ざばん、と音を立てて水面から飛び出し、ダイ達は『バーンパレス』内部へと降り立った。
一行はすぐ目の前の階段を駆け上がる。バランとダイが猛スピードで先行する中、イルはアバンに見守られつつ必死でそれを追いかけた。
階段を抜けると、そこには広間が広がっていた。本来ならば奇襲を警戒しつつ、慎重に進むべき場所だろう。しかし、今に限ってはその必要はなさそうだった。広間の中心で一体の魔族が堂々と、奇襲など考えもしない、とばかりにダイ達を待ち構えていたためである。
先頭で剣を構えるダイが、その名前を呼ぶ。
「ハドラー・・・!」
鎧を身に纏ったハドラーからは、これまでとは比べ物にならない、強烈な威圧感が放たれている。これまでの己の姿を捨て、自らを完全なる『超魔生物』と化したことで、ハドラーは驚異的なパワーを身につけていた。
しかし、不可解な点が一点ある。バランは眉を顰めつつハドラーに尋ねた。
「・・・貴様だけで私達を相手取るつもりか?舐められたものだな。」
「まさか。『竜の騎士』はまさしく神々が産んだ最強の生命体。それに加えてアバンにイル・・・これまで散々辛酸を舐めさせられた相手を侮るわけがない。」
そう語るハドラーの言葉には芯があった。純粋なる『挑戦者』。ハドラーの目を見たイルは、ふとそんなイメージを頭に浮かべた。
ハドラーは拳を握りして、強く宣言した。
「かつては貴様らとの戦いを恐れていた・・・。だが今は違う!これは俺が望んだ戦い、誰にも譲りはせん!貴様ら全員、この俺の手で葬り去ってくれる!!」
「愚かな・・・貴様など私ひとりで十分だ。相手になってやろう。」
「待って、ハドラーは本当に強くなってた!確実に倒すならみんなで戦ったほうがいい!」
武人として、そして何より『竜の騎士』としての誇りを刺激されたバランが、ひとりで前に出ようとする。しかしそれをダイが制止した。
ダイは最近、『勇者』という立場にかかる責任を感じている。それも相まって、ダイは確実に勝てる手段を取るべきだとバランに主張した。
後方から話を聞いていたアバンも、ダイの意見に賛同の意を示した。
「そうですね。ダイくんの言う通りです。私達の最終目標は大魔王バーンただひとり。その前に要らぬ苦戦をする必要はありません。」
「ふん。足並みを揃える気はない、と伝えたのを忘れたか。ダイも見損なったぞ。成長を遂げたとは思っていたが、お前はまだ真の『竜の騎士』には遠く及ばない。」
「誇りで勝てたら苦労しないよ!それで果たすべき使命をこなせないくらいなら、真の『竜の騎士』になんてなりたくない!」
「・・・いつまで待たせるつもりだ。早く決めろ!」
口論を始めたダイ達に、ハドラーが苛々とした様子でそう言った。しかし互いに納得いかない様子のダイとバランは無意識に、黙っていたイルの方へ顔を向けた。
いつも冷静に作戦を立てているイルならば、きっと自分に賛成するはずだ、とダイは思っていた。しかし、実際に見たイルの様子は異なっていた。
威圧感こそないものの、その目はぎらり、と輝き、口角は上がっている。まさしく闘争心、と言うべき感情が、イルの全身から放たれていた。
そんなイルは、ダイ達の視線に気付くと、にやりと笑みを深めて口を開いた。
「ハドラーの相手はわたしがするよ。」
「なっ!?」「イル、何を言ってるの!?」
イルの突然の主張に、ダイとバランが驚きの声を上げる。しかしイルはそれを意に介さず、不敵に笑って歩み出した。ただならぬその様子に、思わずダイとバランは道を譲った。
「お前が相手か、イルよ。」
「ふふふ。邪念なく『力』を求めるその姿勢、圧倒的な敵にも怯まず挑む『挑戦者』としての姿。わたしが1番好きなものだもん、誰にも譲ってあげないよ。」
イルは黒い『魔法の筒』を一本残し、他のモンスターを全て解放する。
クロコダイン、バルトス、スラッシュ、ワルぼう、プックル、モルグ。6体のモンスターがイルの周りに呼び出された。その様子を見たハドラーも、イルと同様に不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。貴様には2度の敗北を喫した。3度目は叶わぬと思っていたが・・・まさかこうして一対一で再戦できるとはな。」
「イル、いくらなんでも無茶だよ!」
ハドラーが言葉と共に、全身に闘気を漲らせた。その実力を再確認したダイは、イルに考え直すように訴える。しかしイルは振り返らずに言った。
「ダイくん。前に言ったよね、わたしは元の世界で頂点に立ったって。」
「え?うん、聞いたけど・・・。」
「バーンやバランが言うことにも一理あると思うんだ。『竜の騎士』にしても何にしても、力を持ちすぎた人は孤立するって言うのは事実だと思う。」
イルの言葉に、ダイは上手く返事をすることができなかった。それは唐突だったためだけではない。その内容は、最近になってダイが悩み始めたことそのものだったからだ。
この一カ月、ダイは人の社会で、人類の勇者として戦い続けてきた。多くの人がダイの強大な力を見て、希望に目を輝かせた。しかし、それは全員ではない。
人のために力を振るうほど、それに恐怖する人もまた増える。助けた少女の目に怯えが宿った時、ダイは初めて人間の怖さを知った。
ポップやレオナは気にするな、自分達がついている、と励ましてくれた。しかし頭ではわかっていても、心についた小さなシミは消えない。仲間への信頼が厚くなるほど、その黒い点はダイの中でどんどんと気を引くものに変わっていった。
隣のバランも口を閉じ、イルの言葉に耳を傾けている。イルは言葉を続けた。
「でも、わたしは違った。わたしの周りが、わたしをひとりにしなかったんだ。頂点に立った後も、わたしの前には常に『挑戦者』が現れてくれた。わたしの『力』に憧れて、同じように『力』を追い求めてくれた。ちょっぴり卑怯な手を使ってでもわたしに勝とうとする人が溢れてる、そんな世界が大好きだったんだ。」
イルは真っ直ぐな少女である。強大な力を持つものがそう育つことは、本来であればほぼ不可能なことと言っていい。
しかし、イルの周りの環境が、不可能を可能にした。イルが世界を救った後も、数々のモンスターマスター達が、彼女に戦いという名のコミュニケーションを挑み続けたのだ。
それは魔族と人間の距離が近い、イルの世界特有の現象だったのかもしれない。イルは元々魔族のことが好きだったが、頂点に立ってからはさらに好きになった。『力』を求めるその本能が、イルを救ってくれたからだ。
「だからわたしは、『挑戦者』を拒まないよ。例えどんなに不利な状況だとしても、邪念のない挑戦には、真っ直ぐに向き合いたい。それがわたしの、モンスターマスターとしての『誇り』なんだ。」
イルは最後にそう強調して、口を閉じた。それに続いて、ダイも静かに剣を背中の鞘に納めた。
ダイにはイルの話が理解できなかった。しかし、イルの語ったことは、ダイの未来に関わる話だ、と言うことだけは、何となく伝わっていた。
ワルぼうが『星のきせき』をモンスター達にかける。そしてイルはプックルに跨り、ハドラーに向けて待たせたね、と声をかけた。
ハドラーは構わん、と言い、手甲から剣を生やして構えた。クロコダインとバルトスがそれを見て前に出る。
「行くぞ!!」「行くよ!!」
イルとハドラーはそう同時に叫んだ。ハドラーと2体のモンスターがぶつかり合う。
3度目の、そして最期の戦いが始まりを告げた。
次回は2/17(火)の予定です。