「イル、無事だったのね!魔の森に行くって言ってたから心配してたわ!」
「ごめんごめん、ちょっと奥まで潜ってたから気付くのが遅れちゃって。城門の前で魔物の群れと戦ってたんだけど、急に引き返していったからもしかしてって思って急いで来たんだ。」
のほほんとした様子で返すイルに、心配していたマァムはほっとした。しかしすぐに顔を引き締め、イルが連れて来た魔物について尋ねた。
「それで、どうしてクロコダインが?彼は私達がさっき倒したはずよ!」
「扉の近くで倒れてたから、ちょっと話を聞いてみたの。そしたらいろいろ悔やんでるらしいし、手伝ってもらえないか頼んでみたんだ。」
「ちょ、ちょっと待て!傷はどうした!アイツはダイに腹を斬られて重症のはずだろ!?」
そう尋ねるポップに、イルは一枚の葉を『ふくろ』から取り出して見せた。
「『せかいじゅのは』だよ。実際に使ってみせるのは初めてだよね。こんな感じで、瀕死や亡くなってすぐならピンピンして生き返るよ。」
「ああ、そういやそんなの持ってたっけな・・・。いや、いくら何でも敵にそんな貴重なもんを使うか!?本当に味方してくれる保証なんてなかっただろ!?」
「目を見ればわかるよ。」
ポップのもっともな疑問に、イルは短く言い切った。どこか凄みのようなものを感じたポップは、続く言葉を飲み込んだ。イルの横で浮かぶワルぼうはやれやれ、とため息をつき、クロコダインが豪快に笑い声を上げる。
「おいイル、わかる言語でしゃべってやれ。」
「ガハハ、新たなオレの主は大した器の持ち主らしい!しかし大層信頼してもらっている所悪いが、ヒュンケルの相手はオレとて分が悪いぞ?」
「わかってるよ。スラッシュ、『べホイミ』!」
クロコダインの言葉に頷いたイルは、肩の上に控えるスラッシュに回復呪文を指示した。消耗していたアバンとダイの身体が軽くなる。
「1対1じゃなくてごめんね?」
「構わん、ヒュンケルはそれだけの漢よ。形に拘り全力で掛からぬことこそ、かえって奴への侮辱となろう。」
「そっか。それで・・・ヒュンケルさん?どうする?」
アバンとダイが立ち上がったのを横目に確認し、イルは尋ねた。ヒュンケルは表情を変えずにそれに答えた。
「構わん。だがクロコダインも加わるとなれば、こちらも本気を出そう。『鎧化』!」
ヒュンケルは剣を鞘に納め、正面に掲げて叫んだ。その瞬間、剣が変形しヒュンケルの体を包み込んだ。
「あれは、『鎧の魔剣』!」
「クロコダイン、知ってるの?」
「ああ、魔界に伝わる伝説の武器で、いかなる呪文も受け付けないと言う。」
「なるほど、それなら試しに・・・、スラッシュ、『メラミ』!」
スラッシュが生み出した火球がヒュンケルに襲いかかる。しかし、ヒュンケルはそれを避けることもしなかった。そしてクロコダインの言う通り、全身を覆う鎧には傷ひとつ付かない。
「ほー、ありゃあ大したもんだぜ、イル。この分じゃクロコダインが頼りか?」
「そうなるね、クロコダイン、お願い!」
「ダイくん、私達も援護しましょう!」
「はいっ!」
そうして3対1の接近戦が始まった。計算上は圧倒的にヒュンケルが不利な盤面。しかし現実は異なった。
力でアバンを、技でダイを、スピードでクロコダインを上回ったヒュンケルは、三位一体の攻撃を神業じみた動きでいなしていく。
そして一瞬の隙をついて、左の拳でダイを貫いた。戦いから弾き出されたダイを見て、マァムが決意した表情で『魔弾銃』をヒュンケルに向けた。しかしそれを、イルが制止する。
「イル、どうして止めるの!?私だって!」
「落ち着いて、マァム!確かに『マヌーサ』なら効くかもしれないけど、あの乱戦だとかえって逆効果だよ!」
相手に幻覚を見せ混乱させる『マヌーサ』。しかし、今目の前の戦いが拮抗しているのは、互いが互いの動きを高度に予測しているからに他ならない。
つまり敵であれ味方であれ、予想外の動きを巻き起こせば、予測を外した味方がかえって危険な目に遭うことがある。
無力感に苛まれるマァム。そしてそれは、地に伏したダイも同じであった。
「(敵わない・・・力でも、技でも・・・!)」
事実、技量に劣るダイが抜けたあとも、戦況は大きく変化していない。ある一定のレベルを超えた戦いにおいて、それを満たさぬ者は数に入らないことの証明であった。
そんな中、ポップは考えていた。無敵に見える敵の防御を崩す方法を。少なくとも力だけでは決定打となり得ないことは、目の前の戦いが証明している。
あの鎧を貫く魔法があれば、とポップは考える。そして、そうだ、と呟きダイに尋ねた。
「おいダイ!お前雷の呪文は使えねえのか?あの鎧だって金属には違いねえ、電気ならきっと鎧を通じて中のアイツに直接ダメージを与えられるはずだ!」
「ええっ、そんなこと言ったって、急に使えなんて無茶だよ・・・。」
ダイは大抵の呪文を契約している。しかしそれを使いこなせるのは紋章の力があってこそ。クロコダイン戦で既に力を出し切ったダイには、雷の呪文を唱えられるとは思えなかった。
それでも面白いと思ったのか、回復や補助呪文の指示をしていたイルがスラッシュに向けて叫んだ。
「とにかくやってみるよ!スラッシュ、『デイン』!」
「っ!雷撃呪文だと!?勇者しか使えぬ魔法をなぜスライム如きが・・・。だがこの程度!」
スラッシュの放った『デイン』は、これまでとは違いヒュンケルの動揺を誘った。しかしダメージを与えるには至らず、ポップは落胆する。
「くそっ、効きそうだけど威力が足りねぇ。せめて雷雲があればな・・・。」
「雷雲?」
「おう、『ライデイン』って言ってな。こう、雷雲から雷を相手に向かって落とす呪文があるんだ。勇者にしかできないって話なんだが・・・。」
「それだよっ!」
ポップの言葉に、イルが突如として大きな声を出した。ぽかんとする一同に、イルがにやりと笑ってみせた。
「1人で唱えるイメージが強かったから気付かなかったけど、雲さえ呼べればそんなに難しい呪文じゃない!いけるよ、ポップくん!」
「おいおい、つっても雲なんてどこにも無いぜ?」
「ふふふ、わたしだって後ろで指示を出してるだけじゃ無いんだよ?見せてあげる、わたしの得意呪文を!」
そう言って、イルは天井を見る。そこにはクロコダインが攻め込んだ際に出来た大穴が空いていた。イルはそこから空に手を翳して唱えた。
「『ラナリオン』!!」
すると、イルの手から魔力が天に向かって打ち出された。そしてそれを中心に、黒い雲が渦を巻いて集まり、瞬く間にゴロゴロと音を放ち始めた。
そして空が完全に黒雲に包まれた瞬間、イルは叫んだ。
「2人とも下がって!スラッシュ、『ライデイン』!!」
合図に反応して、アバンとクロコダインが飛び退った。そして轟音と共に、雷雲から青い雷が落とされた。
凄まじい威力に、視界が砂煙と黒煙に包まれる。それが晴れると、そこには膝をついたヒュンケルがいた。
誰もが決着を予感した。しかし信じられないことに、ヒュンケルの体がピクリと動いた。そして剣を支えにゆっくりと立ち上がらんとしている。
それを見たイルは、再び『ライデイン』を唱えんと構えた。
「『ライデイ「待て」・・・!?」
しかしその呪文は、突如として現れたフードの魔族によって遮られた。クロコダインの目が驚きに染まる。
「ミストバーンだと!?魔影軍団の軍団長までが何故ここに!?」
クロコダインの言葉に、ダイ達は驚くと共に警戒心を上げた。ミストバーンはクロコダインの方を向き、忌々しい、といった様子で言葉を発した。
「クロコダイン、本来であれば魔王軍を裏切った貴様はここで処分する所だが・・・。命拾いしたな。」
そう言ってミストバーンはヒュンケルを抱えた。そしてダイ達に告げる。
「ハドラー様からの伝言だ。『地底魔城』にて貴様らを待つ。もし来なければ・・・パプニカ王国の民は死ぬより恐ろしい目に遭うだろう、とのことだ。」
「パプニカ王国!?レオナの国に何をするつもりだ!」
「知りたければ、試してみるがいい。・・・こいつは連れていく。この場は貴様らに譲ろう。だが次はない、覚悟しておくことだ。」
そう言って、ミストバーンはヒュンケルを連れて消えた。同時に、戦場を見張っていた『あくまのめだま』も姿を消した。
静寂の後、誰かがふうっ、と息を吐いた。続いてポップがぽすっ、と腰を下ろし呟いた。
「勝った・・・。」
雷雲が晴れ、玉座の間に光が差し込んだ。
イルが覚えている呪文は、リメイク版基準で以下の通りです。
『ルーラ』
『ラナルータ』
『ラナリオン』
『ステルス』
ただ魔力は多くないので、複数人にステルスをずっとかけたりは出来ません。魔の森を抜ける際に使わなかったのはそのためです。