『うみなりのかね』で作り出した空気の玉の中で、イルは水面まで浮上するのを今か今かと待っていた。ダイとバランが湖上へ向かってからもう随分と経っている。2人と異なり、流れに身を任せる他ないイルは、やきもきした気持ちと戦い続けていた。
ようやく水面へと辿り着き、イルはざばん、と音をたてて湖から飛び出した。きょろきょろと辺りを見渡すと、湖岸で激しく剣を打ち合うダイとバランの姿があった。
イルは湖面を走り、戦いを見守るポップたちのもとへ駆け寄った。イルが戻ってきたことに気付いたポップが、ほっとした表情で声をかける。
「イル、無事でよかったぜ。」
「うん、何とかね。それより、状況はどうなってるの?」
「何とも言えねえ。動きが速すぎて何がなんだか・・・。援護しようにも出来ない状況だ。」
ポップは杖を握りしめ、悔しそうな表情をしてそう言った。その言葉を受けて、イルは改めてダイの戦いを観察する。目で追うのがやっとの攻防。確かに、肉弾戦に不慣れな魔法使いが介入するのは難しい状況に見えた。
イルが状況を分析していると、ダイとバランが正面から激突し、つばぜり合いの体勢に入った。一瞬の拮抗を経て、ダイの体が後方へと弾き飛ばされる。
しかしダイは身軽な動きで体勢を立て直し着地すると、剣を高く掲げて呪文を唱えた。ダイの上空を中心に黒雲が渦を巻いて集まってくる。
空の様子を見て、ポップの口からその呪文の名がこぼれた。
「あれは『ライデイン』!?習得してたのか!」
「確かロモスで練習してたっけ、でも・・・。」
イルはダイの努力の成果を認めるとともに、不安げな表情をしてバランを見る。イルの予想通り、ダイの呪文を見たバランに焦りの表情はなかった。『ライデイン』は勇者の呪文とはいえ、威力としてはそこまで高位のものではない。ゆえに、最強の生命体である『竜の騎士』に通用するとは思えなかったのだ。
しかし、次のダイの行動は、イルの予想を超えるものだった。黒雲から降り注いだ稲妻はバランではなく、ダイが掲げた剣に落ちた。そしてダイは稲妻を纏った剣を逆手に握り、全身に闘気を漲らせた。
「いくぞ、バラン!『ライデインストラッシュ』!!」
「何っ!?」
魔力と闘気を合わせた一撃に、初めてバランの表情が変わった。放たれた刃がバランに直撃し炸裂する。
しかし、土煙が晴れたそこには、身体中からバチバチと音を鳴らしたバランが真っ直ぐに立っていた。戦いを見守るポップの口から思わず声が漏れる。
「そんな・・・あれでもダメなのかよ。」
「少々驚いたが、まだ未熟だな。真の『竜の騎士』の一撃を見せてやろう。」
バランはそう言うと、まだ黒雲が立ち込める空に向かって『真魔剛竜剣』を掲げた。すると先程とは比べ物にならない勢いで黒雲が渦を巻き、轟音と共に凄まじい稲妻が降り注いだ。
「まずい・・・!」
「あっ、おい!イル!」
その様子を見たイルは、焦った表情で駆け出した。ワルぼうの静止も聞かずに、イルは真っ直ぐにダイのもとへと走る。
必死で足を回しつつ、イルは『ふくろ』から『魔法の筒』を取り出した。そしてそれをダイとバランの間を目掛けて、思い切り放った。
「『デルパ』!」
「出番か・・・なにっ、バランだと!?」
イルの声と共に、筒からクロコダインが姿を現した。ダイの目の前に着地したクロコダインは、今にも必殺の一撃を放たんとしているバランの姿を見て、驚愕の声を上げる。
そんなクロコダインに対して、イルが放った指示は非常にシンプルだった。
「クロコダイン!全力で止めて!!」
無茶を言うな、とクロコダインは思った。つい先日の、地底魔城での戦いの記憶が蘇る。
あの日、目の前の敵は4対1という不利な状況にもかかわらず、あっさりとクロコダイン達を地面に沈めた。
生物としての圧倒的な格の違い。それを目にしたクロコダインは、生まれて初めて本能からの恐れ、というものを心に宿した。
そしてそれが、クロコダインの手足を縛る枷となった。指示を受けたはずのクロコダインは、緊迫した状況の中にもかかわらず硬直してしまったのだ。
「(どうする・・・、どうすればオレは目の前の敵に勝てる・・・!?)」
迷い苦しむクロコダイン。しかしその時、イルの言葉がその脳を貫いた。
「思い出して!キミが何を望んだのか!今がその時だよ!!!」
「(オレの、望み?・・・!!)」
クロコダインの目が、電流が走ったかのように見開かれた。体の奥底から、熱いものがこみ上げてくる。
「(そうだ、オレには心残りがあったはずだ!ロモスで戦ったダイとポップから何を感じた?2度目の生に何を望んだ?目先の強さに囚われ、また大切なことを見失っていた・・・!)」
クロコダインは右の掌を上に向け、そこに闘気を練り上げる。常人から見れば計り知れない破壊力を持つそれは、目の前の敵を討つには遠く及ばない。
それでも、クロコダインの口角はニヤリと上がっている。同じ表情を見せたイルが、そうだ、と声を上げた。
「もっとだよ!全てをぶつけて、
「グ・・・、オォォォォ!!!」
イルの声を受けて、クロコダインが雄叫びを上げる。そして突き出した左の掌から、闘気が吹き出し渦を巻いた。
「無駄だ・・・『ギガブレイク』!!」
「『獣王・・・』」
バランの振り下ろした剣が、雷鳴を轟かせてクロコダインに襲いかかる。それに対し、クロコダインは両手を突き出し、携えた闘気の渦を解き放った。
「『激烈掌』!!!!!」
二つの闘気の渦と、『竜の騎士』の奥義がぶつかり合う。その接点から凄まじいエネルギーが溢れ出し、暴風が吹き荒れた。
クロコダインは視界がゆっくりと流れるのを感じていた。己の全てを出し切った一撃。しかしそれが、少しずつ目の前の敵に切り裂かれていく様子が、嫌なくらいはっきりと見えていた。
しかしクロコダインは避けなかった。目の前に迫る剣から目を逸らすことなく、最後まで闘気を振り絞り続けた。
そして、遂にその体にバランの一撃が届く。大きく腹部を切り裂かれたクロコダインの体は吹き飛び、ズシン、と音を立ててイルの前に落下した。
朦朧とする意識の中、クロコダインはイルに向けて口を開いた。
「すまんな。止めきれなかった。」
「十分だよ。」
イルは短くそう答えて、森に目を向けた。そして目を向けた先から、ラーハルトの足止めをしていた筈のヒュンケルが姿を見せる。イルはよし、と小さく呟き、そして『魔法の筒』を取り出して言った。
「ピースは十分。わたしたちの勝ちだよ、クロコダイン。ゆっくり休んでて。」
「そうか・・・その言葉、信じよう。あとは任せたぞ。」
クロコダインの体が筒へと収納され、代わりにイルはスラッシュを呼び出した。イルはバランを真っ直ぐに見据えて、力一杯叫んだ。
「しっかり見て、感じてよ!次で決める!!」
「それはこちらの台詞だ・・・。来い!」
最強の生命体と、最強のモンスターマスター。その決着が、すぐそこまで迫っていた。