アリスが我が家に現れた 作:ふらちないおちのえちちなおちち
2話連続投稿です。
とある喫茶店の一角。
「……待たせたわね、ヒマリ」
待たせたと言いつつ、約束の時間ジャストに現れたリオ。
彼女は見慣れたスーツ姿ではなく、ブラックカラーの夏服に身を包んでいた。
昨年の夏に、私と選んだ服だ。彼女の独特な美的センスを発揮して、今日は変な服で来なかったようで安心した。
「いえ、時間を取っていただきありがとうございます。ここ最近は特異現象の対応が減ったとはいえ、デザイン業もあっては大変でしょう」
「構わないわ、好きでやっていることだもの。私の方こそ、現象究明の件は殆ど任せきりでごめんなさい」
「まあ、研究対象の観測は身近な私が一番適役ですからね。適材適所ですね」
店内は席と席とのあいだに距離がとられているので、他人の耳を気にせずに話をすることができる。
空調と換気扇の音、時々コーヒーカップとソーサーがぶつかる音が聞こえた。
水を持ってきたウェイトレスにエスプレッソと追加でデザートを頼み、話を続ける。
「これが先月分の分布と図表、それと一年分の統計データです」
「……来訪物と来訪者の数は減っているわね。各地で観測されたエネルギーの数値も落ち着いているわ」
「依然として因果関係は不明ですが、良い傾向ではないでしょうか。来訪現象の座標操作機も無事に機能しているようですね」
「苦労して作った甲斐があったわね。ハレ達にも改めて礼を言う必要がありそうだわ。
依頼していた、あの子の測定結果はどうかしら」
「……これが結果です。来訪現象のデータを照らし合わせてみてください」
リオがタブレットに転送されたデータを一読し、ふうと息を吐いた。
「……現在の体調は?」
「健康状態は異常なしです。強いて言えば痩せ形くらいなものですね。記憶の整合性も取れています」
「そう……残念だけど、相関関係がないとは言い切れなくなっわね。エネルギーの代償として、あの子は記憶の連続性を残したまま肉体の時間遡行を引き起こしている。不可解な現象だけど、そう見立てを立てるのが妥当ね」
「キヴォトスでも例のないことです。どこか来訪者の身に起こる現象と似ています。
現状、深刻な事態にまで至っていないですが、いつイレギュラーな事態に見舞われるか分かりません。仮にキヴォトスから危険物が持ち込まれた場合、被害は勿論……」
「真相を知ってしまえば、あの子は酷く傷つくでしょうね」
『おまたせしましたー』
注文していた物が運ばれてきて、話を中断する。
リオがコーヒーを一口だけ含む。それからテーブルに両肘を置き、手を組んだ。
「……先日アリスに、こちらの世界に来る直前の記憶がないか再度尋ねたわ。以前と同様に漠然としていたけれど、かすかに覚えている光景があったそうよ。
……瓦礫の舞う灰色の空と、倒れ伏した人々。怖いくらいボロボロになったミレニアムの姿があったと、彼女は語ったわ」
コーヒーの真っ黒な水面を見つめていたリオは目線を戻し、私と目を合わせた。
「来訪者から聴取した内容は、状況は違えど本質的に同じね。彼女らが最後に見た光景は総じて……滅び行くキヴォトスの姿で一貫している」
「……来訪者の条件。一見ランダム性しかなかったように見えたものが繋がりますね」
「それに彼女らに聴取した情報から、より条件は絞られるわ」
「やはりトリガーとなるのは……」
『いらっしゃいませー』
穏やかなウェイトレスの声が響いた。
一旦話を区切り、私はデザートに手をつける。
リオはコーヒーを一口だけ口に運ぶと、眉を密かにひそめた。
「……うぅ、やっぱり苦いわ」
小さい子どものような泣き言を言うリオ。
テーブルの上の小瓶から砂糖を取り、コーヒーにドバドバと入れ始める。
ただの黒く甘い液体が出来上がった。
「うん、マシになったわ」
「珍しくコーヒーを頼んだと思えば貴女は……」
ジト目を送ると、リオは居心地悪そうに肩を下げた。
「……あの子がたまに飲んでいるから気になったの。私の味覚も成長したと思っていたのだけれど……」
「そこはカフェラテとかブラックから挑戦してください」
分かりやすくシュンとする、子ども舌の友人。
さっきの話の緊張感は何処へやら。毒気を抜かれてしまった。
「……ああもう、別に責めていません。口直しに私のデザート、一口だけあげます。だから私のお気に入りの店で、そんな苦そうな顔をしてないでください」
こちらの世界に来てから色々とあった。
大変なことは数え切れないほど。
しかし、良かったこともある。
巡り合った人々が皆、優しい人だったこと。
「……美味しいわ」
「それならよかったです。では話を続けましょう。
来訪時に私達の身に起きた肉体の時間遡行についてですが、私の見立てとしては来訪に要するエネルギーの総量によって……」
それと目の前にいる、私から貰ったデザートの甘さに顔を綻ばせる、頼りになるがどこか抜けた友人。
こちらの世界に来たことでもう一度、こうして彼女と食事をできたことくらいだ。
◇◆◇◆◇
八月某日。
夏休みも中盤。
人々のざわめきや、車の音が立ち込める街中。
僕とアリスちゃんは駅に向かっていた。
「わあ~、まるでゾンビゲームのチャレンジモードみたいです。人がたくさんですね、マオ」
目的はズバリ、僕の地元への帰省。
僕の第二の実家であるアパートを離れて、一年ぶりに故郷の✕✕県に行くつもりだ。
帰郷の道のりは長く、県を幾つか跨ぐ必要がある。そのため今回は楽をして、新幹線で行く予定だ。
チケットは購入してあるので、あとは予約の時間に併せて乗車するだけなのだが……。
「街中は凄い人波ですね」
「乗るしかないね……このビッグウェーブに」
道中は暑苦しいまでの渋滞だった。
「こんなに混んでいるなんて、今日はお祭りでもあるんでしょうか?」
「帰省ラッシュってやつかな。これから更に混雑するだろうから、はぐれないように気をつけてね」
信号が青に変わり、塞き止められていた人の流れが一斉に動き出す。
僕が先導するように前に出ると、アリスちゃんが僕の服の裾を掴んだ。
「はい、アリスはマオから離れないようにします」
駅前の交差点では大勢の人が行き交う。
その風景はテレビ画面のブロックノイズのような移ろいを見せた。
「いやあ……人は多いし、暑い。夏の嫌なところ満載で大変だね」
「確かに大変ですね。アリス、歩くだけでHPが減少しそうです」
「しっかり水分補給してね。喉がカラカラを感じる前に飲むんだよ」
「はい、マオも気をつけてくださいね」
ここは普段来ない都心部だ。
駅までは街中デートということで、せっかくアリスちゃんとお洒落をしてきたというのに。
この酷暑では、早いところ建物の中に逃げた方が良いだろう。油断ならない暑さだった。
ちなみに今日のアリスちゃんは、僕の意向を存分に反映した大人っぽい夏コーデ。お化粧も施して完璧な布陣だ。
アリスちゃんは小顔な分、頭身が高く見える。服装も合わさっていつもよりオトナモードだ。
人通りが多いのもあるが、通行人からの視線もいつもより多く感じている。まさに魔性の女A(lice)だ。
ようやく駅に到着した。
しかし水分を摂りすぎてしまったのか。
到着と同時にトイレに行きたくなってしまった。
「……ごめんアリスちゃん。駅のホームに行く前に、ちょっとお花を摘んでくるね」
「花を摘む? ガーデニングのゲームですか?」
「すみません、お○っこです(不正解の音)
すぐに戻るからここで待っててもらってもいい?」
「わかりました。アリス、待機します」
土地勘のないアリスちゃんを駅で一人ぼっちにしておくのは怖いので、僕は急いでトイレに向かった。
それから数分後。
ようやく僕はトイレから出てきた。
トイレが思っていたよりも混んでいたせいで、時間が掛かってしまった。
行列を見たときは尊厳破壊を覚悟したが、間に合って良かった。そんな展開は薄い本の中だけで充分だ。
すぐに僕はアリスちゃんのもとに向かう。
待ち合わせしていた場所に戻ると、なぜか人集りができている。
よく見ると、何人かの人達がアリスちゃんを囲うように集まっていた。
『君かわいいね。どこ住み? 何歳? 今暇? てかミドトークやってる?』
『ヘアモデルを募集しているんだけど、ぜひ頼まれてくれないかな?』
『君ほどの美しい被写体は見たことがない……どうか撮影に付き合ってほしい』
『ベースラインやってる?』
『アイドルに、興味はありませんか。どうか名刺だけでも……』
アリスちゃんを囲んでいたのは、呆れたことにナンパと勧誘だった。
「うわーん! クエストが多すぎます! このままではアリス、スネイルみたいになってしまいます!」
僕はタメ息を吐いて、輪の中に割り込む。
アリスちゃんの手を取った。
「あっ、マオ……」
「いこ、アリスちゃん」
そのまま彼女の手を引く。
かけられる声は一切合切無視した。
同じことが起きないように、僕はずかずかと肩で風を切りながら構内を進む。
『ねえ見て、あの子可愛くない?』
『ほんとだー、お人形さんみたい』
『モデルとかかな』
『何かの撮影じゃない?』
道行く人にヒソヒソ話を呟かれる。
人の多いところになると、こんなにもアリスちゃんが注目を集めるとは……予想以上だった。
ちらほらとスマホのカメラを向けてくる人もいる。
早いところ新幹線に乗り込んで、中で待機していた方が良さそうだ。
「……マオ、いいんですか?」
そんな中、ふとアリスちゃんが戸惑った様子で話しかけてきたので、僕は足を止めた。
「アリスにクエストを依頼してきた、あの人達……なんだか困っていそうでしたが」
「あの手の声掛けは気にしなくていいんだよ。親切なのは良いことだけど、中には危ない人だっているんだから」
アリスちゃんは善性の塊みたいな人間だ。
きっと頼みを断ることに躊躇があるのだろう。
「でもアリスは危ないの、大丈夫ですよ……?」
「いいや、アリスちゃんは女の子なんだから。大丈夫以前に、そもそも何かあったら嫌だよ」
アリスちゃんは怪力だ。人間離れしたパワーがあるので、いざというときの荒事に強いのは知っている。
だけど、対処できるのと経験するのは別物だ。
過保護かもしれないが、何があるか分からないナンパや勧誘はやっぱり受けてほしくない。
僕はアリスちゃんに、人間の嫌なところや汚いところを見せたくなかった。
アリスちゃんは眩しすぎるくらい綺麗な女の子だ。
それはもちろん外見だけでなく、内面もだ。
彼女の硝子のような純粋さにヒビを入れる存在は、できるだけ遠ざけたいのだ。
「アリスが……女の子だから……」
僕の話を聞いたアリスちゃんはというと。
何か返事をするわけでもなく、黙りこんでいた。
うっ、しまった……いきなり女の子扱いしたのは、少し気持ち悪かっただろうか。
ちょっと強引な言い分だったので、彼女に引かれてしまっていないか戦々恐々とした。
「あ、アリスちゃん?」
「……」
びくびくしながらアリスちゃんに声をかける。
何かを思案している彼女の返事を待った。
しかし、とあることに気がつく。
アリスちゃんと繋いだままだった手は、むしろ彼女の方から強く握られていた。
「その、えっと、どうかした……?」
「いいえ、なんでもありません」
「そ、そう?」
「はい。マオの気持ち、アリスは嬉しかったです。ありがとうございます、マオ」
お礼を言って、アリスちゃんがにこっと笑った。
……よ、良かったぁ。
理由は分からないが、なぜかアリスちゃんの機嫌は良いように感じた。
「マオ、手を緩めてもらってもいいですか?」
「わわっ、そういえば繋ぎっぱなしだったね。ごめんねアリスちゃん……」
「いえ、大丈夫です。ええっと、こうして……」
彼女はそのまま繋いでいた手を放すかと思いきや。
握っている手の指をグニグニと動かして、僕の手の隙間に入れてきた。
「えっ」
「それでは行きましょう、マオ」
こ、これって俗に言う恋人繋ぎ……!?
嘘でしょ……今時の女の子って平気でこういうことできちゃうのか。
そういえば巷では、恋人でもないのにフレンドと称してイチャコラするのが流行っているらしい。風紀が乱れすぎだろ。
つまり、アリスちゃんがやっていることもその一環だろうか。
学校では同性の女の子に留まらず、男の子にも普通に手を繋ぐとかしてるのかな。
なるほど、なるほどね、なるほど……。
うわああああん! そんなの嫌だ! アリスちゃんに男ができるなんて!
一生僕だけを想っててほしい!(過言) 僕が死んだ後もしばらく……10年以上は引きずっててほしい!
「♪~」
そんな僕の胸中も知らず。
鼻唄を奏でて歩くアリスちゃんに、成されるがまま手を引かれていく。
友達としてはやり過ぎなスキンシップに恥ずかしさを覚えていると、アリスちゃんが振り向いた。
「どうかしましたか?」
「い、いや……なんでもないヨ。あっ、○番線はそこの通路を右ね……」
「分かりました、右ですね。それとマオ、案内は後ろからだと聞き取りづらいので……」
先導していたアリスちゃんは歩幅を縮め、僕の真横に並ぶ。
それから彼女は口角を上げて、いたずらっぽく目を細めて笑った。
「隣からお願いしますね」
うっとりするような微笑を浮かべるアリスちゃん。
彼女の笑顔はかなり心臓に悪い。蠱惑的というか、どこか艶っぽさがあった。
なんか最近、アリスちゃんにドキドキすることが増えたような気がする。
同居人としてそれってマズいのかな。でもアリスちゃんに胸キュンするのなんて今に始まった話じゃないし、当のアリスちゃんはあんな感じだ。たぶん大丈夫だろう。
「あっ、お弁当が売っていますね。どれも美味しそうです」
「ほんとだ、うまそ~……」
そうして僕はタジタジになりながら、アリスちゃんと新幹線に乗るのだった。
◆◆◆
無事に新幹線に乗ってから少し経った頃。
となり席のアリスちゃんがガサゴソと何かを探していた。
「……大変ですマオ! ゲーム機が見つかりません!」
「マジ? マージ・マジ・マジーロ?」
「! さっき行ったトイレにあるかもしれません!」
「車内だから走らないようにねー」
「いってきます!」
そう言い残して、アリスちゃんは別号車のデッキにぴゅーっと飛んでいった。
そんな彼女の姿を見送ってから。
僕は座席テーブルの上に置かれたお弁当に目をやる。
「先に食べてようかな……?」
これから少し早い昼食を始めるところだった。
アリスちゃんには悪いが、目的地に到着する前に余裕を持って食べておいた方がいいだろう。
僕は食べるのが遅いのだ。
調子に乗って普段の食事量より多めの弁当を選んでしまったので、時間をかけて食べる必要があった。
「うん、やっぱり食べちゃおっか」
加熱式弁当を選んだので、お弁当は既に食べ頃に温まっていた。
蓋を開けると、美味しそうに詰められたおかずが僕を出迎える。和食の鮮やかな彩りに目移りした。
さて、割り箸を割って……。
「あっ」
意気揚々とお弁当に手をつけようとしたその時。
手が滑り、通路に割り箸を落としてしまった。
「あちゃあ、拾わないと……」
落としてはしまったが、幸いなことに通路は綺麗だった。
洗えばまだ使えるかもしれない。
そして、割り箸を拾おうと手を伸ばした瞬間。
行く手を阻むように、何人もの乗客が通路を横断していった。
「あぁん……」
誰にも気づかれず、踏まれていく割り箸。
情けない声が出た。
現実は非情である。
通行人がいなくなった通路には、見るも無惨な割り箸が横たわっていた。
「…………泣」
やるせないが、このまま放っておくとポイ捨てになってしまう。拾おう。
僕は土とかが付着してワイルドになった箸を拾い、お弁当に付いていたビニール袋に捨てた。
「どうしよ……」
美味しそうなお弁当が煌々と光を放っている。
けれども、食べられない。
なんともひもじい状況に陥ってしまった。
「手で食べるか? いや、ここは自分とアリスちゃんのゲーム機のタッチペンを箸代わりに……」
「もし、そこの御方……」
最終的に「そこまでお腹は空いていないし食べなくてもいいかな」フェイズに入ろうとしたところで、声をかけられた。
声の主は、窓際の席に座っている人からだった。
僕達は新幹線の三列シートのうち、アリスちゃんが中央、僕が通路側に座っている。
つまりアリスちゃんのお隣さんだ。
「宜しければ一膳、差し上げましょうか?」
気品のある声色で話しかけてきたのは、まるでお嬢様のような可憐な女の子だった。
アルビノを思わせる白い肌と銀髪、赤い瞳が特徴的で、一目見た瞬間に「あっ、この人たぶん上流階級だ」と格の違いを覚った。
その少女は僕が捨てた割り箸の入った袋を一瞥すると、もう一度口を開いた。
「先ほどお箸を落とされたようでしたので。よろしければ、私の予備をお使いいただければと」
「い、いえいえ。そんなお気遣いいただかなくても、大丈夫ですよ……」
相手の楚々とした佇まいに、つい畏まってしまう。僕は権威に弱いのだ。
「それにお弁当なので、家に持ち帰って食べることもできますから……」
「あら、折角の温かい御弁当です。冷ましてしまっては勿体ないですわ。それにほら、見てください」
少女に促されて車窓を覗くと、そこには美しい緑色がいっぱいの山々が映し出されていた。
「こんなに美味しく駅弁をいただくシチュエーション、今しかありませんわ」
確かに少女の言う通りだ。
目の前の景色は、お弁当を食べるのに丁度良い眺めだった。
ここまで言ってくれる相手の厚意を無碍にするのは失礼かもしれない。
謙遜のしすぎは良くないと聞く。折角だし、貰えるものは貰ってしまおう。
「……確かにそうですね。では、お言葉に甘えて」
「フフッ、どうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、いただきます」
「では私も。いただきます」
僕が食べるのと同じタイミングで、その少女もまたお弁当を食べ始める。
こうして僕は箸をゲットすることができた。
人生捨てたものじゃない。ありがたいものである。
そんなこんなで僕はアリスちゃんを待ちながら、隣の席の少女とお話しをしながらお弁当を食べた。
その少女は、ハルナさんという名前らしい。
今回は○○県の名物料理を食べに、遠出中とのことだ。
そんなハルナさんの趣味は、美味しいもの探し。 話を聞く限り、かなりグルメな方らしい。
意外な趣味だ。お嬢様のような人だから、紅茶とかお菓子作りとかが好きだと思っていた。
あと、よく見たら背中に翼と尻尾が付いているので、コスプレイヤーの方かと勘違いした。
でも最近目にする女の子って頭に角とか生えてたりするし、そういうのが流行りなのかな。凄い時代だ。
「さっき写真を撮ってましたけど、ハルナさんはSNSにアップしたりするんですか?」
「はい、食べた物の日記として活用していますわ。
それに、こうして皆様に発信することによって逆に私にも情報提供していただき、日本各地の美食の情報を集めてもいるんですよ」
「良い使い方ですね。あっ、ハルナさんのアカウントあった。おお~、どれも美味しそうですね」
「ウフフ、いつの間にか撮り方も拘るようになりましたわ」
フォロワーの数が……数十万って多い方なのかな。SNSあまりやらないから分からないや。
ところが、そんなインフルエンサーなハルナさんにも悩みがあるようだ。
「故郷の味、ですか?」
「はい、日本は美味しいものがたくさんあって素晴らしいのですが、どうしても故郷の味を味わいたくて。
せめて似たような味はないものかと、様々な場所を探し歩いているんですが……」
日本人離れした美しさだと思っていたが、まさか海外の方だったとは。
食べ物に対してホームシックな気分を抱えているらしい。
「故郷の味ですか……。安心できる味と言ったら、僕はご近所にあるお弁当屋さんが思い浮かびますね」
「お弁当屋さんですか?」
「とても親しみがあって、安心できる雰囲気のお弁当屋さんなんです。一人暮らしを始めたときによく頼っていたので、今では思い出の味です」
「フフ、素敵なエピソードですね。そういうお店はいつまでも残っていてほしいものですわ」
「はい、そうなんです。お弁当を作っている看板娘の子もすごく良い娘で、フウカちゃんという人なんですけど……」
「フウカさん!?!?!?」
いきなりの大きな声に面を食らう。
血相を変えて、ハルナさんが聞き返してきた。
「そのお弁当屋さんの場所と御名前をお訊きしてよろしいですか!?」
「ああ、はい……!? ええっと、地図アプリで教えますね。住所がこの辺で……」
慌てた様子のハルナさんに驚きつつ、しどろもどろになってお弁当屋さんを教える。
「ありがとうございます、マオさん。恩に着ますわ。それでは……」
そう言ってハルナさんは席を立つと、どこかに行ってしまった。
いまいち状況は掴めないが、ハルナさんのお役に立てたようなら良かった。
欲を言えば、もう少しだけ素敵なお姉さん成分を補給したかった。
僕の身の回りのお姉さんは何かと残念美人が多いので、ハルナさんみたいな大人の魅力と優しさを兼ね備えた女性とのお喋りは貴重だった。しれっと連絡先を交換できたので、また会えたら嬉しい。
「マオー、ゲームありましたー!」
「おかえり、アリスちゃん」
アリスちゃんのゲーム機だが、ゲーム機を発見した乗務員さんが預かっていてくれたらしい。
これが何者かに回収され、美少女の使用済みゲーム機として闇のオークションに出品されなくて良かったと、頭の片隅で思った。
『お客様にお知らせいたします』
アリスちゃんとお弁当のおかずを「あーん」しながら食べていたら、車内放送が聞こえてきた。
『先ほど、○○駅間におきまして、トラブルが発生しました。このため、この列車は次の○○駅に一旦停車して運転を見合わせます』
トラブルって何だろう。
まあ次の駅が目的地だし、帰省に支障はない。早いところお弁当を食べきってしまおう。
お弁当を仕舞っていると、何処からか男性二人の声が聞こえた。
『ハハッ、夢でも見てたんだろ。走行中に新幹線の外に飛び出るなんて、そんな両○勘吉じゃあるまいし』
『いや、俺は見たんだ……。女の子が飛び出す瞬間をこの目で……確かに見たんだ……』
『疲れて夢でも見てたんだろ。この仕事が終わったら休暇でも取れよ』
誰かが映画でも見てるんだろうか。
そんな会話が聞こえてきた。
そうこうしているうちに、新幹線は無事に目的地に到着した。
◆◆◆
地元に帰ってきた。
いや、正確には地元に最寄りの駅に到着した。
そういえば地元ってどこまでが地元なんだろう。
出身の市区町村とか、都道府県も含まれるのかな。僕的には長く住んでいた愛着のある場所って解釈なので、まだこの駅は地元感ないかもしれない。どうでもいいか。
降車して人波に揉まれながら駅の改札へ向かう。
「マオ、この後はどうするんですか?」
「妹と待ち合わせをしてるんだ。もう来てると思うんだけど……」
予定では、妹と駅で合流することになっている。
わざわざ実家から駅まで来なくても大丈夫なのに、家族思いな妹だ。会ったらたくさんヨシヨシしてあげよう。
「マオは妹がいるんですね! どんな妹なのか、アリス気になります!」
「あれ、言ってなかったっけ。そうだなぁ……器量が良くて可愛くて、自慢の妹だよ。僕には勿体ないくらいの」
少し頭のネジが飛んでるけど。
僕に妹がいたという事実に、興味津々のアリスちゃん。
しかし、妹からは、自分の情報はできるだけアリスちゃんに秘密にしていてほしいと言われている。
そのため、あまり詳しくは語らなかった。
アリスちゃんと改札を抜けた。
「マオの妹、いますかね?」
「今日は『くれぐれも目立つ格好で来ないでね』って伝えたから、私服で来ているはずだけど……」
ぐるりと辺りを見渡す。
たぶんいない。
「どうですかマオ?」
「うーん……」
……そう、たぶんいないのだ。
実は改札を抜けたときから、正面に心当たりのある女の子がいるのだが……見て見ぬふりをしている。
理由は三つある。
一つ目は、その女の子がこの場所には似つかわしくないメイド服を着ていること。
二つ目は、ただでさえ目立つメイド服を着た女の子の周囲に人集りができており、あまつさえその珍しさから撮影している人もいること。
三つ目は、その女の子は微動だにせず、先ほどからずっと僕に視線を注いでおり、妹に瓜二つなことだ。
「────あっ! トキです!!」
アリスちゃんが声をあげた。
彼女の存在に気づいたアリスちゃんはトタタと駆け出し、側に近づいた。
「やっぱりトキですっ!」
「はい、トキです。久しぶりですね、可愛いアリス」
そう言って、トキちゃんは側に来たアリスちゃんの頭を撫でた。
「ふふ、サプライズ成功ですね。私がいて驚きましたか?」
「はいっ! ジャンプスケアのホラゲーくらいビックリしました!」
撫でられて嬉しそうなアリスちゃんと、それを見たトキちゃんが眩しそうに微笑む。
「それに、会うのが遅くなってしまいごめんなさい。その様子だと、元気に過ごせているようですね。安心しました」
「はい、アリスは状態:絶好調です!」
その空間だけ駅の喧騒から切り取られたみたいに、二人だけの時間が流れている。
見ているだけで胸を打たれるような再会の場面だ。事情を知らずとも何かを察した周囲の人々は気を利かせて、どこかに散っていった。
実は事前にヒマリさんから、トキちゃんとアリスちゃんが顔馴染みという話は聞いていた。
その事実をトキちゃんに確認した際。
トキちゃんは僕に、アリスちゃんを驚かせるサプライズをしたいと提案をしてきた。
そこからトキちゃんの存在については
誰の影響を受けたのだか。お茶目というかユニークというか、トキちゃんらしい再会の仕方だなと思った。
アリスちゃんに続いて、僕も愛妹であるトキちゃんに話しかけた。
「一年ぶりだね、トキちゃん。元気してた?」
「おかげさまで。マオも元気そうで何よりです。
あまりにも実家に顔を出さないので、てっきり一人暮らしに耐えられず野垂れ死んでいるかとばかり」
「大丈夫だよ。ちゃんと生活できてるから」
久しぶりに聞くトキちゃんの軽口。安心感があった。
「……というか、なにあのコミケの囲み撮影みたいな人混み。目立つ格好で来ないでねって言ったよね? 話しかけるの恥ずかしかったんだけど」
「ごめんなさい……ようやくアリスに会えると思うと居ても立ってもいられず……。
アリスにすぐに気づいてもらいたかったんです……アリスが見慣れたメイド服なら、すぐに私のことを見つけてもらえるかと思い、つい……」
「トキちゃん……」
「嘘です。本当はマオを困らせたくて着てきました。ピースピース」
そう言ってトキちゃんは、僕に向かって久しぶりに見る真顔ダブルピースを決めた。
クッソ腹立つ。でも可愛いから許しちゃう。
そんな妹煩悩なマオちゃんなのでした、ピースピース。
こうしてトキちゃんと合流した僕達。
トキちゃんを加えた三人で実家に向かうことにした。
トキちゃんに促されるまま、僕とアリスちゃんは後ろをついていく。
「こちらです。この先に車を停めてあります」
「車ってタクシー? バスでも良かったのに」
「いえ、自家用車です」
自家用……?
目的地に到着したようだ。
トキちゃんの向かう先には、光沢を放つ一台の車が停まっていた。
「……なにこの高級車」
「この間、免許を取りました。私の車です。イェイ」
「あれ、トキちゃんって17歳じゃ……」
「特異現象への対応措置ということで政府から特例で発行されました。これでブイブイ言わせられます」
トキちゃんは後ろの髪を持ち上げてから、自慢げにファサーと靡かせた。
突っ込みどころの多さに目眩がしたが、「まあトキちゃんだしな……」と自分を無理やり納得させた。
「政府からの特例で発行だなんて、なんか凄そうだね」
僕も特例で同人書店の18禁コーナーに入る許可とかほしいなぁ……コーナーの近くを通って中をチラチラするやつを何度したことか。
というか、ヒマリさんやリオさんがたまに使ってる特異現象って用語は何?
未だに僕だけ説明されてないんだけど、MMR的なやつかな。僕も宇宙人とか捜したいから声掛けてくれればいいのに。蚊帳の外は泣いちゃうよ。
「どうぞ、荷物はこちらに」
万が一でも車に傷がつくと怖いので、恐る恐る扉を開ける。
なんとなく後部座席に乗り込むと、運転席からトキちゃんに声をかけられた。
「マオ、愛する妹のドラテクを間近で見なくていいんですか」
「いや、トキちゃんの隣って碌なことがないし。後ろでいいかなって」
「残念です。マオが助手席に来たら積もる話でもしながら、家族の触れ合いをしたかったのですが」
「具体的には?」
「ごく普通のスキンシップです。マオが助手席で抵抗できないのを好機に、太ももでも撫でようかと」
「未遂で終わったけど犯行予告だよそれ」
うーんセクハラの化け物。
久しぶりに会ったから油断してたけど、そういえばこういう子だった。
この帰省中、どうにかトキちゃんから迫る魔の手を躱して、僕の平穏を保つ必要がありそうだ。注意しておこう。
車内は高そうな車特有の匂いと、どこか安心する匂いが少しだけした。
スメルソムリエの僕が判断するに、トキちゃんから香る干したての洗濯物の匂いだろう。
ちなみにアリスちゃんの頭のてっぺんからはお日さまの匂いがするし、コユキちゃんの首筋からはミルキーな匂いがする。……僕ってそういう変態なのかな。違うと思いたい。
「天気がいいので屋根を開けますね」
「屋根ですか?」
トキちゃんの言葉に、アリスちゃんが不思議がる。
運転席のボタンを操作するトキちゃん。
すると、車内の天井が徐々に開いていった。
「お、オープンカー……」
思わず僕の口もオープンになる。
トキちゃん凄いの買ったな。
天井の動きが止まると、そこには綺麗な青空が晴れ渡っていた。
まるでロボットの変身のような動きを見せた車に、アリスちゃんが目を輝かせた。
「わあ~っ! トキの車すごいです!」
「フッ、風を切る感覚が最高です」
興奮するアリスちゃんの反応を見て、トキちゃんが誇らしそうに不敵な笑みを浮かべる。
たぶん内心ウッキウキだろう。心中を可視化したらアリスちゃんより喜んでいそうだ。
「それでは参ります」
「お願いしますね! トキ!」
「はーい、お願いねトキちゃん」
トキちゃんの運転車を発進させる。
向かい風を受けてアリスちゃんの髪がベールのように波打った。
実家から駅までは片道15分くらいだ。
適当な雑談でもしていれば、すぐに着くだろう。
頬を撫で付ける風の感触が気持ちいい。
トキちゃんの言っていた通りだ。
「……?」
そんな悠々としたドライブの最中。
気持ちよさに水を差されたように、どこか違和感を覚えた。
「なんか見られてるような……」
辺りを見渡すと、すぐに違和感の正体に気づいた。
他の自動車にいる車内の人々、あるいは歩道を歩く歩行者。
彼らはまるで珍しいものでも見るように、こちらをジロジロと見ていた。
確かにオープンカーは少し珍しいかもしれないが、そんなガン見されるほどでもない気が……。
「……いや、違うか」
そこで僕は、そういえばそうだったと思い出す。
トキちゃんの車はオープンカーだ。
必然的に周囲の人から丸見えである。
そしてこの車は、更にある意味特殊だ。
運転席と助手席には、美少女二人組が座っている。
おまけに片方はメイド服。目立たないわけがなかった。
「……これじゃあどうぞ見てくださいって感じだもんなぁ」
特に赤信号のときは顕著で、四方から見られている感覚が刺さる。
視線は苦手というほどではないが、折角の後部座席を一人占めしているというのに、どこか肩身が狭かった。
これもすべてメイド服とオープンカーをチョイスしてきたトキって奴の仕業なんだ。
有名税ならぬ美少女税ってやつだろうか。可愛いってのも大変だ。トキちゃんの場合は自業自得だが。
駅でのアリスちゃんのときみたいに、時折こちらに向けてスマホをかざす人も散見された。盗撮は止めてくれカカシ。
チラリと前の二人に目を向ける。
スターの来日みたいに脚光を浴びるアリスちゃんとトキちゃんだが、気にならないのだろうか。
「それでトキ、こちらの世界のゲームにキヴォトスのゲームとそっくりの物があったんです! 確か名前は……」
「ウフフ……アリス、ガイドラインに触れてもOKなゲーム名にしてくださいね」
当の二人は、まるで何事もないように思い出話に花を咲かせていた。
視線に鈍感なのか、それとも鋼のメンタルなのか。それは定かではないが、僕の杞憂みたいだ。
実家までの道中にある海沿いの道路に入る。
海風が吹きつけ、アリスちゃんの長い髪が舞った。
「トキ。トキはどのくらい前から、こちらの世界に居るんですか?」
アリスちゃんは横の髪を抑えながら、クールに車を走らせるトキちゃんに話しかけた。
「そうですね……もう五年前になります」
「そんなに前から居たんですね。……あれっ、でもアリスはトキと出会うのは半年ぶりくらいです。五年前からトキがこっちの世界に居たら、アリスも出会うのは五年ぶり???」
「リオ様によると、こちらの世界に来たときに来訪者は時空の乱れに巻き込まれ、キヴォトスからの来訪にタイムラグがあるそうです」
「でもトキは、アリスの知っているトキのままですよ? 五年も経っていたら、トキの姿は大人になっていそうですが……」
「来訪者によっては肉体の時間遡行が起きる場合もあるそうです。私もその例に当たります」
「? それってトキは、アニメの名探偵コ○ンみたいに体が小さくなってから、アリスの知っているトキまで歳を取ったということですか」
「その通りです、賢いアリス。ちなみに来訪した当時は精神年齢も歳相応になっていました。まだまだこちらの世界への来訪は謎が多いみたいです」
「なるほど……」
「ごめん、トキちゃんアリスちゃん。ちょっと車を停めてもらっていい?」
「マオ、どうしました? 愛しい妹のドライビング姿に車酔いでも起こしましたか?」
トキちゃんが車を減速させながら返事をする。
なんかトキちゃん、昔よりヒマリさんに似てきたな。絶対変な影響受けてそうだ。
「実は海沿いに出て風が強くなってから、前の席のアリスちゃんの髪がずっと僕の顔にダイレクトアタックしてて……」
何やら二人が難しそうな話をしていたが、まったく耳に入ってこない。
代わりにアリスちゃんの長い髪が、僕の顔の穴という穴に入ろうとしていた。
アリスちゃんの良い匂いに包まれるのは役得だが、目に髪がバシバシ当たって痛い。
僕の視力が落ちたら視界に映るアリスちゃんの解像度が下がるので、それだけは阻止しなければ。
トキちゃんに車を一時停止してもらってから、僕はトキちゃんの後方に席を変える。
出発前にアリスちゃんの髪を纏めておけば良かったと、たらればな後悔をした。
これでようやく二人の話を聞けそうだ。
「なるほど、アリスはこちらの世界に来たとき、気が付いたらマオの部屋にいたと……」
「トキはこちらの世界に来たとき、どうやって生活していたんですか? その時にはまだ、ヒマリ先輩もリオ先輩もいなかったですよね」
「ええ、当時の私は無一文なうえに身寄りがありませんでした。そんな時にマオのおばあさまに拾っていただき、ご厚意で御屋敷に居候させていただいたのです」
「マオのお婆ちゃんですか?」
トキちゃんが懐かしい話をしている。
いきなり祖母が家に美少女を連れてきて『今日からこの子は貴方の妹になるトキよ』とか言い出したから「それなんてラノベ?」状態になった思い出だ。
「はい。それから暫くして、おばあさまに養子に取っていただきました」
いきなり家族が増えるというのは、最初のうちは正直落ち着かなかった。
けれど当時は、体の悪い祖母と僕との寂しい二人暮らしだったので、ユーモアがあって働き者なトキちゃんに僕達はとても助けられた。トキちゃん様々だ。
「トキはマオのお婆ちゃんの子ども……アリス、理解しました。だからトキはマオの妹なんですね!」
「マオと歳は同じなので、誕生日が早ければ私がお姉さんだったんですが……仕方なく妹の座に着きました。お姉さんに憧れがあったので残念です」
トキちゃんがお姉さんかぁ……うん、尻に敷かれる未来しか見えない。早生まれで良かった。
さっきの話から分かる通り、トキちゃんは僕の妹だが血の繋がりはない。
それに祖母の養子なので、正確には続柄も妹ではない。ふざけてトキ叔母さんと呼ぶとシバかれるので禁句になっている(3敗)
制度上は妹ではない。
それでもトキちゃんは僕の妹だ。
血縁はないものの、ひとつ屋根の下で過ごした日々はかけがえのない物だった。そうして培った絆は、紛れもなく僕達が家族であることの証だと思う。
家族とは他人同士が出会い築き上げるもの、という考えがあるが僕も賛成である。今となっては、トキちゃんは僕の唯一の大切な家族だ。
「今はトキは誰かと暮らしているんですか?」
「いえ、おばあさまの亡き後は引き取り手のなかった邸宅と庭の管理も兼ねて、そのまま御屋敷に暮らしています」
「一人で、ですか?」
「そうですね。私には恩人であるおばあさまが遺した御屋敷を守る使命がありますから」
「アリス、家族はモモイとミドリみたいに一緒に暮らすものだと思っていました」
「家族にも色々な形があります。私の場合はそうじゃないというだけですね。
マオは学業の方を優先してほしいですし、我が儘は言えませんから」
「なるほど、そうだったんですね」
アリスちゃんが呟いてから、少しの沈黙。
一拍置いて、トキちゃんは軽く咳払いをした。
「……あまり面白くない返事をしてしまいましたね。すみませんアリス」
「いいえ、トキが謝る必要はありません。教えてくれてありがとうございます」
そう言ってアリスちゃんが話を区切ったところで、ちょうど実家に到着した。
トキちゃんが静かに車を停める。
アリスちゃんは車から降りると、トキちゃんに声をかけた。
「トキ、乗せてくれてありがとうございます! オープンカー、とても楽しかったです!」
「いえ、アリスを愛車に乗せられて私も嬉しいです。近いうちに峠を攻める予定なので、またその時にどうぞ」
「危険だからやめてね」
僕も荷物を持って車から降りる。
アリスちゃんと門を抜けて、帰ってきた実家の姿を一望した。
西洋風の庭園は祖母の趣味で作られたものであり、その園路には落ち葉一つない。
庭木も剪定が行き届いていて、眺めていて飽きないくらいの美観を保っている。
屋敷の方は相変わらず、日本の田舎らしくない洋風の造り。西洋建築の趣らしき雰囲気を醸し出していた。
目前に広がる庭は、全て祖母が遺したものだ。
自身の生業としていた芸術家としての活動でかなりの成功を収めたらしく、裕福な生活を送っていた。庭の奥にそびえ立つ屋敷もその産物である。
まるで時が止まったように、昔と変わらない佇まいだった。
「とても大きいですっ! モラルハザードのアライグマシティにあった洋館みたいです!」
「あはは、住むには大きすぎだよね」
アリスちゃんが恐らくキヴォトスでプレイしていたゲームを思い出しながら興奮する。
なにそのバ○オハザードのパチモン。略称がハラスメントだけどいいのかそれ。
邸宅の方に歩きつつ、トキちゃんに声をかけた。
「びっくりしたよ。一年前と同じ、綺麗なままだね。庭園の方の管理は、庭師さんとかに頼んでるの?」
「石材の修繕は委託していますが、基本的には御屋敷の管理も含めて全て私がしています」
「えぇ……」
とんでもないことをさらっと言うトキちゃんに戦慄する。掃除するだけで何日かかると思ってるんだこの子。
「あまり無理しすぎないようにね」
「大丈夫です。私に出来ることはそれぐらいですから」
とはいえ、トキちゃんがそこまでするのには理由がある。
僕の祖母は急逝だったため、残念ながら僕とトキちゃんにお別れを言う間もなく、この世を去っている。
そんな生前の祖母に対する恩返しなのか。
トキちゃんは頑なに一人で実家に住み続け、祖母の遺した屋敷と庭園の手入れを続けていた。
クールで飄々としているイメージだが、トキちゃんはとても義理堅い子だ。
言うまでもなく義理堅さは美徳だが、トキちゃんの場合はむしろ過度に感じてしまう。
思い出の詰まった祖母の家を大切にしてくれているのは嬉しい。
しかし、その実家の存在がトキちゃんの生き方を縛りつけていないかが気掛かりだった。
彼女の献身的すぎる様子に、僕は強く口を出せずにいた。
そんなことを考えていたら、玄関に到着した。
家の中に入ると、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
「マオの実家、お邪魔します!」
「ただいまー」
「凄いです! ほんとにモラハラの世界に入ったみたいです!」
アリスちゃんは一目で分かるくらいのワクワク感を漂わせて辺りを見渡す。モラハラって言っちゃったよ。
「アリス、ここで冒険してみたいです! 行ってきてもいいですか?」
「うん、モーマンタイだよ。トキちゃんもいい?」
「はい、構いませんよ。
ではアリス、冒険が終わったらアリス用の寝室まで案内するので、私に声をかけてください」
「分かりました!」
そうしてアリスちゃんはどこかで聴いたことのあるBGMを歌いながら、屋敷の探索に出かけた。
家の中には祖母の収集したよく分からない芸術作品がたくさんあるので、冒険には困らないだろう。
「アリスちゃんなら一時間は暇を潰せるだろうなぁ」
「マオは如何しますか?」
「僕はどこかで休憩してようかな。久しぶりの長旅で疲れちゃったし」
「分かりました。私はメイド服を着替えてきます、暑いので」
「だろうね」
「脱いだメイド服は手筈通り、洗わずにマオの鞄に入れておきます。あとは下宿先に帰ってからお楽しみください」
僕の趣味を曲解して、謎のおもてなし精神を見せつけるトキちゃん。
この妹、確実にアリスちゃんの教育に悪い。この帰省中は気をつける必要がありそうだ。
アリスちゃんは冒険の旅に出かけてしまったので、僕はお茶を飲みにキッチンに向かった。
久しぶりに実家のキッチンに入った。
シンクやカウンターはピカピカに磨かれており新築みたいだった。トキちゃんの掃除の賜物だろう。
せっかく実家に帰ってきたことだ。
祖母が飲んでいた高級茶葉の紅茶でもコッソリ飲んじゃおう。
どうせ消費期限もギリギリだろうし、腐らすよりは断然良い。
アイスコーヒーでもいいが、トキちゃんはコーヒーをあまり飲まないしストックもないはず。
さて、どこに保存してあるかな……。
「────マオ」
ホッいつの間に!?
背後からトキちゃんの声。
まったく気配がなかったのでビックリした。
「……」
まさか僕が抜け駆けして、紅茶の高いやつを飲もうとしたことを感付かれたか。
ま、まずい……このままではトキちゃんにお仕置きされてしまう。
美少女からのお仕置きなんて、僕の業界からすればただのご褒美だ。
だが、相手はあのトキちゃん。どんなマニアックなお仕置きという名のプレイを強要させられるか想像もつかなかった。
記憶によみがえる、過去に受けた恥辱の数々。
ひぃっ、お願いだから一週間ミニスカメイド服生活だけは勘弁して……! もう昼間に強制お散歩は嫌だ! 満員電車で内腿ナデナテはもっと嫌ぁ!
振り返ってみるとヤバいなうちの妹。
「……そこを動かないでください」
殺られる……!
そう身構えた瞬間。
優しい匂いと柔らかい感触が僕を包んだ。
「……」
「…………あれ?」
「……」
「トキちゃん……?」
背中にのしかかる温かい重み。
僕のお腹の前には、トキちゃんの両腕がふわりと回っていた。
僕が固まっていると、トキちゃんの小さい声が聞こえた。
「…………帰ってくるの、遅すぎです」
トキちゃんの腕の力が強くなる。
僕はそれを労るように、自分の手を重ねた。
「……ごめんね、トキちゃん」
「許さないです。もっとたくさん帰ってきてください。少なくとも週8です」
学校まで二往復する日あるじゃん……というツッコミは野暮か。
哀調を帯びた声色は心細そうに小さくて、彼女の寂しさが染みてくるようだった。
トキちゃんは立派な女の子だ。
まさに僕の妹としては勿体ないくらい。家事も何でもできる超人メイドだ。
けれどそれは、彼女が気丈に振る舞える能力があっただけだ。
祖母の屋敷を一人で管理できるほど仕事ができると言えども、まだ17歳の女の子。
屋敷での一人暮らしは彼女が決めたことだが、その孤独はトキちゃんにとって辛いものだっただろう。
僕の背中で寂しそうにしている女の子こそが、トキちゃんの本当の姿だった。
僕はトキちゃんの腕をそっと離してから振り返る。
正面から彼女を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「……」
「よしよし」
彼女の背中に手を回して、こどもを安心させるようにぽんぽんと撫でる。
そういえば小さい頃によくしたなぁと思い出した。
「……足りません。もっとぎゅっとしてください」
「はいはい」
「撫で撫でもです」
「はい、なでなで」
「ぎゅーが疎かになっています。迅速に対応してください」
「はいはい、ぎゅー」
注文の多い妹に苦笑する。
某童話みたいに体にクリームを塗れとか言われたらどうしよう。まあ美少女に甘んじて食べられるのも悪くないな。不健康だからゲロマズだと思うが。
指の間をサラサラと通り抜ける、綿菓子みたいに柔らかい彼女の髪を撫でる。
すっかり僕よりも高い位置にある妹の頭。
いつの間に、こんなに大きくなっていたのやら。
将来はリオさんみたいなスタイル抜群の美人さんになりそうだ。
ゆっくり動いている時計の秒針が、どれくらいの時間を刻んだか分からないほど。
ぽっかりと空いてしまった一年間を埋めるように、僕は寂しがるトキちゃんをずっと慰めた。
「ってコラ、勝手にお尻触らないの」
「……マオはケチです」
繰り出されるセクハラを避けながら。
しばらくして、アリスちゃんが屋敷の探索を終えて戻ってきた。
「ではアリス、寝室に案内します」
トキちゃんがスンとした表情でアリスちゃんに声をかける。
さっきまでベタベタと甘えてきたトキちゃんの姿は既になく、いつものお澄まし顔に戻っていた。デスノコラの「いきなり落ち着くな」並みの切り替えの早さだ。
「アリスの部屋はこちらで……」
「トキ、アリスはトキと一緒の部屋がいいです!」
「私と、ですか?」
「はい、アリスはトキと思い出話をいっぱいしたいです! トキは嫌ですか?」
「……いえ、私もしたいなと思っていました。ではアリスの部屋は、私と一緒にしましょう」
「ぱんぱかぱーん! アリスはトキと一緒の部屋になりました! 嬉しいです、わー!」
アリスちゃんがトキちゃんに抱きつく。
「ウフフ。可愛いアリス、今夜はガールズトークと洒落込みましょう」
嬉しそうにするアリスちゃんを見て、トキちゃんが朗らかに笑う。良い眺めだ。
「喉が乾いたでしょうアリス。お茶を淹れてくるのでマオと待っていてください」
「お茶ならアリスも手伝いますよ。マオに教えてもらったので、ニホン茶とコーヒーなら任せてください」
「でしたら紅茶の淹れ方もレクチャーしましょう。アリスならすぐ覚えられます」
うんうん、美少女がイチャイチャする光景は非常に良い。もっとやれ。
そうしてアリスちゃんとトキちゃんの淹れてくれたお茶を飲みながら、僕達は羽を休めてのんびり休憩した。
◆◆◆
夕食までの暇を潰すため、少しだけ散歩に出かけることにした。
「トキちゃんってば、夕食の支度くらい僕も手伝うのに」
「トキ、張り切っていましたね。きっとマオと久しぶりに会えて、トキも嬉しいんだと思います」
麦わら帽子を傾けて、顔を覗かせて応えるアリスちゃん。田舎の風景が相まって青春18切符のポスターのようなエモさを感じた。
アリスちゃんの希望で、散歩は僕の思い出の場所巡りをすることになった。
とは言っても何もない田舎だ。
僕の思い出の場所と言っても面白味に欠けるだろうが、本当にそれでいいのだろうか。
あまり退屈しないように案内できれば良いが。
「自然がいっぱいですね! ぼ○なつのゲームの世界に入ったみたいです!」
キャッキャと楽しそうにはしゃぐアリスちゃん。
彼女の故郷であるミレニアムサイエンススクールは都会らしいので、こういった田舎の風景は珍しいのかもしれない。
「見てくださいマオ! 妖○ウォッチのえんえんあぜみちそっくりですよっ!」
「あはは、暑いから歩きながら話そっか」
僕が案内せずとも、彼女は彼女なりに楽しんでくれていた。
特に緑あふれる夏の田園風景は壮観だったようで、面白そうに目を輝かせていた。
風が吹くと稲が波打つように靡き、額の汗がうちわで扇がれたみたいに飛んでいく。
田舎の八月は、都会の鬱蒼とした暑さとどこか違っていて、身体中の五感を通じて季節を感じられた。
「田んぼは秋になると稲が黄金色になって、それもそれで見応えがあって良いんだよ」
「この緑色が全部黄色になるんですか? 田んぼって不思議ですね」
とはいえ夏の夜になるとカエルの鳴き声がとにかく五月蝿くて困るのだが、アリスちゃんの幻想をぶち壊さないように黙っておこう。田舎も良いところばかりではないのだ。
「うわ、懐かしい。この道を通って中学校に行ったなぁ」
「アリス知ってます。ノスタルジックというやつですね」
農道の端には雑草が生き生きと茂っている。
昔話を交えながらアリスちゃんと夏の田舎を味わった。
『チリンチリン』
自転車に乗ったご老人が通り過ぎる。
風があるおかげで幾分かはマシだが、それでも畦道は遮蔽物がないので暑い。
どこか日陰のある場所に移動しよう。
「マオ、こっちの森みたいな場所は何ですか」
アリスちゃんが指差す方向にあったのは、たくさんの林が集まって出来た、小さなドーム状の森だった。
「ああ、丁度良いし寄っていこうか」
そういえばここも思い出の場所だったと思い出し、アリスちゃんを連れて森に入る。
「……涼しいですね」
森の中は別天地のように涼しかった。
何メートルもある巨大な苔むした木々が枝を絡め合うように広がり、天然の屋根代わりになっている。明るい日陰だった。
道が石畳に変わり、灯籠が並び立つ。
古びた鳥居が僕達を迎えた。
「ここは……」
「神社だよ。来るのは初めて?」
集落の外れにある寂れた神社だ。
境内には誰もいない。
日差しが斜めに差し込み、まるで天から光の柱が降りているかのように見える。木漏れ日が参道の石畳に濃い模様を描いていた。
「ふぅ、マイナスイオンたっぷりで癒されるなぁ」
まるで神域の空気が、肌をすべるように冷たい。
息を吸い込むと涼しい空気が肺を満たす。
風が抜けるたび、境内の木々がざわざわと波打つように囁いた。
「不思議な場所ですね。神秘的で……マスターソードがありそうです」
参道を真っ直ぐに進み、社殿の前まで来る。
社殿の奥から、微かな白檀なような香りが鼻腔をくすぐる。
社殿は縁側みたいなところも含めて、意外にも綺麗だった。
そういえば境内の方は、ほうきの目が見えるほど綺麗に掃除が行き届いていた。
神社の入り口にも提灯やのぼり旗が出ていたし、お祭りでもあるのだろうか。
「小学生の頃によく来たなぁ。静かで落ち着くから、嫌なことがあったときはこの神社に逃げてた。懐かしいなぁ」
僕以外に参拝する人が全然いないから、僕にとっては秘密基地も同然だった。
しかし、いま思えば、社殿がいつも綺麗だったのは誰かが定期的に掃除に来ていたのかもしれない。
「よいしょっと」
社殿の廻縁に腰掛ける。
ひんやりとした古い木肌の感触に懐かしさを覚えた。
同じようにアリスちゃんも廻縁に腰掛ける。
僕の方へもたれかかるように座る。
神社に入る前、あれほど鳴いていた蝉のオーケストラが嘘のように静まり返っていた。
まるで俗世から境界を分かたれたような感覚に包まれる。
「良い場所ですね。……なんだか世界に、マオと二人だけみたいです」
そうだね、と体を揺すって返事する。
彼女の日だまりのような体温が心地よかった。
目を瞑ると、かさかさと風と葉の擦れる音がする。
このまま寝られたら気持ちよさそうだ。
相変わらず昼寝にぴったりな場所だった。
「ふわぁ……」
ふと眠気が込み上げてきた。
屋敷で休憩したはずなのに体が気だるい。
久しぶりの長距離の移動に、思っていたより疲れているのだろうか。
クーラーの効いた部屋で毛布にくるまる、あの気持ち良さとはまた違った、優しい薄明のような眠気。
僕はそっと意識を手放した。