運の悪い俺は、今日も湾岸の地下へ降りていく   作:シドロンモドロン

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第39話 未発見者

「要救助者、確認!」

 

白い光が、通路の奥を切る。

 

直耶は短槍を低く構えたまま、声の方へ進んだ。

床に誰かが倒れている。

壁際にも、もう1人いた。

 

森山が周囲を見ながら言った。

 

「三宅、倒れている方を見てくれ。

 呼吸と出血を先に確認。

 境は俺と三宅の前に出て、奥の確認を。

 何か来ても追わなくていい。

 近づけないことだけ考えろ」

「了解です」

 

直耶は倒れている人の横を抜け、通路の奥へ視線を向ける。

…静かだ。

特に異変は感じない。

三宅が倒れている人影のそばに膝をつく。

 

「聞こえますか。助けに来ました。分かりますか」

「……ヒュ…ゴホッ……」

 

男性の喉から、浅い呼吸が漏れた。

三宅の声が少し硬くなる。

 

「…っ。外傷が多いです。呼吸はありますが

 意識もかなり薄い」

 

森山は壁際の方を見る。

 

「もう1人は」

 

三宅は壁際の人影に声をかける。

 

「聞こえますか。救助です。歩けますか」

 

少女から応答がない。

目は開いている。

だが、ライトにも声にも反応しない。

 

そこに座っているというより、そこに置かれているかのようだ。

手を取られても、抵抗しない。

首が少し揺れただけだった。

 

「…歩かせるのは難しいと思います。

 こちらも搬送が必要です」

 

森山は一度、通路の奥を見る。

それから、倒れている男と少女に視線を投げた。

 

「分かった。

 ここで担架を広げるには、手も時間も足りない。

 幸い外までの距離はそれほど遠くない。

 三宅は応急処置を済ませたら、そちらの女性を背負ってくれ。

 俺が男性を背負う。

 境は前に出て、戻り道の確保を頼む。

 背嚢は前に回せ。

 このまま中で留まっていては、全員が危険だ」

 

森山の声は低い。

言葉を続けつつ、周囲を警戒していた。

 

「境、頼んだぞ」

「…わかりました」

 

直耶は槍を握り直した。

自分が見落とせば、後ろの全員が危ない。

そう思うと、手袋の中が汗ばむ。

 

三宅は男性の応急処置をこなしていた。

 

「すみません、動かしますよ。

 痛いと思いますが、頑張って。

 一緒に外へ出ましょう」

 

男性のまぶたがわずかに震えた。

 

「…いも……うと…は」

 

三宅が顔を近づけ、少し大きな声で話しかける。

 

「近くにいた女性なら大丈夫です。

 必ず外にお連れします。

 ほかに来た人はいますか?」

 

男性の唇が震える。

 

「……ご……にん」

「っ…5人」

 

周囲に人影は他にない。

別のルートかもしれない。

 

男性は息を詰まらせる。

それでも、何かを言おうとした拍子に咳き込むと

血の混じった息が漏れた。

 

三宅はそれ以上無理に話さないよう声をかけ

森山に視線を送る。

 

「隊長、お願いします」

 

森山は頷き、慎重に男性を背負った。

 

三宅は少女の肩に腕を回すが、首が傾くだけだった。

目は開いている。

けれど、何も見ていないかのようだ。

 

「隊長、境さん、準備できました」

「よし。境、先に行ってくれ。来た道を戻るぞ。

 焦らなくていい。止まる時は声を落として報告を」

「…隊長、少しだけ待ってください」

 

直耶は前に出た。

黒い粉が、壁際に薄く溜まっている。

その中には白い欠片のようなものがいくつか転がっていた。

 

「…これ、牙でしょうか?

 よく見ると周囲にいくつか転がっています」

「推測しかできん。状況を覚えておこう。

 出るぞ」

 

もう男性に意識は無いようだ。

 

「そう、ですね。…先行開始します」

 

ふと気になり、入口とは逆方向の奥に視線を送る。

特に変化はない。

ただ、胸の奥がじわりと重くなる。

 

「境、何か見えたか」

 

森山が聞いた。

 

「いえ…ただ、奥は嫌な感じがします」

「…そうか、なら尚更だ。三宅、足元は大丈夫か」

「はい。行けます。

 ただ、女性の反応がほとんどありません…」

「我々は医者じゃない。外で救急に引き継ごう。

 行くぞ」

「はい」

 

直耶は槍先を床すれすれに構え、歩を進め始めた。

何かが飛び出してきても、最初の一歩を止められるように。

慎重に、確実に。

 

 

帰りの道中。

何もなかった。

 

拍子抜けするほど何も起きなかった。

足音だけが響く。

 

森山の荒い呼吸。

三宅の短い息。

少女の、聞こえるか聞こえないかの呼吸。

 

誰も喋らない。

 

入口側ホールの光が見えた時、直耶は自分がずっと息を詰めていたことに気づいた。

ホールから、エレベーターへ。

まずは森山と男性、次に三宅と女性。

最後に直耶。

 

周囲の警戒をしつつ、後ずさりながらエレベーターに乗る。

扉が閉まりきるまで、息が詰まるような時間が流れた。

 

ゴウン、ゴウン

 

エレベーターの扉が開いた瞬間、外の音が押し寄せた。

 

「出てきた!」

「下がってください! 救急導線を空けて!」

「撮影やめて! 下がれ!」

 

砂浜には、警察と消防と野次馬が詰まっていた。

ロープの外でスマホがいくつも上がっている。

報道のライトが、朝の海風の中で白く揺れていた。

 

森山は男を担架へ渡した。

 

「男性1名、重傷です。

 呼吸はあります。頭部と腹部に出血。

 中で応急圧迫しています」

「引き継ぎます!」

 

救急隊員がすぐに動いた。

酸素マスクがつけられ、シートが広げられる。

 

三宅も少女を下ろした。

砂に足が触れた瞬間、少女の膝が崩れた。

救急隊員がすぐに肩を入れる。

 

少女は、担架を見ていた。

 

「……お兄……ちゃん」

 

声は、それだけだった。

 

森山が少女の前に膝をつく。

 

「お兄さんは救急隊に渡しました。

 今は救急の方に任せてください」

 

三宅が森山の横に来る。

 

「男性から、他に5名と聞き取れました」

 

森山は頷いた。

 

「…分かった。警察と消防に共有してくれ」

「了解です」

 

少女は表情が戻らないまま、救急隊に運ばれていった。

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