ここはカール王国の外れにある洞窟。『破邪の洞窟』と呼ばれるその洞窟は、一説には魔界に通じていると言われるほどに深く、かつ強力な魔物が闊歩することから一般人の立ち入りは深く禁じられている。
しかし一方で、洞窟内には邪なる存在を打ち破る『破邪の秘法』の数々が眠っているとも言われており、特にカール王国では王家に連なる者の修行の地としても扱われている。
そんな洞窟の入り口に立つ人影が数人分。ある者はそわそわと、ある者はやや退屈そうに、そしてある者は苛立ちを滲ませて何者かを待っていた。
そして、その時が訪れる。似合わぬ髭を生やしたその男の姿を見て、最も幼い少年がいち早く声を上げた。
「アバン先生!お帰りなさい!!」
「お待たせしてしまったようですね。ただいま戻りました。」
ダイの言葉に、アバンは疲労を滲ませつつもにこりと笑ってそう返した。遅れて他の弟子達もアバンに駆け寄ってくる。
アバンは久しぶりに会った弟子達を見て、思わず素晴らしい、と呟いた。戦う姿を見るまでもなく、それぞれが大きく成長したのが感じられる。戦闘能力ではなく、『破邪呪文』を伸ばすことにした己の選択は間違っていなかったようだ、とアバンは感じた。
アバンからの称賛に喜ぶ弟子達。しかしそんな温かい空間は、ある人物の言葉によってピシリ、と凍りついた。
「・・・アバン?何か言うことがあるのではなくて?」
「! ま、まさかあなたは・・・。」
聞き覚えのある声に、アバンの背筋がピン、と伸びる。恐る恐る、と言った様子でそちらを向いたアバンは、その顔を見て笑顔が引き攣るのを抑えられなかった。間抜けなその顔を見て、その人物の怒りはピークを迎えた。
「・・・戻って来ていたなら顔ぐらい出しなさい!アバン!!」
「フ、フローラ様・・・これには訳が・・・。」
「言い訳無用!この大馬鹿勇者!!」
アバンに雷を落としたのは、カールが誇る麗しき女王、フローラであった。15年もの間降り積もった思いの重さは並大抵ではない。頭の上がらない師の様子を、弟子達はおろおろとして見守る。
「レ、レオナ。何とかならないかな。アバン先生がどんどん小さくなっていくよ。」
「・・・フローラ様にあんな一面が。でもそれもそれで素敵ね・・・。やっぱりあれくらい強気で縛りつけなきゃ駄目ね、私も。」
「ひっ。レオナ、顔が怖いよ・・・。」
黒い笑みを浮かべるレオナに怯えるダイ。それをポップとヒュンケルが同情するように眺め、マァムは1人疑問符を浮かべる。
決戦を前にしているとは思えないその時間は、遅れて到着したイルが声をかけるまで続いたのだった。
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「なるほど、そんな事があったのですね。皆さんが無事で何よりです。」
「へへっ。先生こそ、『破邪の秘法』ってのは見つかったんですか?」
「そうですね、例えば・・・。」
痴話喧嘩を終えた一行は、『ルーラ』でカール王国の城へと向かった。身なりを整えたアバンは、フローラの指示によってカール王国の紋章の入った騎士服に着替えさせられていた。
新品の服のパリッ、とした感覚に若干表情を歪めつつも、アバンはダイ達を集め、この一カ月の収穫について情報交換を始めた。
ダイの新たな武器、ポップの新呪文、マァムの新技など、明るい話題が飛び交う。イルはそれを一歩離れた所から、目をしょぼしょぼとさせながら聞いていた。ついにはふわぁ、とあくびをした所で、隣に浮くワルぼうから呆れ声で突っ込みが入った。
「おいイル、しゃっきりしろよ。一応話し合いなんだしお前もちゃんと参加した方がいいんじゃねえか?」
「うーん・・・結局昨日もギリギリまでかかっちゃったから寝不足なんだもん。」
「お前の寝不足は終わった後もずっとはしゃいでたせいだろうが。」
自業自得だからしゃんとしろ、とワルぼうはイルに発破をかける。しかしイルにしては珍しく返答が鈍い。ワルぼうが理由を聞くと、イルは正直さ、と言って話し始める。
「戦力的には十分すぎるくらいだと思うんだ。ダイくんやヒュンケルは勿論、ポップとマァムも決定打を持ってるもん。おまけに頭脳戦に強いアバン先生も居るしね。」
「そうか?相手はバーンだぞ?」
「それを言ったらこっちにはバランが居るよ。バーンは年齢で魔力が衰えてるし、一対一になればバランが勝つよ。他の幹部はミストバーン、キルバーン、ハドラーが残ってるけど・・・キルバーンについては弱点はわかってるから。」
イルは両手の指を使って敵味方の戦力を数えていく。確かに敵も、先日姿を現した『ハドラー親衛騎団』などを含めればまだ相応の頭数が存在する。しかし一方でこちらも英雄ホルキンスや『北の勇者』ノヴァといった強者が控えている。
そして何より、イルの自信を深めているのは昨日完成した魔物の存在だった。今は『魔法の筒』に入れられており、イルの懐で出番を待っている。
イルの様子を見て、ワルぼうはやれやれ、と首を振った。
「まったく。あんまり油断してると足元掬われるぞ?」
「わかってるよ。戦いのあとの事もあるしね。」
「?」
イルの意味深な発言に、ワルぼうはきょとん、とした顔をした。しかしイルはそれ以上を語る事なく、再びふわぁ、と欠伸をした。
「イルさん、貴女の話も聞かせてもらえますか?」
「私も聞きたいわ。イルったらせっかく再会できたのにずっと引きこもってるんだもの。」
そんなイルに声をかけたのは、アバンとマァムだった。そういえば、アバンとは地底魔城以来の再会であるし、マァムと会ったあとは研究ばかりしていた。命を落としたと思っていた仲間がひょっこり姿を現したかと思えば、ろくに話をする機会もない。頬を膨らませたマァムの表情はしごく当然のものだろう。
イルは苦笑を浮かべつつ、話の輪に入っていく。他の皆も、自然とイルの話に耳を傾けていた。時に驚き、時に笑う。彼らの自然なその様子に、一切の壁は感じられない。
アバンに悩みを告げたのが遠い昔のことのようである。イルは心地よい会話を楽しみつつ、内心で決意した。
「(うん。やっぱり迷いはないよ。まずはキミを止めるよ、バーン。)」
こうして、希望に満ちた再会の日は過ぎていった。そして、ダイ達は最終決戦へ臨む。人類の勇者の隣に、イルも並び立つ。
心に、ある秘密を抱えて。