モルグから語られた内容は、イル達を再度大きく驚かせた。ロモスでイル達に敗れたヒュンケルは今、その責を問われ地底魔城の牢に幽閉されていると言うのだ。
その処分に不満があったモルグ達はハドラーに抗議したが聞き入れられず、叛意があるとされて地底魔城を追い出されてしまったらしい。行き場もなく、この洞窟で細々と隠れ住んでいたところにやって来たのがイルだった、という訳である。
その日の晩、パプニカに戻ったイルは、一連の出来事についてアバンに報告した。
「なるほど、それでイルさんはその頼みを引き受けた、ということですか。」
「はい。それに不死騎団のモンスターを味方にできれば、頭数なら相手と五分になると思います。・・・ごめんなさい、勝手に判断して。」
イルは結局モルグの頼みを了承し、それと引き換えに魔王軍を追い出された不死騎団の協力を取り付けた。文字通り上手くいけば、かなりの利益を生む選択である。
しかし敵の一部を受け入れる、ということはリスクの高い行動である。その判断を勝手にした事を、イルはアバンに謝罪した。
「いえ、リスクを分かった上での判断ならば仕方ありません。私に先に報告したのも、その自覚があったからですよね。」
「はい・・・。スパイの可能性もありますし、パプニカの人々からしたら受け入れ難いというのも分かっているつもりです。でも・・・。」
「そんな顔をしなくても大丈夫ですよ。私はイルさんの目を信用していますから。」
アバンはそう言ってイルの頭を優しく撫でた。恥ずかしそうな顔をするイルに、にこりと笑いかけてアバンは語った。
「貴女は少し抱え込む癖がありますね。一人で出来てしまう事が多いが故なのでしょう。でも、貴女はまだ子供です。もっと周囲に甘えてください。」
「抱え込む・・・。そう見えますか?」
「はい。モンスターに対しては気楽に見えますが、私達には一歩引いているように感じますね。頼りなく見えているのなら申し訳ありませんが。」
苦笑するアバンに、イルは焦ったように言葉を返した。
「そ、そんなことは思ってないです!ただ、人が相手だと程度がわからないだけで・・・。わたしは子供だし、出しゃばり過ぎたら良くないと思って。」
「そういうところですよ。差し当たって、パプニカの人々の説得は任せてください。これでも勇者と呼ばれていますから、イルさん一人でやるよりも話が早いでしょう。」
敵わないな、とイルは思った。目の前の人物を勇者たらしめているのは、強さだけではなくこういった器の大きさなのだろう。イルが持っていた無意識の心の壁が取り払われた瞬間であった。
「ありがとうございます。・・・アバンさん、わたしも先生って呼んでいいですか?」
「構いませんよ。少しは信頼してもらえたようで何よりです。」
「元から信頼してますよ、アバン先生!」
イルはそう言ってにっこりと笑った。アバンが初めて見る、年相応の心からの笑顔だった。安心したアバンは、そういえば、と別の話題を切り出した。
「こちらでも収穫がありました。海沿いの村でマトリフらしき人物が目撃されたそうです。」
目撃したのは、海沿いの村へ向かったパプニカの兵士だった。マトリフらしき人物は丁度買い物のために出てきていたらしく、用を済ませるとすぐにルーラで何処かへ去っていったとの事らしい。
「ルーラの方向からして、海岸が怪しいとのことです。明日はそこを中心に捜索を行う予定なので、イルさんも協力してもらえますか?」
「わかりました、先生!」
そして翌朝、一行は件の海岸に向かった。しかしそこには険しい崖ばかりが存在し、人の気配は感じられなかった。変わり映えしない景色に飽きたポップがマァムに問いかける。
「なあマァム、お前そのマトリフって魔法使いと会ったことあるんだろ?どんな人なんだ?」
「マトリフおじさん?そうね、偏屈な人だって言われるけど、私にはとても良くしてくれたわ。でもちょっと、いや大分スケベなのが玉に瑕だけどね。よく母さんのお尻を触って怒られてたわ。」
「うへー、そりゃ何というか随分と俗っぽいおっさんだな。見習いたくないもんだぜ。」
マァムの話を聞いて、ポップの頭の中にだらしない顔をした老人の姿が思い浮かぶ。なんだって先生はそんな奴を仲間にしてたんだ、と思っていると、突然吹いた強風がポップ達を襲った。そして同行していた三賢者のエイミのスカートがひらり、と翻った。
「きゃっ!」
「ちょっとエイミ、海沿いに来るんだからスパッツくらい履いときなさいよ。」
「だって〜。・・・うう、恥ずかしいわ。」
スカートの裾を押さえるエイミの姿を見て、ポップの鼻の下がだらしなく伸びる。それを見たマァムは、怒りを込めてポップの尻を蹴り上げた。
「痛ってぇ!何すんだ急に!」
「自分の胸に聞いてみなさいよ!さっきのあんたの顔セクハラしてる時のおじさんにそっくりよ!そう、ちょうどあんな感じの・・・。」
涙目で振り返ったポップを叱るマァム。しかしその言葉が唐突に途切れた。不思議に思ったポップはマァムの視線の先を追った。
するとそこには、大岩の隙間から顔を出す、だらしない顔をした老人がいた。
「・・・。」
老人はポップと目が合うと、何事もなかったように引っ込んでいった。そして周囲の大岩が動き、その隙間を埋めた。
マァムとポップは顔を見合わせる。そして揃って叫んだ。
「「い、居たー!!」」
ポップは埋められた隙間に駆け寄り、力を込めて岩を動かそうとする。しかしポップの力ではそれはピクリとも動かない。マァムも加勢するが、やはり変化は見られなかった。
騒ぎを聞きつけて、ダイとアバンも駆け寄ってきた。ポップは事情を説明して、岩の前をダイに明け渡した。
ダイは本当かなぁ、と疑いつつ、ロモスで贈られた剣を引き抜き上段に構えた。そして裂帛の気合と共に、その剣を振り下ろした。
「『大地斬』!」
しかしダイの『大地斬』でさえも、その大岩には通じなかった。不思議に思ったアバンは岩に近付き何かを調べ始める。暫くして顔を上げたアバンは、困った顔をして首を振った。
「駄目ですね、非常に高度な結界が張られています。クロコダインやハドラーであってもこれを破るのは難しいでしょうね。」
「ちくしょー、スケベじじいの癖にどんな腕してやがるんだ!腹立つぜまったく!」
悪態をついたポップはその場にぼすん、と座り込んだ。目的の人物が目の前に居るにもかかわらず届かない現実に、ダイやマァムも似たり寄ったりの表情を浮かべていた。そこへ少し遠くを探索していたイルが戻ってきた。
「どうしたの?みんな集まって。」
「イル!実はね・・・。」
ダイに事情を説明されたイルはふむふむ、と頷き、そして予想外の提案をした。
「それ、わたしも試してみてもいい?」
「え、イルが?クロコダインじゃなくて?」
「うん、もしかしたら何とかなるかも!」
そう言ってイルは岩の前に立ち、拳を握った。せめて何かの道具を使うと思っていたダイ達は、怪我をしないか、とはらはらした目でその様子を見守った。
「せいっ!」
やや気の抜けた掛け声と共に、イルが拳を突き出した。その拳が大岩に触れた瞬間、今までびくともしなかったそれは拳を中心にひび割れ、粉々になって崩れ落ちる。そして隠されていた洞穴の入り口が姿を見せた。
予想外の出来事に、ダイ達は度肝を抜かれた。アバンですら珍しく目を丸くしている。てへへ、と笑うイルに、ポップが声を震わせながら尋ねた。
「い、イル。お前それどうやって・・・?」
「これはね、『はかいのかがみ』っていう道具の力なんだ。色々あって壊れちゃったけど、力だけワルぼうが抜き出してわたしに宿してくれたんだ。生き物には効かないけど、大体のものは壊せるから便利だよ!」
涼しい顔でとんでもない事を話すイル。いやいや、と追求するうちに、気づけばダイ達は本来の目的を忘れて話し込んでしまっていた。
そして暫く経った後、唐突に洞穴の奥から声が響いた。
「おいおい、人ん家の玄関ぶっ壊しといて世間話とは、随分と舐めたことしてくれるじゃねーか、あ?」
驚いたダイ達が顔を向けると、そこには大きな帽子を被った老人が忌々しい、と言った表情をして立っていた。その顔を見たアバンは嬉しそうな表情でその名を呼んだ。
「マトリフ!久しぶりですね、元気でしたか?」
「おう、おめーこそ元気そうで何よりだ。まさかその結界を破られるとは思わなかったぜ。まあ中に入りな。それを破った褒美に、話くらいは聞いてやらぁ。」
そう言って大魔導師は、洞穴の奥へと一行を招いたのだった。
リメイク版のイルルカでイルが大岩を破壊したり地下牢の壁を破ったりするシーンがとても好きです。
周囲でそれを見てる人が驚かないのもシュールでまたお気に入りな部分です。