4章最終話です。
決着から一夜が明けた。一行はテラン王への挨拶を済ませ、パプニカへ帰還しようとしていた。
ことのいきさつを聞いたテラン王は、『竜の騎士』が2人揃ったという事実に、大層驚いた様子を見せた。驚きのあまりダイに向かって膝をつこうとして、一行を大いに困らせる場面もあった。竜を信仰する国を束ねる、彼らしい反応であるとも言える。
テラン王の興味はダイだけに収まらず、直接『マザードラゴン』と対話をしたイルにも向けられた。
「『マザードラゴン』から言葉を授かり、『竜の騎士』と共に戦う少女。さしずめ、『竜の巫女』とでも言ったところかのう。」
「み、巫女!?そんな大げさな・・・。」
「ふぉっ、ふぉっ。良いではないか。此度の出来事は、この国の伝承として語り継いでいくとしようぞ。」
大仰な肩書きをつけられて苦い顔をするイル。その表情を見たテラン王は、さらに機嫌よく笑い声を上げた。
こうして、一行は当初の目的を達成すると共に、テラン王との協力関係を築くことに成功した。今では零細国家と化しているとはいえ、各国に散らばったかつての国民に対する影響力は健在である。魔王軍との戦いに向けて一致団結したい今の状況においては、頼もしい存在であることは間違いなかった。
そしていよいよパプニカへ帰らんとする直前、ダイは再び湖を訪れていた。竜を祀った像を目の前にして立ち尽くすダイに、イルがとことこと歩み寄る。
「ダイくん、そろそろ行こう?」
「うん・・・そうだね。」
「・・・バランのことを考えてたの?」
イルの問いに対して、ダイはこくりと頷いた。
昨日、戦いの末にバランは己の敗北を認め、好きにするがいい、とダイに言った。しかし、その言葉を受けたダイは、なんと返答すれば良いのかがわからなくなってしまった。
目の前の無防備な敵を殺すことは容易である。しかしそれで良いのだろうか。
戦いの前に、バランはダイを倒そうとは思っていない、と言っていた。そしてその言葉が事実であることを、ダイは何度も交えた剣を通じて感じていた。
目の前の男は紛れもなく自分の父親であり、歪ながらもそこには確かに親子の情が存在する。そう気付いてしまったことが、ダイの心を迷わせる。
ダイは助けを求める様に振り返り、イルの目を覗き込んだ。しかしイルは真剣な表情で首を振り、口を開いた。
「これはバランとダイくんの問題だよ。他人のわたしたちに任せたらきっといつか後悔する。ダイくんがダイくん自身で決めるからこそ、意味があるとわたしは思うよ。」
イルの言葉に、周囲にいたポップ達も頷いた。ダイははっ、とした表情をして、倒れるバランに向き直る。
今自分は、己のあり方を問われている。人間の勇者として、魔に落ちた『竜の騎士』を討つのか。たった2人の同族として情けをかけるのか。あるいは、家族として互いを受け入れるのか。
そんな決断から逃げようとしてしまったことを、ダイは心の中で恥じた。二度は繰り返すまい、と思ったダイは目を閉じて、ひたすらに考え続けた。
そして、ダイが口を開く。その答えは。
「なーに2人で話してるのよ?」
「わっ!?レオナ、いつの間に!」
「何よその反応。ダイくんがいつまでも戻ってこないから迎えに来たっていうのに。先に迎えにいったイルさんも戻ってこないし。」
「ご、ごめんなさい。つい。」
物思いに耽る2人の意識を呼び戻したのは、ジト目で近づいてきたレオナだった。不満そうな表情をするレオナに、ダイとイルはぺこぺこと頭を下げる。
もともと本気で怒っていたわけではないらしいレオナは、まあいいわ、と言って、ダイの手を取った。突然の行動に目を白黒させるダイだったが、レオナは有無を言わせず歩き出す。
その光景を後ろから眺めるイルは苦笑を浮かべた。本当に素敵な人だ、とイルは心の中で思う。ああやって強引にでも歩き出せば、ダイの心のモヤも少しは薄れるだろう。
イルも続こうとしたが、その直前にふともう一度、竜の像を振り返った。
結局、ダイはレオナに頼んで、バランを治療した。イル達に敗れた『竜騎衆』も含めてである。
バランら『超竜軍団』は、未遂で終わった他の軍団とは違い、実際にリンガイア王国を滅ぼした人類にとっての大罪人である。ゆえにそれを見逃すのは、人類視点から見れば許されざる行為であった。
しかし、レオナ達はダイの言葉に迷いなく頷いた。相手を尊重し、共に困難へ向き合う。彼らのその覚悟こそが、ダイがこれまで築いてきた絆のあかしであった。
治療を受けたバラン達は、イルから返された相棒の竜に乗り、その場を後にした。人族の勇者の立場を慮った、彼らの気遣いでもある。
去り際、バランはダイと向き合って言った。
「ディーノ・・・いや、ダイよ。私の考えは変わらん。人間と共にいればいつか、お前は私と同じく裏切られる日が来るだろう。」
「・・・。」
「だが・・・よい仲間を持ったな。」
そこで初めて、バランの表情が緩んだ。ダイはその言葉を聞いて一瞬固まったのち、うん、と力強く答えた。
続いてバランは顔をイル達の方へ向けた。
「こんなことを言う資格はないのかもしれんが、ダイを、息子のことを頼む。」
「言われなくてもそのつもりよ。貴方こそ、たまには顔を出しなさい。ダイくんもきっと喜ぶわ。」
真っ先に返事を返したのはレオナだった。勝気なその言葉に続き、イルも口を開いた。
「わたしもできる限りのことをするよ。マザーの頼みでもあるしね。」
イル達が力強くその意思を示したのに安心し、バランは『竜騎衆』を引き連れて去っていった。彼らが今後どうするのかはわからない。しかし、少なくとも魔王軍の一員として人類を襲うことはもうないだろう。
「イルさん?ぼーっとしてないで行くわよ?」
「ごめんなさい。すぐ行くよ!」
振り向いたレオナの声で、再びイルの意識が呼び戻される。レオナはやれやれ、とした表情をして、ダイは不思議そうな目をイルへ向けていた。その手はしっかりと繋がれていて、イルは嬉しいような不安なような、複雑な気持ちを抱えた。
「(『竜の騎士』の呪われた運命かぁ。・・・やっぱり心を救う、なんて大層な器じゃないよ、わたしは。)」
今はきっと大丈夫。だが、戦いが終わった後はどうなるのか。人間は力を持つものを恐れ、迫害する。バーンの言葉が、今になって再びイルに重くのしかかった。
目の前のふたりも、いつかバランとソアラのように引き裂かれる運命にあるのだろうか。『竜の騎士』と王女、という肩書が、かつて起きた悲劇を彷彿とさせる。
アバンや、ダイの兄弟子たちは何があっても味方になってくれるだろう。だが、得てして人は悪意に対しての方が敏感なものである。今はまぶしい絆の光が、無数の闇に覆われてしまう日が来るのかもしれない。
その時、自分はきっとそばにはいないだろう。あくまで自分はよそ者で、いつかは自分の世界に帰る日が来るはずだ。
去る者である自分が、彼のためにできることは何だろうか。ダイとレオナの繋がれた手を眺めつつ、イルは己の使命と向き合うのであった。
これにて4章は完結です。
ここから物語全体としても完結へ向けて加速していきます。
プロット通りならば、残り2か3章で完結する予定です。
本章でもたくさんの感想、評価、お気に入りをいただきありがとうございました。
更新再開は2/8ごろを予定しています。この物語の行く末を一緒に見守ってくれれば幸いです。