「成程。異世界からの来訪者であったか。それも余と同じく魔を統べる者であったとはな。」
「わたしは魔王じゃなくてモンスターマスターだけどね。というか信じるんだ。自分で言うのも何だけど、結構突拍子もない話じゃないかな?」
「なに、そうであれば説明がつくというだけの事よ。軍団長をも取り込む魔性に、未知の呪文の数々。この世に余が知らぬものがあるとすれば、それは天界か異世界から流れ着くものしかあり得んのだからな。」
そう言ってバーンは、赤い液体の入ったグラスに口を付けた。疑問が解けたことで満足げな表情をするバーンに、今度はイルが問いかけた。
「じゃあ、わたしをこの世界に閉じ込めてるのはバーンじゃないってこと?」
「ほう、余を名で呼ぶか。その蛮勇に免じて許そう。その通りだ、お前のことは余ですら把握できていなかった。故にこちらからお前に干渉することは出来ん。」
「おいおいマジかよ。どうなってんだいったい・・・。」
イル達がアバン達について来たのは、元の世界への帰還方法を探すためでもあった。その手がかりの最有力候補であったバーンが何も知らないという事実に、イルとワルぼうは落胆を隠せなかった。
しかし、落ち込んでばかりもいられない、とばかりにイルは気持ちを切り替え、次の話題を持ちかけた。
「今度はバーンについて聞かせてよ。強いのはわかったけど、それだけの力があってどうしてわざわざ人類を襲うことにしたの?特に得られるものはないんじゃない?」
「理由か。そもそも余の目的は人間を滅ぼすことではない。地上を消し去り、魔界に太陽を取り込むこと。これが魔王軍による地上侵攻の目的だ。」
「「地上を、消し去る・・・!?」」
語られた内容の恐ろしさに、イル達は驚きを隠せなかった。バーンは僅かに苛立ちを孕ませた声で続けた。
「かつて、天界の神々は人間のみに豊かな地上を与え、魔族と竜族を地底深くに押し込めた。人間が脆弱だという理由だけでだ。この理不尽を正し、天界に居座る神々を蹴落とすことこそが、余の真の目的なのだ。」
「その手段として、人間・・・いや、地上を滅ぼすってこと?」
「そうだ。地上を消滅させれば二分された世界は一つとなり、太陽の光は分け隔てなく降り注ぐ。さらにこの問題の根本的な原因である人間を滅ぼすことで、魔族の恒久的な繁栄が約束されるのだ。」
自身の目的を語り終え、バーンはイルの表情を見た。目を閉じて何かを考えていたイルは、神妙な顔をして口を開いた。
「正直意外だったよ。闇を束ねる魔族の王が求めるものが太陽の光だなんて。」
「光も闇も、所詮はエネルギーの形の一つに過ぎん。エネルギーの根本である太陽を独占された魔界では限られたリソースを奪い合うことでしか生きてゆけん。そして、それが尽きる日も近い。」
その言葉を聞いたイルは、ますます困ったような表情を見せた。その理由を察したバーンは、愉快そうにして言った。
「くくくっ。同情するか、イルよ。お前ならばそう感じると思ったぞ。どうだ?余と共にこの世界を正してはみないか?お前にならば魔軍司令の座を与えてやってもよいぞ?」
「・・・冗談はやめてよ。いくら大義名分があっても、今生きてる人間には罪はないもん。それを人間だから、って理由だけで滅ぼすのを手伝うことはできないよ。」
「そうであろうな。だが、あながち冗談でもないぞ?その倫理観を超えてなお、お前の心を揺るがす要素が余の話の中にあったはずだ。」
バーンの言葉にワルぼうが疑問符を浮かべる中、イルは心当たりがあるのか苦い表情をしていた。それを見たバーンは確信と共に言葉を続けた。
「人間は行動の是非を議論する際に、善悪を重視する傾向がある。客観的に見て、お前の気質は善、余の気質は悪に偏っている。そこだけを見れば、お前が余に靡く理由など皆無だろう。」
「・・・。」
「だが、余とお前にはある共通点がある。そしてそれが、お前の心が揺れる最大の理由だ。」
そしてバーンは答え合わせをするように、イルを指差して言った。
「『力』への信仰。手段としてではなく、ただ純粋に強さを求める精神。魔を統べる者ならば必ず持っているものだ。」
「!」
イルの肩がピクリと跳ねる。初めにイルを見た時からバーンは確信していた。その瞳の奥にある、『力』への渇望を。魔族を本能的に惹きつける魅力の本質を。そしてバーンは、その本質から導かれる思考を言葉にした。
「理不尽だ、とお前も思ったはずだ。脆弱な人間が、弱さを理由に神々から優遇を受けた事実に対して。同情したはずだ。力を持つ、という理由だけで地底に押し込められた魔族と竜族に。」
「・・・。」
「そう、この世界では、『力』は罪なのだ。そしてお前はその『力』を追い求める者。いずれその理不尽の前に絶望する日が必ず来る。ならばその仕組み、破壊してやろうとは思わんか?」
バーンの再びの問いかけを前にして、イルは僅かに沈黙を挟み、そして口を開いた。
「・・・まいったなぁ。流石は大魔王だよ。一筋縄ではいかないね。」
その顔には、少女には似合わない、獰猛な笑みが浮かんでいた。