5章最終話です。
「・・・ル。・・・イル。おい起きろ、イル!!」
「んっ・・・。ワルぼう?」
「起きたか。周り見てみろ。」
目を覚ましたイルは、顔を覗き込んでいたワルぼうに促され、周囲を見渡した。大きな鍵穴のついた扉に、大きな金のワルぼうの像。もう何度通ったかわからない、イルにとって馴染み深い場所である。
「戻ってきた・・・?もしかしてあれは夢だったりして。」
「いや、そうでもないみたいだぜ。」
ワルぼうはそう言って、イルに黒い『魔法の筒』を差し出す。イルの世界には存在しないそれが、ダイ達との冒険が現実のものであったことを証明していた。
筒を握りしめ、イルは遠くの仲間達へと思いを馳せる。果たして彼らはバーンに勝利できたのだろうか。結末を知れずして冒険を終えてしまったことに、イルはそわそわと落ち着かない気分を抱えていた。
そんな時、突如として扉が開き、2人の少年と1人の女性が姿を現した。彼らの顔には疲労が滲んでいる。異世界への道を再び繋ぐ試みは、どうやら相当難航していたらしい。
懐かしいその姿を見て、イルは目をぱちくりとさせた。それとほぼ同時に、先頭を歩く華美な服を着た少年がイルの存在に気づいた。彼は一瞬ピタリ、と固まった後、イルを指差して叫び声を上げた。
「帰ってきてんじゃねーか!!言えよ!」
「あはは、ごめんね。・・・ただいま、カメハ王子。」
イルの帰還の報せはすぐに国中に届いた。英雄の帰りに国民は湧き、国を挙げての捜索に従事していた役人達はほっ、と胸を撫で下ろした。
騒ぎの当事者でるイルは帰還早々、命令により玉座の間に呼び出されることになった。どんなお叱りが来るかどきどきとしていたイルだったが、始まったのは王によるイルへの謝罪だった。
「今回は・・・いや今回だけではないが、息子が本当に迷惑をかけた。本当にすまなかった!」
「あ、頭を上げてください!結局無事でしたし、わたしの意思で帰りが遅くなった部分もあるので・・・こっちこそ心配をかけてすみませんでした。」
「いや、悪いのは全面的にカメハだ。君が謝る必要はない。何はともあれ、無事であったのは何よりだ。色々と聞きたいことはあるが、まずはゆっくり体を休めるといい。」
こうしてイルは予想に反してすぐに解放され、自宅に帰ることになった。帰宅したイルは両親や兄であるルカ、居候しているミラクレアらによって再びもみくちゃにされることとなる。
大げさだなあ、とイルは思いつつも、イルはその暖かい時間に感謝した。異世界で過ごした日々を通じて、イルは自分に注がれる無償の愛の価値を再認識していた。
気づけば無意識に、ありがとう、という言葉がイルの口から漏れた。その言葉を聞いたルカ達はきょとん、とした顔をして、当たり前だよ、と言って笑った。
その返事を聞いたイルは、嬉しい気持ちと同時にちくり、と何かが心に刺さるのを感じた。それが当たり前ではない世界があることを、イルは知ってしまったからだ。
そうこうしている間に時間は過ぎ、あっという間に昼過ぎを迎えた。城下町では急遽、イルとワルぼうの帰還を祝う祭りが開かれている。
体調を考慮して、無理に参加する必要はない、とイルは伝えられていた。しかしイルはその提案に首を振り、とことこと祭りを見て回っていた。じっとしていると、胸のモヤモヤが大きくなっていくような気がしたのである。
道具屋、肉屋、武器屋。馴染みの店の店主達は、イルの姿を見ると喜んでその両手に商品を押し付けていく。その暖かいお節介を受けて、始めはイルも明るい表情を見せていた。
しかし暫くすると、イルはひとり街を離れ、海の見える丘へ足を運んでいた。もらった商品の半分はまだ手付かずだったが、そういう気分ではないことは、表情から見て明らかであった。
そんなイルに、同じく祭りを抜け出してきたワルぼうが背後から声をかけた。
「何やってんだ、こんなところで。」
「ワルぼう・・・。うん、ちょっとね。」
「あの世界のことを気にしてんのか。まあ無理もねえな。」
ワルぼうはやれやれ、といった表情でイルの隣に移動した。イルが手をつけなかったリンゴを1つ袋から取り出し、がぶりと齧る。もぐもぐとそれを頬張りつつ、ワルぼうはイルに語りかけた。
「確かに結果としちゃあ割に合わない冒険だったけどよ、生きて戻ってこれたんだからそれでいいじゃねーか。それに、お前の見立てじゃもうお前抜きでもバーンに勝てそうだったんだろ?」
「うん。隠してる手札はもちろんあっただろうけど、こっちも『竜魔人』とか色々切り札があったからね。そこは問題ないと思うよ。」
ワルぼうは今回の冒険の結果を、割に合わない、と評した。それはイルが帰還した際に連れて来たモンスターの内訳に起因する。
イルとワルぼう以外であの世界から渡って来たのは、元々相棒だったスラッシュと、キラーパンサーのプックルのみであった。イルが配合で生み出したバルトスやフレイザードは、あちらの世界に取り残される形になったのだ。
これについてイルがミラクレアに尋ねたところ、ミラクレアは、おそらく『名付け』に原因がある、と答えた。
『名付け』は魔物とマスターを結ぶ重要な儀式である。しかし、あの世界で仲間にしたモンスターの大半は元々自分の名を持っており、イルもわざわざ名前を付け直すことはしなかった。
それゆえ繋がりが弱くなり、イルは彼らを自分の世界に連れてくることができなかったのである。もっとも、イル自身はその事を残念に思いこそすれど、深く気にしているわけではなかったが。
どこか他人事のようなイルの返事を聞いて、ワルぼうは当てが外れた、という顔をして再度口を開いた。
「てことはあれか。バーンとの約束か。」
「うん。中途半端に放り出したみたいな形で終わっちゃったから・・・。」
「バーンに殺されたようなもんなくせにお人好しなこった。それで、どうすんだ?」
ワルぼうの問いかけに、イルはえっ、と困惑した様子を見せた。そんなイルに対して、ワルぼうは表情を変えずに言葉を続けた。
「何だよその反応は。行くんじゃねーのか?もう一回。そりゃあもう決着はついてるかもしれないけどよ、それならそれで答え合わせくらいはしてもいいだろ。」
「いや、でも・・・。みんなに随分と心配をかけちゃったみたいだし、これ以上わたしのわがままでマルタから離れるのは悪いよ・・・。」
ワルぼうの提案を受けたイルは、もごもごとそう呟いて顔を伏せた。
少し丸まったその背中。しかしそこに、新たな人物が声をかけた。
「らしくねえ心配してんじゃねえか、イル!」
突然かけられた大声にイルは驚き振り返る。そこには王の命で謹慎させられていたはずのカメハ王子が、屋台で買った串を頬張りつつ立っていた。
「えっと・・・何してるの?見張りの人は?」
「あん?そんなもんオレに効くかっての。そんな事より、ほらよ。」
「わっ。これは・・・?」
カメハは問いには答えず、懐から何かの紙束を取り出してイルに放った。イルは疑問符を浮かべつつ、受け取ったそれをパラパラとめくっていく。そしてその内容を見て、イルの目が変わった。カメハはニシシ、と笑って口を開く。
「オマエを迎えにいく準備でスカウトしたモンスターの記録だよ。まあ、結局どうしても終盤の配合で失敗して実現しなかったけどな。オマエならそのリストを見りゃあ、何がしたかったかわかるだろ?」
「うん、でもこれ・・・本気なの?」
「もちろん、皆本気だったぜ。じゃなきゃこんな危険なこと、やろうとすら思わねえ。」
イルはその言葉を聞いて、再び手元の資料に目を落とした。確かに、これならあの世界に再び行くことができるだろう。それに加え、この冒険を経て自分の配合技術はまた一つ進歩した。自分なら、この配合を成功させることができるだろう。
「カメハッ!貴様資料をどこへ・・・っ!くそっ、遅かったか・・・。」
「イル、見ちゃったんだね・・・。」
突如響いたその声に、イルはビクッ、と体を起こし、カメハはしまった、という顔をした。声と共に駆け寄って来たのは、カメハと共にイルを捜索していた、ミラクレアとルカであった。
その焦った様子を見たイルは、もしかして、とカメハの方へと顔を向けた。
「これって、わたしには内緒の話だった?」
「そりゃそうだろ。オマエに見せたら100パーセント実行しちゃうし。緊急時でもなかったらこんなもん正気の沙汰じゃねえだろ。」
「それがわかっていながら貴様は・・・!イル、出来ればお前には秘密にしておきたかったのが本音じゃ・・・。しかし、わしらはお前に大きな恩がある。知ってしまった以上、お前にはそれを実行する権利があるとわしは思う。お前はどうしたい?イル。」
「わたしは・・・。」
イルは紙を握る両手をぎゅっと握りしめた。その様子を、イルの仲間達がじっと見守っている。そして幾ばくかして、イルはゆっくりと口を開いた。
「ごめんなさい。でもわたし、やっぱりもう一度あの世界に行きたい・・・!まだあそこでやらなきゃいけないことがあるんだ。だからどうか、わたしのわがままを許してください・・・。」
イルはそう言って、ばっ、と頭を下げた。そんなイルの頭を、ぽんぽん、と誰かが叩いた。それが最愛の兄の手であることは、イルにはすぐにわかった。
「頭をあげなよ。イルがそうしたいって思ったんでしょ?僕らのことは気にせず、気の済むまでやってくるといいよ。あ、でも無茶だけはしないこと!」
「お兄ちゃん・・・!」
「まあ、こっちのことはオレに任せとけよ。適当に誤魔化しといてやらぁ。どうせ罰を受けるのは変わんねえしな!」
兄と王子からの励ましに、イルは瞳に涙を浮かべつつ微笑んだ。その結末を予測していたミラクレアは、苦笑しつつイルに尋ねた。
「さて、そうと決まれば方針を決めねばな。イル、何か考えはあるか?」
「うん。わたしがダイくん達の世界で身につけた配合・・・『邪配合』を使えば、きっとうまく行くと思う。」
その単語を聞いて、ミラクレア達は目を見開いた。『邪配合』、それはかつて、隣国であるタイジュの国で起きた騒動の原因とされているものだったからである。その邪法の唯一の使用者は、確かな実力者であったにもかかわらずその精神を侵され、邪悪に染まってしまったと伝えられている。
しかし、目の前のイルの精神に目立った変化は見られない。まさか、『邪配合』を使いこなしたとでも言うのだろうか。平然と語るイルの姿に、ミラクレア達は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
そんな3人の様子を顧みることなく、イルはその魔物の名を口にした。
「それじゃあ、行こうか。『狭間の闇の王』に会いに。」
イルの冒険は、終わらない。
これにて5章は完結です。本章でも沢山の応援をいただきありがとうございました。
次回から最終章に入ります。イルはどのような答えを出すのか、最後まで見守ってくれれば幸いです。
3月も更新は不定期になりますが、なるべく早く書けるように頑張るので、今後もよろしくお願いします。