敵の本拠地で湯浴みに興じる、という珍しい体験を済ませたイルは、満足げな表情でミストバーンのもとへ戻ってきた。それを見て、ワルぼうが複雑な表情で声をかけた。
「おいイル。百歩譲って風呂に入るのはいいとして、どうやって髪まで乾かした?まだ大して時間経ってねえぞ?」
「え?『フレイム』がお風呂を沸かしてたから、ついでに髪を乾かすために近くに立ってもらっただけだよ?後は近くにいたモンスターに扇いでもらったらほら、このとおり!」
「・・・カメハばっかり言われてるけど、お前も実は大概だよな。」
「?」
気の抜けたやり取りをするふたり。だが、いつまでもそうしている訳にもいかない。ミストバーンが苛立ちを隠さずに声を発した。
「いい加減にしろ。バーン様がお待ちだ。急ぐぞ。」
「はーい。ワルぼう、行こう?」
「今から心配になって来たぜ・・・。」
妙にテンションの高いイルにワルぼうは戸惑い、不安を露わにした。事実、イルは浮かれていた。理由は単純で、ここが魔王軍の本拠地、すなわち文字通り魔物の巣窟であるためである。
この世界に来てから、イルがモンスターと触れ合う機会は激減していた。ダイ達との冒険が楽しくないわけではなかったが、筋金入りのモンスターマスターであるイルにとって、ある意味欲求不満な日々であったのは間違いない。
それが一転して、イル以外に人間のいない環境に変化したのであれば、興奮するのは無理もない。少なくともイル自身はそう思っていた。
「ここだ。言葉には気をつけるがいい。」
しばらくして、イル達は巨大な扉の前に辿り着いた。荘厳な装飾をぽかん、として見上げるイル達に、ミストバーンが注意を促す。そして扉が開かれた。
ミストバーンに続く形でそこへ足を踏み入れるイルとワルぼう。赤い絨毯の上を進んだ先には、青白い光を放つ水晶に照らされる、白い天幕が待ち受けていた。そして天幕の奥の人物に、ミストバーンが声をかける。
「失礼致します。例の者をお連れしました。」
「うむ、ご苦労であった。ミストバーン。」
天幕の奥から、威厳を感じさせる低い声が響いた。その言葉を受け取ったミストバーンが傍に控える。そして、イルに向けてその名が告げられた。
「余が、大魔王バーンだ。まずは歓迎しよう。魔物使いイル。」
その名乗りと共に、天幕の奥から圧倒的な威圧感が放たれる。それを正面から受けたワルぼうは戦慄し、イルは下を向いて黙り込んだ。その様子を見て、壁際に控えていた黒い死神が口を開いた。
「フフフ、バーン様の声を聞いて口もきけなくなってしまうとは。所詮は人間の小娘、といったところでしょうかねぇ。」
「プーっ!情けないヤツ!こんなのに負けるなんて、ハドラー司令も何をやってたんだろうね!」
イルを嘲笑う死神の言葉に、隣に浮かぶ『ひとつめピエロ』が賛同する。その様子に歯噛みするワルぼうは、ふと隣で俯くイルの異変に気付いた。
「イル・・・?」
「・・・い。凄いっ!」
「っ!何を!?」
ワルぼうが心配そうに顔を覗き込むと、突然イルは満面の笑みと共に勢いよく顔を持ち上げた。そしてキラキラとした目で天幕に歩み寄ろうとする。慌てた様子でミストバーンがその行手を阻んだ。
「このオーラ、間違いなく大魔王級だよ!それも相当長い年月を生きてるね!魔力量には衰えがあるのかも知れないけど、その分痛いくらいに魔力が研ぎ澄まされてる!ねえ、姿を見せてよ。話がしたい!」
「ほう、余の威圧に耐えるどころか向かってくるか。実に面白い。だが、そう易々と見せるほど余の姿は安くはない。」
「バーン様の姿を見ることが許されているのは、側近である私とそこのキルバーンのみだ。下がれ、無礼者。」
イルの様子にバーンは愉快そうにそう返した。一方でミストバーンはイルの無礼な行動に怒りを露わにする。冷静になったイルは一歩下がり、そして不貞腐れたようにして言葉を放った。
「うーん、残念。でも珍しい大魔王だね。『ひとつめピエロ』を側近にするなんて。」
「おいおい、眠っている間に頭がおかしくなっちゃったのかなぁ?どう見ても側近はボクだよねぇ。こっちの『ひとつめピエロ』はピロロって名前さ。」
「やーい、バカ!マヌケ!」
イルの言葉に呆れたように、死神が訂正を入れる。ピロロがそれを後押しするようにイルを罵った。
しかし、次に放たれたイルの言葉に、空気が凍った。
「むー。バカにしないでよね。上手な腹話術だけど、
イルの言葉が部屋に響き渡り、その後しん、と静まり返った。あれ、とばかりに周囲をきょろきょろと見回すイルに、バーンが尋ねた。
「・・・今、なんと言った?」
「え?人形と魔物の区別くらいつくよって・・・。」
「ミスト。」
「ハッ。・・・動くなよ、キル。」
ミストバーンが姿を消し、死神の背後に現れる。そして肩に担いだ鎌を奪って、その右腕を斬りつけた。肘から先が宙を舞い、煮えたぎる赤い血を散らしながらイルとバーンの間に落ちた。
イルは血が流れ切るのを待ち、死神の手を拾った。そこにはとても生物とは思えない無機物が詰め込まれている。イルは断面をバーン達に向けて言った。
「ほら、やっぱり。嘘はついてなかったでしょ?」
「違う!それは何かの間違いだよ!」
慌ててそう言ったのは、キルバーンの横であたふたとするピロロだった。イルはピロロに顔を向けて、得意げに言った。
「じゃあ、人形とキミで一緒に喋ってみてよ。それではっきりするよね?」
「うぐっ、それは・・・!」
「・・・もうよい。キル、お前には後でじっくりと話を聞こう。今は下がれ。」
始まりかけた口論を静止したのは、天幕の奥のバーンだった。下がるように指示された死神とピロロは、仕方ないとばかりに部屋を後にした。イルは死神の右腕をミストバーンに渡しつつ、再度バーンに尋ねた。
「どう?姿を見せてくれる気になった?」
「ふむ。お前は余に自分の価値を示してみせた。ならばそれに応えねばならぬな。」
その声と共に、天幕の奥の影が動き出す。そして白いヴェールが開き、中から老齢の魔族が姿を現した。
「改めて、余がバーンだ。ますます興味深くなったぞ、魔物使いイルよ。望み通り話をしようではないか。」
その言葉に、イルは笑顔で頷いた。