「父さん・・・!」
そう呟くヒュンケルの声に、先程までの張り詰める様な殺気はどこにも無い。イルはクロコダインに目配せをし、その拘束を解いた。自由になったヒュンケルは立ち上がり、呆然として呟いた。
「何てことだ・・・。お前が操って父のふりをしている訳ではないだろうな、魔物使い。」
「失礼な!使ってるホネは違くても、中身は100%あなたのお父さんだよ!」
ぷんぷんと怒るイル。ヒュンケルはその様子を見て疑いを消し、よろよろと父に歩み寄った。そして目の前に立つと、縋り付く様にして抱きついた。その頭を撫でて、バルトスが声をかける。
「ヒュンケル・・・。立派になったな、ワシは会えて嬉しいよ。」
「父さん・・・。俺もだよ、ううっ。」
15年越しの再会に、ヒュンケルから啜り泣く声が漏れる。父子の感動の再会に、それを見ていたマァムは感極まった様に目元を拭った。涙は流さずとも、他の皆も同様の感情だった。
しかし、この場所が敵の本拠地である事に変わりはない。ごほん、と咳払いをしたイルは、ヒュンケルを撫でるバルトスに声を掛けた。
「バルトス。15年前、アバン先生と戦った後のことを教えて欲しいんだ。あなたは人間を恨んでいるの?アバン先生や人類に対して復讐することをヒュンケルに望んだの?」
「まさか・・・!敵ながらアバンは勇者の名に恥じぬ素晴らしい人物だった!だからこそワシはヒュンケルのことを託し、人間らしく育ててもらえる様に願ったのだ!」
バルトスの語った内容は、『魂の貝殻』に残された言葉と全く同じものだった。それを聞きイルは、ヒュンケルに顔を向けて尋ねた。
「伝わった?ヒュンケルさん。」
「ああ。間違っていたのは俺だった・・・。父の仇を勘違いし、師の優しさを踏み躙った。その上悪の道に進み、多くの者を傷つけてしまった。」
ヒュンケルは父から離れ涙を拭い、そしてイルの前に跪いた。そして首を差し出すかの様に頭を下げた。
「最後に父に会わせてくれてありがとう。思い残すことは無い。イル、お前にならば進んで罰せられよう。煮るなり殺すなり、好きにしてくれ。」
「もうっ!何でそうなるのよ!イルが伝えたいのはそんな事じゃないわ!!」
ヒュンケルの言葉に怒ったマァムが、胸倉を掴んで起き上がらせる。戸惑うヒュンケルに、マァムは『べホイミ』を掛けた。
「あなたは確かに間違ってたわ!でも、それで死んだら本当にただの間違いで終わってしまうじゃない!そんなの、あなたのお父さんや、あなたを信じ続けた先生への裏切りよ!」
「俺は・・・そんなつもりは。」
「結果的にそうなるのよ!昨日も先生は言ってたわ、あなたの中の正義の心を信じてるって!あなたがするべきは命でもって責任を取る事じゃない!生きて、先生や皆に謝って、そして正義のために戦い抜くことよ!」
「!!」
ヒュンケルは目を見開き、首を回してイルの顔を見た。目が合ったイルは、小さく微笑んでこくりと頷いた。
ヒュンケルは目を閉じ、胸倉を掴むマァムの腕をポン、と叩いた。それに応じてマァムは手を離す。その様子を見てダイ達も歩み寄り、ヒュンケルの周りを囲んだ。
「ま、いいんじゃねぇの。こんな世の中だし、これからの働きで幾らでも取り戻せるだろ。」
「うん、ポップの言う通りだよ。それにこの前も今日も、やっぱりヒュンケルは凄いや。まだ腕が痺れてるもん。」
「ダイ、ポップ・・・。」
ポップはやれやれ、と言った表情で話し、ダイは腕をひらひらと見せながらそれを肯定した。ヒュンケルは弟弟子達の言葉を噛み締め、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
しかし、その温かい時間は、不快な笑い声によって遮られた。
「キッヒッヒッ。派手な音がするのでもしやと思えば・・・。敵陣の真ん中で馴れ合いとは間抜けな連中よのう。」
誰だ、と周囲を見渡すダイ達。その目の前に2体の魔族が突然現れる。その姿を見て、ヒュンケルがその名を叫んだ。
「ザボエラ!ミストバーンまで・・・!」
「ヒュンケル。クロコダインに続いてお前まで裏切るとはな。失望したぞ、『闘魔滅砕陣』!」
ミストバーンが右手を突き出し叫ぶと、その足元を中心にして蜘蛛の巣状に魔力が迸った。慌てて飛び退こうとするダイ達だったが一足遅く、その身体はまるで何かに縛られたかの様に動かなくなった。その様子を見て、ザボエラが嘲る様に笑った。
「フヒヒ、無駄じゃ。『闘魔滅砕陣』から逃れる事はできん。さて、ただ殺すのではつまらんのう。・・・ふむ。」
顎をさすりながらそう呟くザボエラは、拘束されたダイ達を舐める様にして見回した。そしてその目が、イルのところでピタリと止まった。ザボエラの口角が不気味に釣り上がる。
「そういえば、あの小娘にはロモスでの借りがあったのう。決めた。こやつから血祭りに上げるとしよう。目の前でバラバラにされた時、貴様らがどの様な顔をするか、楽しみじゃわい。」
ザボエラの発言と共に、ミストバーンが右手を握った。するとイルの身体が宙に浮き、糸で操られるかの様に不自然な動きを始めた。可動域を超えた動きに、イルが苦痛の声を上げる。
「い、いた・・・っ、いたい・・・!」
「畜生!イルを離しやがれ!」
宙に浮いていて唯一無事だったワルぼうがミストバーンに突貫するも、空いた左手であっさりと弾き飛ばされてしまう。イルの苦痛の声を聞き、マァムが声を上げた。
「待ってよ・・・!イルはただの女の子なのよ!それ以上は・・・!」
「キーーッヒッヒッ!そうじゃ、もっと絶望しろ。その表情が見たかったんじゃ!さあやれ、ミストバーン!こやつらに仲間の血の雨を降らせるんじゃ!」
マァムの声を聞き、興奮を増していくザボエラ。そしてミストバーンが、とどめとばかりに右手を振り上げた。
「やめろ・・・。やめてくれ!イルーーーーーーっ!」
地に伏すワルぼうの、悲痛な叫びが響き渡った。
前話では多数の感想、評価をいただきありがとうございます。
3章はここから後半戦に入ります。是非最後までお付き合いいただければと思います。