運の悪い俺は、今日も湾岸の地下へ降りていく   作:シドロンモドロン

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第42話 白い光の先

「今回の調査は入口から最大1000歩が対象だ」

 

潜行前、森山はそう言った。

 

場所は、お台場支援車両の奥にある簡易ブリーフィングスペース。

机の上には湾岸周辺の地図が広げられている。

回廊の入口を示す赤い丸は昨日よりも増えていた。

 

「1000歩ですか」

 

直耶が聞くと、三宅が資料を見ながら頷く。

 

「警戒しながらの歩数です。

 距離としてはそこまで伸びないことは想定しているようです。

 今回はより奥を目指すのではなく

 各入口近辺の形状を把握するのが目的です」

 

森山は地図の上を指で叩いた。

 

「全班、同日同時刻に入る。

 入口基準点から主通路を選んで、最大1000歩。

 そこまで行ったら撤退だ」

「分岐があった場合は?」

「原則直進だ。直進できない場合は右を選択する。

 把握できる情報は基本すべて持って帰るぞ」

 

三宅が小型端末を持ち上げた。

 

「同期ロガーは残念ながら位置が取れる機械ではありません。

 歩数、時刻、方位変化、通信状態を残すだけです。

 帰還後、本部側で紙地図と重ねます」

 

直耶は端末を見た。

いつかのビーコンとは違い、記録するだけ。

結局、戻るために頼るのは自分たちの目と足だ。

森山は続ける。

 

「一般人や未認可者を見つけたらその時点で停止。

 本部へ報告する。救助へ切り替えだ」

「一般人が入っている前提ですか」

「前提ではなく、可能性だ」

 

森山の声は低かった。

 

「昨日、実際に入ったやつらがいるだろう。

 今日もゼロとは言えない。では、準備に移れ」

 

話はそこまで、とばかりに締めくくられる。

 

*

 

調査は、午後1時に始まった。

お台場側から入ったのは、森山、直耶、三宅の3名。

三宅は紙地図に線を引きながら、歩数と時刻を控えていく。

 

通路は静かだ。

最近、会敵率が低い気がする。

逆に落ち着かない。

 

今回の調査では100歩ごとに定点を作ることになっていた。

単純だが、今の回廊で信用できるのはそれくらいしかない。

 

「ふぅ。お台場側、第4定点。

 現在入口から400歩地点です」 

 

三宅が紙地図の端に数字を書き込んだ。

 

「床面、わずかに下り。右壁に白い粒状の発光体多数」

 

森山は前方を確認してから頷いた。

 

「続行する」

 

入口から600歩を過ぎたあたりで最初の分岐が現れた。

見通しの悪い十字路。

左の道幅は狭く、右は広い。

正面の幅は変わらないが、少し先で曲がっている。

 

「予定通り直進だ。続行する」

 

森山の言葉に、無言で従う。

 

*

 

更に歩を進める。

739歩。

三宅がそう言いかけた時、曲がり角の向こうに光が見えた。

 

森山が片手を上げ、反射のように全員が足を止めた。

直耶は槍を握り直し構えを取った。

 

光は一つではない。

見慣れた白い輪が、曲がり角の奥で重なっている。

 

人影。

 

直耶の頭に、全体通知の文面が浮かんだ。

未認可の一般接近者。

配信者。

民間希望者。

どれだ。

 

森山の声が低くなる。

 

「前方の者、停止しろ!所属を名乗れ!

 こちらはCORRIDOR JAPANだ!」

 

向こう側の光も止まり、数秒の間が空く。

 

「こちら、CORRIDOR JAPAN!

 横浜中華街入口確認班、榊です」

 

聞き慣れた声に、全員が息を飲む。

 

「こちらはお台場入口確認班、森山だ。本部、照合を頼む」

「も、森山さん…!? り、了解です。本部、こちらも確認願います」

 

森山は無線を取った。

 

「本部。お台場、森山班です。

 前方に横浜中華街入口確認班を名乗る班と接触。榊の名乗りあり」

 

短い沈黙。

 

『本部確認。横浜中華街入口確認班、榊班で間違いありません。

 班員、高梨、大熊を含む3名。現在、浅層調査中』

 

続けて、向こう側の無線からも声が重なった。

 

『横浜中華街入口確認班より確認。お台場側は森山班。班員、境、三宅』

 

「榊。ゆっくりこちらへ来てもらえるか」

「了解です」

 

白い粒の舞う通路の向こうから、榊が姿を見せた。

 

支給ベスト。

記録用ケース。

紙地図。

首から下げた同期ロガー。

 

その後ろには大熊。

さらに高梨が顔を出す。

 

高梨は直耶を見て眉を寄せた。

 

「本当に…境か?」

「そっちこそ、本物か?」

「いや、すげえな。お前、お台場だったんだろ?」

 

高梨の口元が、ぎこちなく上がる。

 

「こっちは中華街だぞ。何十キロあるんだよ。

 ワープじゃん!」

 

直耶は、笑えない。

そんな言葉で済ませていいものか?

 

榊はその場に膝をつき、紙地図を広げた。

 

「まずは確認しましょう。

 こちらは横浜中華街入口から762歩。分岐は2回。

 どちらも右へ進行しています」

 

三宅もお台場側の地図を並べる。

 

「こちらはお台場側入口から739歩。分岐は1回。直進です」

 

三宅が紙地図を見下ろしたまま言った。

 

「地上距離を考えると、当然成立しませんね」

「…そうだな」

 

大熊が通路の奥を見る。

 

「回廊が使えるなら、搬送は楽になるな」

 

直耶は大熊を見た。

冗談、という感じではない。

 

「横浜からお台場まで1500歩台か。担架を運ぶなら、地上より早い」

「夢にまで見た、なんちゃらドアだわな」

 

高梨が乾いた笑いを漏らす。

 

「こんなの、誰が聞いても絶対食いつくだろ」

「実際、救助導線や輸送等に使えると考えれば

 この価値は無視できません。

 世界初の発見かもしれません」

 

さっきまで記録していた目が

少しずつ別のものを見始めている。

 

「複数入口間の短距離接続が安定しているなら

 入口ごとの班を相互支援に回せます。

 搬送時間も短くなるはずです」

 

違う。

そうじゃない。

胸の奥が冷たく沈んでいく。

 

便利?

救助導線?

輸送?

コントロール?

誰が?

人が?

この回廊を?

 

ぐるぐると回る頭を断ち切るように

森山の声がすぐ横で響いた。

 

「本部。お台場側、森山班。

 横浜中華街班と接触。両班とも入口から700歩台の位置」

『本部、確認。両班とも現在位置を維持。

 前進を停止し、記録を優先してください。

 必ず接触地点の詳細記録を優先』

 

その言葉で喉の奥がますます詰まる。

無線の先の誰かの声は、興奮が隠せていない。

無線越しでも分かる熱量がこもっている。

 

『繰り返します。前進は停止。

 ただし、現地点の記録を優先してください。

 これは重要な事例です』

「了解」

 

森山は少しだけ目を細め、無線を切った。

高梨が肩をすくめてため息と一緒に吐き出す。

 

「ほらな。会社喜んでるよ」

「高梨」

 

榊が短くたしなめるが、否定はしなかった。

大熊も通路の奥を見ている。

 

「この距離で繋がっているのなら、他もあるかもしれん」

「可能性はありますね」

 

三宅が少し興奮しているようだ。

 

「安定しているなら、悪い話だけではありません」

 

悪い話だけではない。

直耶はその言葉を頭の中で繰り返す。

本当に、そうか?

ここは、悪い話だけではない場所なのか。

 

白い粒の光がゆっくり舞っている。

風はない。

粒だけが動いている。

直耶の左手が小盾の縁を強く握った。

指先が痛い。

 

「境」

「は、はい。隊長」

「どう思う?」

 

直耶は少しだけ黙った。

 

危険です。

異常です。

戻るべきです。

どの言葉なら皆に伝わるのか。

 

「…ここを、便利な場所だなんて

 思わない方がいいと思います」

 

高梨の笑いが止まった。

三宅が顔を上げる。

森山は直耶を見たまま聞いた。

 

「理由は?」

「当然…じゃないですか?

 お台場と横浜がこんな近いなんて、

 そもそもおかしいと…思わないんですか?」

 

沈黙が場を支配する。

白い粒だけが、ライトの中を流れていた。

 

榊が紙地図を見下ろす。

 

「境君の言いたいことは分かります。

 確かにここは危険な場所です」

「はい」

「ですが、ここで見たものを、ただ危険だからで片づけるわけにもいきません。

 我々の未来を左右する場所であることもわかりますか」

「…分かっています。

 ですが…すごく、嫌な感じがするんです…」

「そうですか。境君の勘、ですか…」

 

直耶は言いかけて、口を閉じた。

三宅が小さく呟く。

 

「境さんの申告も、一理あると思います」

 

森山が頷いた。

 

「…そうかもしれんな。

 境の勘には助けられたこともある。

 三宅、見える範囲で構わないから記録を頼む」

「はい」

 

本部から、再び無線が入る。

 

『森山班、榊班。周辺の確認は可能ですか』

 

森山が無線を握る。

 

「見える範囲で実行中。

 ですが、これ以上の確認は仕切り直すべきだと判断します」

『…理由を』

「両班の接触地点としては十分確認済みです。

 これ以上は今回の調査目的を超えると判断しました」

『本部としては、当該地点は重要案件と判断しました。調査を行ってください』

「ですが、現在地は安全確認ができていません。

 一般人発見も想定した調査中です。

 こちらは3名。榊班も3名。

 救助対象を発見した場合の余力もありません」

 

森山は続けた。

「お台場側、森山班としては、

 これ以上の前進および周辺探索は続行困難と判断します」

『森山班、撤収を申請するということか』

「はい」

 

森山は言いきった。

 

「撤収を申請します」

 

それから榊を見る。

 

「榊。そちらの判断は」

 

榊は紙地図から顔を上げた。

 

「横浜中華街入口確認班も撤収に同意します。

 接触地点としての記録は取れています。

 追加調査は装備と人員を整えてから行うべきです」

『……本部、確認。

 両班、撤収を許可。

 帰還後、全記録を提出してください』

「了解」

 

森山は無線を下ろし、直耶たちへ向き直る。

 

「お台場組、戻るぞ」

 

高梨が小さく息を吐く。

 

「上に怒られません?」

 

森山は横浜側の通路を見たまま答えた。

 

「もう慣れている。

 今ここで、誰かを置いていくよりはいい」

「……はっ!境!ちゃんとそっちの道で帰ってくれよ?

 一緒に横浜から出たら説明大変だろ?」

「そっちこそ、ついてくるなよ」

「ああ、ちゃんと戻るさ」

「撤収するぞ!お互い来た道を戻る。

 余計な調査は行うな。まずは生きて戻るぞ」

 

全員が返事と共に引き返そうと準備をはじめる。

 

もっと奥に行けば、別の出口があるかもしれない。

近くまで戻れるならその方がいい。

すぐ先に誰か倒れていたら助けられる。

 

そんな言葉が不意に頭をよぎる。

直耶は頭を振って、来た道を戻りだした。

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