マトリフに招かれた先にあったのは、まさしく研究室、といった空間だった。本棚に入りきらない書物が床に積まれ、壁には正体不明の魔法陣が書かれた布が所狭しと貼られている。
椅子に腰掛けたマトリフは顎をくい、とアバンに向けて言った。
「で、どうした。言っとくが、パプニカを救えって話なら聞かねぇぞ?」
「なっ!?何故です、貴方はかつてアバン様と共に人類のために戦ったのではないのですか!?」
「昔の話だ。結局人間なんてのは、都合のいい時だけ持ち上げてすぐに掌を返す。くだらん王家の手助けなんてごめんだね。」
マトリフの発言に思わずなぜ、と割って入ったエイミ。それに向けて、マトリフは苦い顔をしてそう言った。事情を知るアバンはまあまあ、とそれを宥めて言った。
「マトリフ、貴方の事情は知っていますが、そうも言っていられない状況なのです。ハドラーが復活しました。」
「あん?どう言う事だ、詳しく話せ。」
アバンはこれまでに起きたことを語った。それを聞き腕を組んで考えるマトリフに、ダイが訴えかける。
「おれ達が勝たなきゃ、レオナの国が酷い目に遭うんです!お願いします!」
「王家は嫌いだって言ってんだろーに・・・。だがおめぇ、悪くない目をしてるな。お前の弟子か?アバン。」
「はい、ダイくんと言います。才能なら私を遥かに超えているでしょう。自慢の弟子です。」
尊敬する師から自慢の弟子という言葉が出て、ダイは照れたような表情を見せる。それを聞いたマトリフはくっくっくっ、と笑った。
「そうだろうよ。強さもそうだが、何よりも目がお前にそっくりだぜ。そこの小娘も中々堂に入った面構えをしてやがる。マァムもいい尻してるが・・・あの魔法使い、ありゃあ駄目だな。死ぬぜあいつ。」
「な、何だと!?」
一人だけ酷評されたことにポップは憤った。しかしそれを無視して、マトリフはアバンに言った。
「いいだろう。ハドラーを仕留め損なったのは俺達の失敗だ。自分のケツくらいは拭いてやらぁ。ただし条件がある。こいつを俺に預けろ。」
「はぁ!?」
「ええ、こちらこそお願いします。」
「先生!?」
こうして、ポップが預けられることを条件に、マトリフが地底魔城攻略戦に加わることとなった。決して十分とは言えないが、頼もしい戦力の加入にダイ達は喜んだ。
そしてそこからは睨み合いの日々が始まった。時間の許す限り戦力を高めたいダイ達は、魔王軍の動向を伺いつつ修行に励んだ。
もちろん、魔王軍もそれを黙って見ていた訳ではない。ダイ達を挑発するかのように、各地の砦や村を襲ったのだ。しかしホルキア大陸の主戦力であった不死騎団の不在や、兵士達の奮戦により、パプニカ王国は未だ大きな被害を出さず戦線を維持していた。
しかしマトリフ加入から数日後、状況に変化が訪れた。イルが味方に引き入れた不死騎団のモンスター達が突然倒れたのだった。
驚いたイルはモルグに何が起きたのか尋ねた。その問いにモルグは、ヒュンケルの身に何かあった可能性が高い、と答えた。不死騎団のモンスターは現在、ヒュンケルから暗黒闘気の供給を受けて活動している。主の身に何かあれば、彼らもまた活動を停止するとのことだった。
ロモスでの戦いから既に1週間、どの様な扱いをされているかは不明だが、ヒュンケルが衰弱していても違和感はない時間だった。
イルはモルグや一部のモンスターの制御を自身に移した。暗黒闘気ではなく魔力を供給することで、彼らの存在を維持したのである。しかしそれも長続きするものではなく、期限はすぐそこに迫っていた。
その日の晩、会議室にてアバンが宣言した。
「明日、地底魔城を攻略します。」
その言葉に、皆が真剣な表情で頷いた。それを確認したアバンは作戦を告げる。
「作戦は二段階で行います。第一段階は、地底魔城に幽閉されているヒュンケルの救出です。不死騎団とパプニカ軍が敵を引きつけている間に、モルグさんの案内のもと最速でヒュンケルのいる牢を目指します。」
「お待ちください、アンデット達が協力する条件というのはわかりますが、幾らなんでも我が国を苦しめてきた軍団長の救出を第一段階とするのは如何なものでしょうか。」
アバンの言葉に、アポロが異議を唱える。大なり小なり同じ思いがあるのか、パプニカ側の人間はその問いに小さく頷いた。
イルは不安そうな表情でアバンの顔を見た。しかしアバンは表情を変えずにアポロの問いに答えた。
「今重要なことは勝率を少しでも上げることです。ヒュンケルを説得し味方にする事が出来れば、戦力は逆転します。」
「説得・・・。それは本当に可能なのですか?」
「私は彼の中に残る正義の心を信じています。もし説得出来なければ・・・師として、決着をつけるまでです。」
アバンらしくない鋭い言葉に対し、アポロはわかりました、と言って身を引いた。その表情に悔しさといった負の感情は見られない。イルはそのやり取りを、どこか予定調和じみたものに感じた。
「続けます。第二段階では、敵の総大将であるハドラーの討伐を目指します。各軍団長による妨害が予想されますが、その都度足止め役を置き、残った者でハドラーのもとへ向かいます。」
その発言にその場の誰もが息を呑んだ。足止め役として残る、それが意味するところを思い、マァムが堪らず声を上げた。
「先生。それ、足止め役の人はどうなるんですか・・・?」
「・・・状況による、としか言えません。私から言えるのは、かつての戦いもそうだった、という事実のみです。マァム、これは既に死戦なのです。ですから、覚悟のない者は連れて行く気はありません。この場で申告してください。」
マァムはその言葉にどきりとした。自覚の足りない心を、アバンが見抜いているかの様に感じた。自分は今、そういう戦いの中にいるのだ、とマァムは気を引き締めた。
他にも戸惑う者は居れど、席を立つ者は1人としていなかった。こうして最後の会議は終わり、各々が決戦に備えた。
そして翌朝。
「イルさん、お願いします。」
アバンの合図に頷いて、イルはモンスター達へと叫んだ。
「行くよ、みんな!作戦は、『ガンガンいこうぜ』!!」
アンデットたちが山を駆け登り、イル達もそれに続く。襲撃に気付いたモンスター達が火口から飛び出してくる。
戦いの火蓋が切って落とされた。
ようやく3章が動き出します。
次回は明日か明後日の予定です。