イルはバーンの言葉を受けて獰猛な笑みを浮かべた。それはまるで、隠してきた牙を見せつけるかのようだった。
「ちょっとぐらっと来ちゃった。まだ会ってすぐなのに、わたしよりもわたしのことを知ってそうなんだもん。」
「なに、難しい事ではない。余が感じていることをそのまま言ったまでのこと。そしてそれが通じたということは、お前の心はやはり余と同じ、魔族側にある。・・・『竜の騎士』が人の心を持った人外ならば、差し詰めお前は魔族の心を持った人間、と言ったところ。さぞかし人間の世では生きづらいことであろうな。」
バーンはイルの本質を理解すると共に、らしくない同情心を抱いていた。少女の本質は自身と共通している。にも関わらず人の世に生まれたことは、少女にとって苦難の連続であったはずだ、とバーンは想像した。
しかし、その想像は外れていた。バーンの言葉を受けたイルは、きょとん、とした表情をして言った。
「うーん。確かにわたしの心は魔族に近いのかもしれないね。でもわたしは人の身に生まれたことを後悔したことは一度もないよ。だって、わたしの周りの人は、わたしを愛してくれたから。『力』をつけたら褒めてくれたから。一緒に『力』を追い求めてくれたから。」
そう言ってイルは目を細め、小さく口角を上げた。宝物を慈しむようなその表情に対し、バーンは眩しいものを見たかのように顔を歪めて口を開いた。
「・・・くだらんな。例え元いた世界がそうであったとしても、この世界において人魔が手を取り合うなどあり得んことだ。」
「そう?わたしはそうは思わないかなぁ。ロモスでは人間の子供と魔物が楽しく遊んでいたし、パプニカではクロコダインが受け入れられてた。それに地底魔城ではアンデットと人が協力できたくらいだもん。大事なのはきっかけだよ。」
「それは魔王軍という脅威に対抗する、という名目があってこそだ。万が一魔王軍が敗れたとして、その後に待ち受けるのは人間による残った魔物達への迫害だ。バランがまさにその典型と言っていい。」
「バランが?どう言うこと?」
突如上がった名前に、イルは首を傾げた。そんなイルにバーンは、かつてバランの身に起きたことを話した。
冥竜王ヴェルザーとの戦いを終えたバランが、同じくハドラー率いる魔王軍との戦いを終えた人間の国によって保護されたこと。暖かく迎え入れられ、その国の王女と愛を育んだこと。そして彼らが、バランの正体を知って掌を返したこと。そして唯一バランの味方だった王女ですら、同じ人間によって殺されてしまったこと。
全てを語り終えたバーンはイルに尋ねた。
「この出来事に、人間の本質が詰まっている。そして同様のことを数千年繰り返しているのがこの世界だ。それでもお前はその夢物語を捨てないというのか。」
「うん、答えは変わらないよ。だってわたしはその夢物語が現実になった世界から来たんだもん。人も魔物も、両方の心を信じてる。」
「そうか・・・残念だ。」
バーンはそう言うと、左の掌の上に小さな火の玉を作り出した。そこに込められた魔力の密度にイルとワルぼうは戦慄する。そんなイル達を見て、バーンがつまらなさそうに言った。
「愚かなことだ。こうなることくらいはお前とてわかっていたはず。逃げる手段すら無いのにもかかわらず、なぜ意地を張り続けた?」
「・・・わかってないなぁ。どんな状況でも捨てちゃいけないものってのがあるでしょ?わたしと本質が同じバーンならわかるはずなのに。」
イルの挑発めいた言葉に、バーンの眉がピクリと動く。しかし返事をすることなく、バーンは左手を持ち上げた。イルが叫ぶ。
「誇りだよ!それを捨てた先の『力』なんて意味が無い!わたしはわたしの答えを貫く!わたしは人間を見捨てない!もっといいやり方が必ずある!キミは間違ってるよ、バーン!!」
「・・・!」
「忘れないで!わたしの言葉を!バーンなら必ず辿り着ける!だって、わたしと同じだから!」
イルは心を奮い立たせ、バーンの顔から目を離さずに言いきった。しかし、無慈悲にもバーンの左手が振り下ろされる。
イルはぎゅっと目を閉じた。ワルぼうが『フバーハ』を唱えるがとても敵いそうにはない。イルの脳内を走馬灯が駆け巡り、そして轟音が鳴り響いた。
「・・・えっ?」
しかし、いつまでもやってこない痛みにイルは声を漏らしつつ目を開けた。バーンが放った火の玉は、イルの目の前の地面に着弾していた。困惑したイルはバーンに尋ねた。
「どうして・・・?」
「さあな。余が知りたいくらいだ。」
バーンは立ち上がり、立ちすくむイルのもとへ歩み寄った。そしてイルを見下ろして口を開いた。
「この侵攻は数千年越しの余の悲願。今更やり方は変えられん。」
「・・・。」
「だが、それが間違いだと言うのであれば・・・余を止めてみせよ。そして示せ。夢物語を実現する、正しい道とやらをな。」
「!」
そしてバーンは表情を崩さずに、顔をミストバーンへ向けて言った。
「クロコダインをこやつに返してやれ。後のことはお前とバランに任せる。」
「承知しました。バーン様。」
そして最後にバーンは懐を探り、取り出したものをイルに向かって放った。イルは慌ててそれをキャッチする。それは、イルをこの世界に導いた無骨なカギだった。
「預かり物だ。お前に返しておこう。」
そして、バーンはイルの横を抜けて出口へと歩いていった。イルははっ、と気を持ち直して振り返り、バーンの背中に向けて言った。
「ありがとう、チャンスをくれて!わたし頑張るから!」
バーンはその言葉に反応することなく去っていった。そしてしばらく立ち尽くした後、イルはへたりとそこに座り込んだ。ワルぼうが疲れ切った様子で声をかける。
「大丈夫か、イル。流石に今回は死んだと思ったぜ・・・。あんまり心配かけさせんな。」
「・・・うん、ごめんね。」
結局その後もイルは呆然として座り込み続けていた。キルバーンの腕を握りしめたミストバーンが、それを静かに見守っていた。