ダイ、ポップ、マァム、クロコダインの4人は『竜騎将』バランの前に倒れ伏していた。イルが悲痛な声で呼びかけると、呻き声と共にポップが起き上がろうとした。
「うぅ、イルか・・・?」
「ポップくん!一体何が・・・!?」
「ちくしょう、あいつに全部やられた・・・!ダイとおっさんですら相手にならねえ・・・。」
その言葉を聞いて、イルは息を呑んだ。目の前の敵は、こちらの最高戦力であるダイとクロコダインを相手にして、たった1人で圧倒してみせたと言うのだ。
対してこちらの戦力は消耗したヒュンケルとプックル、ワルぼうのみ。とても勝負になるとは思えなかった。それでも、目の前に倒れる仲間を見捨てられるほど、イルは非情にはなりきれなかった。
「ヒュンケル、少しでもいいから時間を稼いで。」
「わかった、やってみよう。『鎧化』!」
イルの言葉を受けて、ヒュンケルが『鎧の魔剣』を身に纏った。その構えを見て、バランはほう、と呟いた。
「また一皮剥けたようだな、ヒュンケルよ。人間の戦士としてはこれ以上ないと言っていい仕上がりだ。惜しいな、裏切りさえしなければ魔王軍での地位は盤石であっただろうに。」
「この力は、イル達に受け入れられたことで目覚めた力だ。ならばそれはイル達のために振るうのが道理。行くぞ、バラン!」
そう言って、ヒュンケルはバランに向かって駆け出した。上段から振り下ろされた剣をバランが受け止め、そして激しい剣戟が繰り広げられる。
その隙に、イルはダイ達の救出に向かった。クロコダインを『魔法の筒』に収め、プックルに指示してダイを戦場から遠ざける。起き上がったポップとワルぼうは協力して、マァムをイルの元へ運んだ。
イルはプックルの運んできたダイの側に跪き、必死で声をかけた。
「ダイくん、大丈夫!?しっかりして!」
「う、イル・・・。」
微かに返事をしたダイに安心するイル。しかしそれも束の間、バランと打ち合うヒュンケルの身に危機が訪れる。
「師よ、今一度この技を振るうことを許してくれ、『アバンストラッシュ』!」
救助が完了したのを見たヒュンケルは一度距離を取り、剣を逆手に持ち替えて『アバンストラッシュ』を放った。完全体となったその技は凄まじい威力となってバランに襲いかかる。
「先程も見た技だが、お前のものの方がより磨きがかかっているな。だが無駄だ!」
しかし、バランが飛来する刃に対して己の剣を一振りすると、それだけで『アバンストラッシュ』は霧散してしまった。ヒュンケルが驚き硬直した隙に、バランが一気に距離を詰める。
「馬鹿な・・・、くそっ!」
「遅い!『紋章閃』!!」
防御しようとしたヒュンケルの剣を弾き、バランが額の紋章に力を込めた。すると紋章が青く輝き、一筋の光線となってヒュンケルの胸を貫いた。ヒュンケルは吹き飛ばされ、ドサッ、と音を立ててイルの目の前に落下する。
「ひ、ヒュンケル・・・!」
「まだ息があるな、ロン・ベルクの鎧のおかげか。だがこれで暫くは動けまい。」
ヒュンケルを容易に打ち倒したバランは、その目をイルに向けた。イルは恐怖を噛み殺して立ち上がり、その目を正面から見返した。
「未だ闘志を失わんとは、大した娘だ。」
「どうかな、今も逃げ出したくてたまらないよ。見逃してはくれないかな?」
「それは無理な相談だな。私は大魔王バーン様に忠誠を誓った身。バーン様の野望を阻む恐れのあるお前を見逃すことは出来ん。」
バランの言葉を聞き、イルの心を絶望が包み込む。しかしバランは、だが、と言ってある提案をした。
「そこに居るディーノ、・・・お前達がダイと呼ぶ少年と共に、私の部下となるならば他の者は見逃してやっても良い。」
「えっ、わたしを・・・?」
「人間は醜い生き物だ。例え魔王軍に勝利したとしても、魔物と心を通わせるお前はやがて恐れられ、疎まれ、迫害されるだろう。お前にとって生きやすいのがどちらか、よく考えてみるがいい。」
突然の提案にイルは一瞬硬直する。しかしすぐに頭を切り替え、毅然としてその誘いに返事をした。
「確かに魔王軍はわたしにとって居心地がいいかもしれない。けど、わたしは人と魔物が手を取り合う世界を知ってる!だから、こんな一方的に人間を滅ぼそうとする魔王軍には従えない!」
イルははっきりとそう言い切った。そして背後にいるワルぼうに向かって合図をした。
「ワルぼう、あの呪文を!」
「おいおい、正気かよイル!?」
「賭けだけどそれしか無い!プックル、ポップくん、みんなを連れて逃げる準備を!」
仕方ない、とばかりにワルぼうが呪文の詠唱を始める。その間にポップがマァムとヒュンケルを脇に抱え、プックルがダイを背中に乗せた。それを見たバランは、愚かな、とばかりに口を開く。
「無駄だ。どんな呪文があるのかは知らんが私には通じない。そうなれば私はお前を殺し、ディーノを確保する。お前達を失ったパプニカ王国は逆侵攻によりすぐに滅ぼされるであろう。お前達の敗北は決まったのだ。」
「だろうね。でも簡単には負けてやらないよ!」
ワルぼうの詠唱が終わり、魔力が解放される。イルは右手を突き出し、その呪文の名を叫んだ。
「お願い・・・『パルプンテ』!!!」
しかし、祈るようにして放たれたその呪文は何の変化ももたらさなかった。イルの叫びだけが虚しくその場に響き渡る。たまらずポップが口を開いた。
「お、おいイル。何も起きねえぞ、どうなってんだ!?」
「・・・ごめん、ポップくん。駄目だったみたい。」
イルは肩を落として、ポップの方を向いて謝った。その目にはいつもの光は宿っていない。彼女に似合わない、諦めの思いだけが、そこにあった。
バランが息を吐き、イル達を打ち倒さんと剣を構えた。しかしその時、ワルぼうが何かに気付いて叫んだ。
「待て、来るぞ・・・。身構えろ!!!」
「何を・・・ぐおおおおお!」
そしてその直後、突然轟音と共に天井が崩れ、赤く煮えたぎる流星がバランに直撃した。流星はそのままバランを押し潰し、凄まじい音と共に爆発した。爆風で尻餅をつくイルに、ワルぼうが叫んだ。
「まだまだ来るぞ!ここは持たねえ、早く逃げるぞ!!」
「うん!ポップくん、お願い!」
「任せろ、『トベルーラ』!!」
ポップは魔力を全開にして『トベルーラ』を唱え、ヒュンケルとマァムを連れて全速力で外を目指した。ダイを乗せたプックルがそれに続く。イルはそれを必死で追いかけた。
何とか最深部を抜けると、そこにはダイ達を待つアバンとマトリフが居た。先頭を行くポップの姿を見て、マトリフが『リレミト』の準備を始める。
「はぁ、はぁ・・・!」
「急げイル!あと少しだ!」
しかし、生身で走るイルには限界が近づいていた。息が上がり、前を行くプックルに引き離されていく。プックルがアバン達のもとへ辿り着いた時、イルの姿は未だ遠くに見えていた。
そしてその差が、運命を分けた。
轟音を立てて、アバン達とイルの間に流星が落ちる。それを皮切りに、限界を迎えた地底魔城が完全に崩落を始めた。
「もうこれ以上は無理だ、脱出するぞ!」
「待ってくれ、まだイルが!」
「『リレミト』!!」
ポップの静止を無視し、マトリフが呪文を完成させた。ポップ達は光に包まれ、徐々にその身体を透過させていく。
ポップが最後に見たのは、遠くに見えるイルが、こちらに向かって手を伸ばす姿だった。
何とか投稿が間に合いました。
次回、3章最終話です。