城の客間で眠っていたポップは凄まじい獣の咆哮を聞いて飛び起きた。窓の外を見ると、そこには空を飛んで襲来する、恐ろしい数の魔物の姿があった。
「おいおい、とんでもないことになってきやがった・・・!」
慌ててポップは寝間着からいつもの装束へ着替えつつ、状況を整理しようとした。ポップもこの数日で、少しずつ魔王軍と戦うという意志を固めてきたつもりだった。しかし実際目の当たりにした軍勢に、その決意は簡単に揺らいでしまう。
ポップは来たる戦いを楽観視している部分があった。ハドラーを倒した3人が味方にいる以上、その部下に遅れをとることはない、と心のどこかで思っていた。しかし。
「(あんな大軍相手に俺達でどうしろってんだ!)」
生で見る『戦争』の恐怖が、ついにはポップの支度の手を止めてしまった。ベットに座り込むポップ。沈黙を破ったのは、支度を済ませ部屋に飛び込んできたマァムであった。
「ポップ!外を見た?魔王軍よ!」
「ああ、そうだな。」
「なに呆けてるの!?イルはわからないけど、アバン先生とダイはこの城にいるはずでしょう?まずは合流して「合流して何になるってんだ?」・・・ポップ?」
捲したてるマァムの言葉を遮り、ポップはマァムの目を見ずに言った。マァムは聞き間違いか、と思ったように語気を強めた。
「何って・・・。私達も戦うのよ!このままじゃこの国は魔王軍にやられてしまって、大勢の人が亡くなってしまうわ!」
「・・・あの数を見たかよ。俺たち2人が加わったくらいじゃどうしようもねぇ。」
「だったら、敵の親玉を倒せば!」
「だとしても、アバン先生とダイがいるんだぞ?足手まといにしかならねぇよ。」
「何を、言ってるの・・・?」
「第一、俺は最初から魔王軍と戦うつもりなんてなかったんだ・・・!ただ強い魔法使いになりたかっただけなのに、いつの間にか巻き込まれて!そんなもん、戦いたいやつが戦えば」
その言葉は、頬を襲った痛みによって遮られた。目に涙を浮かべたマァムが、ポップの頬を強く打ったのである。
「最低・・・あなたは最低よ、ポップ!情けない人だとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった!あなたなんて、アバン先生の弟子に相応しくないわ!」
「何だと!」
ポップの数少ない誇りであった事実を貶され、苛立つポップ。しかし既にマァムはポップに背を向けていた。
「私は行くわ。たとえ役に立てなくても、アバン先生の弟子として最後まで戦ってみせる。じゃあね。」
「あっ、おい待てよ、マァム!」
そしてマァムはハンマースピアを手に駆け出した。取り残されたポップは、俯いて胸に光るアバンの印を握りしめた。
ポップは悔しかった。アバンの弟子であるという自分の誇りを貶されたこと。そして何よりも、これだけ言われてもまだ動けない自分の心の弱さが悔しかった。
でも、仕方がないではないか。ポップにはアバンのような経験も、ダイのような力も、マァムのような回復魔法も何もない。あるのは彼らと同等以下の攻撃魔法だけ、これでは役に立てないのは当たり前だ。
そう言い聞かせるポップを動かしたのは、城を揺るがす地響きであった。何が起きたのか、と思うポップの耳に、廊下で叫ぶ兵士の声が聞こえてきた。
「クロコダインだ!奴が玉座の間に!」
「(何だって!?)」
ついに間近まで迫ってきた脅威に、押し出されるようにしてポップは外に出た。ポップの姿を見たロモス兵は喜びの声を上げた。
「おお、君はアバン様の弟子の!玉座の間に奴が、クロコダインが現れたのだ。頼む、王を助けてくれ!」
「や、俺は・・・。」
「頼む!恥は承知の上!我らでは歯が立たなかった・・・。どうか、どうか王を!」
「うう、・・・畜生!」
「ああっ、どこに行かれるのだ!」
ポップを呼ぶ兵士の声から耳を背け、ポップは駆け出した。どこに向かっているかもわからないが、そこに留まればどうにかなってしまいそうだった。
走りながら見かけたピンチのロモス兵を、ポップは攻撃魔法で援護する。救われたロモス兵はポップへ感謝し、そして二言目には図ったように王を助けてくれ、と懇願した。その願いから逃げるように、ポップは走り続けた。
気づけばポップは玉座の間とは真逆の城門前に立っていた。戦いの最前線であるのその場所で、ポップはがむしゃらに魔法を撃ち続けていた。
「(そうだ、これでいい・・・。俺は俺の実力にあった場所できちんと戦ってる。これが正しいはずなんだ・・・。)」
「ポップ殿!危ない!」
「えっ?」
内面に気を取られ注意が疎かになったポップ。そこにあばれザルが接近し、今にも殴りかからんと拳を振りかぶっていた。死を覚悟したポップ。しかし、横合いから突然飛びかかったキラーパンサーがポップの命を救った。
「ポップくん!大丈夫!?」
「イル!無事だったのか!?」
「うん、魔の森にいたから遅くなったけど、その代わりたくさん味方を連れてきたよ!みんな、ロモスの兵隊さんを守って!」
「「「「グオオーー!!!」」」」
イルの声に呼応し、一部の魔物たちが魔物同士で戦い始めた。困惑する兵士たちに、イルは大声で言った。
「わたしは勇者アバンの仲間、モンスターマスターのイルです!ピンク色のしるしをつけた魔物はわたしの魔物で味方です!!今のうちに態勢を立て直してください!」
魔物を味方にするなどという馬鹿げた言葉、しかし窮地を救われたロモス兵はそれを成した少女の言葉に迷わず頷いた。崩壊寸前だった城門前の戦いは、イルの参戦により完全に持ち直した。
「ポップくんは1人?アバンさんたちはどうしたの?」
「えっ?ああ・・・多分3人とも、玉座の間にいるクロコダインと戦いに行ったはずだ。」
「もうそんな所まで攻められてるの?じゃあ急がなきゃ!ここはわたし一人で大丈夫だから、ポップくんは先に行ってて!」
「・・・いい。」
「えっ?」
「いいって言ってんだ、余計なお世話なんだよ!!」
突然のポップの叫びに、イルは目を丸くした。構わずにポップは言葉を続けた。
「もうたくさんだ・・・!どいつもこいつも勝手に期待しやがって。俺は先生達とは違うんだ。それでも出来る範囲で戦ってたってのに、それ以上を俺に押し付けるんじゃねえ!」
「ポ、ポップくん、どうしたの急に。」
「イル、こいつまさか、戦いから逃げてここに来たんじゃねえか?」
ワルぼうの言葉にビクッと反応したポップ。そんな、という顔をしたイルの目を見返すことができないポップ。気づけば周囲の兵士も軽蔑した目を向けている。事実はどうあれ少なくともポップにはそう感じられた。
ポップはやけくそになって、乱暴に首から『アバンのしるし』を外し、イルに差し出した。
「マァムにも言われたよ、先生の弟子失格だって。そんなこと自分が1番わかってらぁ。」
「・・・くん。」
「この『アバンのしるし』はお前のほうが相応しいよ、イル。ちっこくて力もないくせに、胸張って戦ってハドラーにも勝っちまったもんな。」
「・・・くん、・・ップくん。」
「大丈夫、この戦いが終わったらちゃんと自分で先生に言うから。だから俺のことはもう・・・」
「聞いてよ!!ポップ!!!!」
「ハイッ!?」
突然のイルの大声に、ポップは驚き顔を上げた。イルは出会ってから1番の真剣な表情でポップに語りかけた。
「わかるよ、ポップの気持ち。だって私も同じだもん。」
「どういう、ことだよ。」
「戦う前に無理だって思っちゃう気持ち。敵と味方の戦力を比べるのはモンスターマスターの基本だもん。だからあるよ、絶対に勝てない、意味がないって思うこと。そういう時は本当は逃げるべきだと思うんだ、逃げれば、次があるから。」
でもね、とイルは続けた。
「やっぱりどうしても向き合わなきゃいけない時もあるよ。他に人がいなかったり、後がなかったり。本当に『ゆうき』がある人は、そういう時に立ち上がる人のことだと思うんだ。」
その言葉を聞いて、ポップはアバンやダイ、マァムのことを想像した。きっと彼らは、力が足りなくても迷わずクロコダインに立ち向かうだろう。臆病な自分とは違って。
「だったら、やっぱり俺は・・・!」
「じゃあどうしてポップはここに居たの?」
「どうしてって、そりゃあ逃げてるうちに仕方なく・・・。」
「この場所だって、ポップ1人でどうにか出来る状況じゃなかったよ。でも逃げ出さなかったのはなんで?」
「それは・・・。」
言い淀むポップに、イルは微笑んだ。
「ほら、ほっとけなかったんだよ。実力なんて関係なく、目の前の人を助けなきゃと思ったんだよ。それってきっと、『ゆうき』だよ。」
「イル・・・。」
「大丈夫、ポップなら立ち向かえるよ。それにわたしが全然ついていけない修行を1年もこなしてるんだもん、ちゃんとあるはずだよ、ポップの力が必要な場面が。」
だから、とイルは、しるしを差し出すポップの手を握り、その胸に押し返した。
「その『アバンのしるし』はキミのものだよ。アバンさんはきっと全部わかった上で渡したはずだよ。みんなが待ってるよ、ポップ。」
イルが手を離すと、ポップは決意した表情でアバンのしるしを首にかけ直した。
「ありがとよ、イル。おかげで最低以下のクズ野郎にならずに済みそうだ。」
「今度ケーキでも奢ってね、この前ワルぼうに食べられちゃったから。」
「ホールで買ってやるよ。行ってくるわ、また後でな!」
そう言ってポップは玉座の間へ向けて走り出した。頼もしくなった後ろ姿を眺めながら、ワルぼうはイルに尋ねた。
「らしくない物言いだったな、イル。ほっといてお前が行ったほうがよかったんじゃねーのか?」
「きっと大差ないよ。ここは数が必要な分わたしの方が向いてるし、ポップくんの気持ちがわかるのも本当だしね。」
かつてモンスターマスターですら無かったころ、突然ワルぼうにマルタの国を救う使命を押しつけられたことをイルは思い出していた。
何もかも足りない中、それでも立ち向かう難しさ。それを勇気と言うならば、今もっとも勇気と向き合っているのはポップなのかもしれない。
ゼロから始まった勇者の先輩として、イルは心の中でポップを応援した。
次回更新は木曜日の予定です。
ポップは頭がいいので色々行動する前に気づいてしまいます。でもそれを乗り越えてこその勇気。自分の弱さを自覚しているからこそ、それが光るのだと思います。
イルさんはこの辺りの葛藤を経験済みです。英雄なので。