大きな声でバランに向けて啖呵を切ったイルは、構えを取るダイを左手で制し、右手でスラッシュに指示を出した。スラッシュが呪文の詠唱に入る。ダイは不満そうにイルに叫んだ。
「イル!どうして!?」
「ダイくんはラストアタッカーだよ。その時に全力を出せるように備えておいて。」
「でも!」
「大丈夫。ヒュンケル、ポップ、お願い!」
「「おう!」」
森から飛び出してきたヒュンケルが、『鎧の魔剣』を身に纏ってバランに斬りかかる。それを剣で受け止めたバランは、驚いた表情を見せて言った。
「ヒュンケルか。前回は負傷していたのもあるだろうが、また腕を上げたようだな。人間の身でよくぞここまで辿り着いたものだ。」
「ほざけ、簡単に受け止めておいてよく言う。」
ヒュンケルはバランと数度打ち合うも、隙をついて打ち込まれた拳に貫かれ、後方へとよろけた。追撃せんと踏み込むバランに対し、今度はポップが仕掛ける。
「『マジックハック』!・・・からの、『ベタン』!!」
「むっ、身体が・・・。」
魔法耐性を下げられたバランの身体が、重圧呪文によって地面にめり込んだ。形勢逆転とばかりにヒュンケルが剣を振るう。
「ぬおおおおお!!」
「何っ!?」
しかし、バランは雄叫びを上げて全身に力を漲らせた。すると『竜闘気』が解き放たれ、その衝撃でヒュンケルの体が宙を舞った。
そしてその直後、バランの顔がポップへと向けられた。『ベタン』を受けているとは思えない動きに、ポップの額から冷や汗が滴る。そしてバランの額の紋章が煌めいた。
「『竜紋・・・』」
「『ヒャダルコ』!!」
ポップに向けられた不可避の一撃は、横合いから放たれた氷結呪文によって阻まれた。不快そうにバランが呪文の出所に顔を向けると、そこには両手を突き出したレオナの姿があった。
「女か。戦いに踏み入った以上、手加減はせんぞ。覚悟はいいな?」
「当たり前よ・・・!ダイくんは私にとって大切な存在だもの。黙って見ているなんてできるわけが無い!!」
堂々と言い切ったレオナの姿を見て、バランはわずかに動きを止めた。その隙に復帰したヒュンケルが、レオナを庇う様にして立ち塞がる。
唯一事情を詳細に知るイルには、バランの心情がよくわかった。レオナのそのあり方は、話に聞く彼が愛した者とよく重なる。
はらはらとした表情をしているダイに、イルは微笑んで言った。
「素敵な人だね、レオナさまは。」
「うん。おれの大切な・・・友達だよ。」
「・・・ふふっ、そうだね。じゃあその友達のためにも、そろそろ決めようか!」
詠唱を終えたスラッシュを確認し、イルはそう言った。すると巨大な魔法陣が足元に現れ、地面がぐらぐらと揺れ動く。何事か、と思った次の瞬間、周囲の地面がバギン、と大きく割れた。
そしてその割れ目から、黒い稲妻が天に向かって迸った。
「イル、この呪文は・・・?」
「ふふ。スラッシュの得意呪文はメラ系だけじゃないんだよ。『ギガデイン』が勇者の奥義なら、これは魔界の奥義ってところかな。」
次々と増える黒い稲妻の中心で、イルは笑顔でそう言った。そして右手を振り上げると、稲妻がその頭上で一点に集まり、轟音を立てる黒い電気の球が形成される。
「ヒュンケル!」
「! わかった。使え、ダイ!」
イルは視線をヒュンケルに送り、その名前を叫んだ。意図を察したヒュンケルが『鎧の魔剣』をダイに投げる。剣を受け取ったダイは、そのままそれを頭上に掲げた。
間髪入れず、イルは呪文の名を叫んだ。
「スラッシュ、『ジゴデイン』!!」
黒い球体から、凄まじい電撃が『鎧の魔剣』に降り注いだ。恐ろしいほどの量の魔力を受けて、魔剣がギシギシ、と音を立てる。
電撃は剣を持つダイ諸共破壊せん、とばかりに勢いを増していった。剣を持つダイの膝が折れかける。しかし、ダイは歯を食いしばってそれに耐え続けた。隣で見守るイルが声を上げる。
「今だよ、ダイくん!もう一息!!」
「はあああああ!」
ダイが雄叫びを上げると、額の紋章が輝きを増した。ダイの体から『竜闘気』が溢れ出す。そしてついに、ダイはその戦いに打ち勝った。
黒い稲妻を帯びた『鎧の魔剣』を逆手に持ち、ダイはぐっ、と構えを取る。それを見たバランは力任せに『ベタン』を振り払い、『真魔剛竜剣』を天に掲げた。
バランのもとに、天より黄色い稲妻が降り注ぐ。天からの雷は魔王軍に、地獄の雷は勇者に。剣を大上段に構えたバランは、皮肉な光景に思わず口角を上げた。
一瞬の静寂の後、2人は全く同じタイミングで飛び出した。そして裂帛の気合いと共に、その剣を振り抜いた。
「『ギガブレイク』!!」
「『ジゴデイン・・・ストラッシュ』!!!」
世界から色が消え、轟音が大地を揺らした。黒と黄色の稲妻が混ざり合い、天へと打ち上がる。
その中心で、剣をぶつけ合うふたり。両手で振り下ろされた『真魔剛竜剣』が、わずかに押し戻される。バランは目をかっ、と見開き、ありえないとばかりに闘気を爆発させた。
「ぐ、おおおおお!!」
「はああああああ!!!」
ピシ、パキン。轟音が鳴り響く中、そんな音がその場の面々の耳に届いた。突然手応えを失ったことでバランが体勢を崩す。その目の前には、真っ二つになった『真魔剛竜剣』の刀身が浮かんでいた。
「(これが、お前の・・・いや、お前達の力か・・・。)」
バランの脳裏に、愛した者の姿が蘇る。孤独な自分に寄り添ってくれた、たった一人の人間。
その暖かさも、失った直後の凍てつく寒さも、全てが昨日のことの様に思い出せる。息子にはそんな思いはさせたくない。そう思って、強引にでも己の手の内に取り戻そうとした。
しかし、息子は自分とは違った。自分にとってのソアラの様に、愛する者がいる。自分にはいない友がいる。自分にはいない、並び立って戦う仲間がいる。
不思議と清々しい気持ちで、バランは目を閉じた。そしてその胸に、ダイの一撃が到達する。凄まじい閃光が迸り、バランの身体は勢いよく吹き飛ばされた。
地面を転がり、ようやくその勢いが止まった時、バランは仰向けで空を見上げていた。黒雲が晴れ、光が差し込む。警戒しつつ近付いて来る息子達に向かって、バランは掠れた声で言った。
「私の、負けだ。」