

 

 そういえばずっと手を繋ぎっぱなしだったと気づく。

 手を離そうとするも、リオさんの手がひんやりしていることに気づく。

 絡んだ指も冷たかったので、そのままにしておいた。

 

 

 そうこうしていると我が家の前に到着した。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさいマオさん。さあ、私が頼んだハ◯ゲンダッツをさっそく……」

 

「いってきまーす」

 

 シュバババと擬音がつきそうな早さで用意を済ませて、玄関の外で待つリオさんのもとに戻る。

 

 

「お待たせしました。ちょっと多くなっちゃいましたが持っていってください。下段のやつは日持ちするやつなので」

 

「あ、ありがとう……」

 

 リオさんは重くなった風呂敷をぎこちなく受けとり、胸の前で抱えた。

 

「……いつも、貰ってばかりね」

 

「それくらい気にしなくていいですよ。高校受験のときは、それはもう散々お世話になったので。その分のお礼です」

 

「いいえ、もう十分返してもらっているわ。今度、何かお返しさせてちょうだい」

 

 リオさんが弓のような目を細めて、こちらを見る。

 彼女の射貫くような目つきはたまに怖いが、目の前の眼差しは優しく柔らかかった。

 

「……私はこんな始末だけれど、マオは息災に過ごせているようね」

 

「息災とは言い切れないですけど、まあほどほどに過ごせてると思います」

 

 今日もドッタンバッタン大騒ぎだったが、かなり充実した一日だった。

 アリスちゃんが来てから毎日がアクション映画の一幕みたいだ。

 

「たぶん、最近できた友達のおかげかもです」

 

「そう……。これは私の推測だけれど、その友達はきっと手がかかる子なのでしょうね」

 

「あははっ、アタリです」

 

「そして明るくて、とても良い子」

 

「大当たりー、です」

 

 僕の返事にリオさんが納得したように破顔する。

 

 それからもう一度僕の顔を見て、言葉を続けた。

 

「……マオが一人暮らしをすると決めたとき、ヒマリは応援しつつも、とても心配していたわ。貴方が一人になることを。

 私もその考えは同じだった。貴方は一人で生きていく生活技能はあるけれど、自分を大切にする気がなかったから」

 

 淡々と話すリオさんの言葉が、僕の胸の痛いところを突く。

 図星である。確かに僕は一人暮らしを始めてから、何とも情けない日々を送っていた。

 

 ただ生きているだけ。ゆるゆると生きている実感が分からなくなっていく脱力感に、僕は何度も苛まれた。

 ぬるま湯のバスタブに力なく浸かり、水温が下がっていくような感覚。楽なのと同時に怖かった。

 

「リオさんの言う通りです。僕は『へんじがないただのしかばねのようだ』でした」

 

「……」

 

 僕は目を閉じて、アリスちゃんが来てからのことをありありと思い出す。

 そのどれも、一つ一つが鮮やかに輝いた。

 

「……ふふっ。でも最近、毎日楽しいんです。ご飯をたくさん作ったり、勉強を頑張ったり。夜更かしをしたりして、次の日急いで支度をしたり。一緒にゲームをして、泣いたり笑ったり。大変だけど飽きない……そんな風に過ごせています」

 

 自信を持って言えることだった。

 毎日ヘトヘトになりそうなくらい疲れるけれど、心の底から感じられる。僕は本当に幸せものだ。

 

 僕の言葉を聞いて、リオさんが少し目を見開く。

 それから顔をほこらばせて、にこやかに微笑んだ。

 

「それを聞けて安心したわ」

 

 リオさんが抱えていた風呂敷を下に置く。

 そして僕の側に立った。

 

「あっ……」

 

 引き寄せられて、リオさんの胸が頬に当たる。背中に回った腕が、優しく僕を抱きしめた。

 冷たかった指先とのギャップに驚いてしまう。まるで暖かい木枠の中に収まったみたいに、体の力がゆっくりと抜けていった。

 

 リオさんの声が耳へ触れるように囁いた。

 

「マオ、貴方が元気でいてくれて……よかった」

 

「……リオさん」

 

「不思議な感覚……他人のことなのに、自分のことのように幸せだなんて」

 

 リオさんの心臓の位置に顔が当たっている。スーツの下に着たニット越しに、体温と鼓動が伝わってきた。

 

 時間の流れがわからなくなるくらい、しばらくの間ずっとそうしてから、リオさんは離れた。

 

「…………その、いきなりごめんなさい」

 

「えっ、僕は嫌じゃないですよ? なんかすごい落ち着きましたし、実家のような安心感です」

 

「私も焼きが回ってしまったみたい。久しぶりに会えて嬉しかったし、私もその……寂しかったから」

 

 少しだけ頬を染めたリオさん。

 軽く咳払いをしてから、もう一度僕の方を向いた。

 

「さっき気づいたけれど、前よりも身長が伸びたわね」

 

「えっ! マジですか……!」

 

「ええ、マジよ。前よりもマオの頭を近くに感じたわ」

 

 リオさんの言うことなら間違いない。僕の背丈はちゃんと成長しているようだ。

 あまりの嬉しさに、舌を出しながら白目でピースピースしそうになったがグッと堪える。流石の僕と言えども、この人の前でやる勇気はなかった。できたら勇者だ(アリスちゃんならできるわけではない)

 

 リオさんは置いていた風呂敷を再び持ち上げて、いつものように凛とした佇まいに戻った。

 

「……手料理、私も始めてみようかしら」

 

「いいですね。ぜひ」

 

「それじゃあマオ、体に気をつけて」

 

「はい、リオさんも」

 

 別れの挨拶をしてからリオさんは背を向けて、帰路へと足を運んだ。

 小さくなっていく背中と、廊下に響くヒールの音が遠くなっていくのを、僕は最後まで聴いていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「……そんなわけでコンビニ行き忘れました。大家さんとアリスちゃん、ごめんなさい」

 

「はあ~!?」

 

「スンスン……マオからリオ先輩の匂いがします!」

 

「はぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!?!?」

 

 Ad○さんみたいな声を出す大家さん。

 

 大家さんからマシンガンみたいな質問責めを受けながら、僕は平謝りした。

 

「リオと会ったんですか!? それに出てから随分と時間がかかってましたけど二人で何をしてきたんですか!? おまけにリオの匂いがするって……ちゃんと説明しなさい!」

 

「ご、ごめんなさい……。たたかないで……たたかないで……」

 

「ほんとにぶっ叩きますよ!?」

 

「ヒマリ先輩、叩くのは良くないですよ?」

 

「ほら! マオのせいでアリスがまた変な勘違いを!」

 

「あはは、僕と大家さんの関係はアリスちゃんにちょっと早かったみたいですね」

 

「! マオとヒマリ先輩はどういう関係なんですか? アリス、興味があります!」

 

「マオーッ!!」

 

 こうしてゲーム大会は幕を閉じ、土曜日の夜は更けていった。

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